弓弦の葛藤 with 春日 × 零
此処は、かつて皇族や華族、そして一部財閥などの令息令嬢たちが通った、宮内省外局の教育機関『国立 學士院』を前進とする、私立 學士院大学―――
その付属高等科校舎内の3階、櫛名田 弓弦や 天児 春日らが席を置く3年の教室、その後部窓側付近―――
春日 「ごきげんよう 弓弦…… てかアンタ、何 ボーっとしてんのよ」
弓弦 「やぁ 春日、ご機嫌よう。 今日も綺麗だね」
春日 「 ―――――!!! は… はぁあ!? ア アンタ、な なな… 何を急に、わけのわっかんないこと言ってんのよ… ぉぉお おちょくってんの!!?」
弓弦 「まさか、そんなわけないよ。 いやぁ 春日ってさ、相変わらず言葉遣いは どうしようもないけど、所作や身嗜みだけは、いつも凛としていて綺麗だなと思って」
春日 「ねぇ、弓弦ぅ…… アンタってば、本当に…… 」
弓弦 「それにボクは、それほど『ボーっと』なんかしてはいないつもりなのだけれど」
春日 「コッチはそう見えたから、そうだって言ってんのよ。 まったく…… いつもながら何を考えてるんだか、さっぱり解らないわ」
弓弦 「うーん、成る程なぁ」
春日 「何が『なるほど』なのよ?」
弓弦 「いや 逆にさ、ボクが『何を考えているのか』が他の誰かに解ってしまったりしたら、それはそれで怖いだろうなぁと思って」
春日 「いや だから、そういうことを言ってんじゃぁないのよ」
「それにさぁ――― 」
春日 「人の話、聞きなさいよ」
弓弦 「 ――― もしも、ボクがやたらと険しい…… 怖い表情をしていたり、或いは半笑いだったりしていても、それはそれで春日たちに心配をかけてしまうだろうしね」
春日 「だーかーらぁ! そういうことを言ってんじゃぁないっつってんのよ!」
弓弦 「 ―――――― ?」
春日 「いやいや…… も なんなのよ、その『純粋にわけが解りません』みたいな顔は……。 不気味に澄みきった瞳でコッチ見てんじゃないわよ。 端から見たら、まるでアタシがおかしいみたいな感じになっちゃうでしょう!?」
紀理江 「ぁあ ぁの…… ごご… ごきげんよう、天児会長に… その、ゅ… 弓弦さん……。 お取り込み中 すみません…… 」
速彦 「おっはよぅさ~ん」
弓弦 「やぁ、速彦に紀理江ちゃんか、ご機嫌よう。 新旧の書記がお揃いだね」
速彦 「おぅよ! 何しろ八上ちゃんは、ウチの部 期待の新人でもあるからなぁ。 常に傍近くから こっそりと見守り、そして何かあった時には 偶然を装い颯爽と登場! そして さり気な~くフォローなんかもしたりしつつ、広く浅~く恩を売り…… 絶対に逃げられんようにしておかないといかん! …… とまぁ、そういった次第だ」
紀理江 「ぇ… ぇえーーー…… 」
春日 「いや、何が『そういった次第だ』よ…… アンタそれって、取り敢えず本人の前で言っちゃダメなやつでしょうが。 あと たぶんその行い、あらゆるハラスメント的に完全アウトだからね」
速彦 「お、そかぁ? たくぅ… 近頃はどうも、世知辛い世の中になっちまったもんだなぁ…… 桑原桑原~っと。 ほんじゃま、適当に気ぃ付けるわ~ 」
春日 「アンタ、いったいいつの時代の人間よ。 てか、本人にもバレたんだから もうやめなさいよ、この変態」
速彦 「はぃは~い。 と… いやぁ、それよりもだ……。 お二人さんは今日も朝から、相っ変わらず犬も食わない痴話喧嘩ですかい?」
春日 「ねぇ… 秋津 速彦ぉ。 その度し難く無作法で無遠慮なアンタのその口…… アタシの愛刀一閃で華麗に刎ね跳ばし、二度と開かないようにしてあげましょうか?」
弓弦 「あはは! でもさぁ春日、刎ね跳ばしちゃったら開かないどころか、たぶんずっと開いたままになってしまって――― 」
春日 「だからまたアンタはぁ……。 そういうことを言ってんじゃあないのよ。 あと、紀理江 現 書記!」
紀理江 「え? ひゃ… ひゃいぃぃい!? ゎゎ… 私ですかぁ!?」
