表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王立学園婚約破棄部へようこそ  作者: 眠りクラゲ
8/11

第8話:それぞれの企み

「リュエミール・ランドアーネスト子爵令嬢……。初めてしっかり見たけれど、確かにかわいらしい子だったわ」


「そうだね……マリアは見た? あの子、随分綺麗な目してたね」


 好意的な感想を言い合うマリアとエレナだったが、後輩たちは奥歯にものが挟まったような表情で黙り込んでいた。


「……確かに、彼女のやりたいことは理解できました。でも、ロングータス公爵令嬢に迷惑がかかっているのは、どちらにせよ同じですよ」


 どんよりとした空気の中、ハルノレイムが口を開いた。感情を排したその声に、むしろ確かな怒りが感じられる。


 そうね、とマリアは苦く微笑む。

 ハルノレイムとジャルトアミィは個人的な付き合いこそないものの、同じ公爵家の子女同士。貴族のトップとしての負担を理解し、彼女を気にかけているのだった。


「彼女のやり方は、確かに良くなかったわ。でも、前後を考えずに始めてしまった個人的な計画なら、なんとか公爵家に執り成しを、とも思うけれど……」


「問題は、子爵夫妻も彼女に賛同していることだね……夫妻の関与を聞かなかったことにする、という手もなくはないけど、不誠実すぎるかね」


「流石にそれはダメよ」


 冗談だか本気だか分からないようなことを言うエレナに、マリアも微笑みを返しつつもその声は硬い。


「でも、そうね……。リュエミールさんが計画を成功させたとなれば、子爵家もただでは済まないでしょう。メルティナさんのことがあったとはいえ、そこまでできるものなのかしら」


「幸い、僕はまだ経験したことはありませんが……亡くなった人の存在は、亡くなってしまったからこそ大きいのかもしれませんね」


 マリアの問いに、ユールハルトが力のない声で答えた……。


 ***


 部員たちが帰り、静かになった婚約破棄部の部室。

 窓から差し込む夕焼けの色は薄紫に変わり、マリアが覗き込む書類に影を落としていた。


「リュエミール・ランドアーネスト……。実母のもとを離れ、昨年3月に子爵家の養女になっている」


 学園の名簿の写しに記されたそれは、パトリオットから依頼を持ち込まれた際にも確かめた彼女の経歴である。ミッチェラによる令嬢たちへの聞き取りからも裏付けは取れており、事実と見て間違いなかった。


 ただ、その詳細な経緯についてまでは名簿には記されていない。マリアもその点は重視していなかったため、追加の聞き込みも行わなかった。


「お嬢様――メルティナ・ランドアーネスト子爵令嬢の、ため」


 そして、先程リュエミールが口にしたその名にも、心当たりはなかった。


 メルティナとは、7歳で病死したランドアーネスト子爵夫妻の実子の名だった。病弱であったため他家の子女との交流はなく、乳姉妹のリュエミールが唯一の友だったという。


 暗い顔で亡き友、あるいは主のことを語るリュエミールの様子に、部員たちは何も言うことができなかった。

 やっていることは確かにめちゃくちゃではあるものの、悲愴な決意に基づいたものだと分かってしまったからだった。


「お嬢様は、たった1度だけ出ることができたお茶会で、数人のご令嬢に心無いことを言われてしまったのです。そんなお嬢様をお助けして下さったのが、ジャルトアミィ様でした……。それ以降――お亡くなりになるまでの短い間でしたが――、お嬢様はジャルトアミィ様に強く憧れ、あの方のような素晴らしい令嬢になるぞと、病の中でも励んでおられたのです」


 そんな主の恩人が、婚約者によって邪険に扱われている。平民であるリュエミールがそれを知ったのは、幸か不幸か、勤め先のロザリー・アルカシスがジャルトアミィ御用達の香水店だったからだった。


「色々なお品を勧めても、「パトリオット殿下のお好みではないから」とお断りになるのです。それならば、殿下が気に入られるような香りをお作りしましょうと店主が言っても……」


 パトリオットの好みではないと購入を断ることも、ジャルトアミィからすれば綱渡りのようなものだっただろう。店員たちも鈍くはない、その言葉を聞けば、王太子とその婚約者が不仲であると容易に察せられるからだ。ただ、アルカシスは高位貴族を相手にしている高級店。顧客のプライバシーにはとことん気を遣う店である。


