銃の章 Ⅱー3
翌日。
「ジャフさんたちは、王様の依頼で根源災害を監視していたということですか。」
シンヤは天幕の中、片づけを手伝いながらジャフに昨日確認できなかったことを問いかける。
力はまだあまり入らないが、一晩休んだらだいぶ動けるようになった。
王都に向かうために三人は、駐屯地を片づけているところである。
「調査っていったほうが正しいかな。根源災害は、基本的に根源の持ち主が何らかの異常を来して起きるもんだ。持ち主事消え去ってしまえば、自然に終息する場合も多いが、実際はどうなるかわからない。放っておいたら拡大していく場合もある。だから、手を尽くして原因を解析して抑えたり、時と場合によっては『根源』に力を貸したりすることもある。そもそも、根源にはお互いのことがわかるって言ったろ?お前さんはなんだかちょっと…薄い、感じがするけど。だから、根源がどこにいるかってのは実は根源からしたらなんとなくわかる。それが暴走しそうかどうか、もな。」
「じゃあ、僕の場合はどうだったんでしょう。自分ではあまり記憶がなくて」
「シンヤの場合はかなり特殊だな。一度起きた根源災害は消え去るまで待つしかないってのが一般的だし、それはだいたい元の持ち主の魔素の総量による。そんで根源災害が終わって持ち主が消えちまったら『根源』自体は漂流してどこかに流れ着く。」
そんな風に説明してくれるジャフは、見た目に反していろんなことを知っている様子だった。
食料をまとめたり餞別したりはローレンが外でやっているが、天幕の中の備品をてきぱきとまとめながら、手を止めずに説明し続けているその所作からは、何かを説明すること自体にも慣れている印象である。
「だが、今回の災害は誰にも予見できていないし、そもそも『自由の銃』は持ち主ごと、長い間行方知れずになっていたんだ。お前さんの魔素が元からかなり多かったこともあるんだろうが、災害自体も少し特殊だった。普通はなんというか、あっという間に終わるし、根源のせいなのかはわかりにくいものなんだよ。だからあいつがこれ以上の拡大を防ぐために、というのと、おそらくこの変わった根源災害の誘因が『杖』の持ち主だろうってことで、俺に調査を頼んできたわけだ。まぁ、結果的に原因は違ったわけだが」
「それなら、『杖』の持ち主もたまたまあの街にいたということですか。そんな珍しいことがあるものですか」
「いや、そもそもあの街は『知識の杖』の持ち主が作った街だぞ。」
「え?それってかなり昔の話なんじゃ」
「ああ、あの偏屈な女があそこに街なんて構えるとはね。デミアのやつ、めんどがって人と関わらないでいたのに」
「え…ええ!?デミアって…あのデミア先生が『知識の杖』の持ち主なんですか!?」
知っている名前が突然出てきたことで、驚きのあまりシンヤも声を張り上げてしまった。
自分の驚いた声にローレンも驚いたのか、こちらに寄ってくる。
「お、おう?なんだ、デミアのこと知っていたのか?滅多に人と会わない引きこもりなのに」
「知っているも何も…デミア先生は学園で学園長をしてました、身寄りのなくなった自分の世話を…。いや、まぁほとんどしてもらってないです、けど。一応お世話になったんです」
「ええ…?デミアがそんなことしてたのか…。知らなかったな…。あいつも人付き合いってもんを覚えたのか。」
そこで、シンヤははたと思いたる。そういえばデミア先生を街で見かけたことはなかった。
一度も。街に住んでいないのではないかなどという噂もあった。
学園の方も、学園長と呼ばれてはいたが、学園のことを何かしているというのも聞いたことがない。
ほとんど名ばかりのもので…今思うと、学園長、ではあっても、先生、ではなかった。
それにあの部屋…入口のない本に埋もれた部屋。転移魔法でしか入ることのできないあの空間。
あれは、今思うと本当にあの街にあったのであろうか。部屋自体がどこにあっても、転移でしか出入りしないなら関係ないのではないか?
