1節
ーーーーー数日後
「着いた~~~!」
黒と白が出会ってから数日が経った日、2人は無事に交易都市ミルムに到着した。白は町の入り口に着くと大声を上げたのだった。
「大声をだすな!」
ゴンッ!
白の頭に黒がゲンコツした。
「い、いったーい!何するのよ、黒!?」
「こんな往来で大声出すんじゃねえよっ、ただでさえお前は目立つ姿してんだからよ。」
そう、白の容姿は多種多様な人間が住むこの交易都市ミルムでも目立っていた。真っ白な髪に真っ白な肌、淡いブルーの瞳、おまけに美少女と言ってもいいほど顔が整っているのだから目立つのも当たり前である。
「しっかし、こりゃあ一体どういうことだ?」
交易都市というからには人口もそれなりのものだと思われていたが、実際には通行人は数えられるほどしかおらず、活気があるとは言えない有様だった。
「ねえ黒、この町はものすごく栄えてるはずじゃなかったの?むしろ寂れてるようにしか見えないけど?」
「ああ、俺も今同じこと考えてた。」
「出店も出てないし、演劇もしてないじゃん。」
「前言撤回だこのヤロウ。お前は祭りしてるとでも思ってたのか?」
2人がそんなやりとりをしていると、近くにいた老人が話しかけてきた。
「お前さんら、もしや旅の人か?」
「いえ、新婚旅行です。」
「アホか!!!」
ゴンッ!
白の問題発言に、また黒のゲンコツが振るわれた。
「痛い!ちょっと黒、ただのジョークじゃない。」
「冗談にも限度ってもんがあんだよボケ!俺をロリコンの犯罪者にする気かお前!」
黒のような大の男が白のような少女を恋人と言えば、そう誤解する人間も少なくないはずだ。そんな疑惑で牢獄行きなど、はっきり言って笑えない。
「だーれがロリ美少女だ~~~~!」
「「美」を付けた覚えはねえ!」
そんなやりとりを、話しかけてきた老人は楽しそうに眺めていた。
「新婚さんかどうかはともかく仲が良いということだけは確かじゃな。」
老人のその一言で黒は我に返った。
「それより聞きたいことがある。この都市はなんだってこんなに廃れてるんだ?交易の中心として栄えてると聞いていたんだが。」
「なんだお前さんら、ここの現状を知らずにやってきたのか。だったらその能天気ぶりにも納得がいく。」
老人は信じられないと言わんばかりだった。
「現状だ?伝染病でも流行ったのか?」
「そのほうがよっぽどマシだったろうな。原因がはっきりしているわけだからな。」
老人の言わんとしていることが黒と白には分からなかった。
「じゃあ何があったの?」
「神隠しじゃよ。」
その言葉に2人はますます混乱した。
「「神隠し?」」
「ああそうじゃ。人が突然いなくなるのじゃよ。つい昨日まで普通に生活していた人間が、次の日になると消えているのじゃ。そんなことがここ数か月の間に何件も続いた。そんな町に来たがったり居たがったりするような物好きはそうおらんよ。」
「じゃあ物流は完全に止まってるってことか?」
「いや、ワシのような年寄りや引っ越す資金のない貧乏人はここに残るしかないからな。まだある程度交易都市としての機能は生きておるよ。」
「ならよかったぜ。物資を調達したかったからな。」
「おじいさんは怖くないの?」
黙って老人の話を聞いていた白が突然口を開いた。
「・・・・・どうしてそう思うのかね、お嬢さん?」
「だってもう何人も人が消えてるんでしょう?私だったらそんな不気味な町に居たいなんて思わないよ。ねえ黒?」
白は黒に同意を求めた。その表情が黒にはどこか悲しげに見えた。
「確かにな。だがこの爺さんの年齢を考えれば納得ができんだよ。」
「?」
「”開拓世代”なんだろ、あんた。」
黒は老人に尋ねた。
「・・・・・正解じゃよ。わしはこの町の始まりから居る住民じゃ。」
