第一話
「一人暮らししたい?」
「世界征服に疲れた」
「魔王様、世界は思いのままなんですよ?」
「じゃあいいだろう。ダーツを投げ、当たった異世界に行く」
魔王は具現化魔法で、ワールドマップを宙に浮かべた。赤髪の麗しい女性秘書が呆然とする前で、さっさとダーツの矢を投げる。
辺境の異世界・地球の日本にあたった。
「行ってくる」
「私も行きます」
「あんま楽しいことないと思うよ?」
「それでもついていきます」
美しい女性秘書セーナは、力強く言った。
〇
魔王とセーナ、田舎町に出現する。
「着いたぞ、セーナ。ここは埼玉という集落だ。とても平凡な生活ができるはずだ」
「田んぼばっかりですね」
「この辺りでは、コメの生産が盛んなんだよ。不動産屋はどこかな」
「三十分も歩いた場所に、アッパーマンショップという不動産屋があります」
「仲介手数料は?」
「いまスマホで調べます。一か月分のようです」
「なるほど。悪くない。じゃあ行こう」
〇
魔王と赤髪の美女セーナは、不動産屋に入った。魔王は申し訳なさそうに「すみません、部屋を探しているのですが」と言った。
「私、アッパーマンショップの鈴木次郎です。ささ、お座りください。ご夫婦でお部屋をお探しですか?」
「ご夫婦だなんて」
「セーナ、何顔を赤らめている。家賃を抑えたいので、二人で暮らそうかと。2DKでいい部屋ありませんか?」
「この物件はどうでしょう」
「エアコンはついてますか? 暑いの苦手で」
「はい、エアコン付きです、ご主人」
「バストイレ別?」
「はい、ご主人。バストイレ別で、南向きのお部屋です」
「内検させてください」
〇
魔王とセーナは、鈴木次郎の案内で、二階の角部屋を内検している
「魔王様、なかなかいいお部屋ですね」
「そうだな」
「ちなみにご主人、いまお住まいの家、何畳くらいですか?」
「俺の城? 3000畳くらいだな」
「え?」
「間違えました。3畳です」
「ずいぶん手狭ですね。このお部屋、7畳7畳6畳なので、なかなかいいのではないでしょうか」
「借りましょう。これから予定があるので、契約書は後日メールでお願いします」
〇
魔王とセーナは公園のベンチで、コンビニ弁当を食べている。
「魔王様。アッパーマンショップの次郎から、契約書がメールで届きました」
「ん? 保証人が必要なのか。確かルシファーが、人々の洗脳を秘密裏に行っていたよな? よし、ルシファーに保証人になってもらおう。出でよ、ルシファー」
180センチを超える、長髪の筋肉質の男が現れた。
「お呼びでしょうか、魔王様」
「ルシファー。この2DKの保証人になってくれ」
「え?」
「ほら、早く」
「わかりました。深遠なお考えがあって、この2DKを借りるんですね?」
「そんなものないよ」
「フフ、このルシファー、サインしましょう。フフフフフ」
「笑ってないでさっさとサインしろ」
「はっ。魔王様、書き終わりました。この地球が、黒い炎で包まれる日も、間近だということですね?」
「は? 何言ってんの?」
「魔王様。それ、ルシファーのセリフじゃないですか? 久し振りに召喚されたと思ったら、2DKの保証人になってくれなんですから」
「じゃあルシファー、帰っていいぞ。これからアッパーマンショップ行くから」
「え? 私がこの異世界で、どのようなことをしているかの報告などを、しようと思っていたのですが」
「いいよ。これから家電買いに行く。あっ、そうだルシファー」
「はい! なんでしょうか。この星の人間という生き物が、どれだけ欲深く、愚かか、お聞きになりたいのですか?」
「違うよ。家電量販店のおすすめってある? ケースデンキとノシマデンキが近所にあってさ、どっちに行こうか迷ってるんだよね。それとも、ヨドバシガメラがいいかな」
「すみません。わかりかねます」
「使えないな、ルシファーは」
「ですが! 私は炎魔法で、この埼玉県を火の海にすることができます!」
「埼玉が火の海になっても、田舎だから、大した損害ないよ。ほら、さっさと帰れ」
「ルシファーが気の毒ですよ」
「安い家電量販店を知らないんなら、世界を滅ぼす力があっても役に立たん」
ルシファーは慌てて言った。
「魔王様。確かに私は、家電量販店には疎いです。申し訳ないです」
「ルシファー。魔王様がおかしいんですよ。あなたはすごい悪魔なんだから、家電に疎いことを謝る必要はないですよ」
「魔王様。私、悪魔ルシファーは、有益な情報を一つ提供できます。家電は、量販店で買うよりも、ネットで買った方がお買い得だと聞いたことがあります!」
「冷蔵庫や洗濯機は見て買いたいだろう。だから量販店に行くんだよ、バカ」
「申し訳ございません。勉強しなおしてきます」
「いやいやルシファー。魔王様がおかしいんですって。家電について勉強したってしょうがないですよ。あなたは悪魔じゃないですか。ちょっと魔王様、ルシファー落ち込んだ顔で帰ったじゃないですか。いいんですか?」
「ルシファーのことなんてどうでもいい。いまはいい洗濯機を買うことが肝心だ」