玉依の概説 plus 櫻子 × 零
ワレワレは――― 概ね 宇宙人だ。
『宇宙人』などという呼称は あまりにも漠とし過ぎており、ワレワレからすれば甚だ不明瞭 かつ意味不明ですらあって、正に噴飯ものの表現ではあるのだが―――
今の地球星人には、まだこの方が端的で解り易いであろうと思い、敢えてこの語を用いておく。
また、ワガハイの方も『概ね』などという煮え切らない副詞をつけて言い切りを避けた理由は主に2つ。
まずは1つめの理由――― 現在、この屋敷の中には 目視可能な程度の体躯と質量を有する動的生命体が、使用人たちを除いては 全部で9体 棲み着いておるのであるが、その全てが 所謂『宇宙人』という訳ではないからだ。
コイツら――― いや、ワガハイも含めてであるから…… そう、ワレらは『櫛名田の一族』である。
当 櫛名田家は、都内某区を東西に走る私鉄の沿線―――
その中の『神在町駅』より徒歩10分程の場所に居を構える一族で、此処いら辺りでは『旧家』として 多少名が知られておる。
何しろ、ワレらがこの地に棲み着いてから およそ450年程にもなるのであるからして、短命な地球星人たちの尺度からすると、まぁ なかなかのものであろう。
そんな櫛名田の一族のうち、1体は間違いなく純度100%の宇宙人である。
それがワガハイの長年の…… そして恐らくは永年の相棒だ。
しかし別の1体、その相棒の息子にあたるモノなのであるが―――
ソイツは何というか、この星の人間とのハイブリッド…… つまり『ハーフ』と言えば解り良いだろうか。
そして、その子供ら4体が更なるハイブリッド…… 最近はそういうのを『クォーター』とか呼称するのであったか。
因みにソイツら4人は、この星の基準でいうところの『未成年』であるため、それぞれの年齢に応じ、この島国の教育機関に日々足繁く通っておる。
そして更に別の2体――― 彼女らは、ワガハイの相棒と その息子の配偶者たちなのであるが、もともとが宇宙人ではなく、一応この星の人間だ。
まぁ、月の裏側で諸々の生体強化や遺伝子の多重化構造改変等の施術を受けておるので、それでもワレワレ程の寿命や身体能力は見込めないにせよ、恐らくあと5000年や6000年は 共に生きていけるであろう。
また、彼女らは甚だ特異な精神構造の持ち主らであるからして…… いや、あくまでも『良い意味で』なのだが、ワレワレも最早、アイツらを「地球星人だ」などとは全く思っておらん。
まぁ、相当に面妖しなヤツらなのだが…… 子供らにとっては、捌けた良い母親をやっておるのではないかと思う。
異能の使い方も、なかなか巧くなってきたようだしな。
さて、多少話が逸れたが…… そう、『概ね』などとして言い切らなかった2つめの理由。
それは他でもない、このワガハイが 宇宙人ではないからである。
現在の名を玉依と発する、漆黒の毛艶も見目麗しいこのワガハイであるが―――
いやさ言うに及ばず、勿論 異星系由来の希有な高等生命体である。
そうであるには違いないのだが―――
まぁ何だ、ワガハイはその…… 所謂この星の生物的分類でいうところの…… “CAT”―――
つまりはそう、『猫』という生き物に近しい形状や生態であるらしいからなのだ。
従って、宇宙人ではなく、宇宙猫…… ということにでもなろうかにゃ。
◇
そんなワレワレ――― 櫛名田の一族であるが、中でも最古参は、やはりこのワガハイということになる。
この星に来て、もうかれこれ3000年近い時が流れた。
初めの頃は 独りエジプト辺りで暮らしており、その後 今で言うところのインドや中国などにあたる地での使命を逐次全うしながら、およそ東向きにこの星を順繰りと巡り周り―――
そして今から450年程前に、この『東方の島国』での暮らしが始まった。
それまではずっと単独で行動しておったワガハイが、初めて別の個体――― そう、先程言った 今の相棒と協力関係を結ぶことになったのも、この時からであるにゃ。
ワレらは、それぞれの時代の様々な場所で、自らに課せられた行うべき事…… 謂わば『使命』を、都度粛々とこなしてきた訳であるのだが―――
そうした各々の詳細はひとまず割愛するとしても、まず大前提となる『日々の暮らし』の基本スタンスは、とにかく『出来得る限り周囲に融け込み 普通に暮らす』ということであった。
言い換えると、要はまず『宇宙人だとバレないこと』が第一義であり、あとは『異能をやたらと不用意に使うな』、『抜け駆けはしてくれるな』…… といったような感じであろうかにゃ。
それはまぁ当然の話で、ワレワレの持つ あらゆる方面や意味での『チカラ』は、この星にとって 未だ影響力があり過ぎるのだ。
それ故に…… 政治や経済、テクノロジーの発展や種の進化、そして何より『精神の次元昇華』等々―――
まぁそういった、この星の大局的独自性とその成長過程に、むやみやたらと干渉するのは至極マナー違反…… いや、全宇宙に仮棲まう全てのモノたちにとって、共通の『禁忌』なのである――― 今の時代はにゃ。
そのことは、ワレら櫛名田に限らず、殆どの『宇宙人』たちにとって、今や共通の基本理念であると認識しておる。
