銃の章Ⅰ-5
視界が定まったとき、シンヤは学園の校門前にいた。
時間はほとんど経っていないようで、まだ朝焼けが見える。
最後の言葉はどういう意味だ…?自由に縛られるって、矛盾していないか?
そんなことを思いながら、ひとまず第一の目的地に向かって歩き出す。
そう、旅経つ前にカナンの店に寄って、カナンの親父さんに顔を見せないと。
そう思っていた矢先、声をかけられた。
「お前。」
え、と振り返るとそこにはこの街で見たことのない風貌の男がいた。
見上げるばかりの体躯に顔には大きな傷、ぼろぼろの外套を羽織っておりこの街の住人ではなく旅をする衣装であることはシンヤにも見て取れた。
「お前。ここから出てきたな。ここの関係者か。」
「なんです、あんた。関係者か、っていうなら、関係者じゃなくなった、というとこですが」
「なんだ。ここの関係者じゃないならいい。どけ。」
明らかに語気が強く、ただならぬ雰囲気を感じたシンヤは、不審に思いながらも道を譲る。
「ごめんね~!こいつ感じ悪くて、サ!」
「え?」
手前の男の影に隠れて、後ろにもう一人男がいた。
その者も同じような旅装束ではあるものの、明らかに通常の人間ではない。
なにせ、右脚が、ない。
正確には、右脚の部分が、杖のようになっていた。
義足、というものか?シンヤは初めて出会ったが、魔道具で手足の代わりをすることがある、というのは聞いたことがある。魔獣に襲われ手足を再生できないほどに損傷した冒険者などではあることだ、と聞いた。
もう少し脚らしい機能を持たせるものだと思っていたが…。
「お、この脚?珍しいかナ?ま、知らない人が見たらびっくりするよネ~」
「え、ああ…。」
「おい。…いくぞ」
「はいはーい。」
そんな風貌のわりに軽い感じの口調の男は一層不気味さを感じさせる。
二人とも、明らかにただの旅人ではない。何のためにこの街に、そしてこの学園に訪れたのだろうか。
気にはなるものの、この学園はもう卒業した身であり、伝えた通り自分はもう関係者ではなくなったのだ。謎の男二人を背にして、シンヤはカナンの実家に向けた歩を進めた。
「なんだったんだ、あいつら。先生たちの知り合いって感じじゃなさそうだけど…。」
そんなことを考えながらシンヤはカナンの実家の魔道具店にたどり着く。
ちょうど開店の準備をしていたカナンが気付き、声をかける。
「おお、シンヤ。思ったより早いな。校長先生の話はなんだったんだ?」
「ん、それが…」
シンヤはカナンに、謎の手紙の内容を話す。
「うーん。俺はアリーナさんと会ったことがないからよくわからないけど…。置いていったシンヤのことを心配しているんじゃないか?人探しで街から出るってことは旅の危険があるってことだし、魔導が必要ないってのも安全な街の暮らしなら当然だろうし。」
「じゃあ利用しているってのはなんの話なんだ?俺がこの街で安全に暮らしていることが、アリーナの望みなのだとしたら利用しているってことにはならないんじゃないのか?」
「それは…なんなんだろうね。将来的に帰る場所を管理しておいてくれ、ってこととか?」
「うーん、どうだろう…。アリーナは自由が服を着て歩いてるみたいな人だった。俺に魔導を教えてくれていたときも、俺に教えるというより好き勝手に魔導を操っている、って感じだったんだよなぁ。俺はそれをまねてただけだし…。街に来たのもなんだかここで暮らすためっていうより、通りがかった、って感じで。家に魔道具とか、自分の物を置いたりしようとしなかった。そんな人が帰ってくる場所、なんてのを欲しがるかな…。」
「一緒に暮らすうちに情が沸いたりしたのかも?ここでの暮らしが意外と気に入ってたり。あるいは、いや、やっぱりシンヤのことが気に入ってるから、とか?」
「おい、茶化すなよ。」
そんな話をしていたら、カナンの親父さんが店から出てきた。
「おお、シンヤ、早いな。すまんな、旅の前にわざわざ来てもらって。」
「いえ、おじさん。むしろ気を使っていただいたみたいでありがとうございます。」
「なに、息子の大事な友人だ。なんならお前のことも家族の一員、ぐらいに思っているのだからな。」
そういってほほ笑むカナンの父は、ひとあたりの良さと魔晶の腕でこの街では名の知れた人物である。
「そんな大切な家族が旅に出るのに、何もなしじゃあ私の顔が立たん。受け取ってくれ」
そういって手渡されたのは、相応の路銀もだが、なにより変わった魔道具であった。
「…これは…何、でしょう?二点が繋がっているような術式?」
「これはね、伝言機、とでも呼ぼうかと思っている。この小さな機械は、二つ一組だ。もう一つはカナンに渡す。」
そういって、ほとんど同じ魔道具をカナンにも手渡す。
「試作品だから、どれぐらいの距離まで届くものか正確にはわからないが…理論的にはこの二つの装置は、どことどこであっても相手の術式の元に声を届けられる」
「父さんの書いた術式的には確かにそうなりそうだけど…離れすぎたらどうなるか、確かにわからないね」
「一応私が試しに隣町まで行ったときには問題なく母さんと会話できたから、それなりの距離まで届くと思う。実験もかねてだが、ふたりで近況報告できたら寂しくないだろうと思ってな」
「別に死に別れるわけじゃないし、さみしくなんかないですよ。でも、その実験には付き合わせてもらいますよ。おじさんにも世話になりましたし」
「そう言ってくれると助かる。シンヤ、君の旅でこれの有用性がつかめれば、遠方との連絡が容易になる。いろんな人の役に立つはずだ。」
「父さんのこの術式、確かに面白い発想だね。お互いの術式が常に位置を認識して、そこに向かって波動で情報を伝える…なるほど…」
新しい機械に夢中になっているカナンを見て、シンヤは笑ってしまった。
「ん、なんだよシンヤ」
「やっぱ、お前魔術の研究が向いてるって」
「それは私もそう思うぞ、カナン。私たちに遠慮することなどなかったのに」
「シンヤも父さんもやめてよ、僕はこの店を継ぐって決めたんだから。学園に戻るつもりはー」
そんな、他愛無い会話をしていたときであった。
それは音もなく、突然起こった。
学園の方から、紫の光の柱が立ち上る。明らかに日常でないその現象は、学園の中で発生したように見えた。その場にいた全員が、突然のことに驚いて光の柱を見上げたところに、爆風と爆音が響き渡り三人を襲う。
「なっ…!」
何が起きた、と思いながらも、シンヤは体制を整え、柱に向かって走り出していた。
異常事態だ。明らかに。自分に何ができるか、はわからないが、何かできるならしなければ。
「カナン!お前は親父さんたちと街の人たちの状況確認を!」
「シンヤ、待て、危険だ!何があるかわからないぞ!」
「危険かどうかも、わからないだろ。様子を見てくるだけだ、やばかったら逃げるって。それに、親父さんがくれたこれ、活用できるんじゃないか」
「そ、そうか。じゃあ何かあったら知らせるんだぞ。無理はするなよ!」
走り出しながら、シンヤは朝であった二人組のことを思い起こしていた。
明らかに普通じゃない、あの旅人たち…。
何をしに来たのかわからなかったが、これがあいつらのせいなら。
「確かめなくちゃな。なんだかんだ長いことお世話になったんだ、無茶苦茶にされたら気分悪いからな。」