第六話
ファミレスでのバイトを終え、魔王はリビングで、アニメを見ていた。ときどき野菜スティックを食べている。
美貌の秘書セーナが、心配そうに入ってきた。
「あの、魔王様」
「なんだ。いまアニメを見ているんだ、邪魔するな。レムって女の子がかわいくて、いいんだよな」
「大丈夫ですか」
「大丈夫。アニメの世界に没入すれば、つらい現実を忘れられるから。時々つまむ野菜スティックが最高だよ。七味唐辛子を混ぜたマヨネーズにつけ、シャキシャキ行く。これこそ、平凡な幸福さ。フフ」
「魔王様、病んでいるように見えますが。グーグルという検索エンジンで調べたんですが、飲食店でのお仕事は、相当大変らしいじゃないですか。やめることも一つの手ですよ」
「いいよ、つづけるよ。だって辞めたら、魔力がなかったらただの無能ってことになっちゃうじゃん。平凡な幸せはつかめないってことじゃん」
「そもそも平凡な幸せって何ですか。魔力を持つ生物、すべての頂点に立ったんですよ?」
「でも、なんかむなしいんだよね。あと彼女できると思ったんだけどさ、告白しても『おそれおおいので』って振られる。もう嫌」
「では気分転換に、出かけましょう」
「お出かけ、か。まあいいだろう。どこに行くんだ?」
○
魔王とセーナは、百円ショップのダイソソーの自動ドアをくぐった。
「なんだ、ここは」
「魔王様、百円ショップのダイソソーを知らないんですか? なんでもたった百円で買えるんですよ」
「税込み百円?」
「いえ、税別百円です」
「ふん。そんなことだろうと思ったよ」
「怒らなくてもいいじゃないですか」
「商品は、大したことないだろう。だってたったの百円なんだからな。安かろう、悪かろうだよ」
「いや、ダイソソーを甘く見ちゃいけませんよ。『え!? こんなものが百円!?』と私はつい叫んでしまったことがあるんです。それほどです」
「大したことないさ。百円なんだから。見た目はよくてもすぐ壊れるに決まっている。え!? なにこれ! ダイソソーって多肉植物も売ってるの?」
魔王は多肉植物コーナーに、少し興奮して駆け寄った。
「そうなんですよ、魔王様。ノートや文房具、キッチン用品はもちろん、園芸関係の商品や、多肉植物もあるんですよ」
「何宣伝してきてんだよ。ダイソソーでパートしてんのかよ。公務員は副業禁止だぞ。え!? なにこれ! サボテンも売ってるの!?」
魔王は小さなサボテンのとげを触った。
「あっ、痛い。ちゃんとしたサボテンじゃん! なんだよ。百円ショップって、サボテンまで売ってるのか。ちょっと店内をぐるっと回ってみないか? いやもちろん、安かろう悪かろうだとは思うけどね? 別に、テンション上がってるわけじゃないけどね?」
「変な言い訳しないでいいですよ。じゃあ行きましょうか」
魔王とセーナは、ガラスの瓶が並ぶコーナーに歩いてきた。
「すごいな、こんなにきれいなガラスの瓶がたくさん。このガラスの瓶いいな。蓋が金色で、ちょっとかっこいい。買おうかな」
「何に使うんですか」
「ジャムでも入れたらいいじゃん」
「魔王様はお米派じゃないですか」
「いや、ジャム塗ったパンもいいなって思ってるんだよね。買おうかな」
「ジャム入れるなら、こっちの小さいガラス瓶の方がいいですよ」
「ほう。確かにこのガラス瓶、悪くない。おっ、見ろよ、あっちには事務用品がいっぱい売ってる!」
「事務用品なんて、魔王様は使わないでしょう。ちょっと! 走らないでくださいよ。待ってください」
「おいおい、見ろよ、セーナ。この青いクリアファイルも百円だって。かっこいいなあ。これ、買おうかな」
「魔王様。いったい何をファイルするんですか」
「ほかには何があるかな。おっ、かわいいハンドタオルが売ってる! これっていくら?」
「百円ショップなんだから、百円ですよ」
「おお! アロマキャンドルも売ってる! あんまりアロマキャンドルには興味ないんだよなあ。でも見ろよ、セーナ、ほら。青い海と砂浜がかわいらしく表現されている! 信じられない、これで百円なのか。買おう」
「魔王様、アロマキャンドルですよ? 本当に欲しいんですか?」
「百円なんだからいいじゃん」
「百円でも十個で千円ですよ? わかってます?」
「おっ! エコバックも売ってるじゃん! へえ、結構デザイン豊富ー。レジ袋、日本って有料でしょ? 買わないとなって思ってたんだよね。セーナも買う? このイチゴとブルーベリーの描いてあるエコバックがかわいいなあって思うんだよな。どう思う?」
「すっかり夢中じゃないですか。私はエコバック持ってるんで大丈夫ですよ」
「なんだよ、ノリが悪いなあ」
○
魔王は野菜スティックに、タルタルソースをつけポリポリ食べながら、パソコンを見ていた。
「魔王様、何やってるんですか」
「この世界、ネットショッピングの環境も充実しているから、チェックしてるんだよ。セーナはさ、Amazon派? 楽天? それともヤフーショッピング派? 日本ではAmazonが圧倒的に人気らしいよ?」
「すっかり埼玉県民ですね」
「いいじゃないか。どう? キュウリ×タルタルソース最高だよ? 食べる?」
「じゃあ一本もらっていいですか。今日、バイト休みですよね? どう過ごす予定ですか?」
「そうだなあ。ネットショッピングのサイト見て、そうそう、あとメルカリ始めたいと思ってるんだよね。メルカリやラクマとかの、フリマサイトをちょっと回ってみようかな」
「一日中家にいるんですか?」
「何か文句があるのかよ」
「ひきこもりみたいになってるじゃないですか。どこか出かけましょうよ。なんだか不健康ですよ。行きたいところないんですか?」
「近所ならいいけど、あんまり遠出はしたくないなあ。面倒くさい」
「いい気分転換になると思いますよ? この日本というエリアでは、ラーメンという食べ物が大人気だそうです。さっき、食べログってグルメ系のサイト見ていたら、何件か、おいしいラーメン屋を見つけました。行きませんか」
「面倒だなあ」
「ネットショッピングなら、移動中でもできるでしょう。さあ、外に出ましょう」