銃の章 Ⅱ-5
「ジャフさん。」
「どうした?シンヤ。」
「僕たち、いつまでここにいるんです?」
「え?なんでそんなこと聞くんだ?」
「なんでって…」
先を目指して歩みを続けると、そう決意したシンヤは、以前街道の終点の村にいた。
シンヤ達3人はこの街で村のヒトたちの相談事に乗りながら、村での滞在を続けていた。
かつてはその先の街までの街道の中継地点として行商や旅人など人通りも相応にあったらしいが、今は終点になってしまっておりその先の街道に歩みを進めるものはいない。
元々の終点であった学園都市アカデミアが白い爆発に飲み込まれてから、時がたつにつれてそこを目指すヒトはいなくなり、ここが街道の終点とされるようになってから行き交う者も減った、冒険者なども通らなくなり、頼み事がしづらくなったと村のヒトたちから聞かされた。
その原因である自分にとっては、この村の問題を解決するために手を貸すのは当然と思い最初は手伝っていたが、その滞在もかれこれ季節の半分が過ぎようとしていた。
「この村の手伝いをずっとしているわけにもいかないでしょう?王都に行くって話だったじゃないですか。」
「ああ、王都に行くための準備だぞ?」
「準備って言っても、特に何もしてないじゃないですか。村の人たちのために小屋立てるの手伝ったり、薪を集めてきたり、食糧を保存食にしたりを手伝ってるだけで…なんだか時間が過ぎるのを待ってるようで。」
「いや、だから、時間が過ぎるのを待っているんだって。」
「え?」
「ああ、そうか。シンヤは街の外に出たことがないから知らないんだな…。簡単に言うと、今は時期が悪い。特にこの先の道にはな。」
「時期?」
「今は何の季節だ?」
「えっと…風の季節の、上半期が終わるぐらいですよね。」
「そ。季節はちょうど真ん中ぐらいでその属性が一番強くなる。風の季節の真ん中の風ってのは、歩いてるだけでもよろけるぐらいの風になっちまうんだ。それなりの街の中にいると季節の変化が生活に影響しづらいから忘れがちだが、何もない旅路ではこいつが大きく影響するんだ。」
季節は順番に六。現象の属性の六つが、順番にその属性が強くなる。
風、水、火、土、雷、氷の順番で訪れ、だいたい30日程度で最も強くなり、そこから30日かけてだんだん弱くなり、属性の移行期は季節が穏やかになる。
穏やかな時を凪、激しいときを猛、と呼ばれている。
「街に住んでいれば季節の変化に対応できるよう生活の基盤ができてしまっているから、あまり困らないだろうけどな。こういう旅の時には季節が悪ければ滞在できるなりの環境で季節が移ろうのを待ったほうがいいんだ。」
「そういうもの、ですか。」
「そういうものだ。まぁ、慌てるなって。特にこの先は山越えになるんだ。村の向こうに見えてる山脈、あれを超えていかなきゃならんくなる。猛風の季節に山道なんて行く行商はいない。吹き飛ばされて碌なことにならないのが目に見えてるからな。」
「なるほど…。」
「急ぎたい気持ちもわかるが、慌ててもしょうがないからな。今は、待つ時間なんだよ。」
そんな会話の後、シンヤは一人時間を持て余していた。
村の人たちも手伝うようなことがあれば声をかけてくることもあるが、村の人の相談事はだいたいジャフが応えるし、力仕事の大半はローレン一人で片付いてしまうためシンヤが手伝えることはあまり無いのが実情である。
「お困りですね、シンヤ少年。」
どうしていたらいいのか困っていると、ローレンが気を利かせてくれたのか、話かけてきた。
「することがなくて、なんとなく居場所もなくて、困っている。そんな顔です。」
「ローレンさん…。」
「そんなときは、今自分が何をしたいのか、考えてみるといいかもしれません。」
「何をしたいか、ですか。」
「そう。そうすると、自分が何をしたらいいのかわかるときもある。ただ暇をしているよりも、先に進むために必要なことがわかるかもしれないだけ、意味がある。何も思いつかなかったとしても、いい暇つぶしにもなりますよ。」
「ローレンさんから暇つぶしなんて言葉が出るのなんだか意外です。」
「おや、そうですか?」
「だって、これまでの道程も狩りだったり食事の準備だったりしてくれていて、手伝う間もないうちに色々やってくださって、暇なんて言葉と縁遠いって感じでしたから。」
「それは、ジャフとシンヤさん、お二人のために、そうすることが私のしたいこと、ですからね。もっというなら、暇をつぶし続けているから、暇そうに見えないんです。」
「甘えてばかりですみません。…そういえば、ローレンさんはなぜジャフさんと一緒にいるんですか?」
「ああ…。それはまあ、奇妙な縁、というべきなのですかね。私が困っていたのを助けてもらってから、傍にいるという感じです。…シンヤさん、私は昔、生きることに後ろ向きだった時があるんですよ。『誠実』だからこそだ、とジャフには言われましたが…。真剣に考えすぎることが、逆に重荷になっていたのだと思います。でも、何がしたいかに向き合って、「自分に『誠実』であること」に決めてからは迷いがなくなりました。だから、あなたが迷いを感じたりするときには、自分に向き合うこと。自分が何をしたいのか、という感情が大事なのだと思います。」
そんな話をしていたら、宿の人が食事の準備をするというので呼ばれて、ローレンは手伝いにいった。いつもどおりに暇をつぶしてきます、などと言うローレンの姿は、暇を持て余している自分にはとても生き生きしているように感じた。
一人残されたシンヤは改めて考えてみる。
「自分が、何をしたいか、か…。」
アリーナを探すこと。カナンを見つけること。
アリーナにあって、なぜいなくなったのか聞きたい。カナンにあって、アカデミアの人たちがどうなったのか聞きたい。けれど、ではそれを聞いてどうするというのだろう。その先になにがしたいのだろうか。
そう考えると、自分がなにをしたいのか、ということがないように思えた。
あるいは根源を理解すること?あの白い世界の主に言われた、『自由』の答えを見つけること?
