銃の章 Ⅱ-4
街道を往く三人。
シンヤ達は、駆け足で進んでいく。
いや、進んでいるのではない。逃げていた。
「魔獣に追いかけられるのもいい加減慣れてきたか、シンヤ。」
「はぁっ、はぁっ、ええ、なん、とか。」
「そんな息も絶え絶えじゃあまだまだだな。」
「無理を、いわないで、くださいよ。」
「そうですよ、ジャフ。旅慣れている私たちの体力とすぐに一緒にはなりません。」
街道といえど、この道は行き来するものがいなくなってそれなりに時間が経っているようで、整備がされていない。この先にあった街が街でなくなってからそれなりの時間が経っているのだということが、シンヤにも実感としてわかってきた。今はこの街道だった場所は森のなかに少し切り開かれた空間があるというだけで、実質森そのものである。魔獣も当然多いものだし、数を減らすためにも討伐していったほうがよいとシンヤには思えた。しかし、不思議なことにジャフたちは戦って討伐する、という発想は最初からないようで、逃げの一手が基本になっている。今回も森の中を駆けながら、うまくまけたようでシンヤの息が切れて走れなくなるころには追ってくる魔獣はいなくなっていた。
しかし、シンヤにはこれが疑問だった。
アカデミアの郊外にいたころにも魔獣は現れる物ものだったし、シンヤですらそれを何度も倒している。なんなら魔獣の肉は意外と美味である。食料としてあえて狩ることもあるぐらいであった。
街道を往来するときにでる魔獣は行商人と旅の冒険者などで対処できることがほとんどで、今見かけている魔獣ならシンヤの魔導でも対処できるだろう。二人はこれまでの所作からも明らかに旅慣れているし、魔獣と戦闘せざるを得ないときの戦いぶりは戦闘に秀でたもののそれでしかなかった。シンヤにはあえて魔獣を倒さずに逃げるという必要があるとは思えなかった。
逃げ切った後、野営の準備のため、魔獣除けの魔術式を展開しながら、シンヤは疑問を投げかけることにした。
「お二人は、なんで魔獣と戦わないんですか?」
「お。そこに疑問をいだいてしまったか。それはだなぁ・・・。」
「短めに、お願いしますね。」
ジャフの説明が長くなることはシンヤもここ数日でわかっていた。
ジャフは王都の近くで、教師のようなことをしているらしい。
王都や近くの村から話を聞いたり、相談事のために訪れるものが後を絶たない、という本人談である。
ローレンによるとそんなことはないらしいが。
これまでの数日の間だけでも「存在の属性」の講義から始まり、魔術式や魔導圧などから「現象の発生」するまでの過程や仕組みであったり、国の歴史や王都の成り立ちなど、飽きるほどの講義をシンヤは聞かされていた。
シンヤも最初は勉強になると思っていろいろなことを聞いていたが、いかんせん講義の内容が長いのである。聞いている間はとても勉強になることばかりなのだが、ずっと続けていれば言葉の奔流を浴びせ続けられて疲れ果ててしまう。ちなみにローレンは講義の間には魔獣を少し狩って干し肉を作ったりなどしているので、魔獣を倒せないわけではないことは間違いない。しかし、ローレンが狩ってくるのは昼間襲ってくるような大型のものではなく、小さなもの数匹だけ、最小限である。
ジャフは構わず話し始める。
「まずだな、ヒトってのは街を作って暮らしているだろ。」
「ええ、そうですね。」
「それはヒトの中でも力が強かったり、魔力が多かったり、まぁいろんな奴がいるから一人で生きていくより、群がっている方が何かと便利だから。理に適った行動だ。そう思っているだろ。」
「え、ええ。違うんですか。」
「実はそうじゃないんだな~。だったら、一人だけで生きていける人間もそれなりにいるはずだろ?街なんて大規模なものを作り上げなくたって、俺たちが駐屯地でしていたみたいな暮らしなら二人でも成り立ってたわけだし。」
「それは…確かに。」
「ヒトってのは心属性、感情が主体の存在だって話はしたな?感情に拠って立つ部分が主で、理論的じゃないところがある。こうしたい、とかこう感じる、って部分が強い。ヒトってのは群れ立っている方が安心できるんだよ。一人でできないことがあって、そのままにしといたら自分が困るかもしれない。だから、街という群れを作ってお互いに力を貸しあうことで自分が困らないようにしておく。その方が安心だからな。あるいは、街に集まったヒトをうまいこと使って自分のやりたいと思ったことを実現するわけだ。そのために街は大きくなっていくことが多いし、ヒトが集まってもその場所ではできないことを補うために行商なんてものが必要になったりする。対して魔獣は、神属性の存在。理論や役割に則って動くことが基本だ。」
