1話‐4
「ひぃぃぃぃぃぃ!」
「待て! 大人しくしてればちょっと痛いだけで済ませてやるから! 少しだけで済ませるから!」
逃走を図った強盗犯は路地裏へと逃げ込み、俺も後を追うべく路地裏へと突入する。
強盗犯は複雑に入り組んだこの路地裏を利用して俺を撒こうという算段なのだろうが、俺がこの状況を想定していないと思ったのか?
この辺りに限らず、活動範囲周辺の地理はあらかじめ把握済みだ。
「早く諦めないと、しばき倒すぞ!」
逃走する強盗犯を恫喝しながら追い続ける。
強盗犯も必死に逃げはするが、無情にも俺との距離はどんどん縮まっていく。
……まあ、このままだと距離を詰める必要も無いんだけどな。
「こ、こっちに来るな!」
奴が走っていた道の先は行き止まりだ。
いつの間にか追い詰められていた事に気付いた強盗犯は此方に振り返り、ぶるぶると震えながらも気丈に叫ぶ。
尤も、俺が黙ったまま炎を拳に宿す様子を見せつけるだけで強盗犯は怯えて縮こまってしまう。
……何か、俺が悪役みたいだな。
「とりあえず、知っている事を全部喋ってもらおうか」
「そ、そうすれば見逃して――」
拳に宿した炎を火球にすると、男の顔を掠めるように放つ。
「見逃す訳無いだろ。警察に突き出す前に痛い目を見るか、丁重に扱ってやるかを選べるだけマシと思え」
「だ、誰が喋るか! ……畜生、陽動組は何をやってるんだ。全然役割を果たしてない――」
強盗犯は悔しそうに悪態を吐きながら、仲間に対する恨み節を唱えるが、その途中でしまったという顔をして黙り込む。
「……ひょっとして、現金輸送車を襲った奴等は陽動だったのか? 悪いな、さっき俺が片付けたよ」
俺の言葉に強盗犯が答える事は無かったが、ぎょっとした顔を見るに図星なのだろう。
「お前らの手口は理解した。それじゃあ、次は銃器をどこから調達してきたのか教えてもらおうか」
「し、知るか! 上から貰った――ハクション!」
態度とは裏腹にボロボロと情報を喋ってくれそうだったが、くしゃみによって中断される。
良い所でくしゃみしやがってと思うと同時に、俺も急に寒くなって身震いしてしまう。
……いくら夜とはいえ、俺も強盗犯も服を着込んでいるのに寒いと感じた?
「しばらく様子を見ていたけど、何をチンタラしているんだい?」
突如として頭上から聞こえてきた、恐らくは俺と同じくらいの年頃のものと思われる声に上を向くと、月夜をバックに、三階建てビルの屋上からこちらを見下ろしている人影が目に入る。
「誰だお前は!」
人影は俺の質問に答える事なく屋上から飛び降りる。
小さなビルとはいえ容易く着地した男は、そのまま強盗犯へと近づいていく。
「待てよ。俺が質問しているんだから答えろ。お前は何者だ? 何の目的でここにいる!」
男を呼び止めるとようやく此方を振り向いてくれるが、その表情はフードに隠れており伺い知る事は出来ない。
「それを君に話す意味はない。そこで黙って見ていなよ」
フード男は聞く耳持たずと言った様子でそう言うと、強盗犯へと近寄ろうとする。
「動くな! 何をやろうとしてるのかは知らないけど、黙って見過ごすと思ってんのか!」
拳に炎を宿して戦闘態勢を整えると、フード男に向けて叫ぶ。
……何もしてない奴に超能力を使うつもりはないが、脅しに使うだけなら問題無いだろ。
しかし、フード男は俺を無視して強盗犯の元へと歩みを進めていく。
「おい、無視するつもり――!」
フード男を止める為に両拳の炎を消して掴みかかろうとするが、足が動かない事に気付く。
視線を下に向けると、足元が凍って地面と足がくっついているのが目に入った。
「な、なんだこれ! 何をした――」
「ひ、ひぃぃぃ!」
フードの男を問い詰めようとする俺の声は、強盗犯の悲鳴によって掻き消される。
見ればフード男が強盗犯に手を翳しており、腰を抜かして倒れている強盗犯の足元から徐々に凍結していってる。
「何やってんだ! この野郎!」
点火装置を起動させて靴裏の点火部から火花を散らそうとするが、氷で湿気ている所為で上手く点火できない。
