銃の章 Ⅲ-2
宿のなかで、壁伝いに歩く少年。
こっそりと外に出ようと試みていたが、声をかけられた。
「なんとか動けるようにはなってきたな、シンヤ。」
「あ…。や、まだ、歩くのはなんとか…って感じです。すみません。」
「謝ることじゃないさ。慌ててもしょうがない。王様にも連絡は出してあるしな。」
「で。その有様で、どちらに行こうというのですか?まだ休んでいなければいけませんよ?」
「あ、え、えと。それは…」
この街に滞在して意識が戻ってから、10日ばかりになる。
その間、ようやく動けるぐらいに回復したシンヤは、ひそかに『銃』の扱いを練習していた。
『銃』は魔弾を放つ武器。
シンヤの想像したままに瞬間に目標を打ち抜くその正確無比な精度は、物を投げたり、シンヤの放つことができる魔導弾とは比較にもならない。
もちろん距離が離れればそれは多少狂うのかもしれなかったが、少なくても人目につかない範囲で練習できる距離なら、的を外すことはない。それだけでなく、弾の威力や打ち出す魔素の性質も想像通りに変化させられるその武器は、遠距離の戦闘において無類の存在であることは疑いようがなかった。
「シンヤ、武器としての練習は大事だが、お前さんのそれは自分の魔素の消費が激しいんだろ。使いすぎれば体の負担になる。」
「ええ、わかってます。でも」
「でも、じゃないですよ。シンヤさん、あなたの今すべきことは体を休ませることです。」
「ローレンさん…。ええ、わかりました。今は、無理しないことにします。」
だが、強力ゆえに致命的な欠点もまたわかりやすい。それは、本人の魔素を弾に使うということ。
撃てば撃つだけ、消耗する。全力の一撃は数日意識を失うほどに消耗するその武器は、命を犠牲にしてもいるといっても過言ではなかった。
体を治そうという今のシンヤには、軽い練習ですら、負担になっている可能性がある。
「そうしましょう。シンヤさん、焦っても仕方ないです。」
「まぁ、焦りたいシンヤの気持ちもわからなくはないけどな。自分の置かれた境遇が何もわからないなら、とりあえず自分の根源がどういうものかぐらいは知りたいよなぁ。」
「ジャフ、甘やかしてはいけません。」
「そういってやるなよ、ローレン。シンヤは俺たちと違ってまだ若い。慌てたくもなるさ。」
「そうかもしれませんが。焦りは冷静な判断を鈍らせること、知っているものですから。」
「ローレン…。ということだ、シンヤ。とりあえず、街を歩き回れるぐらいになるまでは『銃』の練習は禁止だ。」
そう言われたシンヤは、やることもなく今は宿でぼーっと外を眺めていた。
数日のうちには回復すると思われていたが、それがここまで長引いているのはやはり『銃』の練習がたたっているのかな、とも思う。
自分に与えられていた『根源』が、住んでいた街を消し去り、脅威たる魔獣を一撃のうちに葬った。それだけの力でありながら、自分はそれを制御できているのかもわからない。
不安でないわけがない。あの魔獣を倒した時だって、たまたま周りには他に何もなかったものの、もしそれがこの街の中であったなら。この街もまた消し去ってしまえるだけの力…。
「それが、『自由』…って、ことか。」
他者を、思いのままに葬れる。それを可能にする。それだけの力。
「じゃあ、他の根源は…?」
『槍』は友情だ、とジャフさんは言っていた。
大きさや形が変わる槍。それが表す友情とはなんなんだろう。
『斧』は誠実を司るとローレンさんに聞いた。
鋭く切れる、小さな片手斧。手を添えて振るうローレンさんの技は誠実さの結果なのだろうか。
『根源』の在り様は、持ち主によるともジャフさんに聞いた。
この銃は僕が思い描いた『銃』の形、ということなのだろうか。
「僕は…自分が生き抜くために、この力を使っている…。自分の、自由のために。」
それは、『根源』を持つものとして勝手が過ぎるように感じてならない。
『自由』を司る存在の形として、あってはならないのではないか。
「自分は自由…でもそのために。」
他の『自由』を奪っていいはずはないだろうに。
―――
数日後。
『銃』の練習はやはり負担になっていたようで、それをやめたシンヤはあっという間に回復した。
元通りにどころか、むしろそれまでよりも自分の魔素が充実しているとすら感じた。
「無理をした分、それに体が順応したんだろうな。」とはジャフの談であった。
シンヤが回復したからには、ここにとどまる理由もない。
王都を目指す最後の旅程を、三人は歩み始めた。
いや、歩んではいない。一行は、車にのっていた。
アカデミアにも馬車や荷車のようなものはあったが、そういう物とは違う。
それは、巨大な魔導具の乗り物だった。
風の魔素や水の魔素を盛大に使い金属の車輪を動かして走る、魔導走行車というものらしい。
この街から王都の間のような、整備された街道を往く分には非常に速い。回復したとはいえまだ長距離の旅程は難しいだろうと、ジャフが『剣』の王に連絡して借りたということだった。
「これが、ジャフさんの言っていた、ものなんですね。」
「最初から借りるつもりだったんだが、今のシンヤにはなおさら良かったな。」
「ええ、歩かなくてもいいのはいいです…がっ!」
