玉依の焦燥 plus 櫻子 × 貳
…… にしてもだ、実際 何故ワガハイが こんなつまらん目に…… やれやれ、もう泣きたいわ。
って、ん? 何だ、この違和感は?
泣き… たい……… いや、なき… 鳴きたい…… のか!?
いや…… いやいやいやいや!
ワガハイは猫ではにゃいのであるからして、『鳴く』はなかろう…… 一体 何を言っておるのだ。
まーったく、ワガハイとしたことが…… にゃあ?
「おーい、玉さまー 」
落ち着け落ち着け…… そう、ここはあくまでもヒトらしく、堂々と男泣きに泣いてやろうではにゃいか―――
「ふ… ふぐ…… ぐくく………… えぐぅ…………………… ん? んん~?」
ほう… うーん、困った…… 泣き方が解らんぞ。
って そうか、幾ら心に傷を負ったとて、そもそも今は泣いてなどおる場合ではにゃいわ。
ふむ… いかんぞ、これはいかん。
「あのー、玉さまってばー 」
むぅ… それよりもどうしたら、『今』この場を巧く切り抜け 逃れられるか…… その一点を まずは考えるのだにゃ―――
そう、この最悪かつ凶悪な…… 動植物専門の『読心能力』を持つ『無自覚サイコパス娘』からにゃ。
「あ、やっと戻ってきた…… と思ったら――― いったい何なんですの? このクソ猫はぁ……。 はっはぁぁぁーーん? 無自覚ぅ……? サイコパスぅーーー? ふぅぅぅーーーーん」
マズイ! いろいろと考えてはダメだ! 全て覚られておるのであるからして―――
てか櫻子ぉ、眼がにゃ…… ワガハイを見下ろす、そのお眼がコワイんだにゃあ……。
「はぁぁぁぁ…… 玉さまぁ、さっきから訳の解らない世迷い言を、もぅ うっだうっだうっだうっだとぉ…… 」
「ひぃ! コワ!? い… いやぁー、さ 櫻子ぉ… さん……。 あ あんまし、怒るにゃよにゃあー あっはは……。 おぉ、そうだ いかんいかん! そう言えば挨拶が まだだったではにゃいか~、これはうっかりうっかりぃ…… はは… は。 い… いやぁ、お… おぉっかえりぃ 櫻子ぉ。 ふふん…… えぇーーーっと、そのー何だ…… おほん! あー… 今日はなかなかに、はゃ… 早かったにょにゃ… だな、のなにゃ」
―――――― 噛んだ。
いかん…… 頭の中を全部読まれていると思うと、もうどうして良いか解らなくなってきたにゃ。
無理に自然な風を装おうとする程に、ギコチなさが余計に際立ってしまうしにゃあ…… とほほ。
「え…… あらまぁ 玉さま!? 『とほほ』って…… ワタクシ、実際に聞いたのは初めてですわ!」
いや…… 急につまらんところで、さっきまで完全に死んでおった眼を いきなり輝かせるにゃよ。
取り敢えずこっちは今、全然それどころではにゃいわ。
「あーはいはい…… 『とほほ』でも『よっこいしょーいち』でも、もう何でも聞かせてやるにゃ……。 てか、心の中で思っておるだけで、口には一切出しておらんのだがにゃ…… 」
と ここで急に、櫻子のヤツが少しだけ怪訝 かつ真面目な顔付きになる。
「えーっと、玉さま? 前からずっと気になっていたのですが…… 伺っても宜しいでしょうか?」
「何だにゃ」
「玉さまって、これまでに数千年もの間 世界中を巡ってこられたという割に、何故だかこの国の…… えーっと『昭和色?』的な部分が随分と色濃いんですのね…… 」
「ふん、何かと思えば…… ほっとけ。 単にここ数十年間の記憶や癖が記憶に新しいだけだ」
はぁ… しかしそれにしても、言われてみれば全くだにゃ……。
いや、くだらん『昭和色云々』の話ではなく―――
もうかれこれ4000年以上を生き、そして3000年近くも この地球星の世界各地を巡り……。
その間に、何度かは『神』とまで祀り上げられてきたこのワガハイがだ―――
こーんな、昨日今日生まれてきたが如き 尻の青っ白い小娘なんぞに気圧されておるとは、全くもって 忌々しいやら情けにゃいやら……。
「尻の青っ白い…… 小娘…… 」
――― ぎろり
「ひぃっ!」
暗殺者のような眼で見下し見下ろす櫻子の顔を見上げると、無機質だった笑みに若干の色味が着いたように見えた―――
勿論良くない方の色が……。
「ご自分のお歳に見合わない精神年齢の低さとデリカシーのなさをしこたま棚の上にお上げになって…… ワタクシに対しては随分な評価ですわねぇ」
ふむ…… まぁ確かにコイツの言う通り、ワガハイも少々大人げないところが無くはにゃいと、多少自覚はしてはおるが―――
でもソコはほら、ワガハイはこの屋敷のマスコット的存在な訳であるからして……。
「はぁいぃぃぃぃ!?」
ダメだーーーー! ちょっと頭の中を掠めただけのことが全て包み隠さず、コイツの脳内には 正に逐一『ダダ漏れ』だ!
