玉依の焦燥 plus 櫻子 × 壹
それにしても迂闊であった―――
屋敷の中を探索しているうちに、自らの思索の深みに嵌まり…… それが寄りにもよって、一番やばいヤツの部屋で溺れてしまっておったとは……。
「いや、だから玉さま…… 心の中のお声がね、相も変わらず ワタクシにはもう全部ダダ漏れなわけですよ。 しかも話長いし……。 て言うか、『やばいヤツ』ってワタクシのことですの? あと『クォーター宇宙人』って何?」
そして言葉の最後に小声で低く、「だっさ」と聞こえた気がする。
正直、非常にこう…… 「なかなかどうして」な状況だにゃ。
それにしても、『猫は汗をかかない』などとよく聞くが―――
実は今現在、ワガハイの額・首筋・背中・脇の下、そして特に四肢末端の肉球あたりからは、次々と夥しい量の変な汗が 滝のごとく吹き出してきておる。
おぉ! ということはやはり、『ワガハイは猫ではない』ということになるようだにゃ。
いや、今はそんなことはどうでも良い。
近代の著名な文豪の作品名を雑にパロっておる場合ではにゃいわ。
「うゎ、そうだったのですか…… それはかなり引きますわね、ださ」
…………………………。
ふぅ、そうかそうか…… 成る程成る程。
考えたことが すべからく筒抜け過ぎて、ワガハイもう泣きそうだにゃあ。
そう、この櫻子固有の異能の一つに、『動物の心の中が読める』というものがあるのだ。
ワガハイは姿かたちが、この地球星に生息する『猫』なる 超絶的に愛らしい小動物に近しいせいか、まんまと心の中の全てが もう見事に読まれまくりなのであるにゃ。
「あぁ、玉さま…… もう本当、清々しいほどに気色悪い趣の 素晴らしき勘違い的ご思考まっしぐらですわね…… 」
櫻子は わざとらしく肩を竦め、ゆっくりと首を振りながら言う。
憐れむような蔑むようなその目は、何とも言えない冷たさでワガハイを見下ろしていた。
「まぁ、玉さまの虚しくも哀しい自己陶酔についての全否定と糾弾は あとにするとして…… 」
「おーい」
「前段の『ワタクシ固有の異能』についてのご認識に関しましては 少し語弊があるようですので、ここで訂正させていただきますわ」
そう言って櫻子は、「こほん――― 」などと勿体つけて咳払いなどをしてから、偉そうに語り始めた。
何か腹立つにゃ……。
「えーっとですね…… そもそもワタクシ、心を読んでいるのではなく、人間以外の全ての生き物の思考が もう頭の中に勝手に流れ込んでくる…… という方が正しい表現かと思いますの」
「あぁそうか、そうだったにゃあ。 で、それは今でも巧く制御しきれておらんのか?」
「ええ…… ここ数年で漸く、虫や植物程度の微かな思考であれば かなりの至近距離であったとしても、こちら側からその殆どをシャットアウトできるようにはなったのですが…… 」
「ふむ、ある程度のサイズの動物系となると、なかなかに難しい…… ということか」
「はい。 特に玉さまのように、まるで人間のつもりででもあるかのような イキった思考をなさる奇怪な生き物などである場合は特に。 そうですわね…… 半径5mの範囲であればもう余裕で、本当にかなり赤裸々な感じで…… 」
「待て待て…… えーっとだ、櫻子よ。 いやまず、ワガハイはそもそも『人間気取りの…… イキった? 奇怪な? 猫』なのではにゃく、あくまで『猫っぽい感じの人間…… ヒューマンの類い』であるからしてだにゃ。 そこのところは努々間違えてくれるにゃよ?」
てかもう、自分で言ってて既に 腹立たしいやら情けにゃいやら。
「と、それよりもだ――― もうひとつ、非常に聞き捨てならんかったのが『有効範囲』の話にゃんだが…… 『5m』って、まじでか」
「うん、まじ」
ほぅ…………… うん…………………………。 うん? ……… あれ?
え…… えぇぇぇーーーーー!!!?
