玉依の焦燥 plus 櫻子 × 參
此処は櫛名田邸の屋敷地内、洋館2階の櫻子の部屋―――
とは言え、今は大仰な結界が幾重にも張られており、普段のそれとは随分と かけ離れた趣だにゃ。
しかも櫻子が言うには、どうやら成り行き上…… ということであるらしいが、ワガハイとコイツとの間で、どうにも物騒な事態になりかけておる。
全く…… 困ったものだにゃ。
「でねぇ、玉さま――― ちょっと想像してみて?」
おっと、本題に来たか。 どうせいろいろと怒られるんだろうにゃあ……。 まぁ、今の笑顔もなかなかにコワイが。
「ふむ、ワガハイは心を読める訳ではにゃいが…… まぁ オマエが言わんとすることは、だいたい解る気がせんでもにゃい。 よし、取り敢えずオマエの言いたいことを、先に言ってみてくれんかにゃ」
あぁーあ、何でワガハイがこのような目に…… もういっそ、天にでも召されたいにゃ……。
「うん、ありがとう玉さま。 それでは、お言葉に甘えさせていただきますわ」
櫻子はそう言うと、相変わらずの無機質な笑顔から一変、今度は芯から無表情な面持ちになり言葉を続ける。
「でですよ? 帰ってきてみたらワタクシのお部屋で、お喋りする老猫が独りぶつぶつと理屈を捏ねっくりまわしながら、床に食べ物やら本やらを散々にとっ散らかしまくりやがっておられ…… 」
えーと、櫻子さん? 言葉の言い回しがその…… 若干おかしいかにゃ?
「それに! そもそもいつだって玉さまはワタク… シの…… え? ――― きゃぁあああっ!!!?」
櫻子が突然、長い黒髪を振り乱して その場から少し跳び退く。
一体何だ? ――― って、あぁ…… コイツにゃー。
櫻子の足元には ねずみ型の某試作機が、ちょろちょろと動き回っておる―――
ん? いや待て…… 『動き回って』おる…… だと?
「だからもぉーーー!! コレはいったい何なんですの? おもちゃ? まったく、お幾つになられるんですか アナタはぁ!!!」
「うん、ソイツは自律式ねずみ人形の『ネズ子さん』だ。 ワガハイとはもうかれこれ…… 5日程の長い付き合いになる」
ひぃ! だから櫻子ってば、眼がコワイんだにゃ……。
「だいたいこんなもの、いったいどこで買ってきたんですか!」
「いや、それは葉月が作ってくれてにゃ…… 」
「く、お母さま…… はぁぁぁ……… …ぁ……ぁぁ…… … 」
だからにゃあ…… そんな絞り出したような長い溜め息とともに、絶望感に苛まれた超絶的無表情とか…… やめてくれよコワイから。
「それよりも見ろ! このネズ子さんはにゃ、全身がソーラーパネルになっておって、簡単な人工知能も組み込んである。 だから ちゃんと自分で陽の光を探して、充電などもしっかりとこなすのだ。 また 屋敷地内だけでなく、この街全体の地図や三次元地形データが隅々まで詳細にインプットされておるによって、自分で随時 様々な学習をしながら、行動範囲もどんっどん拡げていくという…… なかなかに優秀で初いヤツなのだぞ? そして更にだ、ワガハイを視認 もしくは生体反応で感知すると、その場で即座に逃げるか戦うかを状況によって的確に判断して…… 」
「もう結構」
――― はいはーい。
「でぇ! ワタクシがお部屋に入ると、面妖しな老猫が ただひたすらに取り留めもなく陶酔気味に――― それも何故だかワタクシの命の次に大切な『双子ちゃん人形』たち…… プラス、えーっと…… 『ねず公さん』? ……に向かって、また長々とつまらないお説をお垂れ流しになっておられ――― それって、状況として如何なものでしょう? ねぇ、どうなのヤバくない!?」
いや、ワガハイ――― 実際には声は出しておらんかったはずなのだがにゃあ…… ほら、今のように。
そしてそもそも、こうしてほんのちょっと考えただけのことが、コイツには即座に声として聞こえてしまうのであるからして―――
つまりは、こういったニアミスは ある程度仕方がないのではにゃいかと……。
あと、コイツの言う『大事な双子どもの幼女人形』のことなど、全くもって預り知らんぞ。
たまたま近くに置いてあっただけであろうが。
と言うか、ワガハイもそこまで逝ってしまってはおらんわ。
あぁ それとなぁ櫻子、『ねず公』ではなく『ネズ子さん』にゃ。
―――――― みし……… ギ… ギキ……… ぴしぃ!!
ん? 何か部屋中で妙な音が聞こえた感覚があるのだが―――
それに櫻子、肩で息をしてどうしたにゃ?