であるからして、ワレらが濫りにそうしたチカラを行使することは、基本的にはにゃいし、あまり表立った活動を積極的に行うこともにゃい。
但し、ワレワレが『使命』と定める事柄を、遅滞遺漏なく円滑に遂行する上で、何らかの障害となり得る懸念や事象が発生した場合には、勿論 適宜効果的にそれを行使する。
また万が一、『ワレらが目立たず普通に暮らしていくこと』に対し、それを微塵でも妨げるような 何かしらの事態が発生した場合には―――
如何なる手段やチカラの行使をも辞さず、可及的速やかに解決し沈静化させ、そしてその後は全力でもって、それら案件の隠蔽化を図る―――
そうしたスタンスを旨としておるんだにゃ。
そして、そんなワレらの現在の『使命』―――
それは、今 棲んでおるこの地…… 広さにして約1500坪程の この屋敷地の範囲を、ある幾つかの理由により、ただひたすらに『絶対死守』することなのである。
ワレらが棲まうこのエリアは、上空から地中深くに至るまで、この地球上で唯一無二の、『絶対的不可侵聖域 < Absolutely inviolable sanctuary > 』であると、強く認識されたい。
であるからして、この地がほんの僅かでも侵されるような事象が発現・出来した場合には、その元凶が何モノであろうと…… 例えそれが、地震や台風などの自然現象であったとしても―――
ワレらは如何なる犠牲をも厭わず あらゆる手段を講じ、自らの持つ『チカラ』の全てを行使する。
それにより、例え個々の命や、場合によってはワレら一族の存亡までをも脅かす事態になろうとも…… そのような些事は鴻毛よりも軽しとする覚悟である。
またもし仮に、この『聖域』を無事護り抜くことと引き換えに、今やワレらとて多少の愛着さえ感じ始めている この美しい『東方の島国』を、例え悉く滅ぼしてしまうことになるのだとしても―――
手段が他ににゃいとするならば、ワレらはその方策を躊躇なく選択するであろう。
それ程に、この場所を護り抜くことは、今のワレワレにとっての『全て』であり、そしてともすれば『全宇宙の希望』となるのかも知れないのであるにゃ。
但しこれは 多少開き直って言えば、ワレらだけの勝手な理屈であり、単なるエゴでしかにゃいのかも知れん。
で あるからして、他勢力や現地民である地球星人たちにとっては、今はまだ 全くもって理解不能な、到底受け入れ難い事柄であるのかも知れにゃい。
だがしかし、ワレらにはワレらなりの『理』があり、それが唯一正しい道であると信じて、この地を長年 護り続けておるのであるにゃ。
まぁワレらとて、所詮は自分たちの萎縮した了見に阻まれた、狭量かつ頑なな世界の中で、日々懸命に足掻きにゃがら生きておるに過ぎん。
そしてまた いつの日にか突然、何らかの危機的状況に直面したとしても―――
その時、自分や 自分に近しい目の前の数少ないモノだけを、漸くにして何とか護り切れるかどうか……。
そう…… 大局からすればワレらとて、その程度の僅かなチカラしか持ち合わせてはおらんのだ。
宇宙人だ何だと言ったところで 独りひとりを顧みてみれば、所詮はそんな本当に情けない『小っぽけな個の存在』に過ぎないので… あるにゃ………。
◇
「えーっと…… あのー、玉さま?」
「な…… なにゃ!?」
「大層なご高説を、ご満悦の表情で宣わられ中に 大変申し訳ないのですが…… 少し宜しいでしょうか?」
突然の、背後仰角からの不吉な声に 慌てて部屋の入り口の方を向くと、声の主はワガハイの声色を真似るように続けて言う。
「えー、こほん…… 『過ぎないので… あるにゃ……… 』 じゃないですし。 で、先程からワタクシのお部屋で いったい何を?」
そこには この家の長女、『クォーター宇宙人』の一人である櫻子が、まるで白磁で作られた能面のように無機質な笑顔を浮かべ、小首を傾げるようにして立っておった。
これは正直、非常にマズい。
ワガハイとしたことが、すっかり思索の深みに嵌まり込んでしまっておる間に―――
既に この部屋の物質的施錠は元より、それどころか部屋中に 強力かつ極薄の多層異次元膜からなる位相結界までが、コヤツの手によって幾重にも厚く張り巡らされておる。
これでは外のヤツらに思念を飛ばして助けを求めることも出来ん。
こいつは相当に、キケンがアブナイ状況だにゃ……。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
【 一掬 ❁ 同刻譚 】
同刻、櫛名田邸内 洋館1階 喫茶室―――
柏子 「槍爺 部屋にいたら なんかミシってなった」
槍慈 「ええ、この波動は どうやら櫻子さんですかねぇ。 お相手は例によって玉依さんですか…… 毎度よく飽きませんねぇ。 それにしても柏子さん、よく気付かれましたねぇ。 で、桐子ちゃんは?」
柏子 「桐姉は寝てる ねぇ 玉先と櫻姐の二人 大丈夫?」
槍慈 「うーん、今回はちょっと…… アレかもしれませんねぇ。 やれやれ、一応見に行っておきますか」
柏子 「へぇ 槍爺がわざわざ行くんだ 『アレ』って 結構ヤバいやつ?」
槍慈 「そうですねぇ…… 事と次第によっては、なかなかどうしてですかねぇ」
柏子 「槍爺 アタシが言うのもなんだけど…… コトバ わかりづらいよ」




