銃の章 Ⅲ-1
魔獣は討伐された。
シンヤの生み出した『銃』が放った魔素の奔流は、本人の想像をはるかに超える威力であった。
当然、それほどまでに強い力の反動もまた並々ならぬものである。
その光が収束すると同時にシンヤは意識を失い、その後のことはわからない。
シンヤが目覚めたときには、知らない天井の部屋の中であった。
驚いて起き上がろうとしたが、体が重くて自分で起き上がることもままならないことに気づく。
「おお、やっと目覚めたか。びびったぜ、まさか2日も意識が戻らないとはな。」
「ジャフ、さん…。ここは…。」
「ここはセクレト。あの山を下りたとこ、ふもとの街の宿さ。」
ふもとの街のセクレトは交易都市とも呼ばれる大きな街であった。
また、山のふもとというよりは、山脈の間に挟まれたような位置であった。
この山脈は大陸を南北に分断する山脈と、そこに南から繋がるもう一つの山脈とを合わせて、丁の字のようになっている。
北側から山脈を超え、東南の王都に向かっていたシンヤ達一向の旅は山脈の交点の東南に作られた、大陸中央の街にたどり着いたのであった。
「じゃあ、王都まではもう少し、ということですね。」
「ん?まあそうだな、道のりとしては山道だけが大変なとこだったからな。あとは楽ちんだ。」
「そうですか、なら、よかったです。」
「まあ、慌てる旅でもない。この街で療養してからでも遅くないからゆっくりしていこう。」
「療養…。そういえば、ローレンさんは!?腕が…」
「なに言ってんだ、お前がすごい処置してくれたおかげでとっくによくなってるよ。」
「え、そんな。応急処置しかしてないですよ?」
「治癒の術式はローレンもできる。お前さんほど早くはできないかもしれんが、ある程度時間をかければ基本的なところは治るからな。でもどの道ローレンの魔術の精度じゃあそこまで無傷に見えるようには治せなかったかも、っていってたぞ。」
「見た目が無傷でも…動かせるほどには治せなかったはず、なんですけど。」
「その辺は時間をかけて術式を作れば治せるからな。失血して魔素が足りなくなってなきゃ、ある程度は誰でもできる。だからこそ、お前さんの応急処置の賜物なんだって。」
「…それなら、よかった、です。そのローレンさんは、いま?」
「今は買い出しがてら情報収集に出ている。噂になってないか、だな。」
「噂?」
「お前さんの放った光さ。この街からも見えたかもしれんぐらいの威力だったからな。」
「え?あの山頂ってふもとのこの街からだと結構距離あるんじゃ…?」
「ん、そうか。お前さん他の街を見た事ないんだったな。窓の外見てみろよ。」
「外…?」
ジャフに支えながら起き上がったシンヤは、見たことのない光景が広がっているのに驚く。
街並みや家の並びも煉瓦造りや石造りが多かったアカデミアのそれとは違う。粘土でできた、土を盛り上げてくり抜いたような家屋が並ぶ。それは山際、なんなら山そのものをくり抜いてできている部分まである。
道には屋台が並び立ち活気に満ちており、人通りも多い。シンヤが見たことのない肌の色、衣装、様々な人が行きかっていた。
だが、そういったものよりも何よりも目を引くのは、山脈の中腹、街の端から山頂に向かって伸びる巨大な昇降機であった。
その昇降機はヒトが作ったものとは思えないほどの大きさで、山頂とふもとの街を山そのものを上るようにして繋いでいる。アカデミアにも高所への移動に小さな昇降機を使っているところはあったが、遠巻きに見てもその巨大さがわかる。
遠くに見えていてもなお乗降部分の大きさがこの街の家一軒よりも大きく見え、その巨大さが窺い知れる。
「あれがこの街の名物、『原初の昇降機』ってやつさ。古の時代に作られた昇降機で、他の街で使ってるのはあれをまねて作った小型化に成功したやつだな。行商は基本、荷をまとめたらあれでこの街から山頂に移動して、反対側は荷を大事にしながら山道を降りる。登るときには商売を終えて手持ちの荷は路銀に変わっているから、一気に山道を登ってすぐにあれで降りてくる。そうやって山の向こう側に荷を届けるのが仕事の大筋だな。」
「あれが、原初の…。授業でも聞いたことあります。「風で上る」んじゃなくて、「水でつたうように上がる」んだって。」