”開拓世代”。文字通り人の住める環境を開拓した人々のことである。”大暴走”からまもなく、生き残った人々は滅びた文明の残骸を利用し新たな文明を築いた。その世代の人々が総じて”開拓世代”と呼ばれているのだ。
「この町を築いたのはワシとその仲間たちじゃ。この町は、ワシらにとって故郷でもあり子どもも同然なんじゃよ。それを捨てるなど考えられんよ。」
「そっか。おじいさん強いね。」
白は老人の思いを知って感動しているようだった。しかし黒は淡々と話を続けた。
「しかし見たところ、あんたの同世代らしい人間は見当たらないが。」
そう、町ゆく人間の大半は20~30代らしい若者が大半で老人などほとんどいなかった。
「神隠しにあった者もおるが、中には家族の身を案じて町を出た者もおるよ。こればかりは如何ともし難い。ワシは独り身じゃから気にせんがな。」
老人はそう言って笑っていた。
「まあ用が済んだらできるだけ早く町を出ることじゃ。神隠しに遭いたくなければな。」
そう言うと、老人は去ろうとした。しかし、黒はそれを呼び止めた。
「待ってくれ。最後に一つだけ聞きたい。」
「なんじゃ?」
「この町に軍隊や自警団のようなものはあるのか?」
黒のような過去の経歴に影があるような人間は、権力や司法機関との接触は出来うる限り避けたいのだ。
(まあ、町の入口に検問どころか見張りすらろくにいなかったからな。あったとしてもまともに機能しているかどうかは甚だ疑問だが。)
「ああ、別に人が減り続けているとはいえそれ以外別に治安が悪化しているわけでもないからな。いなくても別に困らんのじゃよ。だからそんなに気にせんでも大丈夫じゃよ。」
「そうか、ありがとなご老体。達者でな。」
「ばいばい、おじいさん。」
2人が別れを告げると老人は笑って去って行った。
「・・・・ところで、黒に質問なんだけど。」
「なんだ藪から棒に。」
「宿の場所とか、買い物できる場所とかも聞けばよかったんじゃないの?」
「あっ。」
ーーーーーその夜
「いやー、案外簡単に宿見つかったね~~。」
「どこがだよ!お前の方向音痴っぷりのおかげで、宿の位置知ってから辿り着くまで何時間もかかっただろうが!どうゆう神経してたら、案内板の矢印の逆方向を自信満々に進めるんだよ!!」
老人との立ち話のすぐ後に、2人はまず宿の確保に動こうとした。幸い場所は案内板があちこちに多くあったため、すぐにでも到着できるはず・・・だったのだが。
「おまけに、俺がどんなに助言しても「私の勘は絶対当たるから~」とか言って聞く耳持ちやしねえし、不安になって確認したら結局別の方向だったしな!」
「もういーじゃん、無事に着いたんだし。結果オーライじゃん。」
「お前が言うな!まあ、実際そうなんだけどよ・・・・、しかし何というか。」
黒は窓を開けて町を見ながら呟いた。
「釈然としねえ。」
「なにが?」
「この町の現状だよ、いくら何でも落ち着きすぎだろ。」
人が日常的に消える。そんな異常現象が起きている町に人がまだ残り、なおかつ治安の悪化すらなくそれなりの平穏が維持されているなどそれこそ異常だ。
「別にいーじゃん。平和が一番だよ。」
「そりゃそうだが・・・・、なんて言ったらいいかわかんねえが。」
黒はもう一度町を見渡し、呟いた。
「・・・・薄気味悪いんだよな、この町。」
ーーーーー同時刻 交易都市 地下
「報告いたします。」
「なんだ、こんな夜更けに。緊急か?」
薄暗い地下の一室、ランタンの明かりだけが点いているその部屋で2人の人物がいた。1人はもともとこの部屋にいた者、炎をかたどった銀のペンダントをしている、もう1人はついさっきこの部屋に入ってきた灰色のローブを羽織った男、暗がりとローブのフードを目深に被っているため2人の顔は定かではない。
「はい。本日町に入ってきた男女の2人組についてなのですが。」