顔も赤いし…… いろいろとつまらん事を考え過ぎて、知恵熱でも出たか?
「玉さま…… やはりいっぺん、お宇宙を跳び越えた『アチラの世界』に逝ってみられた方がお宜しいようですわね……。 あと、『知恵熱』は乳幼児が発症するやつですから…… 」
出た、そのコワイ笑顔のやつ。
はぁ…… しかし 事ここに至っては、もうやるしかないのかにゃあ……。
「と言うか、そもそも以前から言ってますわよね!? このお部屋は、ワタクシの『聖域』であると。 そうそう、何でしたっけ? 『ワレらの聖域を侵すものには? 如何なる手段をも厭わずにチカラを行使して護る』 ……とかなんとか。 であればワタクシも、『実効排除』という手段に打って出ても一向に構わない……… そういうことですわよね?」
「にゃ、成る程にゃぁ。 うーん、つまり――― 要は その何だ…… 有り体に言うと、それはワガハイを所謂…… 」
「はい。 現時刻をもって、玉さまをワタクシの『敵性体』と認定致します。 これより対象を<T・M・S>と呼称しますわ。 さぁ、やりましょう! 今ここで! 存分に!!」
何か 急に楽しそうだな、櫻子よ……。
でも、やはりかぁ―――
まぁ 遅かれ早かれ、コイツとはこうなる運命であったのかも知れんにゃあ……。
ん? <T・M・S> ――― <タ・マ・サマ>?
敵性体認定でも ちゃんと『さま』を付けてくれておるとは、律儀なことだ…… 興味深いにゃ。
「ちょっと…… またお心の声が うっさいですわよ! さぁ、玉さま…… お覚悟を!」
呼称、<T・M・S>じゃにゃいのかい。
それにしても――― 異次元性の位相空間をこれ程までに幾重にも薄く張り重ね、多重結界層膜として いとも簡単に現出させてしまうとはにゃ……。
また 櫻子のヤツは驚くべきことに、この部屋の内側全体を結界層膜で覆う際、その一枚一枚を室内の凹凸や、床に置いてある様々な物体にギリギリ触れない形状で立体的に沿わせ、そうすることによって一切の次元干渉を起こさせることなく、効率的に室内を覆い巡らせておるのだ。
そして更に、その柔軟性と流動性たるや―――
ネズ子さんの『動き』に合わせて、そこに被っておる何層もの結界膜を 動的にその都度同調し変容させてくるとは……。
さすがのワガハイも相当に驚かされたぞ。
しかも、ただでさえ精巧かつ強力であった結界障壁が、当初よりも更に厚くなった。
恐らくは 何層かの異次元空間の膜を、先程のたった一瞬で全く同じ形状に張り重ねたのであろう。
たった薄紙一枚分程の隙間で、幾重にも張り重ねられた極薄の多層異次元の位相膜が、それぞれの局所的な接触や摩擦によって焦げ臭いにおいを発し、また時に あちこちで小さな彩閃光を放っておる……。
この恐ろしく強力 かつ緻密で不安定な結界は、もう展開した櫻子自身にしか解除できんであろうにゃ。
そしてもし仮に、コイツと闘った相手…… 今現在の状況で言うと このワガハイが、この中で櫻子を倒してしまったら……。
恐らく この結界のバランスは一気に崩れ、中に居るワガハイも ただでは済まんだろう。
もしくは…… 展開した術者を失い、二度と解けなくなった結界の中で野垂れ死ぬ…… か。
『術者が死ぬと魔法や呪い そして結界などの効力が消滅して めでたしめでたし』…… などという世迷い言は、所詮 物語の中だけの『お気楽なご都合主義』に過ぎんからにゃ。
「あら、今日はまた随分と よくお褒めくださるのですね、嬉しいですわ。 でも…… 相変わらずお話が長ぁぁぁい!!!」
まずいにゃあ…… 折角持ち上げてやったのに、逆に怒らせてしまったか。
そしてその瞬間、櫻子の手には 自らの背丈よりも長い『光の薙刀』が現出しており、それをすかさず 攻撃特化の八相に構える。
やれやれ…… 相も変わらず、防御不要で攻めの一択か―――
普段の佇まいに似ず、闘いとなると攻撃一辺倒なヤツだ。
そんな構え、突きをくらえば それでもう終いではにゃいか。
何だかんだと言って、所詮はワガハイが相手だという『甘え』が見える――― そんな闘い方だにゃ。
と、この心の声も 勿論コイツには聞こえておるはずなのだが…… 特に反応がにゃい。
そうか…… どうやら今は怒りで、ワガハイの声などには全く聞く耳を持っておらんという訳だ。
仕方にゃい、ワガハイも自らに一時的な生体強化と防護障壁の術式でもを施しておくとするか。
