6話‐1
氷河や黒猫強盗団と衝突してから数日が経った。
黒猫が口にしていた人手不足はどうやら本当の事だったらしく、得られる情報の範囲では黒猫強盗団はここ数日間一切活動をしていない。
それに伴い、氷河も活動を控えているらしくその姿を見かけない。
端的に言えば、ここ数日は恐ろしく平和だったという事だ。
……うん、平和が一番、このまま何事も起きずに日々が過ぎればいいのに。
「おいショウ。ぼんやりしてるけど、どうかしたか?」
人の少なくなった放課後の教室で思案に耽っていると、二郎に声をかけられて我に返る。
「別にどうもしてない。そっちこそどうかしたのか?」
「ほら、ここ最近色々あったみたいだからな。刑務所襲撃事件もそうだし、反超能力者団体もこの間の件でイチャモンをつけてるじゃないか」
……そういえば、テレビで言ってたな。
何でも、俺と氷河が街中で暴れまわった所為で無駄に被害が拡大しただの、俺達が黒猫強盗団とグルになって町を混乱の渦に巻き込んでいるだの、超能力者が存在するから犯罪が無くならないだのと好き勝手のたまっていたのを目にした記憶がある。
「刑務所の件はともかく、反超能力者団体に関してはどうでもいい。気にするだけ時間の無駄だし、好き勝手言わせておけばいいさ。奴等が何を言おうと俺のやる事は変わらねえ」
「……そうか。お前がそう言うんなら、それでもいいか。だけどショウ、なにかあったら相談してくれよ。お前は一人じゃないんだからな」
どうやら二郎なりに気を遣ってくれていたらしい。
柄にもない台詞を吐き始めた。
「わかった、気が向いたらそうさせてもらうよ」
……とは言ったものの、残念ながら今俺が抱えている問題で二郎に相談してみてどうにかなりそうなものは無い。
自分で解決する必要があるものばかりだ。
委員長……ヴァッサをもう一度刑務所に入れる為に彼女を探さないといけないし、黒猫から装備の出所を聞き出し、潰す必要もある。
そして、黒猫強盗団の相手をするのなら、必然的に氷河とも顔を合わせなくてはならない。
どういう結果になるにせよ、奴等との因縁にもそろそろケリをつけておきたい。
何にしても色んな意味で痛みを伴うのは事実。
しかも、それは俺だけの話ではなく、相手もというのがやるせない。
今から憂鬱になってくるが、一つずつ地道に解決していくほかないな。
そして、これから俺は抱えている問題の一つに決着をつけにいく。
「ショウ? どこかに行くのか?」
突然立ち上がった俺に、二郎は困惑したような表情で声をかけてくる。
「少し野暮用があるだけだ。気にすんな」
俺は二郎にそう言い残して教室を後にする。
少し冷たい返事になってしまったかもしれないが仕方ない。
数日前に美和さんから告白されて、今からその返事をしに行きますなんて、いくら親友相手でも馬鹿正直に話せるわけないだろう。
……人のいない校舎裏。
美和さんに伝えた時間よりも早く到着した事で、俺は彼女を待つことになる。
告白された時は本当に驚かされ、おかげでこの数日間悩みに悩む事になったが、何とか結論を出すことができた。
結論を出してからも少し悩んだが、きっと最初に出した結論は間違ってない筈。
……俺は、美和さんの想いに応える事は出来ない。
確かに彼女は可愛い方だとは思うが、恐らく俺とは性格が合わない。
今までも話が合わない場面があったし、友人としてならともかく恋人としてはやっていけないだろう。
何より、俺が彼女をそういう目で見る事ができなかった。
そこまでわかっていてとりあえず付き合ってみるなんて無責任な事、俺にはできない。
何より俺がヒーローであること……いや、超能力者であることが世間にバレてしまったらその時付き合っている相手も好奇の目に晒してしまう事になる。
一時的には美和さんを傷つけてしまうかもしれないが、きっとこれが一番良い選択だ。
「……ごめんなさいです、火走君。少し待たせてしまったです」
決意を固めた俺の目の前に、緊張した様子の美和さんが姿を現した。
そんな彼女を見ているとこっちまで緊張してくるし、これから言う事を考えるとすぐにでも逃げ出したくなるが、意を決して口を開く。
「きょ、今日はいい天気だなー。美和さんもそう思わない?」
……俺は何を言ってるんだ!?