「ええ。ヒトは感情があるからこそいろんなことを思いついたり、新しいものを生み出したりする可能性を生む可能性がある、『知恵の根源』や『起源の根源』がそれを担保しているという話でしたよね。」
「そういうことだ。じゃあ質問だ、シンヤ。魔獣ってのはなんで人を襲うんだと思う?」
「え…?食べるために、とかじゃないんですか。」
「魔獣がヒトを食うために襲ってたら、大変だぞ…。ヒトを食わなきゃ生きていけない魔獣がいたら、ヒトのいるとこまで襲いに出てくるってことだし、街なんかでもっと騒ぎになるだろ。それにそんな魔獣ばっかりだったら、ヒトを襲えない森の中とかにいる魔獣はどうやって生きてるんだ?」
「確かに…。じゃあ、なぜ魔獣はヒトを襲うんでしょう?」
「理由は単純だ。それが、その魔獣にとっての役割だからだ。」
「え。役割だから襲っている、んですか。」
「そうだ。魔獣にも、ヒトの街みたいに、群れってもんがある。単体でしか見かけることがないから、そう思っていないやつが多いが、魔獣は魔獣の群れを存続させるための行動しか基本しない。群れの生活範囲が決まっているし、群れの中の役割も決まっているんだ。子供を育てるためのもの、木の実とか食料、あるいは安全な住処を確保するもの、そして群れに危害をなすものを排除するもの。」
「じゃあ…魔獣は、僕たちを群れに対して危害をなすもの、として排除しようとしている、ということですか。」
「そういうことだ。それは別に俺たちヒトだけじゃない。魔獣同士でも、お互いの群れに危害をなしうるのであれば戦いあうことはある。ただ、群れの縄張りがぶつかることは珍しい。なんせ、そんなことしなくてもお互いの縄張りに侵入しなきゃ衝突は発生しないからな、だから、俺たちは魔獣同士で戦うのを見かけることがない。だから、魔獣はヒトを襲う者、ってのがヒトのなかでの認識なんだ。そしてヒトとしてはそれは困る、やりたいことを邪魔しないでくれ、という感情を抱く。だからヒトは魔獣を倒すし、街道なんかを作って襲われないように、襲われても討伐しやすいようにしておくってわけだな。」
「でも、街道がそもそも魔獣の縄張りの中にあれば、群れを守る役割に則って魔獣は街道を通る人を襲うということですか…。だから街道でも魔獣が出たり、出なかったりするんですね。」
「そういうことだな。ちなみに、魔獣としては群れがでかくなる必要はない。その縄張りでの消費と、供給されるものとの釣り合いが取れていて、群れが存続さえすればいいからな。ただ、たまにその釣り合いがくずれることがある。その最たる例が、守るための役割を担っている奴が、想定外のことで死んだ場合だ。」
「ヒトが、困る、怖い、という感情で魔獣を討伐してしまったりするから、ですね。」
「そういうことだ。そうすると、群れは外敵から自分を守る者が突然いなくなるわけだ。そういうやつは群れの狩りとか食料確保を担っていることも多いから、群れが存続できなくなる。残された奴はどうすると思う?」
「食料を確保できるようにするためには…あるところに移る?」
「そういう場合もあるな。街に魔獣が押し寄せたりするのはそういう結果な場合もある。あるいは他の群れに合流したりって場合もある。そうすると、群れが突然でかくなるから、群れの食料を確保するために縄張りを広げなくちゃならんくなったりする。そういうときにも街に魔獣が来る場合もある。」
「迂闊に魔獣を討伐することが、逆に魔獣を街に向かわせる結果になることがあるってことですか。」
「そういうことだ。だから、迂闊に魔獣を殺したりしてはいかんのだ。まぁ、中には心属性の強い魔獣や神属性に寄ってるヒトもいるし、ヒトを食料として襲う魔獣がいないわけじゃない。その辺の見極めは難しいし、いずれにしても自分たちの身を守るためには戦わなきゃいけない場合もあるけどな。」
「なるほど…。」
「シンヤ、お前、俺たちが魔獣にびびって逃げてると思ってたのか?」
「まさか。お二人がそんな弱いわけないって、流石にわかりますよ。」
これまで、逃げることが多かった一向だが、魔獣と戦っていないわけではない。
逃げ切れないと判断したり、魔獣が明らかに危険な類のものというときには討伐もしていた。
その戦闘ぶりを見ていれば、戦闘の素人でもわかる。
二人は、強い。
しかし、数回の魔獣との戦いしか見ていないものの、シンヤが見た『根源』を武器として使う二人の戦い方は、二人の体格やその武器の印象と真逆であった。