痛い思いをするのは、ご免だしにゃ。
あとは武器や防具として、実体化させた『光の長苦内』を右刃の構えにて咥え…… 更に『光翼の盾』を、まぁ 取り敢えずは左肩にでも纏わせておくとするか。
櫻子の方は表情こそ変わらないが、気から来る圧と波動が 先程にも増して強くなってきておるようだ。
いかんにゃあ…… コイツに潜在する異能の強さは、やはり相当なものだ。
だが如何せん それを発する情緒も、また発せられた異能を制御する力量も まだまだ全くもって未熟過ぎる。
このままだと互いに、単なる『じゃれ合い』では本当に済まなくなるにゃあ…… さて、どうしたものか。
何とか、この状況の危うさを訴えたいところではあるが…… もうワガハイの声は、届いておらんようだしにゃあ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
【 一掬 ❁ 過日譚 】
過日、櫛名田邸内 洋館2階 北東の間―――
弓弦 「あれ? お母様、何なんです それ?」
葉月 「おぅ 弓弦くんかぁ、よぅお越しぃ♪ コレはなぁ、自律式偵察型ロボットの『窮鼠くん-001』ゆうねーん」
弓弦 「えっと…… ネズミ型の… 偵察ロボット? なのかなぁということは何となく解ったのですけれど…… どうして『窮鼠』なんです?」
葉月 「ほうほう… さっすがは弓弦くん、よぅ気付いたなぁ。 ふっふっふー 実はコイツ、万が一 敵さんに見つかった時はな? 鋭く研ぎ澄まされた鋼の前歯で めっさ噛付きよんねん。 痛いでぇー!」
弓弦 「は、はぁ…… 」
葉月 「ほんでなほんでな? 事前に薬液を筐体側に仕込んでおけばや、麻酔でも毒でも 好っきなもんを敵さんらぁに注入できるよう、上手いコトなってんねん コレが~。 ま、ウチが作ったんやけどな? ふふん…… どや、すっごいやろ!?」
弓弦 「えぇっと…… まぁ、すごいかと言われれば すごいのでしょうけれど……。 でもそんなの 国際法や人道的見地からして、『アリ』なものなんですか?」
葉月 「んーーー、そんなん知らん」
弓弦 「でしょうね…… 」
葉月 「いや ちゃうねん! だって他の国なんかやと、もっっっとエゲツないもんも平気で使てるしやなぁ。 まぁアレや、『みんなで渡ればコワないでぇー』言うやっちゃ。 あっははー 」
弓弦 「そう…… なんですか。 と言うか そんな機密っぽいロボット、そもそもボクが見てしまって大丈夫だったのですか?」
葉月 「え? あーーー、そう言われてしまうと ほんまはアカンかったかも。 じゃあアレやわ、適当に忘れといて。 でぇ、もしどぉーーーしても忘れられんようやったら…… せめて あんま人に言わんといてー 」
弓弦 「え…… あ はい、もちろん誰にも言いませんが……。 と言うか、この国の防衛機密って そんなユルユルなんですか?」
葉月 「いんやぁ、意外とキッチリしとって厳しいようやけど? んでもまぁ、大丈夫やってぇー! だいたいコレな? 何日か前からテストがてら玉やんに持たせて外で遊ばせとったんやけど、駅前の商店街のおばちゃんら みーんなで囲んで、えっらい騒ぎやったでぇ…… って、 ぶ! あっはぁー、さっすがにちょーっとヤバかったかなぁ!? ヤダもー どないしょー。 ぶふーーーっ! あーっはっはっは!! 受っけるわぁー ほんま、弓弦くん ヤルなぁ! アンタ、珍しくおもろかったでぇ!!」
弓弦 「相変わらずめちゃくちゃだ…… て言うか ボクは何もしてないし。 まぁ、程々でお願いしますね」
葉月 「あいあーい。 ん… せや、それよりな? 今度コイツで玉やんに噛みつかせてぇ、薬品の効き目の方も実験したろかなー とか思てんねんけど…… 弓弦くんも見たい?」
弓弦 「いえ 絶対に関わりたくないので、ボクが不在の時でお願いします」
葉月 「なんや~、弓弦っちはノリ悪いなぁ。 あ… ほならアレや、アンタも寝とる間に コイツめっさ噛ませたんでぇ~ 」
弓弦 「いやもう お母様、本当これ以上巻き込まないでください。 そうだ、ボクの分は玉先生か櫻子が全て身代わりで引き受けますよ」
葉月 「アンタ…… そういうトコは相変わらずやね。 我が子ながらちょっと怖いわ」
弓弦 「いや、お母様にだけは言われたくないですし」