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旧家 ❀ 櫛名田一族の聖域  作者: 漣 ✾ 黒猫堂
『生』 chapter 009
38/40

弓弦の葛藤 with 春日 × 零



 此処ここは、かつて皇族や華族、そして一部財閥などの令息令嬢たちが通った、宮内省外局の教育機関『国立 學士院』を前進とする、私立 學士院大学―――

 その付属高等科校舎内の3階、櫛名田(くしなだ) 弓弦ゆづる天児(あまこ) 春日はるひらが席を置く3年の教室、その後部窓側付近―――



春日はるひ 「ごきげんよう 弓弦(ゆづる)…… てかアンタ、何 ボーっとしてんのよ」


弓弦ゆづる 「やぁ 春日(はるひ)、ご機嫌よう。 今日も綺麗だね」


春日 「 ―――――!!! は… はぁあ!? ア アンタ、な なな… 何を急に、わけのわっかんないこと言ってんのよ… ぉぉお おちょくってんの!!?」


弓弦 「まさか、そんなわけないよ。 いやぁ 春日(はるひ)ってさ、相変わらず言葉遣いは どうしようもないけど、所作(しょさ)身嗜(みだしな)だけ(・・)は、いつも(りん)としていて綺麗だなと思って」


春日 「ねぇ、弓弦(ゆづる)ぅ…… アンタってば、本当(ほんっと)に…… 」


弓弦 「それにボクは、それほど『ボーっと』なんかしてはいないつもりなのだけれど」


春日 「コッチはそう見えたから、そうだって言ってんのよ。 まったく…… いつもながら何を考えてるんだか、さっぱり解らないわ」


弓弦 「うーん、成る程なぁ」


春日 「何が『なるほど』なのよ?」


弓弦 「いや 逆にさ、ボクが『何を考えているのか』が他の誰かに解ってしまったりしたら、それはそれで怖いだろうなぁと思って」


春日 「いや だから、そういうことを言ってんじゃぁないのよ」


「それにさぁ――― 」


春日 「人の話、聞きなさいよ」


弓弦 「 ――― もしも、ボクがやたらと(けわ)しい…… 怖い表情をしていたり、(ある)いは半笑いだったりしていても、それはそれで春日(はるひ)たちに心配をかけてしまうだろうしね」


春日 「だーかーらぁ! そういうことを言ってんじゃぁないっつってんのよ!」


弓弦 「 ―――――― ?」


春日 「いやいや…… も なんなのよ、その『純粋にわけが解りません』みたいな顔は……。 不気味に澄みきった()でコッチ見てんじゃないわよ。 (はた)から見たら、まるでアタシがおかしいみたいな感じになっちゃうでしょう!?」



紀理江きりえ 「ぁあ ぁの…… ごご… ごきげんよう、天児(あまこ)会長に… その、ゅ… 弓弦(ゆづる)さん……。 お取り込み中 すみません…… 」


速彦はやひこ 「おっはよぅさ~ん」


弓弦 「やぁ、速彦はやひこ紀理江きりえちゃんか、ご機嫌よう。 新旧の書記がおそろいだね」


速彦 「おぅよ! 何しろ八上やがみちゃんは、ウチの部 期待の新人でもあるからなぁ。 常に(・・)傍近そばちかくから こっそりと(・・・・・)見守り、そして何かあった時には 偶然をよそお颯爽さっそうと登場! そして さり気な~くフォローなんかもしたりしつつ、広く浅~く恩を売り…… 絶対に逃げられんようにしておかないといかん! …… とまぁ、そういった次第だ」


紀理江 「ぇ… ぇえーーー…… 」


春日 「いや、何が『そういった次第だ』よ…… アンタそれって、取り敢えず本人の前で言っちゃダメなやつでしょうが。 あと たぶんその行い、あらゆるハラスメント的に完全アウトだからね」


速彦 「お、そかぁ? たくぅ… 近頃はどうも、世知(せち)(がら)い世の中になっちまったもんだなぁ…… 桑原桑原(くわばらくわばら)~っと。 ほんじゃま、適当に気ぃ付けるわ~ 」