そうすると、偏屈な引きこもり、というのは何も変わっていないのかもしれない。
自分がデミアと出会ったのも、アリーナからの手紙でそうしろと言われたからにすぎない。
そこで思いいたる。
そういえば、デミアはアリーナと古い知り合いだと言っていたが。
「ジャフさん、アリーナという名を知りませんか。デミア先生の古い知り合い、らしいのですが。」
「アリーナ…?いや、知らないな。なんだ、大切な人かなんかか?」
「最初あの街で捨てられていた僕を育ててくれた人なんです。魔導や魔術を、生きるすべを教えてくれて。でも突然いなくなったんです、だからデミア先生にお世話になることになったんですけど。僕は学園を卒業したらアリーナを探すために旅に出ようと思っていたんです。」
「ふーん。でも、すまんな、その名前には心当たりがない。デミアに知り合い、なんてもんがいたとは驚きだが。ローレンはどうだ?」
ちょうど食料の餞別を終え、纏めてきたローレンにも確認するジャフ。
「私もその名は存じ上げませんね…。根源と知り合いということは」
「あれ、でもデミア先生があの街にいた、というのはお二人とも知っていたんですよね?」
「いや、正確には知らなかったな。俺たちの知りあいの中で、行方知らずになっているのが『銃』の持ち主だった。そして、噂は流れてくるが、実態がよくわからなかったのが『杖』のデミアだった。あの街にデミアがいるらしい、というのは行商人の噂にあったりするけど、聞き伝えの話じゃあ詳細はわからないし。」
「あと、なんとなくの位置は『根源』の感覚でわかりますから。いるか、いないか。だいたいどちらのほうか、ぐらいの淡い感覚ではありますが」
「え、王都って結構離れてますよね?そんなに離れていてもわかるものなんですか」
「『根源』の感覚に注意すればな。まぁ、『根源』の存在感はかなり特殊だから、その存在を知っている人間ならわかる、ってぐらいのものだが。」
「それなら、僕が『根源』だってこともわかっていたんじゃないんですか?」
「それが、まったくわからなかったのです。私たちも驚いているのですよ。情報や感覚からは、『杖』の可能性が非常に高かったのに、まさかその他にも『根源』があったとは。とくに『銃』は行方しれずになって久しいと聞かされていましたから。」
「そうなんですね…。そういえば、僕はお二人に対してそんな感覚がないんですけど…」
「ああ、それはそうだろうな。たぶん、お前さんはまだ『根源』と親和しきれてないところがあるんだろ。」
「親和…?使いこなせてない、ってことですか?」
「うーん、まぁ慣れ、みたいなものではあるんだが…。それも道すがら教えていくしかないか。これは大仕事だなぁ」
「なんだかすみません、自分がよくわかっていないせいで迷惑かけているみたいで。」
「いや、そうじゃない。お前さんの状況がかなり特殊だから、仕方ないんだと思う。」
普通がわからないシンヤにとっては、何が特殊なのかもわからない。
とりあえずこの人たちは信頼してよさそうだということ、何より自分の状況が正しくわからないことにはこの先何もできない。
自分の居場所だった街は、もうないのだ。カナンを探すためにも、ここにいても仕方がない。
「さて、ひとまず荷造りはこんなもんか。昼食くったら、出立だな。シンヤ、いけるか。」
「ええ。迷惑にならないように、ついていきます。」
「その心意気やよし。だが、無理はするなよ。」
天幕や旅に必要な分の食料、獣の干し肉や果物を煮詰めた物など比較的日持ちのよさそうなものを選別し終え、残りは昼食として片付ける。火や寝床など、残りの後始末も終えた一行は王都に向けて歩を進めるのだった。
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「さて、まずは何から話したもんか。聞きたいことあれば教えてくれ、シンヤ。」
昼過ぎから、三人で王都へ向かう道すがら。街道を歩く三人の他に周りには誰もいなかった。
かつては街から冒険者や行商人が行きかっていたはずのこの道も、整備されなくなってから
日が経ったのであろうか、獣道に限りなく近くなっていた。
あまりの悪路に、なかなか進まない歩であったが、森の中ある程度開けたところまできたところで、三人は野営することにしたのであった。
「そうですね…。じゃあ、僕が普通と違う、というのがどういうことか聞きたいです。」
「よし、じゃあそこから解説だ。まず、何より普通と違うのは、『根源』を持っていることを自覚できていなかった、ってことだ。」
「え…そこから、なんですか?『根源』は漂流する、とか言ってませんでしたっけ。それって、突然
『根源』を手に入れるとか、そんなことなのかと思っていましたが。」
「漂流はする。元の持ち主が消滅したら、『根源』はどこいったかわからなくなるんだ。でも、それは『根源』がなくなったり誰のものでもない時間があるわけじゃない。前の持ち主が消滅したら、その瞬間に新しい持ち主が世界のどこかで必ず生まれて、"どこかの何か"が持つことになる。ただ、俺たちはそれをすぐに知る方法がないってわけだ。持ち主は持っているのを自覚した状態で育つし、それを受け入れたままでいるから、持っている本人にはわからないってことはない。」
