第4話:証拠集め
そして放課後、マリアが少し遅れて部室へと入ると、パールバディア公国からの留学生であるユールハルト・ヨハンラドとジェリカがパトリオットへの対応をしている最中だった。
ユールハルトは、銀縁の眼鏡を上げながら、理知的な低い声でパトリオットに確認をとっている。
「ローバーン・テリーローク……ランドアーネスト子爵令嬢と同じ1年4組所属。身分は男爵令息ですね。その方がこれらの証言を?」
「ああ、そうだ。残念ながら、俺がずっとエミのそばにいることは難しい。仕方がないからな、その間にはローバーンが彼女を守ることになっている。やつはいささか脳筋なところもあるが、腕っ節は強い」
「ふむ……。では、ロングータス公爵令嬢による嫌がらせの証人は、テリーロークさんを始めとするこちらの4名、そして殿下しかいないということでしょうか?」
冷静に尋ねたユールハルトに、パトリオットはあからさまにムッと言い返す。
「何だと。お前たちが言うから証人の具体名を出したというのに、何が不満なのだ。それとも、俺の集めた証言は信用できないというのか? ん? お前は侯爵令息と言っていたが、ローバーンが男爵令息だからか?」
それを聞き、男爵令嬢のジェリカはいささか気を悪くした様子だった。マリアは間に入ろうかと考えたが、ユールハルトが視線だけでそれを止める。うなずいたマリアは、手近な椅子に腰を下ろした。
「そのような意味ではございませんよ。ただ、証人がたくさんいるほど信憑性が上がるというのは基本でしょう。そうですね……あ、この「体操の授業の後、更衣室に戻ると、制服のシャツの左袖が裂かれていた」。ランドアーネストさんは着てみて初めて気づいたそうですが、同じ更衣室にいたはずの女子生徒の目撃証言はないのでしょうか?」
「それだったら、俺がすぐにエミのクラスの女生徒たちに聞きに行った。ただ、誰からもエミが袖の裂かれたシャツを着ていたという証言は得られなかったんだ。そもそも、クラスの女生徒たちもエミに邪険にしていたからな……。エミに嫉妬したのか、ジャルトアミィの指示かは分からないが、あいつらは怪しい。知っていて黙っているのかもしれないし、むしろ中に犯人がいる可能性もある。エミはうっかり何かにひっかけたのだろうと言ったが、可哀想に、報復を恐れて事実を言えないのだろう」
まくし立てたパトリオットは、セットされたエメラルドグリーンの髪をかき上げた。はらりと落ちる額の後れ毛に、ジェリカは鬱陶しそうな視線を向ける。
「まあ、ともかくです、殿下。今のところ、女子生徒からの証言がちっともありませんし、証人として名が上がったのも殿下のご側近というか……ランドアーネストさんが特に親しくしているという方々のみですね」
「その何がいけない。エミは転入してきたばかりで、立場が不安定だ。本来なら彼女を受け入れるべき女生徒たちがエミに対して冷たくするから、俺たちが彼女を守っているんだ。それを、色目を使って取り入るなどと」
「ですがー……実際、殿下はランドアーネストさんを妻にとお思いなのではないですか?」
気のないジェリカの問いかけに、パトリオットは胸を張って答える。
「そうだ。俺は、控えめでありながら俺の心を癒してくれるエミを愛するようになったんだ。いじめられて辛い思いをしているというのに、愚痴ひとつ零さず……。そして、俺のことを「癒してくれる人も、自由もない、そんな責務に耐える人の姿は、とても素敵です。学園に来れば大好きな人のそんなお姿を見られるから、ひどいこともたくさんあるけど、あたしも頑張って毎日来てるんです」と言ってくれたんだ。なんといじらしく、清らかなんだろうと思った。俺の妃には、エミこそが相応しい」
その返答を聞いたジェリカは、すらすらと書類に追記しているようだった。しばし後輩を見守ろうと、マリアは気配を消してじっと見つめる。
ひととおり書き終えた後、ジェリカが再びの質問。