春日 「アンタ、いったいいつの時代の人間よ。 てか、本人にもバレたんだから もうやめなさいよ、この変態」


速彦 「はぃは~い。 と… いやぁ、それよりもだ……。 お二人さんは今日も朝から、相っ変わらず犬も食わない痴話喧嘩ちわげんかですかい?」


春日 「ねぇ… 秋津あきつ 速彦はやひこぉ。 そのがたく無作法で無遠慮なアンタのそのくち…… アタシの愛刀一閃(いっせん)で華麗にね跳ばし、二度と開かないようにしてあげましょうか?」


弓弦 「あはは! でもさぁ春日はるひね跳ばしちゃったら開かないどころか、たぶんずっと開いたままになってしまって――― 」


春日 「だからまたアンタはぁ……。 そういうことを言ってんじゃあないのよ。 あと、紀理江きりえ () 書記!」


紀理江 「え? ひゃ… ひゃいぃぃい!? ゎゎ… 私ですかぁ!?」


春日 「アタシはすでに任期を終えて お役御免の身なんだから、もう『会長』呼ばわりするんじゃあないの、わかった?」


紀理江 「は はいぃ… すみませぇん。 ぇと… 天児あまこ…… せ 先輩?」


春日 「はぁ…… いい加減 付き合いもそこそこ長いんだし、『春日はるひ』でいいわよ。 ま、今更って感じではあるけど、『会長』の呼称も取れたことだしね」


紀理江 「はいぃ、有難うございますぅ。 ぇと…… 春日はるひ先輩ぃ」


春日 「ん、よろしい」


弓弦 「あはは、ところで紀理江きりえちゃん、こんな朝から3年の教室まで…… 何か用事だった?」


紀理江 「あ… はいぃ、その… 実は私…… 先輩方の卒アル用に、いろいろと写真を撮りためておく…… 係? みたいなのに なってしまっておりましてぇ…… 」


弓弦 「ああ、それも写真部の大事な仕事のひとつだったね。 そうか、それで()部長の速彦はやひこと一緒にあちこちまわってるんだね」


速彦 「そそ、()部長の権限で俺が一任したんだぁ。 ふ… これで晴れて、八上やがみちゃんとオフィシャルに二人一組(ツーマンセル)で、校内を徘徊はいかいできるってぇ寸法だ」


春日 「だから秋津あきつ…… そういう下心を本人の前で明かすなっつってんのよ。 だいたい もう部長じゃないんだから、楽隠居(ロートル)は サクっとすっこんどきなさいよ。 てかアンタ…… まさか、さっきのアタシたちのツーショットとかも撮ってんじゃないでしょうね!?」


速彦 「あはっ、もちろん撮ったさぁ! 全校で知らぬ者のいない 仲睦なかむつまじき長年の連れ合いどうしが、今日も今日とて朝から愛を語り合う……。 そ~んな、青春の1ページを…… んね!」


春日 「ちょ!? な なな… 何言ってんのよアンタ、脳になんか()いてんじゃないの!? てか、何が『愛』よ…… さっきは『痴話喧嘩ちわげんか』とか言ってたくせに!」


速彦 「ほっほぉ~う? では、『痴話喧嘩ちわげんか』であることは認めるんだな?」


春日 「 ―――! ぅぅう… うっさい、このバカ秋津(あきつ)! もう黙りなさいよ! アンタ、今度 なますに斬り刻んで、校舎裏の『血洗いの池』に沈めてやるんだからね!!?」