あぁ…… もう本当、お宇宙に還りたいにゃ……。
しかしここに来て、櫻子は急に疲れでも出たのか飽きたのか、いずれにしろ 表情が一旦落ち着きを取り戻す。
「ふぅ、でもまぁいいか……。 これでは話が全く先に進みませんものね。 うん、玉さま…… 取り敢えず ただいまー。 今日は生徒会も部活もございませんでしたから、早く家に着きましたよー 」
「そそ、そうか。 じゃあアレだな…… んーと… そう、他のヤツらも早く帰ってくれば、め… 飯の時間が…… 時間も、早くなるからして…… その、よ よろ… 喜ばしいにゃ!」
あー 何とかこの機に乗じ、せめて話題を逸らせたい。
ん? いや そうか、櫻子には当然 この心の声も聞こえておるのであろうからして…… いかん、いかんぞ。
そのー何だ…… あーっと、何ですよ? あのー、有耶無耶にして上手いこと逃げたいとか、適当に誤魔化して 無かったことにしたいとか……。
いやもう決して、決してそういった邪なことを企てている訳ではなくてですね―――
て、ワガハイは心の中で『敬語』使って、一体何をしておるのやら。
「ふぅ、全く やれやれだにゃ…… 」
なぁ、櫻子ぉ、聞いてるか?
もうワガハイには無理だ、誤魔化しきれん。
ほら、この通り…… 降参だにゃ。
で、どうする?
「 ………………………………………。」
もう諦めて心の声で呼び掛け始めたワガハイに対し―――
櫻子は ジトっとこちらを見下ろして、その表情を変えぬままに切り出す。
「潔い…… などとは、とても言えないようなご思考の経過を存分に拝聴させていただきましたが……。 でもまぁ、これがもし逆の立場だったらと思うと、それはさすがにワタクシでも怖気を震うような状況ですわね…… お察し致しますわ」
櫻子はここでひと息つき、険のあった表情をまた少しだけ緩めて笑みを浮かべる。
「解りました――― ではまぁ…… 玉さまの その不運に免じて、まずは話を元に戻しましょうか。 で、玉さま? これから始まる糾弾と弁明…… そして場合によっては、この多次元位相膜結界の中での熾烈な攻防……。 お覚悟の程は如何様ですか?」
「いろいろと引っ掛かるところはあるが、まずは話し合いから始めてもらえるというのは嬉しいにゃ。 それにしても、こんな大事になるようなことなのかにゃ」
「本当…… 事程左様に――― 成り行きとは、まこと奇異なるものですわね」
櫻子が無機質な笑みを浮かべてそう言うのに合わせ、空間自体の圧や磁場が ぴしりと偏重した。
同時に全身が総毛立ち、強い耳鳴りが襲う。
「ほぅ…… 結界を更にあの上から張り増ししたのか、大したものだにゃ」
「あら、これは珍しくお褒めに預り…… 光栄ですわ」
一応 話し合いの体を成すとは言え、取り敢えずワガハイのことは逃がさん…… とでもいったところか。
「ふふ…… 」
ふん、なかなかに凄みのある笑みを浮かべおる…… 残念ながら、話を逸らすことは出来なさそうだにゃ。
それにしても…… この中でこのままじゃれ合うことにでもなれば、ちょっと洒落にならんぞ。
櫻子め…… これを機会にワガハイを使って腕試しとでもいうつもりか。
一体どうしたものやら。
「うふふ…… お夕飯の前に一汗かきましょうか、玉さま。 一手ご教授の程、お頼み申しますわ」
「はぁぁぁ…… 」
やれやれだにゃ。
時刻は午後4時半…… 頃のはずだが、何しろ部屋の内側全体に張られた位相膜結界が厚く 光の偏光や屈折がひどいため、窓の外の陽の高さも計れない。
ふぅ…… つまらんことで、大層な話になったにゃ……。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
【 一掬 ❁ 同刻譚 】
同刻、櫛名田邸内 洋館1階 表玄関付近―――
猿倉 「刀眞様、お車のご用意が整っております」
刀眞 「ああ、今行く――― すまねぇな。 ところでよぉ、さっきからいったい何なんだこれぁ?」
猿倉 「は……? 何――― と、申されますと?」
刀眞 「いやぁ、この屋敷ん中のギシーっとした感じってぇかよぉ…… って、あーーー そか。 いや 何でもねぇよ、忘れてくれ」
猿倉 「? はい…… えー それでは、正面でお待ちしておりますので」
刀眞 「おう。 じゃあ みんなぁ、ちょっと察庁の方に行ってくるわ」
鷺山 「畏まりました――― あの、刀眞様…… 」
刀眞 「鷺山さんか、どうしたぃ」
鷺山 「先程来の波動流出の件でしたら、先刻より既に槍慈様が御自らお立合い下さっておられます。 また、中隊長である龍岡も 及ばずながら助力申し上げております」
刀眞 「そうか…… ん、情報ありがとよ、助かったぜ」
鷺山 「いえ、こちらこそ ご報告が遅れまして、申し訳ございません。 あと、どうやら柏子お嬢様もご一緒のようで…… 」
刀眞 「ほう? そいつは…… おもしれぇなぁ。 で、桐子のヤツは?」
鷺山 「龍岡からの連絡によりますと、桐子お嬢様はお部屋においでだそうです」
刀眞 「へぇ、だが アイツが感知できてねぇはずはねぇから…… ふん、それはそれでおもしれぇな。 解ったよ、じゃあ 後はよろしく頼むわぁ」
鷺山 犬山 鴨山 「はい、お任せを。 行ってらっしゃいませ、刀眞様」
(ふん、ツブ揃いのコイツらん中でも感知できてるのは…… 龍岡に鷺山、あとは虎丸に白鳥ってぇとこ…… か。 にしてもだ、ちと櫻子のヤツが張りきり過ぎのようだが――― まぁ 親父も付いてくれてるようだし、今回は任せちまっても良いかぁ。 てぇかよぉ…… あの二人は全く、飽きもせずによくもまぁ……。 だが、たまにゃこういうのも 面白ぇから良いやな)