 だからこそ、ジャルトアミィも本音を見せてしまったのだろう。


「ジャルトアミィ様がお使いの「夕闇の薔薇」は、公爵夫人が12歳の誕生日に初めての香水としてお贈りになったものと伺っています。そして、パトリオット殿下から褒め言葉を頂戴した、最後のものでもあると……」


「そう、その通りよ」


 絞り出すようなエレナの肯定。


「アミィは柔な令嬢じゃないの。婚約者としてあのアホウを支えて、守ろうとしてきた。そして今は、公爵令嬢として、名誉を守るために殿下から離れる決心をしてる。でも、本当は、あの子は殿下が好きだったのよ……あのロクデナシも、昔はまさしくアミィの王子様だった。アミィは、自分が上手く導ければ、また元の殿下に戻ってくれるんじゃないかって……そんなことはもうありえないって分かっているけど、本当に本当に本当に少しだけ願っている、馬鹿な子なのよ!」


 そして、悲しみに満ちた叫びだった。


 侯爵令嬢のエレナが声を荒げるなど前代未聞……。場はしばし凍りついたが、ミッチェラの執り成しによってリュエミールの語りが再び始まる。


「……子爵家に引き取られることになったのは、偶然でした。お嬢様が亡くなってから両親が離婚し、母とわたくしは子爵家も辞して街で暮らしておりました。ありがたいことに、奥様とはお手紙のやり取りが続いていたのですが……お嬢様がご存命ならば学園に入学していた年ということで、お嬢様の代わりに、わたくしを養女とし、学園に通わせたいというお話を頂いたのです。わたくしと母はそのお話をお受けして、わたくしはリュエミール・ランドアーネスト子爵令嬢になりました」


 純粋な優しさか、あるいは政略結婚の駒を求めてのことか。ある種の疑念を抱いて子爵家に入った彼女だったが、そこで目にしたのは、気力を失った夫妻の姿だったという。


「お嬢様がお亡くなりになって、8年経ちました。その悲しみは癒えるどころか、年を経るごとに旦那様と奥様を強く苛むようになっていたのです。気丈に振る舞っておいででしたが、できるなら早くメルティナのところに行きたいと……」


 たった1人の愛娘を喪った夫妻の悲しみはいかばかりか。部員たちが沈痛な静けさに包まれる中、拳を握ったハルノレイムが尋ねる。


「ですが……それがどうして、あのような、ジャルトアミィ様を振り回すような行動に繋がるのです」


 怒りを隠さないその声にも、リュエミールは動じなかった。


「旦那様と奥様がわたくしの入学準備を進めてくださる間、もしもメルティナ様が学園に通われていたら、きっとお喜びになっただろうと幾度も考えました。憧れのジャルトアミィ様と同じ学園に通えるのですから。ですが、お嬢様がパトリオット殿下の態度をお知りになれば、きっと同じくらい悲しまれたでしょう。とはいえ、わたくし如きがパトリオット殿下をお諌めし、ジャルトアミィ様の笑顔を取り戻すなど、とてもとても……」


 ふう、とリュエミールは息を吐いた。その隙にジェリカがお代わりのお茶を注ぐと、ぺこりと頭を下げる。


「そのようなことを考えていた折、旦那様が学園について色々と教えて下さいました。その時……婚約破棄部のお話を聞いたのです」


「なるほど。学園に縁がなかったリュエミールさんは、確かに婚約破棄部の存在など知らなくて当然ですものね……。子爵がどこまで具体的に話したのかは分かりませんが、さぞや驚かれたことでしょう?」


「はい。とんでもない部活だと思いました」


 ころころと笑うリュエミールは、確かにどこか幼く愛らしかった。


「そして、これを使えばわたくしでも、いえ、わたくしだからこそ殿下からジャルトアミィ様を解放できると――今から思えばひどく身勝手ですが、そう思ったのです」


 そして、それは自惚れではなかったのだ。

 リュエミールの立てた計画は順調に進む。計画通り、パトリオットは卒業パーティーで断罪されることが決定している。

 彼女と子爵家も罰を受けるだろうが、リュエミールは平民に戻ってもやっていける自信があったし、疲れ切った子爵夫妻も引退できるなら願ったり叶ったりだった。


「上手くやられたわね……」


 今日の彼女の話を纏めた書類を見直して、誤字脱字がないことを確認する。

 ひとつ頷いてそれをファイリングしたマリアは、婚約破棄部の部室を後にした。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