春日 「アタシは既に任期を終えて お役御免の身なんだから、もう『会長』呼ばわりするんじゃあないの、わかった?」
紀理江 「は はいぃ… すみませぇん。 ぇと… 天児…… せ 先輩?」
春日 「はぁ…… いい加減 付き合いもそこそこ長いんだし、『春日』でいいわよ。 ま、今更って感じではあるけど、『会長』の呼称も取れたことだしね」
紀理江 「はいぃ、有難うございますぅ。 ぇと…… 春日先輩ぃ」
春日 「ん、よろしい」
弓弦 「あはは、ところで紀理江ちゃん、こんな朝から3年の教室まで…… 何か用事だった?」
紀理江 「あ… はいぃ、その… 実は私…… 先輩方の卒アル用に、いろいろと写真を撮りためておく…… 係? みたいなのに なってしまっておりましてぇ…… 」
弓弦 「ああ、それも写真部の大事な仕事のひとつだったね。 そうか、それで元部長の速彦と一緒にあちこちまわってるんだね」
速彦 「そそ、元部長の権限で俺が一任したんだぁ。 ふ… これで晴れて、八上ちゃんとオフィシャルに二人一組で、校内を徘徊できるってぇ寸法だ」
春日 「だから秋津…… そういう下心を本人の前で明かすなっつってんのよ。 だいたい もう部長じゃないんだから、楽隠居は サクっとすっこんどきなさいよ。 てかアンタ…… まさか、さっきのアタシたちのツーショットとかも撮ってんじゃないでしょうね!?」
速彦 「あはっ、もちろん撮ったさぁ! 全校で知らぬ者のいない 仲睦まじき長年の連れ合いどうしが、今日も今日とて朝から愛を語り合う……。 そ~んな、青春の1ページを…… んね!」
春日 「ちょ!? な なな… 何言ってんのよアンタ、脳になんか湧いてんじゃないの!? てか、何が『愛』よ…… さっきは『痴話喧嘩』とか言ってたくせに!」
速彦 「ほっほぉ~う? では、『痴話喧嘩』であることは認めるんだな?」
春日 「 ―――! ぅぅう… うっさい、このバカ秋津! もう黙りなさいよ! アンタ、今度 膾に斬り刻んで、校舎裏の『血洗いの池』に沈めてやるんだからね!!?」
弓弦 「あはは、速彦はなんて言うか、相変わらず春日との相性が絶妙だね」
速彦 「いやいや弓弦…… こっちは今、お前らの方の相性をいじくってやってるつもりなんだが」
紀理江 「はゎゎわ…… では、弓弦さんに… ぇと、は 春日先輩のお二人って、やっぱりぃぃぃ…… 」
春日 「紀理江、アンタはいちいち真に受けなくていいから」
速彦 「おっとそうだ! 俺たちは、こんなしょ~もないことに付き合ってる暇などなかったんだ」
春日 「いや…… この『しょうもない』話を焚き付けたのって、全部アンタが擦ったマッチなんだけど?」
速彦 「おぉっと、そりゃあ やっベ~なぁ。 んじゃ早々に、自らが撒いた不審火は 自前のポンプで消してしまわないと!」
春日 「コイツ今、『不審火』だって自分で認めたわよ」
速彦 「今から俺たちは 新 生徒会長んとこに行って、来期の部費増額の交渉をしてくるんだ。 そんじゃ お二人さん、またあとでな~!」
春日 「へぇ、宗像君のところに…… てか、アンタはもう二度と来んな」
紀理江 「はゎゎわ…… そ それでは弓弦さんに春日先輩、し 失礼しますぅー!」
春日 「ん…… またね紀理江、今度はアンタ一人で来なさい」
弓弦 「あはは… 相変わらず速彦は、思慮が浅くて良い感じだなぁ。 短絡的だし空気も読まないし、デリカシーとか常識とかも全然なくて最高だよ」
春日 「アンタそれ…… 文末だけ微妙に褒めてるようだけど、ほぼ完全に悪口だからね。 ま… とは言え確かに、あの熱血バカは ちゃーんと青春してそうよね。 将来、学生時代を振り返っても後悔とかしないタイプだわ」
弓弦 「ボクたちも見習いたいものだね」
春日「いや、絶対に見習いはしないけど。 でも実はアタシ…… なぜだか他の子たちから、どうもアイツと似たようなカテゴリーに分類されてるみたいなのよね……。 いったい なんなのかしら?」
