玉依の焦燥 plus 櫻子 × 肆
此処は櫛名田家の洋館2階、櫻子の部屋だにゃ。
今、ワガハイは部屋の主である櫻子と、何故だか相当本気の実戦に突入しそうになっておる―――
それを何とか誤魔化し宥めすかして、無益な衝突を回避するべく懸命に知恵を振り絞っておるところであるのだが……。
「あらぁ、それは畏れ多いことですわねぇ。 星系軍きっての知将と世に聞こえた ティマイヨ・レイ特務中佐 直々の懸命なるご対応だなんて。 ですが生憎 幾らお知恵を振り絞られたところで、この状況は変えられませんわよ 玉さま…… じゃない、<T・M・S>さん?」
ふぅ…… というようにコイツは、猫の姿であるワガハイのような『動物』やら『植物』やら―――
要は、人間型以外のモノたちの『心の声』を聞くことができるという、非常に厄介…… あ、いや… とっても素敵な固有の異能を持っておるのだにゃ。
であるからして、ワガハイの思考などはもう コイツの言葉を借りれば『赤裸々に筒抜け』なのだそうであるにゃ。
まぁ、そのことが引き金となり、今のこの特異な状況となってしまっておるのであるが。
「はぁぁ…… だからもう 玉さまぁ…… 」
「お、どうした櫻子、トイレタイムにでもするか?」
「だぁかぁらぁぁぁあ! 長いんですってば! 玉さまのお話…… いえ、心の呟きはぁ!!!」
「おっと、こいつは失敬」
ふぅ、正に怒髪天を衝くといったところだにゃあ。
そんなに怒らんでも良かろうに―――
って、んん?
あー、そうか…… もしかするとこうなった直接の原因は、心を読まれてしまったから云々といったことではにゃく、そもそもの『ワガハイの思考形態や話の長さ』の方にあった…… ということなのかにゃ?
と、ワガハイが ふと思ったところを櫻子がすかさず読み取り、それが取り敢えず大いに的を射ていたようで―――
「まぁ! その通り! 玉さま偉い! ワタクシ、久々に感動致しましたわ!」
笑っとるし――― 何だその目まぐるしい感情の移ろいは…… 情緒不安定な娘め。
「ほ… ほぅ そうか、それは良かった。 ではこれからはその辺りのことを心に留め、鋭意努力するところであるからして…… この部屋には自由に出入りしても良いにゃ?」
「あぁ…… そうでした――― 本題はそっちでしたわ……。 もう少しで謀られるところでした」
そう言って櫻子は、落胆した様子で俯き ゆっくりと首を振る。
「ですので玉さま、今後一切この部屋への出入り 及び 長考、長話等々を禁じます。 あと、ワタクシの所有する本やゲーム、そして特に『麗しの双子ちゃんフィギュアたち』に触れたり、ましてや話しかけたりといった怪しげな変態行為も同様です」
いや、別に謀ったりなどしてはおらんし…… それに何故か、禁則事項がいろいろと増えてしまっておるようなのだが……。
「それと何度も言うが、『双子どもの幼女人形』とやらの件は全くの誤解、濡れ衣だからにゃ――― てか『変態』言うにゃ」
ふぅ…… まぁいずれにしろ、あまり余計な話の整理などするものではないにゃあ。
墓穴を掘って面倒事がこれ以上増えては敵わん。
「しかしアレだなぁ櫻子よ、先程までは怒りで全く聞く耳を持っておらんかったオマエが、どうやら少しは落ち着いてきたようだにゃあ」
「はぁ? ワタクシはずっと冷静ですわよ。 でもまぁ、この闘いを今更やめようなどと言われたところで、もうこの胸には溶岩のように真っ紅に燃える熱い心が 滾りまくってしまいましたから、そうそうやめられるものではございませんわ!!」
て、のりのりかよ。
全く…… 外ではいつも大人し気な淑女面をしておるくせに、血の気の多い娘だにゃ。
