銃の章Ⅰ-3
「…今日の講義はここまで。」
マルティナ講師のいつもの聞き飽きた講義の締めの言葉である。
しかし、今日は、それだけではない。続く言葉がある。
「さて、今日の講義でシンヤ、あなたの4年間の魔導講義が終了しましたね。よく頑張りましました。」
そう。シンヤが受ける、魔導講義4年間。その最終日である。といっても、内容に目新しいものもなく、4年間同じ内容の講義と実践しかなかったわけだが。
「あなたは、4年間でたくさんのことを学び、魔の界隈に名を連ねるにふさわしい者になりました。」
これは、4年間の学園の講義の修了を伝える定型文であり、卒業試験前の最後の褒め言葉である。学園を卒業し魔術士、魔導士、魔晶士、魔装士、そのどれかを名乗ることを許されることを、魔の界隈に名を連ねるというのがこの街特有の言い回しである。
入学時期がまばらなため同じ講義を受ける学生はなんどか先達たちがこの言葉を贈られ、卒業していったり講師の研究室に専属となったりするのを何度も見るため、自分もいつかその言葉を贈られるのを夢見るのである。
しかし、今回は違った。
「と、本来は言葉を贈るのですが。シンヤ、あなたには学園長からお話しがあるそうです。明日、学園長のところに伺うように準備してください。」
「え?あのバ…あ、いや、学園長のところに、ですか。」
「ええ。そうです。そのババアのところに、です。」
あきらかに語気が強くなったマルティナの言葉に押され、シンヤは了承する。
学園からの帰り道。
カナンの店まで二人でかえって、そこから街はずれの自分の家に帰るのがシンヤのいつもの帰り道である。
帰り道の途中で、酒場によって冒険者や行商人から話を聞いたりするのが二人は好きだった。街の外に出ない人にとって、外の話は刺激的である。行商人などはその話で酒場の客から路銀を集めていたりするのも、日常の光景であった。冒険者の中には、この街が安定していることからこの街を活動の拠点としている者もあり、酒場はそういった者たちにとって情報交換のためのたまり場にもなっていた。
シンヤは魔導を流用した大道芸で彼らから投げ銭をもらって稼いだりもしており、顔見知りの冒険者などもちらほらいる。
「なんだろうね、話って。旅をやめろ、とかいうつもりかな。危険だから、とか?」
「あのおババがそんな心配なんてしてくれるとも思えないけどな…。」
シンヤは学園を卒業できたら、すぐに旅立つつもりで、準備も進めてきた。
生きるために必要な知識は、冒険者や行商人からいろいろ聞いているし、街の人より詳しいつもりだ。
これまでも食料確保のために街の外に出て並の獣は狩っているし、魔獣と言われる類だったとしても街に来る冒険者から話を聞く限り、自分の魔導で逃げ出す隙を作るぐらいはできるだろう。命を落とすような無茶をするつもりはないし、魔獣や野党なんかが出ないよう整備された街道をめぐるのが旅の基本だってこともわかってはいる。
「それとも、魔導のことで何かあるのかな?学園長が直接生徒に何かを教えていることなんて見たことがないけど…。」
「魔術ばっかりのあの人が魔導を使うなんて話聞いたことがない。そもそも、あったとしても、こんな時に今更言ってこないだろ。」
デミアは学園長などという肩書であるが、実際はほぼ表に出てこず、街の長というのもほとんど名ばかりのものである。彼女自身は魔術の研究家であり、収集家でしかないというのがシンヤ含む彼女のことを知っている者の認識である。主だった講師たちは魔術式や魔晶配、魔装紋の研究のために彼女の元にいるが、特に魔術士である者が多く、魔術式の研究成果を彼女に認めてもらい、彼女の魔術式収集の一部になることが目標とまで言う者もいるぐらいである。しかし、彼女に研究成果を披露する場というものは実際にはほとんどなく、彼女が気まぐれに、突然呼びつける機会だけなのである。現れるのも突然、呼びつけるのも突然ならば誰に何かを指示したりするのも突然魔術式で伝言されるため予想もできない。まして、何かを予定して行うということがない彼女の行動を知っている者からすれば、明日という時間を指定して、特定の誰かを呼びつけて、自分が待っているから来い、などという今回のシンヤへの伝言自体が異例の事態である。
彼女自身は、学園長室から出てくることもあまりなく、生活をどうしているのか知るものはいない。街で見かけることがないため、普段は街にいないのではないかという者もいる。
教師人ももちろん、一応の身内であるシンヤですら彼女の生活という部分はよく知らない。
「でも、わざわざ呼びつけるなんて理由があるんじゃないかな。」
「そうかもしれないけど、あのオババ様の考えてることなんて予想できるわけないんだ、考えても無駄だぜ。」
「うーん。そうかもしれないけど、あの学園長が直々なんてさ」
「考えすぎ。お前の悪いところだぞ、カナン。」
「自由すぎるせいで痛い目にあってきたのはどこのどいつさ…。」
「うっ…。それは、ほら、つまらない授業とかが悪いんだって」
「ああ、そういえば。親父が旅に出る前に寄ってくれって。渡したいものがあるんだとさ」
「え、そりゃ気を使わせちゃったかな。別にいいのに」
「親父なりにお前のこと心配してるみたいだよ。もらってやってくれよ、な。」
そんな他愛ない会話を続ける二人も、旅に出たら会うこともほとんどなくなるのかということに自然と思いいたる。
「ああ…。なぁ、カナン」
「シンヤ、言うな。」
長いこと一緒にいる二人は言葉にしなくても、伝わる。
一緒に。という言葉を、伝えるまでもなく、お互いにわかる。シンヤとしてもカナンがこの街で暮らしていくことだけがすべてでないと、外の世界に出ることを、全く考えないわけはないことも、わかる。
しかし、カナンには、家族がいる。自由にならないことが、どうしてもある。
自分のためだけに、自由に。そんなシンヤへの羨ましさをカナン自身も自覚していないわけはなかった。
「それは、できないんだ。」
「…そうか。そうだよな」
「ありがとな、シンヤ。ほんと、たまには、顔を出せよ?」
「ああ…。そうするよ。約束、だな。」
日が落ちていく。二人の間にわずかな間があったのち、ふたりは適当にじゃあな、と別れた。
そんな帰り道も、今日が最後か。そんなことを思いながら、二人はそれぞれの岐路につく。