弓弦 「あー、春日も速彦同様 真直ぐなイメージだし、それに熱いところもあるからね。 えーっと、何て言うか直情的で…… 正義漢?」
春日 「うーん、正義漢…… って いやいや、『漢』って何よ。 オトコじゃあないのよアタシは」
弓弦 「でもほら…… 二人ともバレンタインの時なんか、女子たちから すごく人気あるし」
春日 「あー、そうなのよね…… って、だーかーらぁ! アタシは、オトコじゃあないっつってんのよ!」
弓弦 「春日は かっこいいから」
春日 「ぅう…… うっさい! 『かっこいい』とか言われても、全然 嬉しくないのよ。 でも、あの熱血バカがモテるってのは、いったい なんなのかしらね?」
弓弦 「速彦はボクなんかと違って、良くも悪くも とにかく一生懸命なのが魅力なんだろうね。 ボクは全てにおいて、多少手を抜いたって概ね完璧にこなせるけど…… それよりは きっと多少雑でも、ただ闇雲に直向きに頑張っている感じの方が、却って良く見えてしまったりすることもあるんだろうな」
春日 「アンタ、さっきからさ…… 仮にも親友に対しての評価がヒド過ぎというか……。 彼我の優劣認識のえげつなさが半端ないわね」
弓弦 「そうかな? ボクは一応、褒めているつもりなのだけれど」
春日 「どこがよ…… 」
弓弦 「でもさ、実際ボクなんか 全然もらえてないよ、チョコレート」
春日 「まぁ…… アンタの場合はもしかしたら、アタシがいつもぴったりと横にくっついてるせいも あるのかもしれないわ。 悪かったわね、モテライフのお邪魔をしてしまって」
弓弦 「いやぁ、ボクはチョコレートってあまり好きではないから。 うん、おかげで助かっているよ」
春日 「え…… ちょっと待って? ――― いや、まさかとは思うんだけどさ…… もしや、そういう理由でいつもアタシとつるんでんじゃないでしょうね」
弓弦 「ん? ―――――― あはは」
春日 「いや、『あはは』って…… ウソでもなんか言って否定しなさいよ!」
弓弦 「でも春日、さっきの『モテライフ』っていう言い回しは…… ちょっとアレだよね」
春日 「うっさい! てか『アレ』って何よ、はっきり言いなさいよ! はぁあぁぁ…… 悪かったわね、相変わらずアタシの言葉選びのセンスが壊滅的で。 そのあたり、アタシが相当残念な感じなのは よく知ってるでしょう? でもじゃあ、いったいなんて言えば良かったのよ?」
弓弦 「え? ああ、うーん…… それはボクにも… ちょっと思い浮かばないなぁ。 残念だけれど、やっぱりウチの玉先生が言っているように、ボクら宇宙人ってそうしたネーミングセンスなんかを含む、所謂『芸術性』方面の能力や感性が、かなり劣っているみたいだからね」
春日 「ふぅ… やれやれ、そうやって『生まれついての性質』みたいに言われてしまうと、それはもう如何ともし難いと思っちゃうわね……。 でもまぁ、別にいいんじゃない? 名前や… それに絵とかだって、言ってみればただの『記号』に過ぎないんだし、そんなのどうだって良いのよ」
弓弦 「そう… なんだよね…… うん、ボクも実際そう思うよ。 でもさ、そもそも そう思ってしまっているあたりが、純粋な地球星の人たちと決定的に違ってしまっているところであり…… まさにそこが問題なんだろうね」
春日 「でも、別に実質的に困ることがないのなら良いじゃない。 それ以外の分野では、絶対的な能力差でアタシたちの方が優っているわけなんだし。 いったい何が問題なのかしら?」
弓弦 「うん、確かに困りはしないのだけれど……。 でも、これからも地球星で生きていくにあたっては、美術や文芸なんかの芸術方面…… つまりは『感性』の部分でも、いろいろと資質を問われる場面があったりするかもしれないと、そう思うんだよ」
春日 「それはまぁ… そうかもだけど。 そうか、そう言えばアンタ…… 確か、アタシたちが地球星の人たちに対して特に優越的能力差を持たない、所謂『芸術方面』への活路の模索――― 差し当たっては、美大への進学に挑戦しようとしてるって話だったわよね?」
