銃の章Ⅰ-2
「今日も今日とて退屈な授業だった…」
卒業まで、あと1ヶ月となったシンヤ。
「シンヤにとっちゃそうだろうな。俺も同じ講義を4年かけて4回聞いたらそりゃ飽きるだろうし。」
同じく、卒業まであと1ヶ月のカナン。
この学園では、入学して卒業するまでは最短4年である。
しかし、その4年間を一緒に過ごすもので、同じ時期に卒業を迎えることはまれである。
なぜなら、この学園は、入学も卒業も「随時可能」なのである。
ゆえに、入学が同時期になる事態が珍しく、卒業を同時期にする必要もないため仮に在学中友人であっても卒業が同時期であるとは限らない。
希望した者は入学費さえ払い、基本的な知識を確認する試験に合格することができればいつでも入学できるし、卒業も要件を満たしていればいつでも卒業してもよい。入学受験するにあたって必要なのは街の住人であることのみ。それも学園にて住人として登録の手続きをするだけであり、他の地域から旅でこの街にたどり着き、豊かな暮らしをみて定住するようになるものも少なくない。
卒業せずに講師の元で研究を継続する学生も珍しくなく、何年も講師の元で研究を続けている者もあれば、魔晶や魔装の知識を生かした学園公認の魔導具店を開いたり、親元の商売を継いだり、旅の続きをする外からの者など、さまざまなものがいる。しかし、この街で育った子供の中に、魔導士として外にでることを夢見るものはいなかった。
人呼んで学園都市アカデミア。この街の長にして学園の長、デミア・アルカインがこの街を興してから何十年とかけて、いろんな人の知識や知恵を生かし、学園を中心にしてこの街は発展してきた。
そして、デミアこそ今のシンヤの身元引受人である。
変わらない講義を4年間受講しつづけるという課題をシンヤに課した人である。
「ほんとあのお婆に文句の一つも言ってやりたいぜ」
「そんなこと言ってたらまたひねられるぞ。それに、お婆だなんて失礼だろ」
「いつからこの街があるかわからないぐらいの昔からいるなんてお婆でしかないだろ」
そう、この街はもう何十年・何百年とこの地にあるはずなのだ。
シンヤも会ったことがあるのは、アリーナがいなくなったとき、身元を彼女が引き受けるという話になったときを含めて、数えるほどしかない。しかし、デミアは見た目には普通の成人女性と変わらなかった。
人間には必ず寿命がある。年を取っていけば、いずれ体を維持することができなくなる。おそらく魔術でなんとかしているのだろうが、彼女がいったいいつの時代からいるのか、本当のことを知る人はいない。そもそも、彼女に出会うことができる人は限られている。シンヤもめったに彼女と出会うことはなかった。
初めて彼女に会ったとき、シンヤはその見た目に驚いたものであった。そして、口数も少なく、シンヤに、魔導士として学園を卒業しない限り、街から出ていくことは許さない、入学の費用などはアリーナが出しているから気にするな、生きることに困ったことがあれば私を訪ねなさいと、それだけのことを伝えられただけだった。
そのあと学園で大事をやらかしたとき、講師に連れられて会ったことが何度かあるぐらいである。そんな時でも彼女は励みなさいとかいうだけであまり彼に興味がない風だった。アリーナから彼女は古い知り合いだと聞いていたが、彼女の様子はアリーナの普段とかけ離れていて、知り合いだというのも信じられなかった。
アリーナもまた若い壮麗な女性であった。古い知り合いとは妙な言い回しであるし、アリーナとデミアは二人で会っているなどという話も聞いたことがない。どのような関係か不思議に思っていたこともあったが、デミアにそれを聞くことはないまま、4年近くの時が過ぎた。
「でも、この退屈な『課題』もあと少しだ。」
「やっぱり、卒業したら旅にでるのか?」
「ああ。あの人を見つけるためにな。カナンはどうするんだ?親父さんの仕事?」
「そうだな…。魔術で何か新しいこともやってみたいけど、まずは家業だな」
カナンはこの街でも有名な魔道具店のひとり息子である。
魔晶に優れた父親と、魔装に優れた母を持ち、優良な道具を販売している名店の跡取りとして育った。