「おお、ちゃんと勉強してるな。まあ、正確に言うと自分に対して周りが下につたうようにして、自分を押し上げる、そんな機構だな。」
「その方が効率がいいんですよね?風はまっすぐな移動しかできないし、制御しづらいから…。」
「その通り。…ま、あれを作ったやつも、その仕組みに気づけたのはたまたま、だけどな。」
ぼそっと言ったその言葉に、シンヤはどこかで聞いたような懐かしさを覚える。
「え…?」
「ん、ああ、気にするな。昔の話だ。それより。シンヤ、見えるか。あの山頂の岩、ちょっとえぐれてるだろ?」
シンヤが見ると、原初の昇降機が登っていく山、その山頂の尾根が部分的にへこんでいた。
それは他の尾根がとげとげしいのに対し、滑らかに弧を描いていた。
そこだけは明らかに他の部分と違う、まるで人工的にくりぬかれたような、不自然なへこみ方をしていた。
「ああ、確かに…あれがなんだっていうんです?」
「あれ、お前さんが作ったんだぞ。」
「え?」
「俺達が魔獣と戦っていたとこはほんとにあとちょっとで山頂だ、ってところだった。あそこ、ちょっと広かっただろ?実はあそこは普段行商が荷を整頓したり、出店があそこまで出張ってるところもあるような場所なんだ。みんな猛風の季節になる前に街に降りるから、あの時期じゃ誰もいなかったわけだし、おそらくその隙にたまたまあの魔獣が育っちまったんだろうけど。」
「そ、そうだったんですか…。」
自分たちが激闘を繰り広げた場所が、本来人が居る場所だと知りシンヤは驚く。
そもそもあそこが山道の終点に近かったとは。
「まぁ、そんなとこでお前さんがあの光の奔流をぶっ放したもんだから、当然その向こう側のこの街からも見えたはずなんだ。でもあんなの魔術でも魔導でも見たことなんてない、だから街の人からしたら正体不明の光だ。きっと噂になっているはずだと思ってな。」
「それって…ありがたくないこと、ですよね。」
「ん、まぁ…あの光が『根源』のせいだとばれてたら、そりゃありがたくないが。たぶん、根も葉もないうわさが飛び交って、超常現象だったって話に収まるんじゃないかな。」
「それをローレンさんが確認してくれてるってことですか。」
「ああ。というか、そういう噂がなかったら流しておいてくれって頼んでおいた。」
なるほど、とシンヤは納得した。真実は想像力の闇の中、である。適当な話も得体が知れないものが絡んでいると知らなければ、真実味を帯びてしまうものなのであろう。
「そういえば…あの行商。あの人たちは…。」
「ああ、あの魔獣をお前がふっ飛ばしたあと、俺たちは先にあの昇降機で降りて来たから…。俺らもお前さんのことがあったからそれどころじゃなかったからな。たぶん俺らのあとに街に降りて来たんだと思うが。」
「そうですか…。やっぱり、ただの行商だったんでしょうか?」
「ただの行商、ではないだろうな。…さすがに。」
「…?何か気にかかることでも、あったんですか?」
「ん、いや。まぁ、あんま気にするな。もうわからんしな。それにお前さんは病み上がりなんだ、もうちょっと休んでおきな。」
ついでになんか食うもんでも用意するか、とジャフは部屋を出ていった。
一人、部屋に残されたシンヤは、あの戦闘のことを思い返す。
そして、自分の根源を改めて取り出して見ることにした。
自分の中の魔素、その中で根源であると感じられる部分。これを感覚のままに魔晶化する。
それはいともたやすく形をなし、あの時に握った見慣れない形の魔術具になった。
とってのついた筒のような形状。その取ってには、指をかけて引くことができるようになっている部品がついている。
片手に収まる程度の大きさのそれは、いままでシンヤが見たことのない道具であった。
しかし、シンヤにはわかる。
その引き金を引くと魔素が発射されることがわかる。込めた魔素の量に応じて飛距離や範囲が変わる。今ならその魔素の量も、自由に調整できることが感覚的に理解できる。そして、その弾の威力は極めて高い。大概のものは貫通するし、それなりの魔力を込めれば大概の魔獣は消し去ってしまうだろう。
