1話‐1
二千四十年、七月初旬。
夏も本番に差し掛かり日差しが強くなってくる中、暑さに耐えながら登校して自分のクラスへと歩みを進める。
「おっすショウ。今日も冴えない面してんな」
教室に入ってから始業時間まで時間があるので自分の席に座ってスマホを弄っていると、親友でありヒーローオタクの一条二郎が無礼極まりない朝の挨拶をしてくる。
「よう二郎、俺は忙しいからな。どうしても朝は眠くて少しだけ冴えないんだよ。お前みたいに四六時中冴えない面してる訳じゃない」
目には目を、歯には歯を、そして無礼には無礼を。
爽やかな朝に似つかわしくない、殺伐とした雰囲気を醸し出す遠慮のない挨拶を交わし合う。
「……俺が冴えない面してるっていうのは遺憾だけど、それを言われるとぐうの音も出ないな」
……そう、先ほどのは冗談交じりの発言だが、俺が忙しい事は虚言ではなく二郎も知っている事実。
昼間は普通の高校一年生、火走ショウとして平凡な学生生活を送っている。
しかし、放課後にはお手製のヒーロースーツとフルフェイスヘルメットを身に付け素顔を隠し、正体不明のヒーロー『ブレイズライダー』としてバイクを駆り夕闇の中を駆け巡り、人々を助けて悪党と死闘を繰り広げている。
「そういえば今朝のニュース見たか? 昨日のブレイズライダーの活躍がしっかりと乗っているぜ」
二郎は鞄から取り出したスクラップブックを俺の机の上に広げながら、今朝のニュースについて語り出す。
……俺が忙しいというのを二郎がわかっている事から察する人もいるだろうが、こいつは俺がブレイズライダーとして活動している事を知っている唯一の人物だ。
ヒーローとして活動を始めた時、俺は誰にも正体を明かすつもりは無かった……いや、今も無い。
とある事情で俺が幼い頃から意識不明で入院したままの両親に代わり、俺を引き取って育ててくれた叔父叔母夫婦にもヒーローとして活動している事は秘密なのだ。
……だから、ひょんな事で二郎に正体がバレてしまったのは、本当に誤算だった。
「一応見た。全国区のニュースにはなってはいないけど、ここらへんの地方ニュースだと大体似たような報道がされてるな」
「火災現場に取り残された人の救出に協力したお蔭で、怪我人はいれど犠牲者ゼロ。流石はヒーローだな」
ブレイズライダーとしての活動を褒める事で俺を労ってくれている心遣いはありがたい。
……ありがたいのだが、それはさておき普段悪態を吐きあう相手から褒められるのは気持ち悪さの方が勝るな。
「どうした? そんな微妙な顔して」
「……いや、犠牲者が出なかったのは良い事なんだけど、犯人が見つかってないのが気になってな」
昨日の火事についてニュースで調べてわかった事だが、偶然による火災ではなく意図的な放火が原因だったらしい。
俺が駆けつけた時には周囲にまだ犯人が残っていたかもしれない事を考えると、犯人を捜さなかった事が少しだけ悔やまれるが、過ぎた事を考えても仕方ないし、人命の方が優先順位は上だ。
「犯人は警察が捕まえてくれるだろ。何でもかんでもヒーロー頼みじゃ警察の威厳に関わるしな」
……警官である叔父さんも、最近はよく似たような事をボヤいている。
諸事情あるとはいえ、犯罪者相手に後手にならざるをえない現状には思うところがあるのだろうな。
「二人とも、朝から元気だね。またヒーローの話してるの?」
声のした方へ視線を向けると、茶色がかった髪をポニーテールで纏めた、活発そうな印象を抱く女子の姿があった。
「おはよう、鳥野さん。勿論そうだけど?」
何故だか自信ありげな様子でそう言い放つ二郎に続き、俺もクラスメイトの鳥野さんに挨拶する。
「一条君、毎朝元気で凄いね。火走君もよく毎日相手できるなって思うよ」
「前にも言ったけど、慣れてるから。……それはそうと、もう少し黙ってくれても構わないぞ、二郎」
……先程活発な印象を抱くと言ったが、二郎を遠回しにディスるその言葉にはあまり元気が感じられない。
その理由は、何となくだが察しがついてしまう。
「俺に黙れっていうのかよ。俺がヒーローの話をしなくなったら、その日は雪が降るぜ」
「いや、槍が降ってくるな」
俺と二郎のやり取りに鳥野さんはクスリと小さく笑う。
……以前まではもっと大きな声で笑っていたな。
「本当にヒーローが好きなんだね、一条君。……アタシも、そろそろ割り切らないとな」
「……え? それってどういう――」
「二郎、察しろ」
数週間前、彼女と仲が良い……いや、学校中の生徒から慕われていて、教師からの信頼も厚かった我がクラスの元委員長、水城雨が、学校を辞めてしまった事が気落ちしている原因だ。
ショックで暫く学校に来れない人も多数出てきて、鳥野さんも最近ようやく登校するようになった所で、まだ引き摺っているのだろう。
……委員長が普通に学校を辞めただけなら、ここまでのショックは受けなかっただろう。
だがその原因が数多の人を傷つけた犯罪者として逮捕されたというのだから、その衝撃が如何程のものか俺にはわからない。
……委員長を止める為に戦い、彼女を直接刑務所に送ったのは他ならぬ俺。
故にヒーロー……というか、ブレイズライダーに複雑な感情を抱くのも無理はない。
「……あー、そういえば、昨日の夜に発生した怪事件知ってる? ほら、この真夏に氷漬けになった車が発見されたやつ」
鳥野さんの元気が無いのをようやく察した二郎は、話題を変えようと鞄から新たなスクラップブックを取り出し、俺の机の上に広げる。
「……意外だな。ヒーローに関係ない情報も集めていたのか」
