第2話
「……で、アテはあんのか?」
ぐい。と体が押し戻される。べたべたされるのは苦手なのは知ってる。けど早くない?
次いで投げかけられた質問に首を傾げる。
「アテ?」
「野球やんだろ?他にメンバーが…最低七人は要るだろ」
あ、そっか。野球って九人でやるんだっけ?
「んー、全然。考えてない」
「お前なあ……」
はあ、と大きいため息をつかれる。舞のため息はもう慣れっこだ。
「とりあえずさ、後輩のとこ行かない?先輩の威光使ってさあ」
「パワハラ紛いのことすんじゃねえぞ」
「わかってるってば」
……で、昼休み。
乗り込んだんだ。後輩たちの教室まで。
「ねー、なんでこんなに避けられるかな私たち」
まずは一年生!と教室に乗り込むやいなや、相手を選ばずに声をかけ続けた私たち。
結果、撃沈。
口を揃えて「野球、知らないので…」「スポーツはちょっと…」って。
あとはほとんど舞の姿を見ただけで逃げられちゃった。
そんなに怖いかなあ…?
とにかく、私たちが気まずくてしょうがないから廊下に逃げてきて、今。
怖がられていた当の舞が呆れたように口を開く。
「まあ三年生がいきなり野球始めるっつって乗ってくる奴いる訳ねえわな」
「いないかなー!一人くらい!分かってくれる子がさあ!」
「声かける以外になんかあんだろ、ビラ配りとかよ」
「あ、それいいね!採用!」
「……あのぅ」
いきなり割り込んできた、か細い声。
か細いけどよく通る声で、私も舞も思わず言葉を止めて言葉の方向へ振り返る。
いかにもお嬢様っぽい、声も線もか細い子がいつの間にか近くに立っていた。
「え、あ、え?いつの間にいたのこの子」
「知り合いか?」
「いや、違うけど……」
私と舞が困惑していると、その子が口を開く。
「は、話、聞いてました……その、私も、お手伝いできたらと思いまして」
「……」
思わず見つめ合う、私と舞。
どうする?どうする?
舞決めてよ、いやお前決めろよ、みたいな。
目だけで会話が続く。
知らない子なのは当たり前だけど、ぱっと見てスポーツなんかやってそうには見えない。
目の前のその子の、ツインテールの髪飾りが不安げに揺れている。
意を決して、言葉を発したのは私。
「野球に興味、あるんだよね?」
その子に向き直って、聞いてみる。
「あのっ……その、……や、野球、というか、……ぶ、部活に興味がありまして」
「ん……?野球とは関係ねえのかよ」
口を挟んできた舞。びくっとなりながら、その子が口を開く。
「わ、私。引っ込み思案で、色んな部活を回ってみたんですけど……どこにも馴染めなくって、入れそうになくて」
「……で、私たちの話を聞いて……ってこと?」
「はい。……変えたくて。その……こんな、自分を。変えられたらなって」
「……これから、メンバー増えるよ?大丈夫?」
「が、頑張ります……今から発足する、この部活だからこそ……チャンスなのかな、って」
もう一度、舞と目配せする。舞は私を見たまま微動だにしない。
ん。これは好きにしろの合図。
よしよし、自分でも認めるくらい引っ込み思案なのに私たちに声をかけてきた意気や良し。
「運動は苦手なので、お力になれるかは分かりませんけど……」
「大丈夫大丈夫。選手出来なくてもマネージャー必要だし。採用」
「いいのか?そんな安請け合いで」
「今は一人でも人手が欲しいじゃん、断るなんて考えられないよ」
「そりゃそーだけどよ…」
「……あ。名前。名前聞き忘れてた。あなたの名前は?」
「月島美奈です。……きょ、今日からよろしくおねがいします、先輩」
「頼んだよ、月島ちゃん」
「つ、月島ちゃん?……が、頑張ります!」
あれ、ちゃん付け嫌なタイプだったかな。まあいいや。
とにかく選手じゃないけど、部員三人目確保!
いやー、やってみるもんだね。勧誘。
「……選手どうすんだよ、選手」
余韻に浸る間もなく舞の冷ややかな声が飛んできた。
選手かあ、運動ができて……入ってくれそうで……
「……あ。いいアテあるの思い出した」
「運動出来るんだろーな、そこのお嬢さんと違って」
「うう……」
舞がちら、と月島ちゃんの方を見る。
こういう時の舞はキツい。悪意はなくて、ただデリカシーが無いのは分かってるんだけどね。
「月島ちゃんいじめないの。大丈夫、その辺はばっちりだと思う」
「本当かねえ」
「とりあえず行くよ、音楽室!」
「……音楽室ゥ?」
舞の怖い顔がしかめっ面になる。また月島ちゃんがびくってなった。ごめん、慣れるまで我慢してね。
「大丈夫、信用出来るアテだから」
二人の返事を待つことなく、私は廊下を歩き出した。
アテになる「三人」のいる、音楽室目指して。