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旧家 ❀ 櫛名田一族の聖域  作者: 漣 ✾ 黒猫堂
『序』 chapter 001
4/40

一族の団欒 and 序幕 × 參



 此処(ここ)櫛名田(くしなだ)邸内の洋館2階―――

 建物の南西側にある『前中庭(まえなかにわ)』を見下ろせる一室。

 部屋の片側一面が全て窓として(しつら)えられており、外からの光が部屋中を(まばゆ)く照らす、一族だけの(いこ)いの空間である。


 時刻は午後4時を少しまわったところで、執事の龍岡(たつおか)や家政婦長の鷺山さぎやまが、テーブル上に置かれた幾つもの燭台(しょくだい)に次々と小さな炎を灯していき、また 天井から吊られた3基のシャンデリアも、落ち着いたきらめきの光を放ちはじめた。


 つどいの冒頭で 三女の柏子(かしわこ)が提供してきた『宇宙話(うちゅうばなし)』を、事あるごとに両親や玉依たまよりたちに脱線させられているのだが…… 長男の弓弦(ゆづる)は、その都度(つど) 懸命に話を引き戻してやっている。



 ◇



「でも考えてみれば確かに、この家に生まれてきたせいか『宇宙』なんて聞いても、今までは特に これといった興味を感じたこともなかったのだけれど――― 桐子(きりこ)ちゃんや柏子(かしわこ)さんたちのおかげで、どうやらボクも ほんの少し(・・・・・)だけ…… 何というか、好奇心のようなもの(・・・・・)が湧いてきた気がする(・・・・)よ」


 弓弦ゆづるの言葉は相当に曖昧あいまいで、実際にはさほどに興味を持った様子でもなかったのであるが、それでも桐子きりこは嬉しかったようで―――


「わー、弓弦ユヅル兄さま ありがとー! いつか一緒に行こうねーーー!」


「へえ しかたない じゃアタシも」


「え……? あ、あの――― ではワタクシも…… 」


 弓弦(ゆづる)に普段からなついている桐子(きりこ)柏子(かしわこ)はすぐに同調し、相槌(あいづち)をうつ。

 長女の櫻子(さくらこ)は、盲愛(もうあい)する妹たちと とにかく一緒にいたいようで、(あわ)てて追随(ついずい)した。


 弓弦(ゆづる)の性格は非常に真っ直ぐで、かつ感受性も高く正直―――

 そういう面だけで言うと、三姉妹の中では特に次女の桐子(きりこ)が 最もいろいろと共感できるところが多いのかもしれない。


 先程からその桐子(きりこ)が、「そーだよねーー、えへへー 」などと言いながら、弓弦(ゆづる)の方を見て満面の笑みだ。


「えっと…… 桐子(きりこ)ちゃん? 手に持ってるスコーンから、お(ひざ)の上に蜂蜜(はちみつ)が ものすごくたくさん垂れてしまっているようなのだけれど…… 」


「うぁ゛ーーー!!?」


 すかさず櫻子(さくらこ)が、「あらあら…… 」などと言いながら世話を焼き始める。


「それにしても、宇宙…… か―――。 そうだ、ボクらもせっかく『宇宙人』なんていう特異な立ち位置に身を置いているのだから、例えば何か この家の日常をモチーフにして、桐子(きりこ)ちゃんや柏子(かしわこ)さんたちが喜ぶような、ちょっとした『物語』を作ってみたりできないかな」


「わー、弓弦ユヅル兄さま、なんかそれ面白そーーー!」


「斜め上をいく着想 やるな弓弦ゆづにい


 弓弦(ゆづる)の思い付きに、双子(キリかし)たちは両名とも興味津々(きょうみしんしん)で賛同のようだが―――

 結局、柏子(かしわこ)は終始一度も手元から目線を上げず、指先以外は微動だにしなかった。

 しかしこれでも本人は一応、家族たちとは存分に団欒だんらんしているつもりであるし、また弓弦ゆづるにも最上級の賛辞を送ったつもりでいる。



「ほう、そういうことならこのワガハイが、その話の(かた)()となってやろう」


 と、玉依(たまより)が表舞台に戻ってくると必ず―――


「はぁぁぁ…… まったく。 いいえ、(たま)さまが進行役などをおやりになると、せっかくのお話が またものすごく(・・・・・)長くなってしまいそうですから…… 却下(きゃっか)ですわ」


 あんじょう櫻子(さくらこ)が口を差し挟んでくる。


「だが オマエらがやろうとしたところで、例えば一族の成り立ちなどの話になると、所詮(しょせん)はワガハイからの聞き(かじ)りの説明になってしまうのであろうが」


「それは――― まぁ確かに。 はぁ…… では仕方がありませんからこう致しましょう。 (たま)さまが語り始めてもお話が長くなり過ぎないようルールを定めます。 例えば そうですわね…… 一話分の説明的前置きは400字詰め原稿用紙1枚以内とし、時候(じこう)のご挨拶などは極力(はぶ)くこと。 また、内容自体も要点のみを箇条書きで…… 」