「ジャーナリスト目指してるから当然だ。……ほら、この記事だ」
二郎がスクラップブックに貼られた新聞記事を指差し、俺は覗き込むように記事を読む。
……このニュースは俺も既にチェックしている。
「確か、乗っていた人達ごと氷漬けになった車が発見されて、近くの路地裏でも氷漬けになってた人が発見されたって話だよな」
幸いにも発見が早かったために命を落とした人はいなかったらしい。
「……それって、超能力者の仕業?」
「俺が調べた情報じゃわからないな。だけど、十中八九そうだと踏んでる」
鳥野さんが口に出した疑問に、二郎は一度頷いてから自信満々に超能力者が犯人であるという推論を述べる。
……超能力者、それは超能力使えるようになった人達の総称。
今から二十年ほど前に超能力が使える人が出現してから、今では全人類の十パーセント程が超能力者であるとされている。
能力の種類もピンからキリまであり、具体例を挙げると水や風を操る能力に、手足を壁に貼りつかせたり、口から超音波を発する能力などが存在する。
普通の高校生である俺がヒーローとして活動できているのも、炎を操るという強力な超能力を有しているおかげだ。
……たしかに、夜とはいえこの真夏に何もない道路上で車が凍結するなんて、超能力者の仕業としか思えないな。
俺はスクラップブックを手に取ってパラパラと捲り、なるべく不満げに聞こえるようにぼやいてやる。
「……辛気臭い事件ばかり集めてんな。もっと明るい話はないのかよ」
「そんな事言われても――」
「ねえねえ、少し宜しいです?」
俺のぼやきに二郎が不服そうな様子で応答しようとした時、背後からかけられた声に二郎は話を止めて声のした方へ振り向き、俺も二郎の背後に注目する。
肩まで伸びた髪をツーサイドアップにした、少し小柄な女子生徒が二郎の事を見つめていた。
彼女は確かクラスメイトの……不味い、名前が出てこない。
「ええっと、美和さんだっけ? 俺に何か用?」
そうそう美和蓮樹さんだ。
……二郎と話している所を見た事無いんだが、いつのまに知り合いになったんだ?
「はじめましてで申し訳ないんですが、一条君の持ってるスクラップブック、貸してほしいです」
美和さんはそう言うと、ヒーローについて纏めてある方のスクラップブックを指差す。
というか、はじめましてという事は、話した事無かったのか。
「……何の為に? 俺も苦労して作ったんだから、理由もわからずに貸す訳にはいかないな」
二郎はどこか警戒したような様子でスクラップブックを抱え込む。
「ええー、理由を言わないと駄目です?」
首をかしげながら二郎を見つめて問いかける美和さんに、二郎は若干たじろぎながらも駄目ですとオウム返しに返事する。
美和さんは少しだけ悩むようなぞぶりを見せた後、意を決したように口を開いた。
「昨日のブレイズライダー様の活躍を見て、ファンになったのです! 一条君がヒーローオタクで、ヒーローの活躍を纏めているのは学校の皆が知っているので、その知識をお借りしたいのです! ……言っちゃった」
最後まで言い切った美和さんは、恥ずかしそうに赤くなった顔を両手で覆う。
……しかし、二郎の悪名は学校中に知れ渡っていたのか。
「貸すのは駄目だけど、ここで見てくぶんには構わない」
「本当です? ありがとです!」
二郎がスクラップブックを差し出すと、美和さんはお礼を言って受け取りスクラップブックを読み込み始める。
……それにしてもブレイズライダーの事を知りたいとは、何やらデジャブを感じるが気のせいだと思いたい。
「……凄い勢いだなぁ」
二人のやり取りを俺と一緒に眺めていた鳥野さんがぼそりと呟く。
……ヒーローの話を避けようとしていたのに、気がつけば話題が戻ってしまったな。
「鳥野さん、二郎って美和さんが言ってたように有名なの?」
「あれ? 知らなかった? 普段から喧しいうえに、新聞部でもないのに学校の掲示板に勝手に自作の新聞を貼りだしたりしてるから……うん、有名だよ」
……何やってんだ、二郎の奴。
「こいつと関わるの、やめた方がいいかな?」
「君達いつも一緒につるんでいるし、もう手遅れだよ」
よし、余計な事実を知ってしまったがヒーローから話題を逸らす事ができた。
このまま何か別の話題につなげて――
「美和さん、アタシも一緒に見て構わない? ブレイズライダーの事、知っておきたいんだ」
「勿論構わないです」
鳥野さんは美和さんの隣で、スクラップブックを覗き込む。
「……俺のスクラップブックなのに、俺の許可は取らないのか」
「ところで、鳥野さんはどうしてブレイズライダー様の事が知りたいです? ま、まさか!? 貴女もブレイズライダー様の事を!? わたし、負けないです!」
ぼやく二郎を無視して、美和さんは鳥野さんに話しかける。
……言ってる事はの意味は深く考えない事にするが、二郎に負けず劣らず喧しいな。
「アタシも前に進まないといけないからね。何かのきっかけになるかなって思ったんだ」
少しだけ笑いながらそう言う鳥野さんの表情は、心なしか先程に比べて明るい気がした。
……どうやら、俺が気を利かせる必要なんて無かったみたいだな。
その後、先生が来るまでの間スクラップブックを読んでた二人と、大事なスクラップブックが汚されないか目を光らせている二郎の様子を、俺はただ眺めていた。
今回の話を読んでいただき、ありがとうございます。
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次回は明日の昼十二時投稿なので、読んでもらえたら励みになります。