弓弦 「うん、学力や身体能力といった、ボクらが地球星の人たちのそれを凌駕している分野での競争は正直つまらないし、何よりフェアじゃないからね」
春日 「出たわね…… えっと、なんだっけ? 勉強やスポーツで地球星の人たちのレベルに合わせて手加減するのが、『ズルしてるみたいで嫌だ』とかなんとか。 そのよく解らない、例のアンタの『拗れ潔癖症』のやつ」
弓弦 「そうそう、お陰様で未だに相当 拗らせてしまっているよ」
春日 「いや、だからさぁ…… 人が折角わざわざディスってやってんのよ? 少しは反論とかしてきなさいよね」
弓弦 「でも、その通りだしなぁ」
春日 「まったく、アンタって人はぁ……。 もう少しなんて言うかこう、人間らしくできないものなのかしら?」
弓弦 「うーん、ここで春日の言う『人間らしさ』って、いったいどういうものなのかな?」
春日 「え…… いや… そう改まって『人間らしさ』について聞かれても、アタシだって解らないのだけど……。 とにかくアンタは、なんでも全て 効率や理屈だけで物事を計ってるみたいっていうか…… 常に『打算的』過ぎる感じがするのよね」
弓弦 「ふーん、そうなんだ。 でもさ、何をするにも効率良く事が運ぶのに越したことはないし、ましてや失敗したり損をしたりするよりは、成功して得をする方が良いじゃない?」
春日 「それはもちろんそうなんだけど……。 でもね、そういった打算的なことを度外視で やらなきゃいけないこととか、また時には 衝動的に思わず行動してしまうようなこととか…… そういうのって、なんかあると思うのよ」
弓弦 「へぇ、例えば?」
春日 「え…… た… 例えば? うーん、そうねぇ…… 例えば… そう、『正義を守るため』とか、あとは…… 『大事な人を助けるため』…… とか?」
弓弦 「あー…… 春日って確かに、そういうこととかしちゃいそうだよね」
春日 「いや、『しちゃいそう』って……。 残念な部分みたいに言わないでよ」
弓弦 「でもさ、正義を守るとか人助けをするとかいうのは結構なのだけれど、やり方を間違えて失敗しちゃったりしたら、却って事態が悪化してしまうかもしれないじゃない?」
春日 「それはそうなんだけど…… でもほら、例え一縷の望みしかなくても 体が勝手に動いちゃうとか、なんかそういうやつよ。 例えば…… そう、例えばよ? アタシが誰か悪いヤツらにでも捕えられてしまったんだとして…… でも なんだかんだで、1%くらいしか救出できる可能性がなかったとしたら……。 アンタは… さ、アタシを その…… 助けに来て… くれるの… かしら……?」
弓弦 「あはは、『なんだかんだ』って! 春日はそういうとこ、本当に雑だよね」
春日 「ぅう… うっさい! そこは別にいいから!」
弓弦 「いや、でも悪いけどボクは『1%』どころか、巧くいく見込みが6割を切ってる時点で、そういった案件には手を出さないと思うよ」
春日 「 ――― そ そうよね…… アンタって、そういうヤツよね…… 」
弓弦 「でもね、きっとそんな時は無闇に動くべきじゃないと思うんだ。 迂闊に動いて、もしも共倒れにでもなってしまったら…… それこそもう 後の望みも絶たれて、元も子もなくなってしまうだろうからね。 だからそこは一旦出直して、確実に助けられる準備をちゃんと整えてから、『機』をしっかりと見極めた上でさ――― 春日のことは、このボクが絶対に助けてあげるよ」
春日 「 ――――― へ、へぇぇぇ…… そ それは、どうも…… 」
速彦 「あっれぇぇぇ~? 天児ぉ、な~んか顔が紅いぞぉ~?」
春日「え!? ちょ… ぁあ 秋津? アンタ、なんでこんな早く戻ってきてんのよ!?」
紀理江 「は… はゎゎゎわ…… どど どうされたんですかぁ? 天児先輩……。 は! まさか弓弦さんとなにか…… 」
春日 「なな 何かって… 何よ? なんにも… ない わよ…… 」
弓弦 「やぁ、二人とも。 いやね、春日が悪漢に攫われた時にさ、どのタイミングで救出に向かえば良いのかを、いろいろと考察していたんだ」