弓弦 「あはは、速彦(はやひこ)はなんて言うか、相変わらず春日はるひとの相性が絶妙だね」


速彦 「いやいや弓弦ゆづる…… こっちは今、お前らの方の相性をいじくってやってるつもりなんだが」


紀理江 「はゎゎわ…… では、弓弦ゆづるさんに… ぇと、は 春日はるひ先輩のお二人って、やっぱりぃぃぃ…… 」


春日 「紀理江きりえ、アンタはいちいちに受けなくていいから」


速彦 「おっとそうだ! 俺たちは、こんなしょ~もないことに付き合ってる暇などなかったんだ」


春日 「いや…… この『しょうもない』話をき付けたのって、全部アンタが()ったマッチなんだけど?」


速彦 「おぉっと、そりゃあ やっベ~なぁ。 んじゃ早々に、(みずか)らが()いた不審火は 自前のポンプで消してしまわないと!」


春日 「コイツ今、『不審火マッチポンプ』だって自分で認めたわよ」


速彦 「今から俺たちは () 生徒会長んとこに行って、来期の部費増額の交渉をしてくるんだ。 そんじゃ お二人さん、またあとでな~!」


春日 「へぇ、宗像(むなかた)君のところに…… てか、アンタはもう二度と来んな」


紀理江 「はゎゎわ…… そ それでは弓弦ゆづるさんに春日はるひ先輩、し 失礼しますぅー!」


春日 「ん…… またね紀理江きりえ、今度はアンタ一人で来なさい」



弓弦 「あはは… 相変わらず速彦はやひこは、思慮が浅くて良い感じだなぁ。 短絡的だし空気も読まないし、デリカシーとか常識とかも全然なくて最高だよ」


春日 「アンタそれ…… 文末だけ微妙に()めてるようだけど、ほぼ完全に悪口だからね。 ま… とは言え確かに、あの熱血バカは ちゃーんと青春してそうよね。 将来、学生時代を振り返っても後悔とかしないタイプだわ」


弓弦 「ボクたちも見習いたいものだね」


春日「いや、絶対に見習いはしないけど。 でも実はアタシ…… なぜだか他の子たちから、どうもアイツと似たようなカテゴリーに分類されてるみたいなのよね……。 いったい なんなのかしら?」


弓弦 「あー、春日はるひ速彦はやひこ同様 真直(まっす)ぐなイメージだし、それに熱いところもあるからね。 えーっと、何て言うか直情的で…… 正義漢?」


春日 「うーん、正義漢…… って いやいや、『漢』って何よ。 オトコじゃあないのよアタシは」


弓弦 「でもほら…… 二人ともバレンタインの時なんか、女子たちから すごく人気あるし」


春日 「あー、そうなのよね…… って、だーかーらぁ! アタシは、オトコじゃあないっつってんのよ!」


弓弦 「春日はるひは かっこいいから」


春日 「ぅう…… うっさい! 『かっこいい』とか言われても、全然 嬉しくないのよ。 でも、あの熱血バカがモテるってのは、いったい なんなのかしらね?」


弓弦 「速彦はやひこはボクなんかと違って、良くも悪くも(・・・・・・) とにかく一生懸命なのが魅力なんだろうね。 ボクは全てにおいて、多少手を抜いたっておおむね完璧にこなせるけど…… それよりは きっと多少雑でも、ただ闇雲やみくも直向(ひたむ)きに頑張っている感じの方が、かえって良く見えてしまったりすることもあるんだろうな」


春日 「アンタ、さっきからさ…… 仮にも親友に対しての評価がヒド過ぎというか……。 彼我ひがの優劣認識のえげつなさが半端ハンッパないわね」


弓弦 「そうかな? ボクは一応、()めているつもりなのだけれど」


春日 「どこがよ…… 」


弓弦 「でもさ、実際ボクなんか 全然もらえてないよ、チョコレート」


春日 「まぁ…… アンタの場合はもしかしたら、アタシがいつもぴったりと横にくっついてるせいも あるのかもしれないわ。 悪かったわね、モテライフのお邪魔をしてしまって」


弓弦 「いやぁ、ボクはチョコレートってあまり好きではないから。 うん、おかげで助かっているよ」


春日 「え…… ちょっと待って? ――― いや、まさかとは思うんだけどさ…… もしや、そういう理由でいつもアタシとつるんでんじゃないでしょうね」


弓弦 「ん? ―――――― あはは」


春日 「いや、『あはは』って…… ウソでもなんか言って否定しなさいよ!」


弓弦 「でも春日(はるひ)、さっきの『モテライフ』っていう言い回しは…… ちょっとアレだよね」


春日 「うっさい! てか『アレ』って何よ、はっきり言いなさいよ! はぁあぁぁ…… 悪かったわね、相変わらずアタシの言葉選びのセンスが壊滅的で。 そのあたり、アタシが相当残念な感じなのは よく知ってるでしょう? でもじゃあ、いったいなんて言えば良かったのよ?」