カナンはその才能を存分に受け継いでいて、魔晶も魔装も優秀であると学園でも名高い。
「自分のやりたいことも大事にしろよ?お前頭硬くなりがちだからな」
「お前ほど自由な人間にはなかなかなれないよ。」
2人はたまたま同時期に入学した学生の中で同い年で最年少であった。入学生の中で年齢や背景もさまざまな中、最年少の若い二人、街はずれの魔導馬鹿と、優秀な名店の跡取りとが学生たちの中で特別な存在として浮いてしまうのも当然であり、浮いた二人がつるむようになるのもこれはまた自然な流れであったといえる。
そんな二人が出会ってからも、ほとんど4年。それだけ付き合いがあれば、二人ともお互いの考えもわかるようになるというものである。
「自由というつもりはないけどな。自分のやりたいようにしているだけ。あの人から教わった、魔導の心得の基本のき、さ。」
「そのとばっちりを受けて講義を受けに来ない馬鹿を連れ戻す羽目になる俺の立場にもなってくれ…。」
「それはすまんと思っている。でも、お前ももう講義聞いている必要ないだろ?そうやって授業から出れる時間を作ってやってるんだ、感謝もしてほしいもんだ」
「適当なこと言うんじゃないよ。俺は講義の内容ちゃんと聞いてる。まあ…確かにすでに書物で勉強してしまった内容ばっかりだけどさ」
そう、カナンは優秀である。学園の一般学生が参照できる書物の内容であればほとんど読みつくしているし、それを応用するために複数の講師の研究室に出入りして研究の手伝いをしていたりする。
それだけ魔術のことが好きで、ひたすらに魔術式を考えては試している。
「それでも、研究してきてもお前の魔導ほどの自由さは作れない。悔しいけどな」
「魔導の最大の強みを魔術で再現されてたまるかよ。それだけ複雑怪奇な術式を組み上げてるだけでも充分すごいんだからよ」
ちなみに、シンヤも魔術でカナンに著明に劣っているわけではないことは書き加えておく。アリーナは魔導士としてシンヤにたくさんのことを教えたが、魔術・魔晶・魔装も同じように教えていた。それゆえに、並の学生が1年かけて学ぶ基礎のほとんどは入学時点ですでに習得していた。ただし、彼はそこからも魔導に明け暮れているのが、カナンとは違うところである。シンヤが魔導の研究をすることを管理する講師はおらず、旅での有事に備えて戦闘向けの魔導を研究すえうシンヤは、魔導が爆発したり暴発して物を損壊させたりすることも日常茶飯事。ゆえに、彼は学園では問題児扱いである。
「なぁ、カナンお前さ。魔術の研究をやっぱり続けた方がいいんじゃないか?実家の店もそりゃ大事だろうけど、学園にいなきゃできない実験なんかもたくさんあるだろ?親御さんたちだってまだまだ現役なわけだし、もったいないって。」
「そりゃ魔術の研究もしたいけどさ。商売ってものを作って売ったらそれでおしまいってわけじゃない。お客さんとの付き合い方とか、宣伝だったりとかいうこともあるからさ。そういう経営ってのもなんだかんだ頭使うし、それはそれでいいかなって思ってるよ。」
「ま、何度も話してるけど俺はもったいないって思っちゃうんだよなぁ。魔術であんなにすごいことができるのはこの世でお前だけだと思ってるぜ」
「デミア学長とかに比べたらまだまだひよっこさ。それに俺たちはこの街しかしらないだろ。この世でなんて、世界がどれだけ広いかもわからないのに」
「3大陸が広いっていっても、ヒトの数は限られてるんだ。一番がどこかにいるわけだろ?今はそうじゃないんだとしても、続けてればいつかお前がそうなるって」
「おだてるなよ。俺はそんな器じゃないさ」
そんなくだらない話をしてきた二人も、あと1ヶ月で卒業である。
それぞれの進路に進めば、街の外に出るシンヤと、街に残るカナンが出会うことはなくなるだろう。
「…たまには、店にも、ここにも顔を出せよ。」
「その時は、お前が喜ぶような旅先で見つけた魔術の話をしてやるよ。」
かけがえのない友人となった二人の出会いは、必然だったとも言える。
そして、この4年ほとんどの時間をともに過ごした二人のそれぞれの道が始まるまでも、あと1ヶ月。