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王立学園婚約破棄部へようこそ  作者: 眠りクラゲ
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第5話:保護者への根回し

「あと2ヶ月で卒業ですか……寂しいです」


「そう言ってもらえるのは嬉しいわ、ハルノレイム」


 ロングータス公爵家の王都別邸に向かう馬車に揺られ、マリアとハルノレイムはおしゃべりに興じていた。


「部長は、卒業後はどうするんですか?」


「……ワタシは、一通り終わったら領地に帰る予定よ」


「そうなんですか。エレナ先輩は卒業と同時に結婚でしたっけ……部長も、先輩の結婚式には来ますよね?」


 学園きってのレディキラーであるエレナだが、彼女に心酔している1歳上の婚約者も、負けず劣らず猛烈な伊達男であった。2人が並ぶと無駄にキラキラしている、圧が強いともっぱらの評判であり、その結婚式には妙な期待が集まっている。


「ええ、そうね」


 友人のウェディングドレス姿を想像し、思わず声を弾ませたマリアだったが、ハッとして咳払いをひとつ。


「まあ、それよりも……その前に大仕事があるのだから、油断は禁物よ」


「はい、部長!」


 彼女がハルノレイムの笑顔に満足そうに頷いたところで、ちょうど公爵家の屋敷が見えてきた。部活動の経費として交通費を計上することもできるとはいえ、敢えて高いものを選ぶ必要もなく。移動の際はいつも屋根なしの街馬車を選んでいた。


「どうもありがとうございました」


 来客用のポーチに通され、2人はよいしょと馬車から降りた。ハルノレイムが馭者に代金を払い、3時間後にまた来てもらうよう念を押す。


 忘れ物がないか確認し、マリアはふうと息を吐いた。


 ***


「本日は、ご令嬢の婚約者であるパトリオット・ルルノールン・バルジェット殿下が当部に申請した婚約破棄について、最終的な報告書を持って参りました」


「ああ、先触れのお嬢さんから概要は受け取ったよ。ありがとう、そしてよく来たね、アンバートさん、クロイスくん」


 公爵令息であるハルノレイムよりも先にマリアの名を呼ぶあたりに、色々な意味で狸と言われるロングータス公爵もかつては学園生だったことが偲ばれた。学園の中は、爵位よりも学年が重視されるほぼ唯一の場所なのである。


「恐れ入ります」


 落ち着いた声で答えたマリアは、視線だけでハルノレイムに報告をするよう促した。

 今日のロングータス公爵への報告は、彼に任せてみようと決めていたのだ。


「婚約破棄申請人のパトリオット殿下に対し、当部は婚約破棄の妥当性を証明する証拠・証言の提出を求めました」


「確か、ジャルトアミィが殿下の恋人に不当な行いをしたことが原因だったかな?」


 敢えて混ぜっ返したことがわかるロングータス公爵の明るい声音に、しかしハルノレイムはいささか緊張を強めたらしい。一瞬言葉に詰まる彼だったが、軽く呼吸を整えて話を再開する。


「失礼しました。婚約破棄を希望する理由は、「ジャルトアミィ・ロングータス公爵令嬢が行った、リュエミール・ランドアーネスト子爵令嬢に対する不当な行い」です。殿下はランドアーネスト子爵令嬢と恋愛関係にあることは認めていますが、自身の恋人への行為であることを問題視したのではなく、あくまで嫌がらせという行為自体が王太子妃に相応しくないと――いえ、こちらの続きは後回しにしてもよろしいですか」


「ああ、構わんよ」


「そして、その申請を受け、証拠等の提出を求めましたが……その内容は報告書に記載いたしましたので、ご確認いただけると」


 分かった、という声に続き、沈黙の中に公爵が報告書を捲る音が響く。数ページに渡ってまとめられた「証拠」の内容に目を走らせたのち、思わずといった様子で公爵は笑みをこぼした。


「これはなかなか……」


 皆まで言わずとも、マリアとハルノレイムにも公爵の気持ちはよく伝わってきた。放課後や昼休み、意気揚々とやってきたパトリオットが示してくる証拠を一応は真剣に吟味し、まとめたのは他ならぬ婚約破棄部の面々であるのだから。


「特に、これなんて傑作だよね。11月3日の昼休み……アミィが子爵令嬢を学園中庭の噴水に突き落とした、と。証言者は殿下、それにあの騎士団長の末息子か。今はどうだか知らないが、私たちの頃というと、噴水前のベンチは昼休みになると大賑わいだったけどね」


「ええ、それは今もそのままですよ。下の段に示しておりますが」


「ああ、ほんとだ。ふうん、いつも通り、中庭にはたくさんの生徒がいて……子爵令嬢は足を滑らせて噴水に倒れ込んだのを、通りがかったアミィのせいにしたという証言が多数。その数10人、まあ、その瞬間を目撃した人間っていうとそのくらいになるのかな?」