弓弦 「え? ああ、うーん…… それはボクにも… ちょっと思い浮かばないなぁ。 残念だけれど、やっぱりウチの(たま)先生が言っているように、ボクら宇宙人ってそうしたネーミングセンスなんかを含む、所謂いわゆる『芸術性』方面の能力や感性が、かなり劣っているみたいだからね」


春日 「ふぅ… やれやれ、そうやって『生まれついての性質』みたいに言われてしまうと、それはもう如何(いかん)ともし難いと思っちゃうわね……。 でもまぁ、別にいいんじゃない? 名前や… それに絵とかだって、言ってみればただの『記号』に過ぎないんだし、そんなのどうだって良いのよ」


弓弦 「そう… なんだよね…… うん、ボクも実際そう思うよ。 でもさ、そもそも そう思ってしまっているあたりが、純粋な地球(この)(ほし)の人たちと決定的に違ってしまっているところであり…… まさにそこが問題なんだろうね」


春日 「でも、別に実質的に困ることがないのなら良いじゃない。 それ以外の分野では、絶対的な能力差でアタシたちの方が(まさ)っているわけなんだし。 いったい何が問題なのかしら?」


弓弦 「うん、確かに困りはしないのだけれど……。 でも、これからも地球(この)ほしで生きていくにあたっては、美術や文芸なんかの芸術方面…… つまりは『感性』の部分でも、いろいろと資質を問われる場面があったりするかもしれないと、そう思うんだよ」


春日 「それはまぁ… そうかもだけど。 そうか、そう言えばアンタ…… 確か、アタシたちが地球星アルドの人たちに対して特に優越的能力差を持たない、所謂いわゆる芸術(そっち)方面』への活路の模索――― 差し当たっては、美大への進学に挑戦しようとしてるって話だったわよね?」


弓弦 「うん、学力や身体能力といった、ボクらが地球星アルドの人たちのそれを凌駕りょうがしている分野での競争は正直つまらないし、何よりフェアじゃないからね」


春日 「出たわね…… えっと、なんだっけ? 勉強やスポーツで地球星アルドの人たちのレベルに合わせて手加減するのが、『ズルしてるみたいでイヤだ』とかなんとか。 そのよく解らない、例のアンタの『こじ潔癖症けっぺきしょう』のやつ」


弓弦 「そうそう、お陰様で未だに相当 こじらせてしまっているよ」


春日 「いや、だからさぁ…… 人が折角せっかくわざわざディスってやってんのよ? 少しは反論とかしてきなさいよね」


弓弦 「でも、その通りだしなぁ」


春日 「まったく、アンタって人はぁ……。 もう少しなんて言うかこう、人間らしくできないものなのかしら?」


弓弦 「うーん、ここで春日(はるひ)の言う『人間らしさ』って、いったいどういうものなのかな?」


春日 「え…… いや… そう改まって『人間らしさ』について聞かれても、アタシだって解らないのだけど……。 とにかくアンタは、なんでも全て 効率や理屈だけで物事を計ってるみたいっていうか…… 常に『打算的』過ぎる感じがするのよね」


弓弦 「ふーん、そうなんだ。 でもさ、何をするにも効率良く(こと)が運ぶのに越したことはないし、ましてや失敗したり損をしたりするよりは、成功して得をする方が良いじゃない?」


春日 「それはもちろんそうなんだけど……。 でもね、そういった打算的なことを度外視(どがいし)で やらなきゃいけないこととか、また時には 衝動的に思わず行動してしまうようなこととか…… そういうのって、なんかあると思うのよ」


弓弦 「へぇ、例えば?」


春日 「え…… た… 例えば? うーん、そうねぇ…… 例えば… そう、『正義を守るため』とか、あとは…… 『大事な人を助けるため』…… とか?」


弓弦 「あー…… 春日はるひって確かに、そういうこととかしちゃいそう(・・・・・・)だよね」


春日 「いや、『しちゃいそう』って……。 残念な部分みたいに言わないでよ」


弓弦 「でもさ、正義を守るとか人助けをするとかいうのは結構なのだけれど、やり方を間違えて失敗しちゃったりしたら、かえって事態が悪化してしまうかもしれないじゃない?」


