第2話 焼きそば屋
彼女と初めて会ったのは、中学1年生の頃だった。当時の僕がなんでそんなことを考えたのか思い出せないのだけど、真夜中の神社で初詣をしたいと思って、一人、大晦日の夜に家を飛び出したのだった。幸い、神社も近かったし、また一人息子が変なことを考えたぞ、と笑って見送ってくれたのだった。
時間は23:30。初詣先の神社まで歩いて数分というところだ。しかし、寒い。本当に寒い。手元のガラケーで気温を確認すると、最低気温はなんと-5℃。こりゃ寒いわけだ。手をこすりあわせていると、道路沿いの建物から何やらいい匂いがしてくる。それに、明かりもついている。一体なんだろうか。
いい匂いにつられて、建物に近寄ってみる。
「らっしゃい!兄ちゃん、焼きそばかい?」
道路に面している窓から、威勢のいい声がする。人懐っこそうな顔をしたおばちゃんだ。
「いい匂いがするから、見に来ただけなんですが……」
どうやら焼きそば屋らしいけど、なんでこんな深夜に?
「そうか。ま、寒いやろ。中に入りな」
威勢のいい声と笑顔が特徴のおばちゃんに乗せられて、つい店に入ってしまう。外が寒いので、中の温かさにほっとする。椅子が5個あるだけのこじんまりとした店内で、ストーブで部屋を暖めているようだ。
「兄ちゃん、初詣かい?」
「はい。ちょっと、深夜に一人で行きたくなって」
初対面のおばちゃんに何を言っているのかと思ったが、聞かれてもいいか。
「兄ちゃん、変わっとるな。これ、サービスな」
鉄板でジュージューと音を立てていた焼きそばを、小皿に乗せて出してくる。
「ええと。ただで受け取るわけには」
「その内常連さんになってくれたら、ええから」
受け取らないのも失礼だろう。そう思って、なんとなく箸をつける。
「おばちゃん!これ、凄く美味しいです!」
感動のあまり、つい大声を出してしまう。
「うちの焼きそばは、ソースが決め手なんや。ま、企業秘密やけどな」
おばちゃんは笑みを浮かべながらそんなことを言う。
「なるほど」
今思えば、どこに企業秘密があるのかわからなかったけど。なんとなく納得させられてしまうパワーがそのおばちゃんにはあった。
ふと、焼きそばのある鉄板の奥を見ると、僕より少し歳下らしき子が、僕をじっと見つめている。
「その子は?」
「ああ。彩はちょっと人見知りでな」
しょうがないなという感じのおばちゃんの声。
「ほら、彩。挨拶」
前に出て来た「あや」という名前らしい子はぺこりとお辞儀をして、
「溝口彩といいます。よろしくお願いします」
そう礼儀正しい挨拶をしたのだった。