ジャフの根源は『槍』。長い持ち手の先に両刃がついている物を槍というが、ジャフの『槍』はジャフの身長の倍もあろうかという持ち手の先端に、太い刃渡りの刃先がついているものであった。その材質は美しい金属、触れてこそいないが冷たさを感じさせないその金属は白く輝き、刃のない先端は丸く球状になっていた。
ジャフをそれを片手で振り回す。片手で、その球になっている側を握りしめ、ぐるぐると降り回したり叩きつける。その小柄な背丈から想像だにできないあまりにも豪快な使い方に、最初それを見たシンヤは唖然とした。一般的な槍と言えば両手で刺したり薙いだりするものと思っていたが、とんでもない使い方をする分ジャフの一撃は広く、強かった。
ローレンの『斧』の使い方は、逆にものすごく繊細である。シンヤを担ぎ上げたその体躯は、力強いというより洗練されているという印象であったが、戦い方にも気品のようなものがあった。
『斧』も、片手でも握れるぐらいの小ぶりなもので同じように白い金属でできており、腕のわたりほどの長さの柄、その半分ほどの大きさの円弧上の刃がついているという物でローレンの体躯からするとさらに小さいと思わせてしまうものであった。斧というと大柄な戦士が両手で振るうものが多いが、ローレンはその比較的小さな『斧』を片手で持ち、刃に片手を添わせ、身を翻しながら、的確に急所のみを切りつけていく。まるで包丁で裁くように、料理でもするかのような技の数々は、斧という言葉の豪快な印象とは全く違うものであった。
もちろん、シンヤも魔導や魔術で二人の戦闘を補助しようとしたのだが、道すがら見かける魔獣程度ではシンヤの出る幕はなかった。そもそも、大概の魔獣はジャフの一撃で倒せているし、その一撃を躱したものもローレンが漏らさず一閃で討ち取ってしまう。
『根源』の力抜きにしても、二人の動きは戦いに慣れている者のそれであった。
「そういえば、聞きたかったんですけど。お二人はどこから武器を出しているんです?」
「出しているというか、『根源』の魔素を使って魔晶を作ってるだけだな。そのうちシンヤにもできるようになる。」
「武器としての強度を維持している魔晶を作るなんて、そんなこと普通できませんよ…。」
「まあ、『根源』のせいで特殊なものであることは間違いないけどな。魔晶なら自分に使いやすいように作ってると思ってるかもしれないけど、そうじゃないからな。なぜかわからんが、出そうとすると勝手にああなるんだ。不便なことに、他の形に作り変えることができん。持ち主ごとに決まった形になるらしくてな。」
「え…じゃあ、『根源』自体が、そういう物であるってことですか。どっちにしても、あんな身のこなしや武器の使い方、戦闘の経験値が僕の知ってる冒険者さんと違いすぎますよ。」
「まぁ、『銃』が作れれば、お前もできるようになるさ。出来たときに、俺が言ってたことがわかると思う。」
「はぁ…。というか、そもそも『銃』ってどういう武器なんでしょうね。」
「そうなんだよな。俺も元の持ち主が使ってるのは見たことはないし、俺が知ってるのは、遠くから戦う武器らしいってことだけだな。」
「槍や斧みたいな武器は冒険者が持ってるのを見たことありますが、『銃』なんて武器聞いたこともないんですよね。」
「いわゆる槍とか斧とかは『根源』の武器を見た事があるヒトが似せて作ったものだからな。『根源』の強さの象徴と思われたんだろうな。それの複製品みたいなもん。」
「ああ、なるほど。『銃』は長らく行方不明で、しかもジャフさんですら見たことがないというなら、世の中の人は見たことないでしょうし…『根源』の複製を作ろうにも、原型がわからないんじゃ作れるわけない、と。」
「『剣』の王様なら知ってるかもしれないけどな。ま、なんにしても、いつかできるようになるから心配するな。」
ジャフはそう励ましてくれるが、シンヤには少し懸念材料があった。
自分は、本来の手順で『根源』を継承していないらしい。
それなら、自分は本来の『根源』の継承者でない可能性があるのではないか。二人のように、本来の『根源』の力が使える物か…?
だが、考えていてもしょうがない。できることはやる、今できないことはできない。
「この先の道を少し見てきましたが、通ってきたときの感覚からするとそろそろ村につくぐらいのはずです。少し滞在して補給など考えましょう。シンヤさん、ひとまずの長旅お疲れさまでした。」
ちょうど話が一区切りしたところで、天幕に入ってきたローレンから報告を受ける。
まずは、歩みを進める。今の自分にはそれしかできないのだから。