銃の章 Ⅱ-1
白く、細かな結晶が降る。
何でできているのかわからない、白いかけらがしんしんと舞い、降り、積もっている。
周りに何もない、そんな真っ白な世界に、シンヤはいた。
「…どこだ、ここ…。」
気が付いたらここに立っていた。
自分は何をしていたか…。
ぼんやりして思い出せない。
自分というものが、曖昧になっているような感覚。
「おや、めずらしいね。お客さんだ。」
そんな中突然声をかけられた。
振り向くと、人がいた。
そんな気配もなく、人が立っていた。
銀の長髪で、肌も青白い。
来ている服も、意匠というものの全くない白い服。
シンヤが今まで出会ってきたどんな人とも違う雰囲気を漂わせていた。
「…あなたは?」
「私かい?私は…ここの主、とでも言うべきものかな。」
「主…?」
シンヤがいぶかしんでいると、おいで、と促された。
何もわからないが、ここに一人でいても仕方がなさそうだ。
促されるままにシンヤはその人物についていく。
「ここにヒトが来るのはひさしぶりでね。話をする、ということ自体が懐かしいぐらいだ。わからないことがあれば聞いてくれて構わないよ。私が話をする練習にもなる。」
「そう、ですか。じゃあ…ここはどこなんですか…?」
「ここがどこか、か。それは難しい質問だね。」
「え…。主、とか言っていたじゃないですか。」
「主、というのが正しいかも微妙だがね。この地にはあえて呼称するような名がない、だけでね」
「あなたは、ここで何をしているんですか」
「何も。あえて言うなら、待っている。かな。」
「待っている…何を…?」
「君のような者が訪れるのを。あるいは、答えが出るのを、ともいえる」
「答え、ですか。何か悩み事でもあるんですか」
「そうだね、ある意味悩んでいるのかもしれない。あるいは答えはわかっているのかもしれないが。」
質問をしろと言ったくせに容量の得ない答えばかり返されるのにシンヤは少しいらだつ。
「じゃあ、私はどうやってここへ来たんでしょう」
「ああ、それは君の『根源』が導いたのだろうね。」
「『根源』だって…!」
突然、知っている単語が出てきてシンヤは驚く。それはまさに、あの得体のしれない男たちの会話に出てきたあの言葉だ。
「俺の、『根源』って、どういうこと、ですか」
「どういうことも何も。君は『自由の根源』である『銃』を持っているじゃないか。」
「『銃』?なんです、それは。『根源』って、なんなんですか?」
「おや、まさか自覚なく『根源』を持っていた、とでも言うのかい?」
「そんなもの、知らない…。思い当たる節もない…。」
「そうなのか。ここに来た。それこそが君が『根源』を持つ証明であるのだけれど。」
「なんなんだ、その『根源』って。ここは、どこで…あんたは…誰だっていうんだ?」
「ふむ…。混乱しているようだね。彼女は『根源』を君に譲り渡したのだと思っていたが。その様子だと、押し付けた、というのが正しいのかもしれないな。」
「押し付けた…?彼女って、誰なんだ。何のために、その『根源』とやらを俺に押し付けたっていうんだ?」
「彼女というのは、『自由の銃』を預けていた者だ。君たちが使う、名前というものを私は使わないのでね、彼女の呼称を覚えていないが。それにしても…」
その主と名乗る者は、一人で考え込むようなそぶりを見せる。
「彼女は面白いことを考えたものだ。『根源』を奪われるのでもなく、譲るのでもなく、押し付ける…。なるほど、『自覚なき所持者』であれば…しかし可能なのか、そんなことが…私もまだまだ、ということか。出し抜かれた…いや、『自由』だからこそなしえたこと、か。なるほどな…」
シンヤのことはもはや興味を失ったかのように独り言を続ける。
「あ、あの…俺の質問は、まだあるんですけど…」
「ん…ああ、すまなかったね。私にしても君との話のほうが、貴重な体験なのだった、すまない。
なにせ、君もおそらくそんなに長くここには居られないだろうからね。」
「え?そうなんですか?俺は、アカデミアに帰れるんですね。」
「君が来たところ、という意味なら帰ることになるだろうね。」
「じゃあ、ひとまず教えてください。『根源』というのは、なんなんですか。あの男たちはそれを狙っていたみたいだった…。」
「『根源』とはなにか、か。そうだね、それは一言でいうなら『言葉』だ。そしてその『言葉』の象徴であり、その『言葉』の発生源になっている特別な存在だ。君たちの世界に遍く溶け込んでいる言葉であって、『根源』は君たちのような存在にその言葉、概念というものを付与している。」
