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5話‐3

 時間は少しだけ経過し、俺は美和さんに連れられてある喫茶店を訪れていた。

 雰囲気としてはそんなに悪くないのだが、周囲の客は男女連れ……所謂カップルという奴等ばかり。

 何だか場違いの様な気もするが、美和さんが楽しそうに前から一度来てみたかったと言っていたし、なるべく気にしないように努力しよう。


「火走君? どうかしましたです? ひょっとして、あまり楽しくないです?」


 美和さんは少しだけムッとした様子を見せながら問いかけてくる。

 ……思っていた事が、顔に出ていたか。


「ごめん、こういう場所は慣れてないんだよ。俺の事は気にしなくて大丈夫。お金も俺が出すから」


 とにかく美和さんに気を遣わせないようにしようとするが、美和さんは溜息を吐いて首を横に振る。


「ダメです。私だけが楽しむんじゃなくて、火走君も一緒に二人で楽しまないとダメなんですよ、こういうのは」


 それはそうかもしれないけど、俺が気にしないと言ってるのだからそれでいいじゃないか。

 とはいえ、それを口にしてしまえば、間違いなく場の雰囲気が最悪になる。


「わ、わかったよ。楽しめるように努力する」


「わかってくれればいいです。……火走君は私にお礼したいって言ってるですけど、お礼したいのはこっちのほうです」


 ……はて? 何か礼を言われるような事をしていたか?

 心当たりがなく、考え込んで黙ってしまった俺の様子に美和さんは再び溜息を吐く。


「この間、私が危ない時に手を引いて助けてくれたです。火走君は私が心配してあげてただけでお礼してくれようとしてるですが、本当にお礼するのは私の方なんです」


 ……ああ、そういえば黒猫強盗団の放った流れ弾から助けていた。

 礼を言われるために人助けをしてる訳じゃなかったのでピンとこなかった。


「そんなこと気にする必要無いよ。あの時は俺がああしないと美和さんが怪我してただろうから助けただけ。例えば二郎が怪我をしそうだったら同じ様にしてたよ」


 俺の言葉を聞いた美和さんは、少し不貞腐れたような顔になる。

 ……あれ? 何か変な事を言ってしまったか?


「じゃあ、気にしない事にします。……そこは嘘でも私だから頑張って助けたと、言ってほしかったです」


「……? ごめん、最後の方が小さくて聞き取れなかった。何て言った?」


 美和さんが最後に何やら呟いていたのを聞き逃さない。

 何と言ったかまではわからないが、ひょっとしたら大事な事だったかもしれない。


「だ、大丈夫です。気にしなくても、大丈夫です。……いや、この鈍さは早く気付いてもらった方がいいです? でも――」


 俺の言葉に慌てた様子で気にするなと返した美和さんは、そままぶつぶつと一人言を念仏のように唱え始める。

 ……なんだかわからないが、俺はその様子をコーヒーを啜りながら眺める他なかった。




 その後、特に何か起きるという訳でも無く、俺達は喫茶店を後にした。


「火走君、今日はありがとうございましたです。お代も出してもらって……」


 美和さんに先導され、喫茶店から少し離れた人気の無い場所で美和さんがペコリと頭を下げながら礼を言う。


「気にしなくても大丈夫だって。友達だし、そう畏まらなくてもいいよ」


 俺の言葉を聞いた美和さんが顔を上げるが、すぐにうつむいてしまう。

 一瞬だけ捉える事が出来たその表情は何かを迷っている様な、そんな印象を俺は抱く。


「……友達、ですか」


 美和さんはそう呟いた後、何かを決意したかのように顔を上げる。

 その表情は、今まで見たことが無いほど真剣な面持ちだった。


「あ、あの! 火走君、彼女さんとかいないです?」


 ……唐突に何を言いだすんだ、この子は。


「き、急にどうしたの? ……まあいいか。逆に聞くけどさ、何でいると思ったの?」


 俺の返事を聞いた美和さんの表情は和らぐが、すぐに真剣な面持ちに戻り、僅かに戸惑うような様子を見せてから口を開く。


「つ、つまり、いないって事なんです? それじゃあ、私が火走君の彼女に立候補してもいいですー……なんて」


 ……さっきから変な事ばかり言ってるけど、一体どうしたというんだ?


「あんまりそういう冗談は言わない方がいいよ。人によっては勘違い――」


「あー! もう! 鈍感! 鈍感すぎです! はっきり言わないとわからないのなら言ってやるです! 私は、火走君の事が好きです! 勘違いしないように先に行っておくと、ライクじゃなくてラブです!」


 ……はい?