いや、しかしそれでも何とかしてやめさせにゃいといかん。
今のコイツの煽情的かつ未熟で箍が緩んだ、謂わば加減を知らぬ状況での異能の解放は、正直非常に洒落にならん結果しかもたらさんであろうからにゃ。
「ふーんだ! まぁ確かに、玉さまが今お心の中で仰られた通り、ワタクシはまだ異能を御するための『箍が緩く』、そして大層『未熟』なのであろうことは 自分でも充分承知しておりますわ」
そして櫻子は、ワガハイの攻撃を警戒して一度は中段に構えていた『光の薙刀』を またお気に入りの八相に戻し、そして不敵な笑みを浮かべる。
「ふふ、ですが玉さま…… いえ <T・M・S>さん? 先程ワタクシが厳重に張り増しさせていただいた、この部屋の多重異次元結界――― それを誤って内側から破ってしまうなどといったことがないよう、異能の解放加減を調整して相手だけを圧し斬る……。 その程度の芸当であれば、如何に未熟なワタクシとて 造作もないことですのよ?」
はぁぁぁ…… コイツはやっぱり―――
「ふん、やはり全くもって論点がずれておるようだにゃ…… オマエは何も解っておらん。 ワガハイが案じておるのはにゃ、結界が破れてこの部屋の外に影響が及ぶかどうかなどという、そんなつまらんことではにゃいのだ」
「あらあら、何やら思わせ振りなことを。 ではいったい、何をご懸念されていると仰るのです?」
「それはにゃ、ワガハイとオマエの――― 『生き死に』のことだにゃ」
「えーっと…… はい?」
櫻子は、少し怪訝な表情を浮かべる。
「では逆に問うが…… まさかオマエ、この結界を『自分が加減しないと破れてしまう』程度のものだとでも考えておるのか?」
この強固過ぎる結界を『内から破らない程度に加減する』だなどと―――
自らの異能の強さを、攻防ともに完全に見誤っておること甚だしいにゃ。
これ程の位相膜結界を内側から破るのに、一体どれ程の強力な異能が必要か。
恐らくは、相当な手練れが放つ波動や火力でも、そうしたモノら複数名での全力解放による一点突破が必須―――
それを明確に目論み、全員が息を合わせた上での集中攻撃でもって、漸く僅かに一点の綻びを入れられるかどうか……。
そして更にその間、攻勢異能を放つモノと同数か またはそれ以上の守り手が、結界から跳ね返ってくる熱や衝撃を 守勢異能によって防ぎきる―――
それこそが、この狭い結界内で漸くにして たった一回分の攻撃ターンを凌ぎ、何とか生き延びるための最低条件となる。
「要するにだ、この強固に閉じられた狭い空間の中で攻撃側――― つまりオマエが、その『加減』とやらを一歩間違えれば、結界がどうこうなる以前に、中におるワガハイたちの方が二人揃って黒焦げ…… もしくは血塗れのスプラッタ地獄ということだにゃ」
いや…… 何か遺っておれば、まだ良い方かもしれんがにゃあ。
「え…… 玉さま、もとい<T・M・S>さま、それって…… 本当なんですの?」
櫻子よ、それだと『サマ』が被ってしまっておるがにゃ。
あと、その微妙な呼称、イマイチ定着しておらんのなら もういっそ やめてしまえにゃ。
「ああ、本当だにゃ。 オマエが張る結界の強靭さと巧みさは相当なものだ。 『宇宙最高水準』と言っても良い。 しかしそれ程の技量を持っておるとは言え、実戦経験の全くにゃいオマエが 攻撃において幾ら『加減する』などと言っても…… 正直ワガハイは 恐ろしくて仕方がないにゃ」
櫻子は、恐らく自身の持つ異能の強さを見誤り、相当に『過小評価』しておる。
もしもコイツが、この空間の中で感情に任せた異能を一度でも解放してしまったら……。