「言葉…?『根源』とやらがその概念を俺たちにもたらしてる、って。全世界中のヒトに影響しているってこと、ですか。」
「ヒトだけでない。実体であるケモノやクサキ、セキサ、あるいは虚構のタマシイやアヤシなどといったすべての『存在』に影響している。」
「ケ、ケモノ?それになんだって?」
「ああ、君たちの言葉ではなんというんだったか…。魔獣とか、植物、とかになるか。そういう在る物共や、幽霊などといった居る概念、そういったものすべてのことだ。」
「物共…。ヒトも、魔獣も、その『根源』の影響を受けている。」
「そう。『存在』が『根源』の影響を受けて『現象』を引き起こす。その過程が、君たちの今在る世界ということだね。」
「なるほど。ヒトが歴史を作ってる、その歴史のすべてに影響しているって、ことか。」
本当だとすると、『根源』とやらはとんでもない力を持っている物ということだ。
世界中の、ヒトだけでなく、魔獣やすべての物質に影響を与えかねない物…。
力任せにでも、奪うということを考える悪党が現れるのも、無理のない話かもしれない。
「その認識でも構わないかな。まぁ、ヒトだけが歴史を作っているわけではないがね。そして、その『根源』は、この世界に18種類が存在する。」
「18種類。世界に、18しかない、『根源』。」
「その中の『自由』を司る『根源』である、『自由の銃』を。君が、持っているんだ。」
「俺が…その『根源』を持っている、って言われてもな…。生まれてこの方、そんな物聞いたこともなければ感じたこともないんです。間違い、とかなんじゃ。」
「間違いなはずはない。ここに、君がいる。それがなによりの証拠なんだ。ここには、根源を持つ者しかたどり着けない。それに、なにより私が君の中の『根源』を感じているからね。」
「なんで、俺が…?もともとの持ち主のその女性の方とも、会ったことがあるとは思えない…。そんなすごそうなヒトに出会ったら流石にわかると思います。」
「さてね、元々の持ち主は女性であった、というだけだからね。君がそれを『押し付けられた』までの過程がわからないなら、そういうこともあるのかもしれない。そうだとしたら、君の前にそれを持っていたものはどんな存在だったかわからないね。なにせ、前の持ち主もヒトであるとは限らないからね。」
「そんな…じゃあ、あいつらは俺のたまたま持っていた『根源』を狙って、学園に来たってこと、なのか。」
「ヒトの考えることなど、私にはわからないよ。何にしても、確かなことは、君が今間違いなく『自由の銃』の所持者だということだ。」
「…」
自分のせいで、学園が襲われた。教師たちが犠牲になった。そういえば、あの男たちと対峙したとき、最後に俺は吹き飛ばされて…そのあと、どうなったんだ…?学園は、あの男たちは、街は、街のみんな…
「そして、君が今『根源』の所持者である限り、私は君に質問をしなければならない。」
「え?質問、ですか。」
「そう。その答えを、私は待っているんだ。」
そういえば、待っている、なんてことを言っていた。それは、俺がその質問に答えるのを、ということだったのか。
「その、質問、って…?」
「教えてほしいんだ。『自由』とは、なんだと思う?」
「え?自由とは、何か、ですか?だって、それを象徴するのが『根源』じゃ?」
「そうだね。でも、その『自由』というのが、どんなものか、君に答えてほしいんだ。」
想定外の質問に、詰まってしまう。自由そのものの象徴がある、といったその口で、自由の意味を問う、矛盾したようなその質問の意図を計りかねるシンヤ。
その様子を見てとったのか、その主という者も口を開く。
「そうだね、君にこの質問は早かったみたいだ。なにせ、自分の持っている『根源』というもの自体を知らなかったんだ、無理もない。だから、君にはこれからその答えを、考えてほしいんだ。」
「これから、ですか。その、質問の答え、自由とは何か、ということをですか。」
「そう。君が考える、『自由』の答えを教えてほしい。いつか、その答えを君の口から聞けることを願っている。そして、もう時間みたいだね」
「え、時間ですか。ってあれ…?なんだ」
シンヤは、自分の体が、薄くなっていくような、そんな感覚に襲われる。
いや、感覚だけでない。自分の体、薄くなっている。自分の向こう側が、透けて、見える。
「さようなら。『自由の銃』(ヴェステンフールー)よ。君の答えを、待っているよ。」
その言葉は最後まではっきりとは聞き取れなかった。しかし薄れていく意識の中で、聞き取れたその言葉が、なんだか懐かしい響きであることだけは感じていた。