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愛しかった世界

愛しい世界と旅立つ

作者: 雷ライ

『愛しかった世界の終わり』アールトよりの視点です。


誤字脱字や文法がおかしなところががあるかもしれません。

なんでも許せる方のみ、お読みください。


また、あらすじにも書きましたが、自殺描写があります。注意してください。






ビュービューと、ゴーゴーと風が音を立てる。


まともに目を開けることができない。


しかし、ハーヴが閉じていた目を開けると、

そこにはこちらに向かって手を伸ばすタイヴァスではなく、

アールトがいた。


いきなりの好きな人の登場に、ハーヴは目を大きく見開く。

驚きを隠せない。


ハーヴの手をアールトが掴み、自分の方へと引き寄せる。


言葉はない。


アールトはハーヴを強く抱きしめる。


凍えるような寒さのなかで、アールトの体温が徐々にハーヴへと伝わる。


ハーヴの目から溢れた涙が上へと消えていく。


ハーヴから抱きしめ返されたとき、この世界が今終わっても後悔はないと、アールトは本気で思った。



しかし、このまま死んではアールトとハーヴは家が違うため、別々のお墓へと入ることになる。


アールトは最愛を失いたくはない。

それは死後の肉体であろうと嫌だと、より一層ハーヴを強く抱きしめた。
















あのカールステッドの二女が入学してくる。

一昨年の春はそんな話題で持ちきりだった。


カールステッドは、長男、長女ともに優秀や美男美女として学院の憧れだった。


しかも、長女のタイヴァスは王太子殿下の婚約者候補の1人だったため、ある程度の情報の頭に入っていた。


姉には劣るが優秀な美人。

姉の劣化版。

無慈悲で冷酷な令嬢。



ハーヴに関する噂はあまりいいのがない。

社交会にもあまり姿を表さないため、実体が掴めないそんな印象が強かった。



ハーヴが入学してくると、タイヴァスは今までは友人と過ごしていた時間の全てをハーヴと過ごすようになった。


仲の良い姉妹なのだなとその時は特に何も思うことはなかった。




ある日、教師から用事を済ませ教室戻ろうと、裏庭を通りにショートカットしていると、珍しくタイヴァスと一緒にいないハーヴを見かけた。


黒紫とアメジストの組み合わせは、この学院に彼女しかいないため間違い無いだろう。


ハーヴはベンチに横たわり、瞳を閉じる。


今まで、そんな令嬢は見たことなかったし、ハーヴ自体が凛とした印象が強かったため少し驚く。


「戻ってこなくていいのにな」


ハーヴは呟く。俺の存在に気づいていないのだろう。


いくら死角にあるベンチだからといって、横たわるのはダメだし、気を抜きすぎるのは良くないと思う。


「いやだなぁ。お姉様戻ってこないで」


ハーヴは瞳を閉じている。


「姉君と仲が良いのではなかったのか?」


思わず話しかけてしまう。

ハーヴがビクッと肩を震わせている。


ハーヴから見えない位置であったため、彼女は一度開いた目をまた閉じる。


「…………仲なんて良くない」


凛とした声ではない。今にも消えそうなほどに弱い声だ。


「そうなのか」


「うん、だってお姉様、私の話なんて聞いてくれないし、

 何でもかんでも、私に任せて。ハーヴは何もしなくていいのよ。怪我をしてしまうわって」


校舎の窓ガラスに横たわったままのハーヴが写っている。


「心配性なだけではないのか?」


確かに彼女たちを見かけるときはタイヴァスが忙しなく、

ハーヴの世話を焼いているイメージがあるな。


「…………私にも少しだけど、できることがあるわ。

 それに、『優しい姉を小間使いのように扱う性悪な妹』って噂されるのよ。こっちは何にも頼んでないのに」


そんな噂もあるのか、思ったより酷いものだ。


「……そうなのか」


一応返事したのはいいが、どうしよう、なんて返すのが正解なんだ?


