第八話
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魔王が2DKのリビングでノートパソコンを見ている。液晶画面にはタウンワークが映ったり、マイナビバイトのページが表示されたりする。
セーナが野菜スティックを持って入ってくる。
「魔王様。バイト探し疲れたんじゃないですか?」
「ありがとう」
「いいバイトありました?」
「たこ焼き屋で働こうかなって思ってる。同じ飲食店でも、たこ焼き屋なら、そこまできつくない気がする。それにここ近いんだよ」
「どこですか?」
「近所のショッピングモールのフードコート。ここなら何とか自転車で通える。よし! 決めた。うだうだしていたら、いつまでもこのままだ。電話する」
「魔王様、さすがの決断力です」
魔王はスマートフォンに番号を打ち、深呼吸してから、発信ボタンを押す。
「もしもし? タウンワークを見て電話した魔王というものですが。はい、アルバイトを御社で始めたいと思っています。本日ですか? はい、問題ありません。履歴書もあります。ありがとうございます! セーナ、今日すぐに面接してくれるそうだ。午後一時だ」
「では、お昼ご飯ははやめにしましょう」
時間になり、魔王は自転車のカギをポケットにいれると、玄関に行き、ナイキのスニーカーを履いた。
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魔王は、フードコートの隅の席で、たこ焼き屋・クロタコ店長の蛸野太平の面接を受けていた。
「魔王さん? 変わった苗字ですね?」
「王貞治みたいなものです。ハハハ」
「私は蛸野です。四十五歳で独身。だからって、狙わないでくださいね?」
魔王、呆然とした後、ハハハハと愛想笑い。
「ではいくつか聞いていきます。志望動機は?」
「なんていうか、あの、たこ焼きが好きなんですよね。だから、です」
「魔王君は二十二歳? うちのバイトリーダーも同い年だよ。結構年齢層若い職場なんだよね」
「あ、そうですか。へえ」
「魔王君はリーダーシップはある?」
「どうかな。ハハハ。結構、頼りないところばっかり見せちゃっているから。リーダーシップは、ない、かも。ハハハ」
「土日は入れる?」
「問題ありません! 何の予定もないです!」
「大学生じゃなくて、えっと、いまは無職?」
「そうです!」
「わかった。土曜日、日曜日はいれるなら、採用するよ。問題ない?」
「はい! 大丈夫です! よろしくお願いします!」
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魔王は2DKに帰り、セーナにホクホクした顔で報告した。
「セーナ、たこ焼き屋の面接に見事合格したぞ!」
「おめでとうございます! 即日決まるなんて、魔王様の覇気とやる気が認められたんですね! 魔力だけじゃないという証明ですよ」
「まだ採用されただけ、これからだよ。じゃあ今日はパーっと行こう! 今日くらいいだろう。出でよ、我が配下! ルシファー、ロネコ、アイナル!」
「この程度のことでいちいち呼ばれるルシファーたちが、なんだか気の毒に思えてきましたよ。まあ、別にいいんですが」
魔王の前に、大柄で漆黒の髪を持つルシファー、美貌の純白の肌の美女アイナル、攻撃的な雰囲気の桃色の髪の美少女ロネコが現れた。
「よく集まってくれた! みんな、予定とか大丈夫? ルシファーとかどう? 仕事中じゃなかった?」
「いえ、問題ありません。いまは、地球の人間の中に、ごくまれに生まれる魔力を持つ人間の調査報告を聞いているところでした。そのうちの一人が、どうやら、とんでもない魔力を持っているようです。もしかしたら、私たちの支配する帝国に、あだなす存在に成長するかもしれません! ですが、魔王様の呼び出しの方が重要です!」
セーナが慌てて「いや、そちらを優先した方がいいですよ」と言った。
「私たちが支配する世界に、危機をもたらすかもしれないほど、強大な魔力を持った人間が現れたってことですよね? いいんですか、こんなところに来ていて」
「心配いらないよ、セーナ。魔王様の任務の方がはるかに重要なんだから」
「いやいや、全く重要じゃないですよ。魔王様、ルシファーは帰したほうがいいんじゃないですか?」
「そんな! このところ、呼び出されてはすぐ帰されています! お願いです、ぜひ、お仕事のお手伝いをさせてください!」
「でも、忙しいんでしょ? 俺の用、たいしたことじゃないんだよ。たこ焼き屋でのバイトが決まったから、そのお祝いってだけ」
「たこ焼き屋? まさか、そこにも、凄まじい魔力を持つ人間がいるってことなのですか!? この愚かなルシファー、気づきませんでした。絶大な魔力を持ち、なおかつそれを隠ぺいする人間がいたとは! さすがは魔王様です!」
「いや、そういうわけじゃないよ。俺はただ、タウンワークでバイト探しただけだから」
「いやいや、ご謙遜を」
「じゃあルシファー、仕事があるならそっち優先して。じゃあな」
「待ってください! 魔王様! まお」
ルシファーは元の場所に帰された。
「じゃあ、ロネコ、アイナル! これからバイト決まりましたパーティーだ! 盛り上がっていこう!」
ロネコとアイナルは、幸せそうに「はい!」と返事をした。セーナは「ルシファーが本当に気の毒だなあ。まあ、ここでパーティーしているよりも、仕事に専念する方がいいか」と疲れたように言った。