春日 「それはそうなんだけど…… でもほら、例え一縷いちるの望みしかなくても 体が勝手に動いちゃうとか、なんかそういうやつよ。 例えば…… そう、例えばよ? アタシが誰か悪いヤツらにでも捕えられてしまったんだとして…… でも なんだかんだで、1%くらいしか救出できる可能性がなかったとしたら……。 アンタは… さ、アタシを その…… 助けに来て… くれるの… かしら……?」


弓弦 「あはは、『なんだかんだ』って! 春日はるひはそういうとこ、本当に雑だよね」


春日 「ぅう… うっさい! そこは別にいいから!」


弓弦 「いや、でも悪いけどボクは『1%』どころか、うまくいく見込みが6割を切ってる時点で、そういった案件には手を出さないと思うよ」


春日 「 ――― そ そうよね…… アンタって、そういうヤツよね…… 」


弓弦 「でもね、きっとそんな時は無闇(むやみ)に動くべきじゃないと思うんだ。 迂闊(うかつ)に動いて、もしも共倒れにでもなってしまったら…… それこそもう 後の望みも絶たれて、元も子もなくなってしまうだろうからね。 だからそこは一旦出直して、確実に助けられる準備をちゃんと整えてから、『』をしっかりと見極めた上でさ――― 春日(はるひ)のことは、このボクが絶対に(・・・)助けてあげるよ」


春日 「 ――――― へ、へぇぇぇ…… そ それは、どうも…… 」


速彦 「あっれぇぇぇ~? 天児あまこぉ、な~んか顔があっかいぞぉ~?」


春日「え!? ちょ… ぁあ 秋津あきつ? アンタ、なんでこんな早く戻ってきてんのよ!?」


紀理江 「は… はゎゎゎわ…… どど どうされたんですかぁ? 天児あまこ先輩……。 は! まさか弓弦ゆづるさんとなにか…… 」


春日 「なな 何かって… 何よ? なんにも… ない わよ…… 」


弓弦 「やぁ、二人とも。 いやね、春日はるひ悪漢あっかんさらわれた時にさ、どのタイミングで救出に向かえば良いのかを、いろいろと考察していたんだ」


速彦 「あ? いや、えっとだ 弓弦ゆづるぅ…… すまんが、状況がさっっっぱり解らん。 え、なんの話だぁ?」


春日 「も… もういいから! それよりもアンタたち、随分(ずいぶん)と早かったわね。 こんな短時間で、宗像むなかた君への交渉は上手くいったの?」


速彦 「おっとそうだ、俺たち弓弦ゆづるを呼びに来たんだよ」


弓弦 「ボクを? 何かあったの?」


速彦 「いや、よくわっかんないんだけどよぉ……。 俺たちが生徒会室に入ろうとしたら、ちょうど櫻子さくらこちゃんが出てくるところでな? そしたら どうも何かあったみたいで、俺たちの顔を見るなり…… 」


弓弦 「ボクを呼んで来いって?」


紀理江 「そ そうですぅ。 さくらちゃんも、その時はまだ詳しい事情とか解っていなかったようなんですけどぉ…… その、『弟が来てるみたい』って…… 」


春日 「へ…… 弟ぉ? ねぇ弓弦ゆづる、アンタに弟なんていないわよねぇ…… って もしかして、おうちの何か複雑な感じのやつ?」


弓弦 「いや、それはないかな。 でも、ふーん…… 櫻子さくらこが、そう言ってた(・・・・・・)んだね?」


紀理江 「は はい… えと、でもすぐに『妹が』って、言い直してましたけど…… 」


弓弦 「(はぁ… まったくアイツは…… )」


紀理江 「 ―――――― ?」


弓弦 「そうなんだね、解ったよ――― 二人とも知らせてくれて有難う。 じゃあ取り敢えず、ちょっと行ってくるかな。 どうやら、櫻子さくらこのヤツには任せておけなさそうだからね。 それで、場所は生徒会室…… じゃないか、そこから出てきたんだったね。 じゃあ、職員室か… あるいは保健室あたり?」