それは今のところしたいこと、なのかもわからない。それに、何をしたらいいのかなんてなおさらわからない。
「考えてみると、自分が何をしたいのか、って難しいな…。」
とりあえず、自分が今したいのは、と聞かれたらアリーナやカナンを見つけることだ。
そのためには、先に進むしかない。王都で話を聞いて…。
「待てよ…。話を聞くのなら、ここでもできる、じゃないか。」
なぜそんな簡単なことに気づかなかったのだろうと、シンヤは我ながらあきれ返る。
むしろ、今は無きアカデミアに最も近かったこの村でこそ、アリーナの道程やカナンの行方は探しやすいはずだ。
聞き込み。シンヤはアカデミアの酒場で冒険者にいろんな話を聞いていた。それは街では経験できない話が面白いからというのもあったが、自分の旅のために知識を集めるためでもあったはずだ。それなら、この村でも同じように、色んな人から情報を集めることもできるはずだ。
―――
「進捗はどうだった、シンヤ?」
「ジャフさん。」
「お前さんが『暇つぶし』を見つけたみたいだったからな。」
「『暇つぶし』というか、『暇』してる場合じゃないって気づいただけです。」
ここ数日、シンヤは村の人たちの手伝いをしながら、アリーナやカナンのことを聞いて回っていた。
「それを、『暇つぶし』って言うんじゃないか。暇な時間に、やるべきことをするのが暇つぶしってな。」
「そうかもしれませんけど。それに、進捗も何もなかったです。アリーナのことも、カナンのことも」
「あらら。でも…それは不思議だな。なんかしら情報の一つでもありそうなもんだが。」
「アリーナもカナンも街道を通っていたらこの村を通っていてもいいはずだと思ったんですが…。詳しいことどころか、見かけたって話すら聞けなくて。」
「街道を通らなくても移動は別にできないわけじゃないが…。魔獣も多いわけだし、整備されてもない。普通はあえて交通の便のいい街道から外れないもんだがな。どっちも、普通じゃない事情があった、ってことなのかね。」
「普通じゃない事情、ですか…。」
確かにアリーナは、あの街では流れ者のような生活であった。街の人と繋がりがある様子を見かけたことがない。今考えてみるとおかしな話だ。街にいながら、そこに属していないように振る舞う。そこにはそれ相応の理由があったのではないのか。
対してカナンは街での生活しか知らないはずだ。幸い根源災害から逃れ無事であったなら、街道を通って村を目指しそうなものだが…。
そう思いながら手にする伝言機はやはり片割れの健在は示してもそれ以上の反応がない。
「それでもま、よかったじゃないか、シンヤ。」
「いや、何もよくないですよ…。何もわからなかったんですから。」
「そんなことはないだろ?どっちにしても、この村には来てないらしい、通常の人が通る道を取ってないなりの事情があるらしい、ってことがわかったじゃないか。」
「それは…そうですけど。」
「何より。お前さんの『暇つぶし』が見つかったんだ、それだけでも充分いいことさ。」
「その『暇つぶし』も、ここではもうそろそろやること無いんですが。」
「奇遇だな、俺らの『暇』も、そろそろ終わるころだ。」
宿の外では、風が吹きすさんでいる。立って歩くのも支えがあればなんとかというところで、油断すれば風に煽られて転んでしまうほどだった。
猛風の季節。
街では防壁などが整備されていたためあまり感じたことがなかったが、シンヤは季節の変化を痛感していた。
「猛風がこんなにすごい風だとは思っていませんでした。そのためにみなさん備えていたんですね…。」
「そうだぞ、備えは大事だ。まあ、街の中しか知らなきゃ自然が怖いって思うこともないわな。ちなみに猛風と猛火と猛雷は対策しておかないと大変なことになる。たかだか数日ではあるが、本来の生活はほぼほぼできん。」
「防壁が偉大だと痛感しますね。」
「防壁の術式を作ったデミアがすごいんだろうけどな。」
防壁といっても、関門などを備えた石の壁、なだけではないことはシンヤも知っていた。街の中と外を分ける境界を兼ねており、その中の気候や環境を安定化させる術式を維持するための巨大な魔術具でもある。
しかし、その効果がこれほどの風や季節の変化を打ち消しているという実感はなかった。
そんなすごいものを、デミアが作っていたと知っては驚くばかりである。
「この世界には自分の知らないことがたくさんありますね…。」
「この広い世界で、お前さんの『暇つぶし』が終わる日が来るといいな。」
「そうですね。その先の暇をどうするかも考えながら、暇つぶしていこうと思います。」
「お、いいね。その時は俺の手伝いなんかどうだ?」
「ローレンさんがいるじゃないですか。」
「いや、あいつはそういうんじゃないんだけどなぁ。」
「二人とも、何の話をしているんです?」
「おう、ローレン。シンヤの暇つぶしがここじゃもうできないってさ。」
「そうなんですか?じゃあ、とりあえず今晩の料理の手伝いでもしてもらいましょう。」
「いい暇つぶしになりそうですね。」
三人の暇も、そろそろ終わり。
シンヤは遠くに見える山並みを見ながら、今度こそ歩みを進めるための心づもりを固めるのであった。