銃の章 Ⅲ-3
その道のりは、過酷だった。
王都まで、車に乗ってらくちんだ、などという言葉を信じたのは愚かだった。
最初は緊張と驚きで気にもしていなかった、魔道走行車から伝わる振動。
これが長い間続くとこんなにも体中痛く、辛く、気持ち悪いとは。
ローレンのしていた丸まった姿勢も試してみたが、そんなもので和らぐものではない。
この車は、長い間乗り続けることを想定しているとは思えなかった。
「まぁ、本来こんな荒れた街道を走るようにはできてないからなぁ。」
とはジャフの談である。
「なんで…ジャフさんは…そんなぃ!平気に乗ってられるんでっすかぁ!」
「慣れ。あとはそうだな、浪漫の結果だからなぁ」
「ろまんって…」
「これ、設計したのは俺なんだよな。王様の資産力ってすごくてさ、こんな絵に描いたようなもん本当に作っちまうんだもん」
「それあっ!すごいですけどぉ!」
「シンヤ、なんでそんなに叫んでんだ?普通にしゃべれよ」
「このっ!道の振動へぇ!普通ぃ!しゃべれませんよぉ!」
今一行は、森の中である。
この森の街道は比較的整備されている。アカデミア側の使われなくなった街道とは違い、王都から行商などが通ることもあり人手をかけて整備されている街道である。
だが、断じて平坦な道ではない。石張りなどはない、樹木の太根などむき出しになっているところも多い。
そんな凸凹の道を高速に移動する車輪は、激烈な振動を載っている者たちに叩きつける。
「っ!―」
舌をかんだ。
―――
「休みなく飛ばして行けば1日で王都につくんだがなぁ」
「流石にそんなに耐えられませんよ…。王都につく頃には体中襤褸切れみたいになってますよ。」
「うーん。ローレンはどうだ。」
「…」
ローレンは車を止めてからもしばらく動けないようだった。
日も暮れて野営を整えてもなお調子が悪そうである。
「ローレン、王都を車で出たときから全然だめだったもんなぁ。」
「わかってるなら話しかけないで…無理…」
珍しく弱々しいローレンの不調は、どうにも振動だけの問題ではなさそうだ。
後々聞くには、車に乗って動いている現象自体で気持ち悪くなるらしい。馬車でも少し気持ち悪くなるが、魔道走行車は尋常ではなく不快とのこと。
ローレンの丸まったあの姿勢は、不快感に耐えるために自分は荷物だという暗示をかけるという泣けてくるような努力の結果だった。効果はあまりないようだが。
「まぁ、だいぶ早く進んでいるのは確かですよね。道のりの半分くらいは進みましたもんね?」
「そんなもんかな。でも二人の様子見てると森の中は車で進むのはやめたほうがいいらしいな。」
その車であるが、今は近くに見当たらない。いや、見当たらないのではない。小さくなっている。
どんな技術かとシンヤは驚いたが、携帯化術式というのが組み込まれているそうで、持ち運べるよう小さな模型ぐらいの大きさに縮小されていた。
「ぜひそうしましょう。」
ローレンが青白い顔から発したとは思えないぐらい強い語気ではっきりと伝えてくる。
「お、おう。わかったって。」
流石のジャフも、ローレンの覇気に気おされていた。
「そ、それにしても、自分の知らない技術が王都では普及しているんですね。そんなに発展しているものとは思いませんでした。」
「おいおい、何をいってんだ。お前アカデミア出身なんだろ?王都で使ってる技術のほとんどは、あそこの研究の成果物がほとんどだぞ?」
「え?そうなんですか?」
「技術の根本は理論だ。理論を応用して技術に転用してるのは確かに王都の技術屋の成果もあるが、たいがいの魔道具の魔術式や魔晶構造の根本はあそこの理論家の研究成果の流用だぞ。」
「ええ、そうだったんですか。自分は、学校じゃ魔導優先だったので…」
「魔導優先、本気か。あそこじゃ珍しかったんじゃないのか?」
「僕しかいませんでしたけど。」
「…それもまた、極端だな。」
そうだったのか。デミア先生に認められたいとアカデミアの教師陣はよく言っていたが、確かに彼らの研究の成果を詳しく聞いたことはない。
「うーん。シンヤ、魔導を優先してるのはアリーナを探す旅のためって言ってたよな。魔術もかなりできるんだと思っていたが、魔装とか魔晶も詳しいのか?」
「そりゃあそこで勉強させられますから、解析とか構成するのは最低限できますけど。でもあの街の人なら誰でも当たり前にできますよ、こんな風に。」
と、懐の機械を取り出す。