速彦 「いんやぁ、高等科長室って言ってたようだぞ?」


弓弦 「解った、ちょっと行ってくるよ」


春日 「えっと、弓弦ゆづる? なんか顔が怖いんだけど……。 アンタ、一応そんな顔もできんのね」



 ◇



弓弦 「3年の櫛名田くしなだ 弓弦ゆづるです。 入ります」


櫻子さくらこ 「お兄さま! 良かった、早く来てくださって」


柏子かしわこ弓弦ゆづにい どうやら『この子』 来ちゃったみたい コッチ(・・・)にね」


弓弦 「そうか、初等科に……。 それで柏子かしわこさん、キミがいち早く見付け、機転を利かせて『カレ(・・)』をここへ連れてきてくれたんだね、有難う。 牛岐うしきさんも、お手数をおかけしました」


牛岐うしき 「いえ、それよりも弓弦ゆづる様、これは…… 」


櫻子 「お兄さま、屋敷へはすでに連絡済みだそうですわ。 それで今、槍慈そうじ祖父じいさまが急いでこちらへ向かっておられるところなのだとか」


弓弦 「そう、解った。 ――― まずは高等科長、このたびは 朝から身内(・・)のことで大変お騒がせしてしまい、本当に申し訳ありません」


高等科長 「あぁ、いやいや。 突然の可愛らしいお客さんたちの来訪に、我々もいやされているよ。 なんでも、君たちの妹の柏子かしわこ君に…… そしてこちらが、遠縁(・・)にあたる家の息子さんなのだとか?」


弓弦 「はい。 実は本日、屋敷の方に来ることになっていたようなのですが、何かの手違いで初等科の方へ行ってしまったようです。 当家の手違いで、大変ご迷惑をお掛けしました」


柏子 「(さすが弓弦ゆづにい 状況把握と言葉の返しが的確)」


弓弦 「(いやぁ、『遠縁』の設定になっていて良かったよ。 これが『弟』設定のままだったら、ちょっとややこしいなと思っていたんだ)」


櫻子 「(はぅぅ… 申し訳ありません…… )」



高等科長 「いやぁ、それにしても…… 遠縁とはいえ血は争えないねぇ。 『彼』の顔やたたずまいは、まさに君をそのまま小学生に引き戻したような……。 年齢こそ違え、まるで生き写しのようだよ。 はっはっはっは!」


弓弦 「ええ、最近よく言われるんですよ」


牛岐 「弓弦ゆづる様、この後は如何いかが致しましょうか?」


弓弦 「そうですね、それでは…… 取り敢えず 牛岐うしきさんは、柏子かしわこさんを再び初等科の方へ送っていただけますでしょうか」


牛岐 「はい、かしこまりました」


弓弦 「そして櫻子さくらこ、キミは 槍慈そうじ祖父じい様が来られたら、『カレ』に付き添って 一緒に屋敷まで行ってくれるかな」


櫻子 「え、それでは本日のワタクシの授業の方は…… 」


弓弦 「高等科長、櫻子さくらこは本日、家の事情で早退させますので」


高等科長 「はい、解りました。 では 櫻子さくらこ君の担任の先生には、私からそのように伝えておきましょう」


弓弦 「有難うございます。 じゃあ櫻子さくらこたま先生への状況説明と『カレ』のこと、よろしく頼んだよ」


櫻子 「は はい…… 承知しましたわ。 それでその… お兄さまは?」


弓弦 「ボクは勿論もちろん、すぐ教室に戻るけれど」


櫻子 「あの…… 一緒にお屋敷へ戻っては… くださいませんの?」


弓弦 「だってこれ、恐らくは例の『桐子きりこちゃん(がら)み』の案件だよね? じゃあキミと…… そしてたま先生の担当だろう?」


櫻子 「 ――― は… はい…… 」


弓弦 「それにね――― 今日はこれから、大事な『美術』の授業があるんだよ」






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