「あの時は必死すぎて、自分の放つことができる魔素のすべてを打ち出した…。だから意識も飛んで…。」
そして、これがジャフの言っていた「時がくればわかる」ということだ、と感じた。
得体のしれない物でしかなかった根源が、目に見えて、手に取れる形を成したことで実感する。
これは、間違いなく自分に所属する物であり、間違いなく『特別な物』だと理解できる。
不思議な感覚だが、間違いなくシンヤに「その時」が訪れたのだった。
「これが…『根源』。『銃』…。『自由』の象徴だ、っていうのか…?」
強い力であることは間違いなかった。地形を変えることができてしまう。強大な魔獣も一撃のもとに仕留めてしまう。反動も大きく、使い道を間違えれば自分にも危険になりうる。
さらには、この手に収まる小さな機械が、世界中の存在に『自由』を担保しているという。
理解はできても、どうしても実感がわかない。
「ま、考えても仕方ない、か。理解できる世界の外側の物のことだもんな…。」
体の中に『銃』を収め直して、それでもこれは間違いなく自分の一部、自分の『自由』だと覚悟を決めるのであった。
―――
ジャフはローレンと一緒にシンヤの部屋に戻ってきた。食事の準備をしてくれた二人にお礼を言いながら、
シンヤはじっとローレンの腕をあらためる。確かに、元通りに使えているらしい、今日の買い出しも一人で問題なかったようである。
「本来の動きを取り戻すまでには少し時間がかかりそうですが。たぶん、シンヤが動けるようになる頃には、ほぼ元通りですよ。」
ローレンはその視線に気づき、むしろ自分の体調を心配されるべき状況で他人の心配をしているシンヤに呆れてみせた。栄養をつけとけとジャフに言われ、山のように盛られた肉や野菜を少しだけ口にしながら、他の状況も確認する一向。
「とりあえず、シンヤの体力が回復してくれんことには動けん。その原因だが…。」
「ええ。この『銃』、ですね…。」
「正直、あんな馬鹿みたいな威力があるとは思わなかったな。反動がでかすぎて使えん、でも困るが。」
「それは大丈夫だと思います。実態は魔導弾を速く強くする魔導具、という感じで。出力は調整できそうなので。」
「それでも命がけで全力をだせば、山をも削るあの威力なわけだろう?『根源』が持ち主の存在を構成する魔素ごと使いきりかねないなんて危険すぎるな。」
「その前に僕の意思の魔素が尽きるでしょうから、自分のすべてを打ちだす、ってことはできないと思いますが…。今回みたいに倒れるまでってことはできるかもしれません。」
「もちろん、そんなことはしないと思うが、あえて言っておくぞ。もう、やるなよ?」
「ええ、もちろん今後は無理しませんよ。正直、落ち着いた今考えてみると今回のあれは『根源暴走』一歩手前だったと思います。」
「『根源』の力。並みの人になせる業ではない、ということです。それだけに、街でもあれが人のなしたことだという人はいませんでしたね。」
「ローレン、街ではどんな話になってたんだ?」
「多いのは魔獣が強大化しすぎて暴走、自己崩壊したんじゃないか、という話でしたね。魔獣を討伐するときに存在を維持できなくなった魔素が飛び散る、あれの極端な場合だったんじゃないかと。強大な魔獣の噂が冒険者組合に伝わっていたみたいで、猛風の季節が開けたら調査隊の募集がかかる予定だったらしいです。あとは風の季節に溜まってしまった雷の魔素が暴走したとか、空から想像外の物が飛来しただとか、色んな噂がたってました。」
「まぁ、そりゃ普通は一個人が起こした現象じゃないと思うよなぁ。あんな地平の先まで届きかねない威力の魔術なんて想像もできん。その場にいなきゃ、俺も信じられないぐらいだ。」
「魔獣が自己崩壊するというのはよくあるんですか…?」
シンヤは疑問を挟む。
「ああ、それはよくある噂だな。まぁ、事実は誰かが討伐してることがほとんだだが。」
「私たちは光のあとに山頂を通った、その時には強大な魔獣なんていなかった。たぶん魔獣が自己崩壊した影響なんだろうという話にしておきましたが。それでよかったですか?」
「ああ。ありがとう、ローレン。…あの行商のことは?」