今はやはり何の反応もない。対になる機械は存在しているが、反応が期待できる距離にないことを示している。
「それ、お前さんの友人の親父さんが作った、とか言っていたか?…そうだな、そもそもそこからして気づくべきだった。いいか、シンヤ。そんなもん作れる技術者は王都にいないぞ。」
「え?」
「というか、まずもって新しい術式をなんもないところから作り出す、なんて芸当は普通できん。元からある術式を組み合わせて繋いで機構に組み込むのがいいとこだ。あとそれ、魔晶を動力源にしてるんだよな?そんなことも普通はできん。普通は使うヒトが魔素を注ぎ込んで起動したり操作するんだ。」
「え、じゃああの魔導走行車も」
「そうだぞ、俺の魔力で動かしてきたんだ。まぁ、根源の俺とか剣のあいつだからこそ使い物になるが、普通のヒトが使ったら数分走らせたら疲れ果てるだろうな。」
「え、そんな。じゃあ、あの車って王都でありふれたものなわけじゃないんですか。」
「王様専用の特別性だ。あいつが遠出することもあまりないが、いざってときに急行するためのもんだよ。」
それを気兼ねなく借りておいて、あれだけ無茶な強行軍をするとは、ジャフも大概無茶苦茶なのでは、という気がしてきた。
「なんだか失礼なこと考えてないか、シンヤ。だが、お前さん…というかアカデミアとかいう街の人間たち、どうにもとんでもない集団だったのかもしれないな。流れてくる断片的な情報だけじゃ、風変りな人間の集落ということだったが…もっと交流しておいたほうがよかったか…?」
「そういえば王都とアカデミアで交流ってあまりなかったですよね…。辺境の土地だったからとはいえ、国土の一部なのに。」
「そりゃ、必要がなかったからな。ヒトが生活するのに困ってなければ、交易も必要ないだろ。」
確かに、よく考えればその通りである。
アカデミアも食料などは別に困っているという話は聞いたことがなかった。
街道の魔獣の類を討伐するために出かける冒険者はいたが、そういった手合いでもアカデミアを拠点にしている集団が変わることはほとんどない。見知った顔、ばかりだったように思う。
流れてくる者も物も、交易商以外にはほとんど見たことがない…。そもそも、交易商たちは何を仕入れて何をもたらしていたのだろう?
「街同士の交流って、あるように見えて実はあまりなかったんですね。」
「街や村なんてヒトが生活する場所以上に意味ないだろ?寝て、食べて、生きる。そのための場所だ。それ以外あるのか?」
「そうですね、自分が生きていく分に困らなければそれでいいわけですもんね。年を取って老いていくまでに家族や子供を作ったり育てたり、いつか死ぬまで自分にできることをする。それが生活ですもんね。」
「その土地じゃどうしてもどうにもならないものがあれば、やりとりすることもあるけどな。まぁ困ってても生きていくのには何とかなる。なくてはならないものって実はあんまりないからなぁ。」
「アカデミアの先生たちは研究をずっとしてたけど、なんのためだったんでしょう。」
「さてな。王都の技術屋は自分たちがいじくった物が動くのが面白いらしいから、そんなもんなのかもな。」
「面白い、ですか…。先生たちの研究もそういったところからやってたんでしょうか」
「そうだな。そういう意味ではお前さんはアカデミアに向いていなかったのかもな。」
「え?」
「魔導が”面白かった”のは、お前だけなんだろう?」
確かに。自分があの街に溶け込めていないような感覚。街はずれに住んで、ケモノを狩ったりするような生活、他の誰もしていなかった。自分も街の中に入っていこうとは思わなかった。
自分は、”あの街が面白くなかった”のか。
「ジャフ。」
二人で話しているうちに、少し顔色のよくなったローレンが諫めるような声を出す。
ジャフはそれであ、と気づいたような顔をする。
「ま、まぁさ。あの街の人も、災害に巻き込まれるとは誰も思っていなかっただろうけど。それが寿命と割り切ってもらうしかないさ。抗いようのないものってものも世の中にはある。な?」
一瞬ジャフの言葉の意味を把握しかねた。
そして気づく。
ああ…そうか。アカデミアはもう、存在しないのだった。
自分という日常や生活を超越した存在のせいで。
「気遣いいただいてありがとうございます、ローレンさん。でも、大丈夫です。狼狽えてばかりもいられませんから。」
そうだ。もう、立ち止まることも振り返ることもできない。
あの街に、自分の居場所がなかったのなら、なおさら。