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狼狩り集会  作者: 花音
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第六話

狩人の住居なのだと言う家は煉瓦造りの丈夫そうな家だった。狩人は馬を走らせている時に、一人で住んでいると言っていたが、男が一人で暮らすにしては大きい。かなり良い仕事をしているのだろう。

狩人は俯いたままのレティシアを釜戸の前の揺り椅子に座らせた。先程の火を入れたばかりの釜戸の中では炎が薪を舐めるようにして燃やしている。レティシアが、ぱちぱちと木が割れていく音を聞きながらぼんやりとしていると、狩人は水が入った大きめの盥を持ってきた。そしてレティシアに清潔な布を数枚持たせると身体を拭くように言う。


「服は俺のものを貸してやる。とりあえず身体に付いた血を落とせ。俺は向こうの部屋にいるから終わったら声をかけろ。」

「……はい。」

「釜戸に掛かっている鍋に湯を沸かしてある。使いたかったら使っても構わない。」


レティシアはちらりと釜戸を見る。家の台所にあったものとは違って扉が付いているものでは無かった。

ちょうどレティシアの腹ほどの高さで赤っぽい色の煉瓦で出来ている。扉がないため、明かりとしても、暖房としても使えるのだろう。

狩人は盥を釜戸の前に置き、レティシアに服を渡した。

ばたん、と扉の閉めて狩人が部屋から出ていく。一人になると、釜戸の中で木が燃える音が、しんとした部屋によく響いて孤独感を煽る。

レティシアは震えそうになる唇をぎゅっと結んで、椅子から立ち上がる。このままじっとしていると恐怖やら絶対やらに思考が支配されてしまいそうだと思ったからだ。

血濡れになってすっかり色の変わってしまったお気に入りのスカートや染み込んだ血が乾いて布地が固まったシャツを、レティシアは黙々と脱いで足元に落とした。

釜戸の火でレティシアの影が部屋の中に長く伸びている。素肌に部屋のひんやりした空気を感じ身震いするが、それには構わずにレティシアは水に浸した布を軽く絞って身体を拭い始めた。

時間が経って肌にこびり付いた血は中々落ちない。ひとしきり身体を拭き終わると、レティシアは鍋の湯を盥に足した。ぬるま湯に浸した布で再び身体を擦れば、身体にしつこく残っていたものも簡単に落とすことが出来た。

身体の汚れはしっかりと落とせた。レティシアは狩人から渡された服に袖を通す。一回り以上も大きいシャツは柔らかい布地で、肌に触れる感触が心地よい。かなり袖が余るが捲りあげれば問題ないだろう。しかしシャツと一緒に渡された洋袴もかなり腰の部分が緩く、裾も引きずる程長い。


(……ちょっと、長い…。)


本当はちょっと、どころでは無いのだが。レティシアは長すぎる裾をくるくると捲って、緩すぎる腰の部分は仕方が無いから手で押さえておく事にした。

落としておいた汚れた服を拾い上げて緩く畳むレティシア。血に染まった服に触れるとあの残忍な光景が蘇って来てしまう。しかしだからと言って脱いだ服をそのままにしておく訳にはいかない。レティシアは畳んだ服を盥と一緒に部屋の隅にまとめて置いた。すると、狩人が去っていった扉からノックの音がした。


「おい、終わったか。」

「……はい、終わりました。」


ガチャ、と真鍮のドアノブが回って扉が開いた。扉から出てきた狩人は片手に湯気の立ち上る木椀を載せた盆を持っている。そして暖炉の前で立っているレティシアがぶかぶかの服に着られている様子を見て、ほんの少し眉をよせた。


「服、すまんな。」

「……大丈夫、です。」


狩人は一言、座れとレティシアに言い、先程と同じ揺り椅子に座らせる。

釜戸からの明かりに照らされ、ようやく狩人はレティシアの顔をはっきりと見ることが出来た。そして狩人の方を見上げたレティシアの瞳を見て、驚いたように目を見開く。狩人は何か言おうと口を開いたが、何かを考え、そして思いとどまったのだろう。


「……身体を温めた方がいい。まだ秋とはいえ、夜は冷え込む。」


それだけ言って狩人は湯気の立ち上る木椀をレティシアに手渡した。椀には温かいスープが入っている。野菜や芋がごろごろと入れられ、ほかほかと湯気が上がるスープはとても美味しそうなのに、レティシアはそれをたべる気にはなれなかった。


「……かなり長い間、外にいただろ。それに馬にも乗っている。身体のことを考えるなら食べろ。」


狩人の有無を言わせない口調に、レティシアは少し慌てて匙を持つ。椀をぐるりと一周かき混ぜてから、ゆっくりと匙でスープを掬った。

そして、ぱくり、と匙を口に含んだ瞬間、どうしてだかレティシアの目に涙が浮かんだ。ゆっくりと時間をかけて咀嚼してから、ごくり、と飲み込む。するとポロ、とレティシアの瞳から雫が落ちた。

一度溢れ出したものは簡単には止まらない。レティシアはぽろぽろと涙を零しながら、何度も何度も匙でスープを掬って口に運んだ。温かい食事に張り詰めていた緊張が解れたのだろう。たくさん、たくさん泣いて、涙なんてもうとっくに枯れてしまったと思っていたのに、心の底からの安堵の涙はとめどなく溢れてくる。頬を流れる涙を拭いもせずに、椀がいつの間にか空っぽになるまで、レティシアは泣きながら匙を動かし続けた。



やっと心の底から安心できたレティシアちゃん。



(この子ちょっと、いや、相当チョロい。)

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