6話‐4
「う、上からだと――うわっ!?」
「注意が逸れたな。油断しすぎだ」
……奇襲により強盗団員が驚いて俺の拘束が緩み、黒猫が氷河の相手をしているという絶好のチャンスを逃すわけにはいかない。
手足を激しく振り回して暴れ、拘束を振り払った後で何人か殴り飛ばして強盗団員達から距離をとる。
「ま、まだだ! 奴は炎は使えない! もう一度捕まえてやればいい!」
「そいつはどうかな!」
近くの壁にトリモチの貼り付いた掌を思い切り叩きつけ、点火装置のスイッチを強引に押して点火。
両手に貼り付いたトリモチを炎で焼き剥がすと同時に、黒猫から距離をとった氷河が俺の隣に並ぶように立つ。
「窓ガラスを割って、弁償はどうするつもりだ?」
「展示品の窃盗を防ぐ為だし、安いもんだと思うよ」
俺の軽口に、氷河も軽口で返す。
どうやら、今回は敵対しにきた訳ではないようだ。
「それはどうかと思うけど、とりあえず礼を言うよ。助かったぜ」
「先日の借りを返しただけだし、礼はいらない。……それと、今日のところは君に協力してやる」
……氷河の奴、今なんて言った?
「エンフォーサー、今の言葉をもう一回頼む。俺の耳がおかしくなったのかも――」
「ふざけてないで集中しろ。君のやり方に合わせてやるから、この三流犯罪者達を二人で捕まえるぞ!」
軽口を叩く俺を遮ると、氷河は強盗団員目掛けて駆け出していく。
「う、撃て!」
「そんなものが効くと、思っているのか!」
強盗団員達は慌てて発砲するが氷河は氷の盾を展開し、自身に向かってきていた光弾は容易く防いでしまう。
そう、氷河に当たる筈だった光弾は。
「どうせなら全部防げよ。展示品に被害が出るだろ」
周囲の被害に一切気を遣ってないな。
仕方ないから氷河の防ぎ漏らした光弾も、俺が炎を纏った拳で叩き落してやる。
多少床が傷つくが、展示品が破壊されるよりはマシだろう。
「う、うわぁ!? て、手が凍って――」
「隙ありだ!」
拳銃を持つ手を凍結させられて悲鳴を上げる強盗団員を氷河がこちらに殴り飛ばして、飛んできた強盗団員を蹴りで迎え撃ってやる。
「……あんまり後遺症が残るような事するなよ。それで無用な恨みを買うと、後々面倒だからな」
「ああ、君はそれで徹底的に対策されてたもんな」
……減らず口を叩きやがる。
「こ、こいつら! いい加減にしろ!」
強盗団員の一人が、氷河に忠告する俺目掛けて凍らされた腕を振り上げる。
銃が使えなくなった状態だとしても、何とか抵抗しようというのは悪くない判断だ。
「だけどな、俺の方が早い!」
がら空きになった胴体目掛け、炎の拳を叩きこむ。
強盗団員は目を見開き、腕を振りかぶったまま呻き声を上げて無念そうにその場で崩れ落ちていく。
「ち、畜生! これでもくらえ!」
周囲にいた強盗団員がヤケクソ気味に叫びながらスタンバトンを振りかぶって、俺に襲い掛かってくる。
……奴等にとって残念な事に、その攻撃は俺に届く事は無い。
「油断するなよ? 幾らこいつらが雑魚でも、足元をすくわれてしまう」
氷河が氷の盾で光弾を防ぎつつ、冷気を放って強盗団員を凍らせながら忠告してくる。
「肝に銘じておく。だけど、油断してるのはお前もだろ?」
返事をしながら氷河の背後に迫っていた強盗団員を蹴り飛ばし、氷河と背中を合わせる。
「どうせ君が何とかするだろ。それに、今のは僕だけでも対処できた」
「奇遇だな。俺もお前ならきっと助けてくれると思ってたんだよ。昔みたいにな」
互いに背中を任せ、迫る強盗団員達を次々と薙ぎ倒す。
俺と氷河、二人を相手にしては数で勝る黒猫強盗団もなす術がない。
「く、黒猫さん! ありました!」
