第一話
レティシアは普通の村娘だ。毎日のように森に出て、キノコや木の実を持って帰る。母と一緒にパンを捏ねて、街に野菜を売りに行った父の帰りを待つ。
近所の人から分けてもらったうさぎの肉でシチューを作ろう。母にそう言えば、良いじゃない、と嬉しそうに笑顔を見せる。
日もすっかり暮れて、ことこと、とシチューを煮込む鍋から美味しそうな匂いがしてきた頃、父が帰ってきた。
父が育てる野菜は美味しいと街でも評判で、いつもすぐに売り切れてしまうのだそうだ。
「お父さん、おかえりなさい!」
「ただいま、レティシア。……ん、なんだかいい匂いがするなぁ」
「そう!今日の晩ご飯はお父さんもお母さんの私も大好きな、うさぎのシチューなの!」
「そうかそうか!」
レティシアは父の手を引いて、早く早く、と食卓に座らせた。
「あなた、おかえりなさい。今日はどうだった?」
「ああ、今日もすぐに売り切れてしまったよ。ただ……、」
急に表情を曇らせた父に母は不思議そうに首を傾げる。
「どうしたの?」
「いや、今日は匂いの強い野菜……ハーブとかニンニクとか、そういうのが多く売れたんだ。」
「……何か気になることでも?」
父は悩ましげに眉をひそめる。
「ここ最近、狼が出るらしいんだ。それで狼避けのために匂いの強いものが飛ぶように売れた。」
「それは怖いわね……。馬が襲われたら大変だもの。」
「ああ、今夜は馬小屋にしっかり鍵をかけよう。」
心配そうに外を見る父と母をよそに、レティシアはその事をあまり深刻には考えなかった。
(狼かぁ……前に見たけど、そんなに怖いものなのかなぁ…大きな犬みたいな感じだったし……)
不安げな雰囲気になった小さな家の中に、レティシアのお腹の音が響いた。
一瞬、きょとんとした両親だったが、音の正体に気がつくと大きな声で笑い始める。
「あははは、すまんレティシア!ご飯にしような!」
「ふふ、レティシアはうさぎのシチューが大好きだものね。おあずけにしちゃってごめんなさいね。」
「もう!お父さんもお母さんも笑いすぎ!」
ぷく、と頬を膨らませて不満を訴えていたレティシアだったが、耐えきれずに笑い出す。暖かい部屋いっぱいに響く笑い声に、また笑えてきてしまう。
母は笑いすぎて目元に滲んだ涙を指で拭いながら鍋の前に立つ。
「レティシア、お皿を取ってちょうだい。」
「はーい!」
「本当に、レティシアは素敵な子だなぁ。お前がいるだけでつい笑顔になる。」
「えへへ、お父さんのシチューは大盛りにしてあげちゃう!」
「お、いいのか!」
「あなた、食べすぎないようにね?」
「ははは、分かってるよ。」
和やかな夕飯の時間。レティシアはこの時間が何よりも好きだ。優しい両親に、小さいけど暖かい家。
明日も明後日も、何年後も、この光景が続くことは当然だと思っていた。
夜の暗闇に包まれた庭から、助けを求める馬の悲鳴のような嘶きが聞こえるまでは。
レティシアはだいたい15歳か16歳くらい。愛情を注がれて育った心優しい女の子。