「箇条書きって…… どっかの稟議書(りんぎしょ)か何かかよ。 オマエ、馬鹿(ばか)なのか?」


「はぁ? やりますの この老害(ろうがい)


「ほらほら櫻子(さくらこ)ちゃん、言葉遣いが乱れてますよー。 それに(たま)ちゃんをいじめる時は、ちゃーんと この瑞穂(みずほ)さんを通してねぇー 」


瑞穂(みずほ)…… だからオマエはワガハイの何なのだ? てか、『話さえ通せば可』みたいに言うなよ」



「えー…… ではワタシから、ちょっとよろしいですかな? それで、その物語の『主役(・・)』は、一体誰がつとめるのです?」


 ここで(ようや)く これまで口数の少なかった、弓弦ゆづる櫻子さくらこたちの祖父である槍慈(そうじ)が軌道修正を入れ始める。


 恐らく、一昨年から屋敷の1階に趣味で(もう)けている喫茶室 < 副伯(ふくはく)・Viscount > の夜の準備があるため、そろそろ話をまとめてしまいたいのだろう。


「主役と言えば、一族の最年長者であり かつマスコット的存在でもある、この見目麗(みめうるわ)しいワガハイしかおら…… 」


却下(きゃっか)ですわー 」


 これには櫻子(さくらこ)のみならず、同様の声があちこちからいた。


「それにしてもよぉ、(たま)さんが話の進行とかし始めると、序盤(のっけ)からどうにも重ったりぃことになりそうだなぁ。 ここんとこ オレもそこそこ忙しいからよ、まぁ 適当にサクッとしたやつで頼むわ」


「ほんまや、(タマ)やんがストーリーテラーやなんて、読むん めっちゃしんどなりそ…… たっるいのとか (かな)んわぁー 」


「ワタクシは、序盤(じょばん)の長そうなあたりは全てすっ飛ばす方向で読ませていただきますわ」


「オマエら…… よし、始めのワガハイの知性(あふ)れる美しい『語り』を読み飛ばすと、(あと)が全く解らなくなるような構成にしてやる」


却下(きゃーっか)ぁ 」


 そして皆が笑い、玉依(たまより)もつられて笑う。


「ボクはちゃんと全部読むよ。 本って、どうも隅々(すみずみ)まで目を通さないと気が済まなくてね」


「あぁ、お兄さまは そういう性格ですわよね」


「でも、(たま)先生の長話ながばなしは勘弁だなぁ……。 あ、それなら――― ボクはいっそ、(はな)から全く読まないという手はあるかも」


 真面目で優しく、そして細やかな配慮ができる弓弦(ゆづる)の 別の角度の一面がこういったところで―――

 何でも如才(じょさい)なく 物事をきっちりと丁寧(ていねい)にこなす反面、そもそも面倒そうなことには 始めから一切関わろうとしないという、至極(しごく)ドライな部分も(あわ)せ持った性格なのである。


「いやいやいや、発案者のオマエだけは死んでも読めよ」


「うーん…… でもそうなると、(たま)先生は残念ながら お独りだけ強制不参加ということに…… 」


「何でだよ。 自動的に『ボッチ決定』みたいに言うな」


 玉依(たまより)は、この一家の最年長者である割に、家族からは大概(たいがい)こんな扱いである。

 しかし、4000年以上も生きているせいかどうかは解らないが、打たれ強さや立ち直りの早さには定評があった。


 いやしかし…… 玉依(たまより)が、およそ450年前に本国の命令で槍慈(そうじ)と この『東方の島国』において合流し、今の一族を(きず)き上げる 更にずっと以前―――

 実に2500年以上もの間、この地球上の各地を彼はたった独りで渡り歩いてきたのだ。


 そんな彼にとって、『家族』と呼べる者たちの間に身を置いていられる喜びは、外から垣間(かいま)見られるところからだけでは とても(うかが)い知ることができないものなのであろう。


 今のこの時間と この場所は、長年の間に(かわ)剥離片立(ささくれだ)った彼の心を(いや)し、浸々(ひたひた)(うるお)し満たしているのかもしれない。



「えー、ところで先程も(うかが)ったのですが…… 結局 主役はどなたが?」


 槍慈(そうじ)が「やれやれ」といった表情で、改めて(たず)ねる。

 それに対し―――


「主役は、今 此処(ここ)にいる家族(みんな)…… かな」


「まぁ…… いつもならお静かで、どちらかと言うと『我関せず』のお兄さまにしては、今日は大胆発言の連発ですわね」


「でも、それはなかなかに えぇんとちゃう? ウチら一人一人が、いろんな物語(はなし)ごとにメインの入れ替わりで――― それぞれ、やりたいことや得意なことを前面に押し出して存分に暴れ倒せば、きっとおもろい話が よぅさん作れると思うわぁ」