そんな中、どこからともなく一人の強盗団員が現れ、遠巻きに俺たちの様子を伺っていた黒猫へと何かを手渡す。
「……間違いないですね。皆さん、目的の物は見つかりました! 各自離脱を!」
撤退の指示を出した黒猫は、まだ戦っている仲間達を置いて展示会場から逃げ出していく。
「待て! 逃がす訳無いだろ!」
黒猫を逃がすのは非常にマズい。
氷河も同じ結論に至ったのだろう。
俺たちは合図を交わさなくとも、包囲している強盗団員の一角を薙ぎ倒して突破。
黒猫の後を追いかけていく。
「それはこっちの台詞だ! 散々邪魔してきた奴等を、タダで逃がすわけねえだろ!」
そして、俺たちの後を残った強盗団員達が追いかけてくる。
……とっくに閉館した博物館内で繰り広げられた数分に渡る鬼ごっこの末、俺と氷河は博物館の屋上の端へと黒猫を追い詰めた。
「まったく、しつこい人達だ……いい加減に諦めたらどうです?」
「それは俺達の台詞だ。追いかけっこはもうお終い。逃げ場ももう無いし、大人しく捕まれ!」
そう言って俺が一歩踏み出すと、黒猫は一歩後ずさる……黒猫の背後には何も無いというのにも関わらず。
このまま後ろに下がり続ければ、奴は間違いなく屋上から転落するだろう。
その事に奴が気がついているのか考えた時、嫌な予感が脳裏を過ぎる。
「……一応聞いておくけど、馬鹿な事を考えてないよな?」
「貴方がどういった作戦を想定しているのかは知りませんが、全て作戦通りです!」
黒猫がそう言って飛び降りるのと、俺が駆け出すのはほぼ同時だった。
流石に目の前で飛び降りられては助けない訳にもいかない。
俺は腕を伸ばして全力で黒猫を掴もうとするが、俺の手は空を切る。
すぐさま地上の様子を窺うと、華麗な着地を決めた黒猫が近くに停めてあったバイクに跨るのが視界に映った。
結構高さがある筈なのに、なんて身のこなしの軽い奴。
「あんな奴でも助けようとするなんて、ヒーローも大変だな」
「……うるさい。それより、俺達も早く降りよう。このままじゃ奴を見失う――」
「させるか! 俺達から逃げられると思ってんのか!」
嫌味を言う氷河に話題を変える為に黒猫を促そうとした時、屋上の入り口から残りの強盗団員がぞろぞろと現れる。
「面倒だな。あいつらの相手をしてたら間違いなく黒猫に逃げられちまう」
「……ブレイズライダー、バイクを出せ」
悪態を吐く俺に、氷河が建物の端へと寄りながら指示してくる。
「いきなり何を言って--成程」
氷河が何をしたいのか、作り出された地上へと続く氷のスロープを見て察した俺はバイクを取り出し跨り、エンジンを回す。
「に、逃げるつもりか!」
「逃げる訳じゃない。お前達のボスを逃がしたくないだけだ。エンフォーサー、これ以上距離を離される前に追いかけるぞ。早く後ろに乗れ!」
そう氷河に促すが、彼は俺に背を向けて強盗団員達の前へと立ち塞がる。
「こいつらを放っておくわけにもいかない。ボクが足止めしておいてやるから、君は黒猫を追いかけるんだ」
氷河のその言葉に思わず反論しそうになるが、氷河の覚悟を理解し、すんでのところで思いとどまる。
「……エンフォーサー、今日は一緒に戦えてよかったよ。出来る事ならもうお前とはやりあいたくない。強いんだよ、お前」
「言いたい事はそれだけか? わかったから、早く行くんだ」
氷河はそう言うと、強盗団員達の元へと駆け出す。
「……黒猫は絶対に捕まえてやるから、安心しろ」
強盗団員達と戦う氷河の背に向けて呟くと、地上を目指しスロープ上をバイクで走らせた。
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