美和さんは俺を訝し気な表情で見つめてくるが、気持ちはわかる。
覚悟だ、覚悟を決めろ、俺!
「美和さん。この間の事なんだけど、美和さんの気持ちは凄く嬉しかった。でも、俺は君のグエェ!?」
俺の出した答えを美和さんに伝えようとした瞬間、頭部に強い衝撃を感じ、気がつけば地面に強く身体を打ち付けていた。
倒れた際の痛みに怯む俺の視界には驚いた顔をしてこちらを見ている美和さんと、地面をバウンドする白黒のボールが映る。
「おーい! 大丈夫かい?」
サッカー部のユニフォームを着て、やたらキラキラした雰囲気を纏ったイケメンの男子生徒が声を上げながら駆け寄ってくると、地面に倒れている俺を助け起こす。
「あ、あんまり大丈夫じゃない。一体、何が起きたんだ?」
「すまない、僕の必殺シュートが君の頭に直撃したみたいだ。コントロール重視でパワーは低かったんだけど素人の君じゃ避けれなかったみたいだね。本当に申し訳ない」
……ここからグラウンドまでは結構距離があるし、そもそも校舎を挟んでいるぞ。
普通に考えてボールをここまで蹴り飛ばすなんて無理がある。
というか、コントロール重視でこの結果はノーコンと言わざるを得ない。
俺を助け起こしたサッカー部員は、地面に転がっているボールを拾い上げながら俺に喋りかけてきた。
「ところで君、さっきの顔面ブロックは素晴らしかったよ。……どうだい? サッカー部に入って、ボクと一緒に頂点を目指そう!」
「何が顔面ブロックだ! ……俺は別にやる事があるんだ。悪いけど、他をあたってくれ」
ただでさえヒーローとして忙しいというのに、サッカーまでやっている余裕は無い。
勧誘を断られたサッカー部員は残念そうな様子を見せた後、手に持ったボールに視線を落とす。
「残念だよ。ボール君もガッツが足りてる良い顔面ブロックだったと言ってるし、君なら良いディフィンダーになれると思ってたんだけどね……」
……うん?
こいつ、今妙な事を口走ったな。
「……あんた、大丈夫か? 今、まるでボールが口をきいたような口振りだったけど……」
「ああ、僕はボールの考えている事がわかる超能力者なんだ。だから、ボール君の目線からみたサッカー選手としての資質を知る事ができるんだよ。それじゃあ、僕は練習があるからこの辺で失礼させてもらうよ。入部するならいつでも歓迎するからね!」
サッカー部員は諦めずに俺の事を部活に勧誘しながら、ボールをグラウンドへと蹴り飛ばして走り去っていく。
俺と美和さんはその後ろ姿を呆然と眺める事しかできない。
妙な超能力もあったもんだ。
「……じゃ、邪魔が入ってしまったけど、美和さん! 俺は君と付き合う事は――」
「火走君、今の人はサッカー部員と言ってたです?」
気を取り直して告白の返事をしようとするが、告白してきた相手である美和さんによって遮られてしまう。
……美和さんは、サッカー部員が立ち去って行った方を見つめていた。
「……え? た、多分そうなんじゃないか? そうでもないと、俺をサッカー部に勧誘したりしない――」
「火走君。私、貴方に謝らないといけないです」
美和さんはそう言って振り返る。
瞳はキラキラと輝いており、その顔は今までに見た事ないくらい紅潮している。
「……謝らないといけない事って?」
碌でも無い雰囲気を感じ取りながら。美和さんへと聞き返す。
「私、運命の王子様を見つけてしまったようです」
……はい?
「さっきのサッカー部の人を見て私、ビビッときたです! だから、貴方の想いに応える事は出来ないです。ごめんなさいです」
……???
「火走君とはこれからも友人として付き合っていくという事で。……それじゃあ私はこれからサッカー部にマネージャーとして入部するです。失礼させてもらうです」
美和さんは俺にペコリと頭を下げると、サッカー部員の後を追いかけていく。
……今、何が起きたんだ?
俺、振られたのか?
告白されて、断ろうとした相手に振られた!?
「……どう言う事だよ、これは」
俺は只、呆然と立ち尽くしたまま呟く他なかった。
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ボールはともだち!