「まぁ、暴れ倒す(・・・・)かどうかはともかく――― では取り敢えず、『持ちまわりで(みーんな)が主役』…… それで決まりですわね!」


「ぱち ぱち ぱち…… 」


(カシワ)ちゃん、ハクシュするなら ちゃんとは手でやってよねー 」


 双子(キリかし)たちが隅の方でボソボソといつものようにやっているのを横目に、刀眞(とうま)が肝心なことを問う。


「で? その『物語(はなし)』ってぇのは、一体誰が書くんだ?」


「 …………………………。」


 刀眞(とうま)の言葉に、一瞬 室内を静寂が覆いかけるが―――


「申し訳ないのだけれど、ボクは何かと忙しいので遠慮させてもらうね」


「あっはぁー、出たでこれ…… 弓弦(ユヅル)くんてば 逃げんの(はぁや)っ!」


「おい弓弦(ゆづる)、そもそもオマエの発案だろうが」


「あはは、すみません。 でもボクにはたぶん向いてませんし。 で…… (たま)先生、どなたかそういうことを(うま)くやってくれそうな方、ご存じないですか?」


「うーん、物書きが出来そうなヤツか……。 まぁ、あまり自信はないが…… 取り敢えず 適当にあたってはみよう」


「え゛…… (タマ)やんが探すん? ほんまに大丈夫かいな……。 その『作者』ゆうんが、例えばアンタと同類みたいな感じお(ひと)にでもなってもうたら…… たぶん話の冒頭だけで(だぁれ)も よう読まん、えっぐい話んなってまうでぇ?」


「失礼なヤツめ、えぐい話になどならんわ。 まぁ…… とは言えだ、もしもワガハイが選んできたモノの仕事に何かしらのさわりがあった場合には、替わりにこのワガハイが責任を取って直々(じきじき)に書いてやっても良いぞ? うん、それなら安心だな!」


「いやいやいやいや…… 急に何をのたまっておられるのかしら? この おたんちん(・・・・・)さんは。 『(たま)さまに似たような方だと困る』というお話をしておりますのに、悪の権化(ごんげ)であるご本尊(ほんぞん)自体が登場してしまって どうなさるんですの?」


「だから櫻子(さくらこ)、言い方な。 ふん… 悪魔(アクマ)だか(ほとけ)だかよく解らん表現をしおって。 まぁ案ずるな、きっと良い書き手を ワガハイがきっちりと探し出してきてやろう程に。 そう、ワガハイのように知的で聡明で…… そして愉快痛快ゆかいつうかい 珍妙(ちんみょう)奇天烈きてれつな持ち味を有する逸材(いつざい)をな」


「珍妙……? いえ、そういった向きは まったく(もっ)て不要なのですが。 はぁ…… まったく、偏屈爺へんくつじじぃの世迷言よまいごとは 相変わらず意味不明(イミフ)で困りますわ」


「えぇっと…… それよりも、何故なぜだかどんどん『(たま)先生に似た人』が書くこと前提で話が進んでしまっているような気がするのだけれど――― それって何か…… 本当に大丈夫なのかな?」


「もう、(いや)な予感しか致しませんわね…… 」



 ◇



 『櫛名田(くしなだ)家』の一族の皆を主役として展開されることとなったこの物語―――

 正直、(はなし)自体の内容以前に、そもそもの仕組みとしておおいに不安材料を抱えた、前途多難な門出(かどで)となってしまった。


 ただでさえ寿命の長い彼らにとって、今回のこの折角(せっかく)の幸せな目論見(もくろみ)が、ほんの一瞬の出来事として終わってしまわないよう―――

 そして少しでも、彼らの活躍に(むく)いることができるよう……。


 このたび玉依(たまより)見出(みいだ)された()としては 最大限の努力とともに、なるべく息の長い作品として仕上げられるよう、我が事ながら せつに祈らずにはいられない。



 櫛名田(くしなだ)邸の 今の時刻は午後5時。


 皆、蝋燭(ろうそく)の匂いが(かす)かに残る、この『北東(ほくとう)()』を(あと)にし―――

 執事に伴われて、夕食(ディナー)の支度が整った『小食堂しょうしょくどう』へと向かって行った。





 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





一掬いっきく後日ごじつたん



 後日、櫛名田(くしなだ)邸内 洋館1階 小食堂の間 前室―――


櫻子さくらこ 「ねぇねぇ お兄さま、ご覧になって。 この方が『作者』をやってくださることになった、さざなみ 黒猫堂くろねこどうさん…… だそうですわよ?」


弓弦ゆづる 「へぇ 履歴書か、どれどれ? え…… いや、なんか本当に『ただのネコ』なのだけれど…… 」


櫻子 「お写真を拝見する限り… そう… ですわよねぇ……。 なんだか、『なめ猫』の免許証みたいですわね」


弓弦 「えっと、櫻子さくらこ? その… キミって本当に…… いや、何でもないよ」


櫻子 「 ……? まぁ、たまさまが探してこられた方なのですから、自然と言えば…… 自然?」


弓弦 「うーん…… というかさ、『たま先生に似る』って、こういう話だったのかな?」


櫻子 「これはこれで、やっぱり不安しかありませんわね…… 」






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[良い点] 〝お屋敷好き〟としては、サンルームがあったり趣味でやれる喫茶室があったりする豪邸って憧れます。
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