「左様でございます」


 落ち着いて返したハルノレイムに頷き、公爵は報告書をテーブルに置いた。

 これからハルノレイムが何を告げるのか、分かってはいるものの……それを実際に聞くのを楽しみにしているといった風情だった。


「ご覧いただいたように、殿下の提出した証拠や証言は、全て当部による検証の結果――虚偽。我々婚約破棄部は、ジャルトアミィ様の瑕疵を証明するものは何もなかった、との結論を下しました」


「うん、ありがとう。……すごいね、ほぼ全部の証言や証拠に反論を突きつけてる。君たちの証言集めの手腕もあると思うけど、子爵令嬢がいかに人前で行動していたのかがよく分かるよ」


 微笑みながら、公爵が背もたれに深く体重を預ける。視線をハルノレイムとマリア、それぞれに往復させてから、最後はマリアと目を合わせた。


「さて……本日、他の部員がこの結論を殿下と陛下にも報告しに行っています。捏造を認めるか、あるいはランドアーネスト子爵令嬢に騙されたと言うかは別として……殿下が調査結果を受け入れた場合、我々の役目は終わり、婚約の今後は陛下と公爵にお任せするという形になります」


 低く、それでいて澄んだマリアの声が、公爵邸の応接室によく響いた。その声には取り立てて感情は乗っていないが、ハルノレイムには彼女が楽しんでいると感じられる。あからさまに隣を見るわけにもいかず、彼は視界の端に長いブルーブロンドを捉えていた。


「ですが、殿下があくまでそれを認めなかった場合は、卒業パーティーでの婚約破棄に備えてご協力をお願いすることになります」


「君たちは、そうなる可能性が高いと?」


「それは、今日の殿下の様子によりますね」


 からかうように尋ねる公爵に対し、すげなく答えたマリア。彼女の肝の据わりように、ハルノレイムは幾度となく感心してきたのだった。敬愛する先輩がもうすぐいなくなると思うと、彼の胸にやや場違いな寂寥が広がった。


「まあ、そうなるかね。じゃあ、今日はその打ち合わせも?」


 公爵に取ってもらっていた時間には、まだまだ余裕があった。


 ***


「……それでは、基本的にはこの形で進めましょう。計画書はまたお送りしますが、学園の生徒と教職員、出席予定の貴族にも協力を仰ぐ予定なので、別途そちらの書状も届くと思います」


 複数の案をもとに話し合いが行われ、無事にパーティーでの婚約破棄に備えるシナリオが完成した。


 帰り際、マリアがお土産に部員たちへのお菓子を受け取っていると、ふと公爵が言う。


「アンバートさん。君は、卒業式の後はどうするのかな」


 馬車が来ているか確認しに、ハルノレイムは一足先に出て行っていた。

 先輩としての役割から解放されたわずかな時間。マリアは切れ長の目をさらに細めた。    


「……式が終われば、領地に帰ります」


 言葉を選んで答えつつ、彼女は公爵の言葉の裏にある意図を察していた。

 ――卒業した後、ではなく、式の後と言われたからだ。


 彼女には、後輩たちに秘密にしていることがあった。


「まだ後輩たちには言っていないのかな」


「聞かれていないので。公爵こそ、なぜ……いいえ、ジャルトアミィ様も3年生でした」


「ああ、学園の校舎は学年別に階が分かれているからね。後輩たちは知らないのか」


 そうです、とマリアは冷えた声で答えた。


「彼らは、授業中にワタシが教室にいないとは知りません。……ましてや、授業に出席することができず、3年間で卒業できなかったワタシは自主退学を選んだということも」


 自主退学という言葉に、公爵は目を細めた。


「2年前だね。クラスは違ったが、同じ学年内のいざこざだ。アミィも気にしていたよ……どこかのご令嬢から一方的に恨みを買ってしまったらしいね? 伯爵令嬢だったかな」


「ええ。語学の試験の点数がワタシより低かったのが気に食わなかったそうですの」


 クラスメイトだった伯爵令嬢から嫌がらせを受けるようになった彼女は、教室に入ろうとすると足が竦み、授業に出ることができなくなってしまったのだった。

 嫌がらせはやがて教師の耳にも届き、その年のうちに伯爵令嬢は退学処分となっている。


 しかし、彼女の心は疲弊してしまい、現在もマリアは教室に姿を見せない。図書室か婚約破棄部の部室――そのどちらかで彼女は1日を過ごしている。


「あの人は退学になりましたけれど、ワタシはどうにも浮いた存在になってしまって……そんな折、婚約破棄部の先輩が、1年生だったワタシを部長として指名してくださったんですわ」


 婚約破棄部の部長という肩書きは、微妙な立場になったマリアを守るには十分だった。

 授業に出ない分だけ空いた時間を婚約破棄部のために充て、目立った功績はなくとも部を支える下地を広げてきた彼女を、現在の部員の中では唯一事情を知るエレナも誇りに感じ、尊重してくれている。


「なるほどね。不躾なことを聞いてすまない。……ただ、進路がはっきり決まっていなければ、よかったらいつでもうちを頼りなさい、と伝えようと思ったんだ」


 君はなかなか優秀な子のようだから、と微笑む公爵に、マリアは戸惑いながらも深く頭を下げた。


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