「なるほど…。持っている何か、というのは、持ち主がヒトじゃない場合もあるということですか?」
「そうだ。ヒトの場合ももちろんあるが、どちらかというと珍しい。ケモノなんかのほうが多いな。そういうのが魔獣になって問題になることもある。」
「へぇ…。ケモノが根源を持っているとして、武器としてそれを使うイメージがあまりわかないのですが…。」
「ああ、根源を武器状に魔晶するのは、ヒトの性なだけだな。道具のイメージがあるせいで、その方が使いやすいからだ。『根源』自体はあくまでそういう性質を持つ核、ってだけだから、魔獣は『根源』の性質自体を魔導や魔術に応用するパターンが多い。」
「なるほど。『根源』を持っているヒトは、魔獣から『根源』を奪った、ってことですか。」
「そんな感じだな。もちろん、ヒトから奪ったり譲ったりってこともある。ただ、ヒトはそもそも『根源』と相性が悪いもんだから、何でもかんでも奪えるわけじゃない。」
「ヒトと『根源』は相性悪いってのはなんでですか?」
「そりゃ、『根源』ってのは基本、神属性のものだ。この世の理論そのものだからな。心属性の要素が強い、とくにそれなりに意思の強いヒトとは相性が悪い。」
突然聞きなれない言葉を当たり前のように使うジャフ。
「え、神属性…?心属性…?」
「ん?どうした。」
「いや、その属性、ってなんだろうって」
「ええ?お前さん、魔導士なんだろう?属性について知らないのか?」
ジャフは明らかに驚いている。当然知っているだろう、という感じで話している印象だ。
「いや、『現象の属性』はわかってますけど。火とか風とか。でも神やら心やらは聞いたことないんですが。」
「ああん?なんでそんな中途半端なんだ?学園で学ぶのってそんなもんなのかぁ…?」
本気で戸惑っていそうなジャフに対して、ローエンが諫めるように会話に参加する。
「ジャフ。あなたの知識は、途方もない年月に裏打ちされたものが多いです。一般的に普及している知識の範疇を超えていると私は思います。」
「ん、そうか、そんなものか?でもローエンに話している時も概ねわかって聞いてくれてたじゃないか?」
「私も、これまでに聞いてきたあなたの説明を、すべて理解しきっているわけではありません。」
「え、ええ!?…あ、そう、だったのか…。なんかみんな当たり前な感じで説明を聞いているからわかってくれてるもんだと…」
「あなたの解説話がどんどん長くなると思って、皆さん口を挟まないのでしょうね。」
「妙な気を回してたのか、皆…。わかった、まず属性の解説からだな。」
なるほど、ジャフは「説明が好き」なのだ。だからこんなに自分に構うのか、とシンヤは妙に納得してしまった。
「いいえ、ジャフ。まずは、『根源』の話からしてあげてください。シンヤさんには、そちらのほうがおそらく大事です。」
それを押しとどめるローエンの声色は凄みを感じさせる、ジャフもやや圧されている様子である。
「お、おう、すまんシンヤ。そこはまた今度だ。とりあえず、『根源』とヒトは相性が悪いんだ。だけど、
ヒトの中にはたまに、妙に『根源』と相性のいいやつがいる。『根源』ってのは基本的に、宿主に自分の性質を求めるなんだ。だから、ケモノとかの方から自然とふさわしい持ち主の元に寄っていく。そして、ヒトがその『根源』を受け入れられれば、それを受け取る。それが割と多いパターンの『根源』の継承だ。」
「じゃあ、ローエンさんも、そうやって『根源』を受け取ったのですか。」
「いえ。私は、『根源』を人から譲り受けました。前の持ち主は私の師でした。師が言うには『根源』が、それを望むことがわかってくるのだそうです。」
「『根源』が、ヒトを選ぶ、ということですか。では、その方はどうされているのです?」
「ほどなく亡くなれらました。『根源』を受け取ってから、長い年月を経ていましたから。」
え、と驚くシンヤに、ジャフが応える。
「ああ、『根源』を持ってる者は時属性の影響を受けづらく…ああ、つまり、変化していくことがほとんどなくなるんだ。年を食わないって感じかな。」
「え、じゃあ…。ヒトなのに、齢を重ねないということは、存在が劣化しないってことですよね?それじゃあ」
不老。そして、劣化しないということは、魔素さえあれば回復できるということだ。つまり、実質的に不死でもある、ということになる。
「そ。俺なんかもうどんだけ生きてるのかわからんよ。」
「だから、長い年月を経験してるって…。そういえば、デミア先生も。」
「ああ、デミアのやつも、同じだけ生きてるわけだな。あの街を作ったのがデミアかどうかは知らないけど、少なくてもあの街ができる前からデミアの奴は生きているはずだ。」
