第三話
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魔王は、セーナに店の前までついてきてもらった。
「魔王様、深呼吸を」
「ふうー。ああ、緊張する。この世界では無職で、職歴がない。バカにされないかな」
「大丈夫です! 自信を持ってください!」
「ありがとう、セーナ。じゃあ行ってくるよ」
「ステーキ焼いて待ってます!」
〇
「では、面接を始めます。私は店長の加藤幸次郎です。魔王朝助さんですね?」
「はい。王貞治みたいな感じで、魔王が苗字です。ハハ」
「現在二十二歳、アルバイトの経験は?」
「この世界ではないです」
「初めて」
「はい」
「今何やってるの? 履歴書見る限り、大学生じゃないよね?」
「その、ニートみたいな」
「ニートなの。そろそろアルバイトした方がいいかな、って感じで来てくれたわけ」
「料理に興味があったんです! おいしいもの作って、お客様に喜んでもらうなんて、最高じゃないですか。いままでは逆らう連中を、圧倒的な魔力で押しつぶしてきました。世界の頂点に君臨しました。でもむなしかった。平凡な幸せこそ望みだった。料理には、その平凡な幸せがあると思ったんです!」
「何言ってるかわからないなあ」
「すみません」
「魔王君は、妄想と現実がごっちゃになるタイプ?」
「やる気はありますので、ぜひお願いします」
「週、何回はいれる?」
「初めてなので、三回くらいから、お願いできますか」
「三回ね。わかりました。一回、何時間入れる?」
「バイト初めてで、不安なんです。人に使われたことないから、どういう気持ちになるかわからなくて」
「なるほどね。初めてバイトしますって子、何人かいるから、その点は安心していいですよ。フォローしますし、丁寧に教えますから」
「本当ですか! ありがとうございます! 包丁すら握ったことないんですが、大丈夫ですか」
「そういう子、たくさんいますよ。丁寧に教えます」
「ありがとうございます!」
「では、魔王さんの、長所と短所を教えてください」
「はい! 長所は、部下の適性を見極めて、一流の人材に育て上げられる点です。短所は、腹が立つと、すべてを焼き尽くしてしまうところです!」
「短気ってこと?」
「まあそうです。短気な方です。ですが、一度やると決めたことには、猪突猛進、大変一途です。世界征服をすると決めたら、やってしまうほどです!」
「土日は入れます?」
「OKです!」
「わかりました。では結果は、一週間以内に電話で伝えます」
〇
二日後、魔王は2DKで、アルバイト合格の電話をもらった。
「おめでとうございます、魔王様。ファミリーレストラン『名店和食』のアルバイトは、時給がいいので、きっと倍率が高かったはずです。そんななか、見事合格を勝ち取るだなんてさすがです」
「ありがとう、セーナ。正直、合格するとは思ってなかった。何しろ包丁すら持ったことがない」
「きっと魔王様のやる気を、向こうは感じたんでしょう。頑張ってください!」
〇
白い制服を着た大柄な魔王が、十人ほどが働く名店和食の厨房に、おどおどしながらやってきた。
「君が魔王君? 私は南源一。この厨房の責任者を務めている。わからないことがあったら、何でも聞いてくれていいから。くれぐれも、分からないことを、分からないままにしないように!」
「はい!」
「じゃあまず、うちが和食料理店だってことは知ってるね?」
「へえ、和食料理店なんですか。時給と賄いの有り無ししか見てなかったので、初めて知りました。あっ、そういえば、店の名前は『名店和食』でしたね。ハハ、うっかりしてましたよ」
「おいおい、しっかりしてくれ。まず簡単で、非常によく出るメニュー、カツ丼の作り方を覚えてもらう」
「『名店和食』と、店名に名店とはいっているんだから、相当絶品なんでしょうね」
「当然だよ。はっきり言って、この値段で、これだけのカツ丼を食べさせる店は、ほかにはないと思っている」
「きっと、契約している養豚場が、ハーブを食べている豚なんかを育てているんでしょう。いやあ、さすが『名店和食』。じゃあ豚を連れてきますので、養豚場までの地図をお願いします」
「うちをバカにしているのか。カツ丼のカツは、その冷凍カツを揚げればいいんだよ」
「えっ、冷凍カツ?」
「そうだ、時間がない。さっさとしろ!」
魔王はひたすら、冷凍カツを油で揚げた。
「源一さん」
「なんだ、新人!」
「この仕事、つまらないです。それに誇りを持てないんですが」
「何が誇りだ! まだ入ったばかりだろう。最初は下積みが基本だ」
「そういうものですか」
「飽きたなら、別の作業をやらせてやる。『名店和食』で二番人気のメニュー、親子丼だ」
「ありがとうございます。ということは、卵にも鶏にも、大変こだわっているんでしょう」
「そんなことは知らん。さっさと作れ」
「わかりました。では、養鶏場はどこですか? きっとハーブを食べている鶏が、ストレスのない環境で育てられているんでしょう。鶏はさばいたことはないので、ぜひご指導お願いします!」
「何バカなことを言ってる! 冷蔵庫に鶏肉があるから、それを使うんだよ」
「卵は? 養鶏場から、生みたてをもらってくるんですよね? さすが『名店和食』」
「そんなわけあるか! それも冷蔵庫に入ってる! さっさと持ってこい!」
「わかりました」
「魔王! 次はモヤシ炒めだ」
「はい、源一さん。もやしは、ここで育てているのでしょう。もやしを育てている地下室はどこでしょうか。新鮮なもやしをとってきます!」
「バカ野郎! 冷蔵庫にビニール袋に入ったもやしがもうある!」
「ではモヤシ炒めに使うソースはどうするんですか? 五十種類ものスパイスをブレンドし、ほかでは出せない味わいを表現するんでしょう。そのスパイスの調合は、間違いなくまだできません」
「バカを言うな。ソースはその瓶に入ってるやつを使うんだよ。いちいち調合なんてするか!」
「そんな! 店名に『名店』ってあるじゃないですか。全然名店じゃない」
「ファミレスの中では一番だ! もういい! 魔王、ごみを捨ててこい」