「ごめん、ちょっと理解が追い付かない――」


「火走君に助けられたその日から、ずっと貴方の事が好きだったです! これでわかったです!?」


 ……ずっと好きだったとは言うが、それにしては日が浅くない?

 いや、好意を寄せられるのは悪い気はしないけど、突然のことで上手く反応できない。


「へ、返事は後日で構わないです。よく考えて返事してもらえれば嬉しいです。……それじゃあ、今日はこれで!」


「あ! み、美和さん――行ってしまった……」


 困惑している俺の様子を察したのか、すぐ返事をしなくても大丈夫だと言って、美和さんはその場に俺を残して立ち去る。

 ……えっと、今、一体何が起きたんだ?

 美和さんが俺の事を好きだと言ってきたのは理解できる。

 つまり、俺の事を美和さんが好きだという事か。

 いかん、今更になって動揺してしまい、冷静な思考ができない。

 ……おち、落ち着け、女の子に告白されるのは初めてだが、だからといって動揺しすぎじゃないか、俺。


「……マジか。いや、マジか。まさか俺にこんな日が来るとは」


 まともに思考できずただぼやく事しかできなかったが、突如としてスマホから鳴り響いた着信音に何とか我に返る。

 スマホの画面を覗くと、二郎からの着信が入っていた。


「……はい、もしもし、火走です――」


『ショウ、事件発生だ。黒猫強盗団が宝石店を――ショウ? なんか声が上擦ってるけど、どうかしたのか?』


 応答する俺を遮り、二郎が喧しく喋り始める。

 ……まださっきの美和さんとの件が、俺の中で尾を引いているみたいだな。


「な、何の話だ? 美和さんと特に何かあった訳じゃないから、気にしなくても良い」


『……そういう事にしといてやるよ。それじゃあ、宝石店の場所を教えるから――』


 俺は誤魔化しながらも二郎の話を聞くと、人気の無い物陰に隠れてスーツに着替え、バイクに跨る。

 ……美和さんには悪いけど、彼女への返事を考えるのは後回し。

 今やるべきなのは黒猫強盗団を止め、奴等の使っている装備の入手経路を聞き出す事だ。

 俺は自身にそう言い聞かせて落ち着かせると、アクセルを回して宝石店へとバイクを走らせた。




 俺が宝石店に辿り着いた時、珍しく警察が既に黒猫強盗団と相対していた。


「くっ……応援はまだか!」


 ……どうやらパトロール中に偶々現場に居合わせただけで二人しかおらず、装備もピストル一丁と貧弱。

 パトカーを盾にして応援が来るまで何とか粘っている様子だった。

 対する黒猫強盗団は十人を超えており、その人数差は圧倒的だった。

 俺はバイクを走らせ、パトカーの横をすり抜け黒猫強盗団へと突っ込んでいく。


「現れましたね、ブレイズライダーァァァ!?」


 此方の存在に気がついた黒猫が俺の名を呼ぶが、無視してバイクで突っ込んできた俺に悲鳴を上げながらその場を飛び退き、他の強盗団員もそれに倣って避けてしまう。

 ……散開した黒猫強盗団の中央で停車する。

 残念な事に一人も轢く事はできなかったが、意表は突けた。

 即座にバイクから降りて収納すると、そのまま周囲の強盗団に殴り掛かる。


「こんなに数を揃えて、今日はここが本命か?」


「生憎、どこかの誰かの所為で仲間達が大勢捕まってしまいましてねえ。そのせいで陽動に割ける人員がいなくなり、私自ら行動を起こす必要が出てきたのです!」


 黒猫は俺に対して怒りをぶつけるように怒鳴り、素早く腕を振るう。


「そうか、それじゃあその誰かに感謝しないとな!」


 此方に伸ばされた黒猫の腕を受け流してカウンターに蹴りをお見舞いしてやろうとするが、黒猫が飛び退いた事で空振ってしまう。

 同時に、強盗団員の一人が俺と黒猫の間に割り込むように躍り出た。


「おい、怪我したく無きゃ引っ込んでろ!」


「怪我をするのはどっちかな。 オレの超能力……時間停止で! 仲間を刑務所に送りやがったお前を倒す!」


 ……じ、時間停止だと!?

今回の話を読んでいただきありがとうございます。

ブクマ・ポイント・感想をもらえれば筆者のモチベーションが上がるので非常にありがたいです。

次回は来週日曜日の昼十二時投稿なので、読んでもらえたら励みになります。

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