「ぃ…… いやいやいやいやいや! それはいかんだろう~~~!!? もうワガハイ、プライバシーとか一切ないではにゃいかぁ!!!」
「御愁傷様でございます」
櫻子が非情に かつ非常に美しい姿勢で、ワガハイに向かって丁寧にお辞儀をしておる。
うん、なかなかに良い所作だにゃ…… って いやいやいや、お辞儀されても。
「因みにですが、対象が見知った個体である場合、その『存在』だけを感知するのでしたら、範囲は約10倍――― 50m程にまで拡がりますわよ♪」
始めはこの固有の異能について、まるで『厄介な長年の悩み』のように話していた櫻子であったのだが―――
ワガハイが苦悶し動揺する様子に気を良くしたのか、今は少し得意気な口調になってきておる。
何だコイツ。
「おい、オマエ…… やけに楽しそうではにゃいか」
「まさか、とんでもございませんわ。 だって、家族で集っている時など 常に玉さまの面妖しな思考が、もうそれこそ止め処もなく 不躾に流れ込んでくるんですのよ?」
櫻子はそう言うと、「やれやれ」とでも言わんばかりの 少し大袈裟な溜め息をつき、首をふるふると横に振ったりなどしている。
くそ…… 櫻子め、さっきからなんかやっぱり腹立つんだよにゃあ その態度。
いや、それにしてもだ―――
「え、だがそれってつまり 食事の時にゃんかも…… 」
「ええ、『塩辛が旨い』だの『舌を火傷した』だの『魚の鱗が喉に貼り付いた』だの…… とにかくそうした いろいろな しょうもないお言葉は、全部聞こえてますわ」
「じゃあ、風呂の時とかも…… 」
「ワタクシがちょうど玉さまのお部屋の近くにいる時などでしたら、どこを洗っておられるのかも明確に。 やだもぅ、気持ち悪い…… おぇ」
「まさか、寝てる時とかは…… 」
「どんな夢をご覧になっているかも解っちゃってますわよ? 残念ながら『SOUND ONLY』ですが」
「あの…… それっていつから………… 」
「ワタクシが生まれてからずっとですので…… もうかれこれ16年?」
ちーーーん…… 終わったにゃー。
「 …… って、まーじーでーかーーーーー!!? え、いゃだから…… てか、そそ… そういうのオマエ、もっと早く申告しろよにゃー!!!?」
「えーっと? いえ…… こちらは別に、さほど気にもならなくなりましたので。 何しろワタクシが生まれてから もうずっとですし。 すっかり慣れちゃいましたわ。 てへ☆」
「こっちが気にするんだにゃ!!! てか、『てへ☆』言うにゃ! もー、このー…… あほー……………… ぐじゅ」
はぁ…… もう、ただっただ ひたすらに泣けてくるにゃ……。
うーん…… しかし、さすがのワガハイでも ちょっとすぐには立ち直る自信がにゃい……。
ん? いや まさかこの事…… 槍慈のヤツも把握しておった…… などということはあるまいにゃ―――
え、いやちょっと待て…… この家で知らんかったのが そもそも当事者であるワガハイだけ…… とかだったりしたらどうしよう―――
いやいやいやいや、さーすーがーにーにゃー!?
……………………………… にゃ?
んーーーーー、うん さすがにそれは…… にゃい…… はずだ。
「えーっと、玉さま、そのことなのですが…… 」
「待て! 何も言うにゃ!!」
「は、はぁ…… 」
よし、それについては考えまい。
もしも万が一、そんな事実まで発覚してしまったら―――
もう今にもワガハイ、ポッキリと折れてしまいそうだしにゃ。
いやしかし、それにしてもだ…… 4000年以上も生きておって、恐らくは生涯一番と言って良い程の衝撃であった。
トラウマなどを通り越して、もう精神汚染レベルの重大な傷害を負ったぞ―――
そう、精神の深ぁぁぁい部分ににゃ。
ふん…… 全く、なかなかやるではにゃいか。
この貧相な東洋の小娘めがぁーーー!
――― びしぃっ!
な、なにゃ!?
「はぁ? 今、いったい何を考えやがりましたの? このド腐れ小動物は…… 」
「あ… いかん、また余計なことを心の中で口走ってしまったにゃあ――― ごめんにゃさい…… 」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
【 一掬 ❁ 同刻譚 】
同刻、櫛名田邸内 洋館2階 桐子の部屋―――
コンコン(ノック音)
龍岡 「桐子お嬢様、居られますか? 紅茶をお持ちしました」
桐子 「ふにゅ…… あ、はぁーーーいぃ。 入っていぃよぉー 」
龍岡 「失礼します。 おや…… これは申し訳ございません、お休みでしたか」
桐子 「うん、でもなんか お部屋がピシーってなってて寝にくかったからいいんだー 」
龍岡 「ほぅ、周囲に何か違和感を感じておられたのですね?」
桐子 「それはわかるよー。 だってぇ、耳の中がこんなにギューってなればさー。 櫻姉さまだよねー、コレ」
龍岡 「成る程、これは驚きました…… 流石でございますね、桐子お嬢様。 展開元の当事者までお解りとは」
桐子 「えー? だって櫻姉さまのカンジだし…… あ、玉先生も? なにしてアソんでるのかなぁー?」
龍岡 「遊び……。 はは、いや確かに そうかもしれませんな。 はい、言い得て妙です」
桐子 「どんなだったか、あとで柏ちゃんに聞こぉーっと。 それより今日の紅茶のメイガラはなぁにー?」
龍岡 「え? あ、は…… はい。 えーーー、ドイツから今朝届きました ロンネフェルトです、桐子お嬢様」
桐子 「いいかおりだねー! 龍岡さん、いつもありがとー 」
龍岡 「いえ、どう致しまして――― 」
(これはこれは…… 柏子様が向こうに居られることを、既に感覚で察知なされているということか? いや、さすがに驚いた…… と言うより、少しばかり狼狽えてしまいましたよ、このワタシが…… )
龍岡 「ふふ…… 」
桐子 「ん? えへへー。 ……………… ???」