「でもしょうがないのかもしれない」


俺が返事に迷っている間にハーヴは次へと話を進める。

その声は諦めの色に染まっている。


「優しく美しい姉はみんなから愛されて、誰よりも幸せになれるんだって、父も母もよく言っていたわ」


俺の返事は期待していないのか、ハーヴは1人で話を続ける。


「私は幸せになれないの?って聞いたことがあるの。今思えばやめておけばいいのに愚かよね。そしたら、両親は私は家のために生きて家のために死になさいって言うのよ」


「ッそれは!」


とても自身の子どもに言うことではないだろうと強く憤る。

思わず身を乗り出しそうになるが、踏ん張り耐える。


「私のような、嫉妬深く優しくない女性は何かを期待するのはいけないんだって」


鏡に写る彼女の閉じた瞳から涙がこぼれ落ちる。


「姉のようになりなさい。貴女はどうしてできないの?なぜお前なんだって、みんな嫌いよ、私ではダメだということしか教えてくれないんだから」


俺は耐えきれず、ハーヴに駆け寄り彼女の目元にハンカチをあてる。


「貴女は優しくて繊細だ。俺なら家族だろうと他人の言うことは気にならないし、興味もない。そんなこと言われたら最後まで話を聞いていられない。最後まで聞いていられる貴女は、いつも笑顔でいられる貴女はとてもキレイだ」

 

こんなことなら王太子殿下の女性の慰め方講座しっかりと聞いておくんだった。

あの人以上に処世術に長けてる人間なんていないだろうし、

きっと俺みたいな意味不明な慰め方はしないんだろうな。


ハーヴの瞳が俺を写す。

アメジストのように輝く紫色の瞳はとても美しい。


「…そんなことないわ。キレイって姉のような人のことを言うのでしょう?私は全然キレイじゃない。それに、姉さえいなければって考えてしまうの。もっと私を見てくれた?私を否定しないでいてくれた?って」


体を起こしてハーヴの瞳から、ポロポロと涙が流れ続ける。


「キレイだよ。黒に紫がかった髪は、俺が1番好きな星が輝く空の色に似ているし、いつも凛々しい瞳は例え作り笑いだったとしても、俺には見抜けないほど美しかった。それに君の気持ちは嫉妬ではなく、寂しさからくるものだ。君が君自身を否定してはいけないよ」