「2人組?それがどうした。ここは紛いなりにも交易都市なのだ、人の出入りなど当たり前であろうが。多種多様な人物がどれだけ入ってきても違和感などあるまい。」
「仰る通りですが、男のほうは只者ではない様子でして。おそらくは傭兵かと。」
「傭兵だと?」
フード男の言葉にペンダントをした男は眉間にしわを寄せる。
「・・・・嗅ぎつけられたか、あるいは偶然この町に来たのか。いずれにしても、我々の計画を邪魔する可能性があることは事実だ。不安要素はすべて排除しておかなければなるまい。」
「理解しております。すでに手はまわしてありますので、明日のうちには片付いておりましょう。」
「そうか、だが油断はするなよ。砂漠を自力で超えてきたというのなら相当な実力者だ、万全を期して臨むようにせい。」
「はっ。では失礼いたします。」
返事をするとフード男は闇に溶けるように、音もなく部屋から消えた。
(計画がどこかに露呈した可能性がある以上、のんびりとしてはいられん。一刻も早く・・・・)
男はペンダントを握りしめながら、危機感を募らせた。
ーーーーー翌日 早朝
「ったくよ~、何でこんな朝早くに宿追い出されにゃならねえんだ。」
まだ太陽も登りきっていない時間帯ではあったが、黒と白は荷物を載せたバイクを引きながら町を気だるげに歩いていた。
「黒のイビキのせいじゃん!5つ隣の部屋の人から苦情来るほどのイビキなんて聞いたことないよ!!」
「そのでけえイビキ掻いてたやつのそばで爆睡してたやつが何抜かしてんだ!しかもお前寝相悪すぎだろうが!お前のベッドの周りにあったもんのほとんどが全壊してたじゃねえか!俺の酒瓶も何本かダメになっちまったんだぞ!!」
「ほとんど空瓶だったじゃん!っていうか黒は飲みすぎだよ!昨日の晩だけで何リットル飲んだと思ってんの!しかもアルコール度数が60度超えてるのばっかだったし!血液の代わりにアルコール流れてんじゃないの、黒の身体って!!」
「酒は人生の活力の源なんだよ!たった少しのアルコールで人間は前を向いて歩いていけんだ!!」
「それただのアル中ってだけじゃん!いろいろ諦めてる人の発言じゃん!!」
まだ人通りもろくにない街道に2人の喧騒が響いていた。
「まあ、済んじまった事はしょうがねえ。これからのことを考えるとしようぜ。ひとまず朝飯でも・・・と思ったんが、まあ飯屋なんてまだ開いてねえわな。」
「そりゃそうでしょ。こんな時間に活動してるのは、新聞配達員か朝帰りの酔っ払いかサビ残終わりのワーカホリックぐらいでしょ。」
「なんでほんの数日前まで名前という概念すら把握してなかった小娘がそんな世知辛い単語知ってんだよ!どこで覚えてきた!?」
「宿の部屋にパソコンあったからネットで色んな単語覚えたよ。黒ったら、昨日はお酒飲んでさっさと寝ちゃったからヒマだったんだよ。」
「は~、ったく便利な情報社会も考えもんだなおい・・・・ん?」
「どしたの黒?なにかあった?」
黒は突然足を止めた。白も黒が足を止めたのに気付いて立ち止まる。
(尾行されてんな。町に入った時から監視してるヤツはいたが、気配はここまで分かり易くはなかった。それに明らかに殺気の混じった視線、しかも1人や2人じゃねえ。)
「ねえ黒聞いてる!?」
黒が突然立ち止まり、険しい顔をし始めたので大声で怒鳴る白。だが黒はお構いなしの様子だ。
(さてどうするか。俺1人なら全員始末するのも簡単だしぶっちゃけそのほうが楽なんだが・・・・、このお荷物娘がいたんじゃそう簡単にはいかんしな~。)
「・・・・ねえ黒?もしかしなくても私に対して失礼なこと考えてんでしょ。」
黒が自分を見て呆れるような顔をしたことに苛立ったのだろう、白は今にも黒に殴りかからんばかりだった。
「いや別に?ただお前がいると何かと面倒だな~とか考えてただけだから気にすんな。」