「ちなみに、婚約破棄について、ご側近やランドアーネストさんは何とおっしゃっているんですか?」
「エミは「あたしなんか、王妃には相応しくないですよ。でも、パトリオット様が本当に望んでいらっしゃるなら頑張ります」と言ってくれている。ローバーンたちも、俺にならエミを守れると言って、賛成してくれているぞ」
「素晴らしいご友情ですね」
ユールハルトが鋭い目元を緩め、微笑みを浮かべる。しかし、よく見るとその目は一切笑っていなかった。
***
「いやはや……」
婚約者のみならず女子生徒たち、更には男子生徒、なんなら教職員の鼓膜も蕩かす低音が、ユールハルトの口から漏れる。
「これはまるで……僕が聞いていた、マークレッド・ロイの事件とそっくり同じではないですか。ここまで来ると、何らかの作為を感じずにはいられません」
「45年前のことを模倣して国家転覆を狙っているとか、そういうことか……?」
重い声で応じたのはハルノレイム。
「そのことなのですが……」
「どうぞ、ミッチェラ」
控えめに挙手した女子生徒に、婚約破棄部員たちの視線が集まる。慣れないように一瞬たじろいだ彼女だったが、紅色の目を数度瞬かせ、凛とした声で報告を始めた。
「昨日の中・下位貴族令嬢のお茶会で、ランドアーネスト子爵令嬢のことを尋ねてみました。子爵家の隣にある領地の伯爵令嬢から、「今から半年前に養女として引き取られ、近隣の貴族家にはその旨が書類で告知された」という話を聞けました。他にも彼女自身から聞いたという過去のエピソードを数人から聞くことができましたが、どれも当部で管理している名簿の情報と一致しており、周囲に虚偽の来歴を話しているわけではないと分かりました」
「ありがとう」
マリアの微笑に、ミッチェラ・ドノーズ伯爵令嬢は嬉しそうに肩をすくめた。
その様子に、彼女とクラスメートとしての付き合いもあるハルノレイムはニッと笑ってみせる。
「いやあ、いいねえ」
そんな2年生たちを満足そうに茶化したエレナは、一転して困惑した様子を見せた。
「となると、特にランドアーネスト子爵令嬢には企みなんてないってことになるのか? 何かやる気なら、もう少し……こう、何か……」
「その違和感、わたくしもとてもよーく分かります」
頬に手を当て、ジェリカも同意の声を上げる。発言こそしないが、他の部員も困惑しているのはマリアの目にも明らかだった。
「そうね……。ランドアーネスト子爵令嬢、あるいは子爵が王妃や外戚の座を狙っているのだとしたら、彼女の振る舞いはあまり上手くないわね」
切れ長の目を閉じ、低い声で呟くマリア。部員たちはうんうんと頷くが、彼女が目を開くと、話に続きがあることを察知して身を乗り出した。
「でも、仮によ? 子爵令嬢やその背後に、婚約破棄部を利用して、パトリオット殿下を完全に貴族社会から排除する……という目的があったらどうかしら」
その言葉に、ハルノレイム、ユールハルト、ミッチェラの胸が一瞬ざわめく。
もっとも、彼女が本当にお花畑なご令嬢ってだけの可能性もあるけれど……という慌てた声は、マリアの紅茶を注ぎ直していたジェリカにしか届かなかった。
俄然やる気を出した後輩たちに、唯一平静を保っていたエレナが苦笑する。
「マリア。もう答えを知っているのかな」
「まだかなあ……でも、そうね、ワタシはみんなより、少し自由が利くから」
カップに口をつけ、澄ました顔のマリアだった。
***
それから数ヶ月――
パトリオットがしばしば持ち込んでくる「証拠」は、ジャルトアミィの言動を大袈裟に解釈したものであったり、信憑性が皆無のものであったり、婚約破棄部の面々の期待を裏切らないものであった。
学園の中でも、パトリオットとリュエミールが卒業までにどれくらいのことをしでかすのか、もはや喜劇を見るかのような目線が注がれている。
そして、そんな生徒たちの期待感は、婚約破棄部員たちにも向けられていた。
――いったいどんな風に、婚約破棄部はパトリオットを叩きのめしてくれるのだろうかと。