デミア先生のことを<ババア>などと呼んでいたが、それどころではなかったことを知ってシンヤは愕然とする。この事実を学園の先生たちはどれだけ知っていたんだろう、いや、先生たちの話ぶりを見るにおそらく誰も知らなかったに違いない。先生たちがデミアのことに心酔していたのも、今にして思えば話が変わってくる。もし、自分が老いていくのに変わらず在り続ける存在があれば、特別視したくもなるし、その恩恵や英知に預かりたくもなるだろう。
「…だけど、シンヤ。お前さんは違う。お前さんは生まれつき根源を持っていたわけじゃないんだろ。」
「そう、だと思います。少なくても、そういう特別な感覚を覚えたことはなかった。」
「でも、誰かや何かから受け取ったり奪い取ったりしたわけでもない。そんなことはあり得ない。そもそもお前さんの持ってる『自由の銃』が、行方不明になってから久しいんだ。元もとの持ち主自体は俺やあいつ、あとデミアとかも知っているやつだった。でも自分勝手にふらふらしている奴だったし、いつからかどこにいるのか、生きているのかもまったくわからなくなってた。」
「『根源』の感覚をもってしても追うことのできない状態、これも普通じゃない、ってことですよね」
「そういうこと。他のどの根源とも違って行方すらわからずじまいだったものが、本来ありえない形で今お前さんの中にある。普通な要素がどっこにもない。」
「シンヤ、これはあなたのせいではありません。それに、あなたが起こした根源暴走も。何の予兆もなく引き起こされる根源暴走など、聞いたこともありません。何が起きたのか、誰にも、何も、わからないのです。」
ローエンは、自分を気遣ってくれていると感じる。
ジャフも、ジャフなりに心配してくれているのだと感じる。
それでも、シンヤは考えずにはいられなかった。自分に何が起きたのか、自分が何をしてしまったのか。
なぜ、こうなって、なにが起きたのか。
「ありがとうございます。そういえば、『根源』は無理やり奪うことはできないんですか?」
「まぁ、そうだな。さっきも言ったが、『根源』ってのは相性が良くないと継承できない。もし『根源』が継承されずに元の持ち主が消滅すれば、『根源』は漂流することになる。でも、なんでそんなこと聞くんだ?」
「ああ、いえ。僕があの街で、最後に覚えているのが、変な男たちのことで。『杖』とかなんとかいっていたから、たぶんデミア先生の『根源』を狙ってやってきた悪い奴だったりしたのかなって。」
「なんだって…?シンヤ、そいつらのこと、何か覚えていないか。特徴とか」
「え?えーと。確か、二人組だったんですけど。」
シンヤは二人の特徴を伝える。それを聞いて、考え込むジャフ。見守るローエン。
「…右脚が義足になった小柄な男。強力な風の魔導。左腕がまるまる義手の大柄な男…。見慣れない金属と機械…か。どう思う、ローエン。」
「"もう一つの問題"に繋がる気がします。『杖』を狙っていたらしいというのも…。」
「そうだよな…。まったく、シンヤ少年よ。君はなんというか…つくづく、大変な目にあってるな。」
「もう、なにがなんだかわかりませんが…お役に立てた、のでしょうか。」
「何言ってんだ、とんでもなく助かってるよ。おかげで、別な仕事にも目途が立ちそうだ。それに」
ジャフは周りの暗闇を見渡しながらあきれ返る。
そこにはケモノの類が見えるが、襲ってくることはないようだ。
いや、襲ってくることができないようだった。一定の距離は開けて、それ以上に近づいてこようとしない。
「この術式にはたまげたもんだ。学園での勉強の成果、ってとこか?」
周りにはシンヤの展開した魔術式があり、それがケモノを寄せ付けないようにしているのである。
「これは、アリーナに教わったものを自分なりに改良したんです。正直な話、学園で教わったな、って思えることってあんまりないんですよ。アリーナに教えてもらったことのほうが、断然すごかったから。」
「へぇ、アリーナさんとやらは凄腕なんだな。今はどうしてるんだ?」
「それがまったくわからないんです。ある日突然、書置き一つでいなくなって。だから、探しに行こうと
思って旅に出る準備までしてあったんですけどね。こんなことになっちゃって。」
「なんだ、そりゃあ?シンヤ、お前さん、友人に育ての親に、探し人だらけじゃないか。」
確かに。カナンにアリーナ。なんなら、デミア先生もいったいどうなったのだろう。街の人たちも、生きている人が居るのだろうか、それとも。
そんなことを思いながら、シンヤは懐に入れた通信機を手に取る。相互認識の魔術式は変わらず作動し続けているが、やはり反応はない。
「カナン…。どこに、いるんだよ。」
その様子を、見守る二人。しかし、二人は二人で、考えるべきことがあった。
「ご友人、見つかるといいですね。」
「そうだよな、こんだけ大変な目にあってんだ。大切な友人と生き別れたままじゃ報われないぜ。力になってやりたいとこだけどさ。」
「私たちにはやることができてしまいましたね…。得体のしれない二人組、ですか。」
「ああ…。ひとまず王都にシンヤを送り届けてから、だけどな。」
それぞれの道は隣り合っているようで同じでない。
三人の向かう先は、果たして。