少し恥ずかしそうに微笑む彼女は、俺の予想をはるかに超えて美しかった。


「……ふふっ。そんなこと初めて言われた。真っ直ぐ誉められるのも、慰められるのもちょっと恥ずかしいけど、こんなに嬉しいものなのね」


ハンカチを渡してしまったことを後悔する。隠さないでほしい。

口元を隠しながら笑う彼女は、とてもキレイで可愛くて、抱きしめたいし、もっと誉めたくなる。


多分俺は、あの日の君の笑顔に一目惚れしていた。









「アールト、最近視線が常にハーヴ嬢だな」


横を歩く王太子殿下がニヤニヤしながらこちらをみている。

思わず殴りたくなるが、それはヤバいので耐える。


「見てない」


「いや、見てるから言ってるんだよ」


タイヴァスとともにいるハーヴは今日も微笑んでいる。

姉の言葉に頷き、姉の半歩後ろを歩く。


「惚れたの?」

「……かもな」


否定はしない。自覚している。


「ハーヴ嬢には婚約者いるけど」

「知ってる」

「横恋慕はダメだよ?」

「分かってるよ」


こいつは俺に現実を突きつけたどうしたいんだよ。

横にいる彼を見ると、なぜからヒラヒラと手を振り始めた。

その視線の先を見るとタイヴァスがこちらに歩いてくる姿が見える。

ハーヴはどこに行ったのだろう?辺りを見回すが姿はない。


「こんにちは、タイヴァス嬢。今日の髪飾りは初めて見るな、君の淡い紫の髪によく映えていて、素敵だよ」


そんななことをしているうちに、タイヴァスは目の前までやってきていた。殿下は息をするように褒めることができるからすごいと思う。


「ふふっ、こんにちは殿下。お褒めいただきありがとうございます。この髪飾り、妹とお揃いでとっても素敵で今日は髪型もお揃いにしてもらっちゃいました」


タイヴァスとても嬉しそうに話す。


そういえば見たことのない髪飾りをハーヴもしていたな。

藍色の宝石がついた髪飾りは彼女の黒紫の髪に、とても似合っていた。

彼女の姿を思い出すと少し顔が緩んでしまう。


「何度かお見かけしたことはありましたが、お話しするのは初めてですね。カールステッド家のタイヴァスと申します。」


確かに完璧と言われるだけはある。

所作にも表情にもスキはなく、王妃殿下のようだ。


「ダンタール家、アールトと申します。」


彼女に習い、こちらも挨拶を返す。


「同い年なのに何か変な感じですね」


そう言って笑うタイヴァスは確かに彼女と似ているのに、

この笑顔には何も感じることはなかった。


この日から、タイヴァスはハーヴや兄であるヴァーイを連れて、

よく俺に話しかけてくるようになった。


最初は不信感が強かったが、必然的ハーヴとも話すことができるようになったことに俺は浮かれていた。






そんな毎日は俺たちが卒業する日、簡単に終わりを告げる。


「は?父上、今なんとおっしゃいました?」


俺は今しがた自分の耳に聞こえた言葉が信じられず、

聞き返してしまう。


「アールト、君とカールステッド家のハーヴ嬢の婚約が決まったと言ったんだ」


俺の父はついにボケたのかと思い、侯爵を凝視してしまう。


「そんなに驚いてもらえると秘密にしていた甲斐があったね。

 本当はタイヴァスと君の婚約で話を進めていたんだが、

 タイヴァスには途中でバレて、私は自分で自分の運命を見つけるので無理ですと言われてしまってね。我が娘ながら、少し甘やかし過ぎたみたいだ」


やれやれという感じで言っているが、本当にタイヴァスが可愛くて仕方がないのだろう、その顔には締まりがない。


「ハーヴ嬢には婚約者がいたはずですが?」


そう、彼女には婚約者がいた。殿下にも釘をさされたのだ。


「お恥ずかしい話ですが、先方がハーヴと相性が悪かったようで、

 破談になってしまいましてね」


破談?そんな話を聞いたことはない。それに、あんなに周りに対して不信感の強いハーヴが、それを知ったら喜ぶはずだ。

彼女は意外と表情に出やすいが、そんな様子は一切なかった。


「その話はハーヴ嬢もご存知なのですか?」


嫌な予感がする。また、ハーヴの知らないところで話が進み、

結果だけを知らされ、泣きそうな顔になる彼女が容易に想像できる。


「いや、知らないよ。それに知らせるつもりもなかったしね。

 あの子だって貴族だ。その責務ぐらい理解したいるよ」


侯爵は本当にハーヴに興味がないのだろう。先程、タイヴァスの話をしていた時とは表情が異なる。


「今、タイヴァスが呼びに行っているから、もう少ししたらハーヴもこちらにくるだろう」


侯爵はなんてことのないように言うが、それはダメだ。

また彼女を傷つける。


「いえ、せっかくなので、私が迎えに行って参ります」


もう俺の耳に彼らの声は届かない。








タイヴァスがハーヴの腕を掴もうとする。

しかしそれは叶わない。

ハーヴは勢いよく、タイヴァスの手を振り払う。


後方のテラスで2人の女性が向き合っている。


「……嫌だって言ってるのがどうしてわからないの」


「ハーヴ?」


「いつもいつもそう、貴女は私の話に耳を傾けてくれない。善意という息苦しさを私に押し付ける」


「どうしたの?ハーヴ」


「お姉様、私は行かないと言っているのです。放っておいてください」


(あぁ、やはり彼女はそこまで追い詰められていたのか)


しかし、誰かに拒絶されたことがないタイヴァスには、

それが拒絶であるとわかるはずがない。


「放っておけるわけがないでしょう。ハーヴは愛しいこの世界で、たった1人の愛しい私の妹なのだから」


(彼女はこうやって傷を負っていたのだろうか)


「愛しい世界?愛しい妹?……ハッハッ、笑わせないでくださいお姉様、私はこの世界も貴女のこと大嫌いだ」


ハーヴの言葉にタイヴァスは目を見開く。


「貴女はこの世界を愛してはいないの?」


酷く悲しそうな声が静かなテラスに響く。


「愛しているわけがないでしょう。

生まれた時から姉である貴女と比較され、

貴女と同じでなければ劣っている、

意地が悪い、愚かで卑しいと貶められる世界。

愛しても愛してくれなかったこの世界を、私はもう愛していない」


(君にようやく手がのばせる位置まで来たのに、君にはもう誰の姿も見えていないのだろう)


「ハーヴ、そんなに悲しいことを言わないで。

何か悩んでいるなら、私が力になるわ」



(君を追い詰めた人の中に俺も含まれているのだろう)



「お姉様、ダメよ、絶対ダメ。これだけはあげられない。この悩みは私のもの。何もかもお姉様のものなるこの世界で唯一私の手元に残っている大切な私だけのものなの」


(自身を否定してはいけない。ハーヴ、やはり君は優しくて美しい)