「よし、ケンカだ!」
白は黒に掴みかかるが、黒に躱されそのまま片手で担がれる。
「ムキ~!おろせ、バカ黒~~~~!」
「そうしてもいいんだが・・・・そうしたらたぶんお前数分後には死ぬことになるぞ。」
「は?一体どういうこと・・・って、ええええええ!?」
黒の言葉の真意が分からず、白が辺りを見渡してみると周囲はローブを羽織りフードを被った異様な集団によって取り囲まれていた。
「な、な、な、ナニコレ~~~!一体どういう状況なのこれ!?」
「どういう状況もなにも、どう見ても良い状況ではないだろ。」
状況を理解しきれていない白は半ばパニック状態だが、黒の態度は平然としたものだった。
「え~と、え~と、キャ、キャンユースピークジャパニーズ?」
「できもしねぇ英語で会話しようとすんな!つかなんで英語?いや、話し合おうとする姿勢は評価できるがな!?どう見ても話しが通じるような連中じゃねえだろ!?」
「・・・・貴様らはこの都市に何をしにきた?」
黒たちの喧嘩を他所にリーダーらしき1人が質問をしてくる。
「ああ?何しにってそりゃあ・・・」
「新婚旅行です。」
ゴンッ!
黒は無言で白の頭にゲンコツした。
「いったい!ゲンコツする必要はなくない!?」
「必要あるわ、チビッ!そのネタはもう禁止だ、禁止!!」
「・・・・漫才は終わったか?」
2人のやり取りにフードの集団は呆れ返った様子だ。
「だ~れが夫婦漫才師だ~~~!」
「わかったぞ白、お前俺を檻にぶち込む気だろ?」
黒は白の様子に呆れつつも警戒は解いていなかった。
(やべえな。数はそれほどでもないからと安心しきってたが・・・、こいつら全員身体をやがる。しかもあのリーダーっぽい奴、あれが一番面倒そうだ。)
「最初の質問に戻ろう。貴様らはここに何をしにきた。」
「・・・・俺たちは物資の補給と休憩目的でこの町に寄っただけの旅人だ。今日中に補給は済ませて明日の朝にはここを出る。」
「へ?そうなの?」
黒の発言に白は驚く。
「頼むからお前はもう黙ってくれ。」
「そうか、では今日中に出ていくことをおすすめする。この街に居続けてもろくな目に合わんぞ。」
そう言ったフード男の口調は穏やかだったが、明らかに威圧的な雰囲気を醸し出していた。
「・・・・あんた嘘が下手だな。どう見てもあんたら俺らを殺す気だろ。」
「へ!?いやちょっと待ってよオジサンたち!たしかに黒は悪人面で、酒癖悪くて、イビキうるさくて、今にも誰かに襲い掛かりそうな風貌だけど悪い人じゃないから!」
「なあお前、俺をかばってんの?それともぶっ飛ばされたいの?」
異常な状況であるにも拘らず、なお平常運転の白に対して、黒は怒りと呆れを同時に感じながらツッコミを入れる。
「・・・・我々はいつまで貴様らの漫才に付き合えばいいんだ?」
リーダーらしき者も含めて、フードの男たちは、もはや敵意を隠す気も無いようで、口調もかなり高圧的になっている。
「これ以上会話を続けても意味がないようだな。仕方がない、実力行使といこうか」
リーダーらしき男の言葉を聞くや否や、フードの男たちは一斉に臨戦態勢に入る。
「・・・・ねえ黒?もしかしなくてもこれさ、私たちピンチなんじゃない?」
「今更かよっ!お前の危機察知能力は壊滅的だな!」
「最後に言い残すことはあるか?」
もう付き合えないと言わんばかりにフードを被った全員が徐々に間合いを詰めていく。
「ふええ!?ちょっ、黒やばいよ、なんとかして!?」
「やばいのは最初からだっつの。まあでも」
黒はそう言いながら不敵に笑った。
「やっぱり、こういうほうが俺向きだぜ!!!」
白はその時確かに見た。活き活きとした黒の・・・恐ろしくすら感じる笑みを・・・・。
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