「それも変な話がありました。大きな荷の中身を明かさずに積んでいた不審な行商があったのは昇降装置の管理者が見ているんですが…利用することに適正な金銭を払えば止める理由もなかったと、通常通り山頂に上げたらしいです。でもどうやらそれは猛風の季節よりかなり前の話だったみたいで。それに、その頃組合に行商護衛を依頼されたという記録がありませんでした。」
「ん、じゃあ、なにか?あいつらは猛風の季節になるよりもずっと前に山の中に入ってたってことか?猛風の季節も超えて、あまつさえ魔獣まで出たのにそれでもあそこにいたってことなのか?あそこでそれなりの期間駐屯すること前提だったっていうことか…。って、なにがしたいんだ、そりゃ。それじゃあまるで最初から、あそこにいること自体が目的だったみたいじゃないか。」
「強大な魔獣がいるって噂もあったのに、冒険者の護衛を雇ってないってとこも変な話ですよね。」
「ああ、いえ。あの魔獣の話がセクレトで広まったのは、猛風になる直前みたいですね。最後まで山頂側の管理をしていた昇降装置の防衛隊が大きな魔獣らしき影を見た、という噂だけで。行商が通行したよりもだいぶ後に出て来た話です。猛風の季節の前には危険だからあの昇降機の山頂側は閉鎖してしまいますし、組合では事実確認できおらず半信半疑だったようですが。」
「それが蓋を開けたらあんなのがいたってわけか。冒険者組合であの魔獣と接敵した奴はいなかったのか?」
「冒険者組合は調査に出る前の段階だったようですね。昇降装置は猛風が終わって点検が終わったばかりだそうですし、私たちがたどり着いたぐらいの時期が例年運航再開の時期ですから、これから準備するというのも無理からぬことかと。そして事実が確認される前にシンヤが討伐してしまったから、余計に異常現象を引き起こすような謎の存在が真実味を帯びて噂になっているようでした。」
「幸運だった、と思っておくかしかないか。まぁ、ある意味シンヤの存在も異常ではあるんだけどな。」
「そんな言い方やめてくださいよ…。自分にもわけがわかんない状況なんですから…。」
シンヤは不服そうに反論する。自分はなんでこんな状況になっているのか、ずっと困惑しかないのに。
「あ、ああ。すまんすまん。」
「まぁ、あの行商も魔獣もわからないことだらけではありますが。大事なのはこれからです。」
「それはそうだな、ローレン。」
「これから、ですか…。」
「とりあえず、当初の目的通りシンヤを王都に連れて行くのは変わらん。『銃』が顕現できたのは不幸中の幸いだったな。」
「ええ。今はシンヤが『根源』という感覚もはっきりあります。『剣』の王様もわかっておられるかと。」
「今までは変な殻みたいなものの中にあるって感じで、正直わかりにくかったもんなぁ。」
「え、お二人にはわかるんですか…。僕はお二人に何も感じないですが…。」
「んー?長いこと近くに居すぎたからわかりにくいのかもな。」
そういうものなのかな、とシンヤは思いつつこれは聞いても仕方ないことだと感じた。
おそらく魔導の感覚と同じだ、伝えようにも伝えようがないものなのであろう。
「あとはシンヤが回復して動けそうになったら、王都まであっという間だな。」
「え、でもそれなりに距離があるんじゃ。」
「ん?あ、お前さんそうか、北側にはまだそんな便利な物ないんだったな。こっちには便利なものができたからさ。楽しみにしときな。」
ジャフの不敵な笑顔と、ローレンの呆れたような顔に若干の不安も覚えながら、シンヤはこれからの道のりに思いをはせる。しかし、動くこともままならないシンヤには、懐の機械の変化に気づく余裕はなかった。
―――
夜。旅装束に包まれた男たちが、人知れず街を離れようとしていた。
わざわざ街道を外れ道なき道をいく一行は、人目につきたくないようで足早に進んでいく。
その中のひとりが立ち止まり、街の方を振り返る。
「おい、いくぞ。」
「…。」
「…気になるか?」
「まぁ、そりゃ、ね。でも、今は、まだ…。」
「そうかい。…あのお方に確認もしないうちに、勝手をするんじゃないぞ。」
「わかってるさ…。」
「お前さんは『特別』なんだ。いいな。」
「くどい。俺だって、無茶はしないさ…。」
その男に声をかけたファリスとその一行は、その夜、人知れず闇に消えていく。