当然ながら、この強力な結界は壊れることもなく、しかもこれ程の結界を張れるモノが放つ『力任せの波動』が、よもや微小脆弱なものなどであろうはずもにゃい。
そして、密閉されたこの狭い空間の中におるワレらには全く逃げ場がなく、攻撃を受けるワガハイのみならず、放った側の櫻子自身にさえも甚大な衝撃と被害をもたらすであろう。
つまりは、互いにとって『ロクなことににゃらん』ということだにゃ。
ここで漸くにして、室内に充満していた胸苦しい『圧』が、少しだけ緩んだような気がした。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
【 一掬 ❁ 同刻譚 】
同刻、櫛名田邸内 洋館1階 表玄関付近―――
鷺山 「八上様、誠に申し訳ございません。 櫻子お嬢様は、只今 少々立て込んでおりまして…… 」
紀理江 「そう…… なんですか。 櫻ちゃ… 櫻子さんにお呼ばれして お伺いしたのですけれど…… 」
鷺山 「本当に申し訳ございません。 お部屋にはいらっしゃるのですが、いつお会いになれるかが解らない状況でして…… 」
弓弦 「あれ? 紀理江ちゃんじゃないか、いらっしゃい。 櫻子に会いに来たのかな? それとも玉先せ…… おほん! 猫のタマ君に会いに?」
紀理江 「ひ ひゃぃい!? ゆゅ… 弓弦さん!? ごごご… ごきげんよう…… です。 あー… いぃぃえ、あの…… ささ 櫻ちゃん… 子さんに よば… 呼ばれて遊びに…… いえ、ぉお お勉強をしに、うぅ 伺いましたぁ!」
弓弦 「そうかぁ。 でもあの二人…… いや 一人と一匹は、今ちょっと手が離せそうにないんだよ――― ねぇ、鷺山さん?」
鷺山 「はい、まだもう少しかかりそうな状況です、弓弦様」
弓弦 「だろうねぇ、何をやってるんだか。 うーん…… あ そうだ、取り敢えず ボクの部屋で少し待ってみるかい? お茶でも淹れてもらうよ。 それに桐子ちゃんや柏子さんも居るようなら呼んでさ」
紀理江 「え… えぇ? ぇぇえーーー!? ゅゅゆ… 弓弦さんの、ぉお お部屋にぃ!!? ととと…… とんでもないですぅーーー!!!」
弓弦 「昔馴染みなんだし遠慮しないで。 第一 こちらが呼んでおいて、このまま帰すわけにもいかないしさ。 鷺山さん、桐柏ちゃんたちは?」
鷺山 「桐子様はお部屋にいらっしゃいます。 ですが柏子様は…… 」
弓弦 「はは… この混ざった感じ、やっぱりそうかぁ。 で、あとは…… お祖父様に… 龍岡さん? へぇ、こいつは豪儀で興味深いなぁ。 お父様あたりが面白がりそうだ」
鷺山 「はい、先程 霞が関へお出掛けになられましたが、大層 興がお乗りのようでしたわ」
弓弦 「あはは… だろうね。 じゃあ鷺山さん、すみませんがボクの部屋に紅茶を三つお願いできますか? 桐子ちゃんはボクが呼びに行くから大丈夫」
鷺山 「畏まりました。 それでは八上のお嬢様、上着はこちらでお預かりを」
紀理江 「は… はは はいぃぃ――― (やだもう、なにこの展開!? こうなったらどうか、櫻ちゃんの用事がずぅーーーっとこのまま終わりませんようにぃぃぃ!!!)」
弓弦 「ん? 紀理江ちゃん、何か言った?」
紀理江 「ぃい いえ! な… なんでもありまっせぇーーーん!!」
鷺山 「それでは、どうぞごゆっくりなさってください」
(はぁ… なんだか初々しくて可愛らしいわぁ……。 ワタシも今となっては大昔に、一度でいいからこんな恋をしてみたかった……。 いいえ、でも 羨ましくない羨ましくない! ――― はぁぁぁ…… 今日は白鳥でも誘って、いつもより多めに呑んで帰ろう…… )