仕方なく再び両手の点火部から炎を宿すと、足元に向けて炎を放ち氷を溶かす。
「た、助け――」
俺は自由になった足を動かしてフード男の脇を通り抜けると、情けなく助けを求める強盗犯の元へと向かうが、俺が辿り着いた時には既に全身を氷で覆われていた。
すぐさま炎で身体を覆う氷を溶かしてやるが、ショックが強すぎたのか気絶している。
「おい、何のつもりだ!」
「何のつもりかって、そいつは罪を犯したんだから、僕が罰を与えただけだ」
フード男へと詰め寄るが、悪びれる様子無く返事を返す。
「罰って……こいつはもう抵抗する気配も無かったし、情報引き出したら後は警察に任せるだけで良かっただろ!」
「君にとっては残念だろうけど、お説教を聞くつもりは一切ない」
フード男がそう言って俺に手を翳した瞬間、白い冷気が俺を包み込んでスーツの表面に霜が付着し、どんどん拡大していくのがわかる。
不味いと感じて即座に炎で周囲の冷気を振り払い、スーツ表面の霜を溶かし剥がしてフード男に殴りかかろうとするが、既に奴は姿を消してしまっていた。
「どこに行きやがった!」
周囲を見渡してフード男を探しながら叫ぶが、聞こえてくるのは表通りからのサイレン音だけ
……多分警察が現場に到着したのだろう
野次馬には俺と強盗犯が路地裏に入っていったのを目撃されているし、情報を得た警察がいつ現れてもおかしくない。
「……放置しておいて大丈夫か」
地面に倒れている強盗犯を一瞥し、サイレンが聞こえている方とは逆に向けて走り出す。
……先程のフード男といい、妙に装備の充実している犯罪者たちといい、また厄介な事に巻き込まれそうだ。
とはいえ、俺は自分でヒーローとしての道を歩むと決めた。
何が立ち塞がろうと、乗り越えて進んでいくだけだ。
密かに決意を固めた所で、逃走しながら今晩の出来事について自分なりに整理していく。
……フード男は恐らく超能力者。
勝手に自警団のような活動をしている俺が言うのもどうかと思うが、只でさえ自身の超能力を悪用する輩がいる所為で超能力者全般を非難する活動が活発になっているというのに、よくわからない理由で超能力を使って暴れる奴を野放しにはできない。
少なくとも、奴が何の目的で動いているのか見定める必要がある。
……強盗犯の持っていた銃器は、上から貰ったような事を先程の強盗が口走っていた。
という事は、アイツ等は結構大規模な組織なのか?
だからあんな銃器を調達ができた訳か。
……いや、仮にそうだとしても今日最初に相手したひったくりはどうなる?
どう考えてもどこかの組織に所属している様な奴ではなかった。
となると、武器を造って個人や団体に関わらずばら撒いている奴がいるのか?
だとしたら、これ以上治安が悪くなる前にそいつらを潰す必要があるな。
……しかし、それは今日じゃない。
「……三件も対応すれば充分だよな」
立ち止まって息を整える。
ひったくり一件に強盗二件。
一人で一日に防いだ犯罪件数としては上出来だろう。
疲れたし、今日は帰って休むことにしよう。
叔父さん達には帰りが遅くなる時は、ゴミ拾いのボランティアをしていると誤魔化しているので、どこかでスーツから制服に着替えてから帰る必要がある。
叔父さん達に嘘を言うのは内心苦しいが、街の犯罪者共を掃除していると考えればあながち間違った事は言って無い筈だ……多分。
とにかく、この辺りは人通りが少ない。
これ幸いと着替える為にヘルメットを脱いだ瞬間、ドサリと何かが落ちる音が聞こえてくる。
……デジャブと同時に嫌な予感を感じた俺は、音のした方向へと視線を向ける。
「そ、そんな……火走君? そ、そうか! そういうことだったんです!?」
今朝、教室で話した美和さんが、持っていたであろう鞄をとり落として呆然とした様子でこちらを見ながら立ち尽くしていた。
これにて1話終了です。
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