その瞬間、車体が大きくはねてシンヤは舌をかみかける。
歩かなくてもいいのは確かに楽ではあるが…残念ながら乗り心地はいいとは言えなかった。
馬車だって速度を出せば揺れがひどい、それを馬車の何倍も速く進んでいくのだ。
車体に伝わる振動は尋常ではない。
振動がシンヤとローレンの乗る荷台の部分に直接伝わり、正直座って乗っているのはなかなかに辛かった。
ローレンにいたっては、自分は荷物といわんばかりに脚を抱えじっとうつむいて動かない。
ふつうに座るよりその方が楽なのかもしれないとシンヤは思いつつ、ふと後ろを振り返る。
離れていく山脈とそのふもとの街。離れてみてわかるが、セクレトは大きな街であった。
山脈のふもとの部分は本当に街の中枢だけであり、その周りには往来する人たちの持ち込む交易品が並ぶ市場が広く広がり、宿から見えていた部分はあくまでも街道へ行くひとのためにある一部分でしかなかった。
この街ともお別れか、と少し寂しくも感じる。
ここしばらくにぎやかな街に居て、あの風景は見慣れたものになっていた。
山際にあるために土と風に塗れ、荘厳な整備よりも融通が利くことを優先された街であった。区画化され、住み続けることを前提にしたアカデミアとは全く違う趣の街であったが、不思議とシンヤにとってはその方が居心地よく感じた。そこを行きかう人たちの統一性のなさが生み出す空気も、シンヤの肌に合ったのだろう。
「みんな、自由にしてた…。」
「え?なんだって?」
操縦席から、ジャフが大声でシンヤに問いかける。この車の駆動音もまたすごいので、声が届きにくい。
「あ、いえ。この街の人たちが…。行商のために山を越える人、それを相手に商売する人、雇われの冒険者…。みんなそれぞれの目的があって…自分のために、何かをしていた。自由な空気だったな、って。」
「そりゃこの大陸の交通の要だからな、いろんな奴が通る。暮らすんじゃなく、通過するんだ。人が集まって暮らすにはある程度規則が必要になるが、ここは住むための街じゃない。面倒な規則なんてわずらわしいだけだからな。」
「それで問題になったりしないのが不思議でした。」
「いや、それはお前さんが見えてない部分があるだけだろ。いざこざになることもそりゃあるけど、つまるところ自分に面倒がふりかかるぐらいなら、ちょっと堪えて避ける方が楽なもんだ。みんなその辺わかってるから、余計なことに首を突っ込んだりはしない。多少変なやつ、怪しいやつがいてもあえて関わろうって人間は少ないさ。自分の目的と関係ないんだからな。」
「自分が何かするのが自由なら、他人が何しててもまた自由、ってことですか。」
「そんな感じ。まぁ、それで何か困ってもそれぞれの責任ってことでもあるけどな。暮らすための街に規則があるのは、それを守る限り自分の権利もまた守られるってことだ。どっちがいいかは言い切れんな。」
でもそれならば。
自分の自由が脅かされんとするとき、人は避けて通ることしかできないのだろうか。
自分が持つような理不尽な力が、避ける自由すら許さないとしたら。
「自由って、難しいですね…。」
「…シンヤ、あんまり『根源』にとらわれすぎるなよ?」
「え…?」
自由に縛られないように。かつて、世話になったあの人に言われた言葉と重なる。
「どういう、ことでしょう…?」
「『根源』は、でかい力だ。一人が抱えるには、重すぎるほどの。」
「え、ええ。」
「お前さんが一人で考えこんでも、『自由』の意味なんてわからんってこった。」
まるでここ最近の自分の悩みを見透かされたようなその言葉にシンヤは驚く。
「『根源』が与える影響はでかい。その中でも最大のものは、時間だ。」
「時間、ですか?」
「前も言ったが、『根源』持ちはほぼ年を取らない。時の魔素が体に与える影響、変化が非常に小さくなる。」
「ああ…そうでしたね。」
「だから俺もローレンも、お前さんが想像しているよりずっと昔から生きている。デミアもな。」
「そうはいっても、感じている時間の流れは同じです。考えなくていいわけじゃない。」
「いや、お前さんは実際若いんだ。だからこそ先に言っとく。時間はたっぷりある。慌てなくていい。」
「はぁ。まだそんな実感はないですけど…。」
「当たり前だが、石みたいに変化の影響を受けないってわけじゃない。ただ普通のヒトからすれば、ほぼ不老って感じだ。」
「そういえば、デミア先生は、本当に、あの街ができたときから生きているんですね。」
「まぁ、そうなんだろうな。街なんてもんの中枢にいるとは思いもしなかったがな。」
つまり、噂は本当だったのだ。年をごまかしているのではなく、変わらぬままそこに在り続けていた。
『根源』が与えるヒトへの影響が、尋常でないことの証明。
「長い人生、ということですか。」
「そういうこった。慌てなくていい。お前さんには、『自由』な時間がいっぱいある。」
なるほど、だから、ジャフたちもまた慌てるようなそぶりがないのだ。そして、経験値がヒトと段違いと感じる理由にも納得がいく。
それなら、自分もまた、今はすべきことをしよう。
『根源』であることがはっきりしたからには、自分にもまだ時間はいっぱいあるのだから。