淡い紫の髪を持つ女性タイヴァスと

黒紫の髪を持つ女性ハーヴが

飛行船のテラスで対峙している。


彼女たちの瞳はともに美しいアメジスト。


しかし、淡い紫は唖然としており、

黒紫が纏う空気は冷たい。



「さようなら、お姉様。

私は貴女が生きるこの世界が大嫌いよ」


タイヴァスが何か言おうとしていることがわかっていながら、

ハーヴは言わせない。


ゆっくりと飛行船の端へと歩みを進めていたハーヴはその言葉を残し、テラスから身を投げ出す。


ハーヴが動くと同時に一つの影が動き出していた。


ハーヴを待つのは底の見えない奈落。


タイヴァスが駆け出し、ハーヴへと手を伸ばす。


掴んでもらえるはずがないことは、タイヴァスは先程のハーヴの言葉からわかっていた。


しかし、タイヴァスにとっては、どんな言葉をかけられようとハーヴはこの世にたった1人の愛する妹。


嫌われようと、避けられようと、彼女は何かせずにはいられない。


伸ばした手は空を切る。


「ハーヴ!」


淡い紫の女性が黒紫の女性の名前を叫ぶ。


アールトに迷いはなかった。


影は、アールトはテラスから身を乗り出し、彼女とともに奈落へと身を投げ出す。

彼が落ちて行く先で最初に見てたのは何度見ても美しいと思う、

ハーヴの笑顔だ。



ビュービューと、ゴーゴーと風が音を立てる。


まともに目を開けることができない。


しかし、ハーヴが閉じていた目を開けると、

そこにはこちらに向かって手を伸ばすタイヴァスではなく、

アールトがいた。


いきなりの好きな人の登場に、ハーヴは目を大きく見開く。

驚きを隠せない。


ハーヴの手をアールトが掴み、自分の方へと引き寄せる。


言葉はない。


(君といろんなところへ行きたかった)


(この世界はキレイでそこに君がいるだけで、更に輝きが増していくことを伝えたかった)


(君のウェディングドレス姿はきっとこの世の何よりキレイだろう)


(どんなに歳を重ねても、君が生きていてくれるだけで、俺も生きていけると本当に思っている)


アールトはハーヴを強く抱きしめる。


凍えるような寒さのなかで、アールトの体温が徐々にハーヴへと伝わる。


ハーヴの目から溢れた涙が上へと消えていく。


(君と死ぬなら悪くない)


ハーヴから抱きしめ返されたとき、この世界が今終わっても後悔はないと、アールトは本気で思った。


しかし、このまま死んではアールトとハーヴは家が違うため、別々のお墓へと入ることになる。


アールトは最愛を失いたくはない。

それは死後の肉体であろうと嫌だと、より一層ハーヴを強く抱きしめた。


(ハーヴ、やっとここまで来たんだ)


俺は君を手放すつもりはない。





















こうして、ハーヴとアールトはその短い生涯に幕を閉じる。


未だに彼らの遺体は見つからない。

しかし、王太子殿下の命令により捜索は打ち切られた。


ある者は生還しているかもしれないと希望を抱き、

ある者は早々に見切りをつけ、空っぽの棺とともに葬儀の準備をする。




「君たちが愛しあえる世界で生きていることを願うよ」






彼らの物語は後世で悲劇として語られることとなる。


お読みいただきありがとうございます。





ここからは蛇足です。

ハーヴとアールトは互いに相手の優しさに一目惚れしています。

ハーヴにとってはタイヴァスと仲良くしているように見えていた笑顔は全てハーヴが引き出したものです。


きっと、ハーヴがあと少し我慢ができていたら、

タイヴァスがアールトには興味がないことを妹にも伝えていたら、愛しあえる世界があったかもしれません。


妹の誇りであった姉と姉が誇りであった妹。


けっして、初めからハーヴはタイヴァスを嫌っていたわけではありません。誰にも関心を向けてもらえなかった世界でタイヴァスがいたから、ハーヴは今まで生きてこれました。


しかし、周囲にとって姉妹は容易に比較対象となってしまいます。

その結果、タイヴァスは妹の寂しさに気づかないまま妹の誇りであり続けることを目指し、ハーヴは姉と並んで歩けることを目指し結果のすれ違いです。


『愛しかった世界』はハーヴにとっての過去。

『愛しい世界』はタイヴァスとアールトとっての今。

『愛しあえる世界』は王太子殿下とタイヴァスにとってのハーヴとアールトの未来。


以上で一端区切りをつけたいと思います。

世界を愛した彼女たちのお話でした。



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