速彦 「あ? いや、えっとだ 弓弦ぅ…… すまんが、状況がさっっっぱり解らん。 え、なんの話だぁ?」
春日 「も… もういいから! それよりもアンタたち、随分と早かったわね。 こんな短時間で、宗像君への交渉は上手くいったの?」
速彦 「おっとそうだ、俺たち弓弦を呼びに来たんだよ」
弓弦 「ボクを? 何かあったの?」
速彦 「いや、よく解んないんだけどよぉ……。 俺たちが生徒会室に入ろうとしたら、ちょうど櫻子ちゃんが出てくるところでな? そしたら どうも何かあったみたいで、俺たちの顔を見るなり…… 」
弓弦 「ボクを呼んで来いって?」
紀理江 「そ そうですぅ。 櫻ちゃんも、その時はまだ詳しい事情とか解っていなかったようなんですけどぉ…… その、『弟が来てるみたい』って…… 」
春日 「へ…… 弟ぉ? ねぇ弓弦、アンタに弟なんていないわよねぇ…… って もしかして、お家の何か複雑な感じのやつ?」
弓弦 「いや、それはないかな。 でも、ふーん…… 櫻子が、そう言ってたんだね?」
紀理江 「は はい… えと、でもすぐに『妹が』って、言い直してましたけど…… 」
弓弦 「(はぁ… まったくアイツは…… )」
紀理江 「 ―――――― ?」
弓弦 「そうなんだね、解ったよ――― 二人とも知らせてくれて有難う。 じゃあ取り敢えず、ちょっと行ってくるかな。 どうやら、櫻子のヤツには任せておけなさそうだからね。 それで、場所は生徒会室…… じゃないか、そこから出てきたんだったね。 じゃあ、職員室か… 或いは保健室あたり?」
速彦 「いんやぁ、高等科長室って言ってたようだぞ?」
弓弦 「解った、ちょっと行ってくるよ」
春日 「えっと、弓弦? なんか顔が怖いんだけど……。 アンタ、一応そんな顔もできんのね」
◇
弓弦 「3年の櫛名田 弓弦です。 入ります」
櫻子 「お兄さま! 良かった、早く来てくださって」
柏子 「弓弦兄 どうやら『この子』 来ちゃったみたい コッチにね」
弓弦 「そうか、初等科に……。 それで柏子さん、キミがいち早く見付け、機転を利かせて『カレ』をここへ連れてきてくれたんだね、有難う。 牛岐さんも、お手数をおかけしました」
牛岐 「いえ、それよりも弓弦様、これは…… 」
櫻子 「お兄さま、屋敷へは既に連絡済みだそうですわ。 それで今、槍慈お祖父さまが急いでこちらへ向かっておられるところなのだとか」
弓弦 「そう、解った。 ――― まずは高等科長、この度は 朝から身内のことで大変お騒がせしてしまい、本当に申し訳ありません」
高等科長 「あぁ、いやいや。 突然の可愛らしいお客さんたちの来訪に、我々も癒されているよ。 なんでも、君たちの妹の柏子君に…… そしてこちらが、遠縁にあたる家の息子さんなのだとか?」
弓弦 「はい。 実は本日、屋敷の方に来ることになっていたようなのですが、何かの手違いで初等科の方へ行ってしまったようです。 当家の手違いで、大変ご迷惑をお掛けしました」
柏子 「(さすが弓弦兄 状況把握と言葉の返しが的確)」
弓弦 「(いやぁ、『遠縁』の設定になっていて良かったよ。 これが『弟』設定のままだったら、ちょっとややこしいなと思っていたんだ)」
櫻子 「(はぅぅ… 申し訳ありません…… )」
高等科長 「いやぁ、それにしても…… 遠縁とはいえ血は争えないねぇ。 『彼』の顔や佇まいは、まさに君をそのまま小学生に引き戻したような……。 年齢こそ違え、まるで生き写しのようだよ。 はっはっはっは!」
弓弦 「ええ、最近よく言われるんですよ」
牛岐 「弓弦様、この後は如何致しましょうか?」
弓弦 「そうですね、それでは…… 取り敢えず 牛岐さんは、柏子さんを再び初等科の方へ送っていただけますでしょうか」
牛岐 「はい、畏まりました」
弓弦 「そして櫻子、キミは 槍慈お祖父様が来られたら、『カレ』に付き添って 一緒に屋敷まで行ってくれるかな」
櫻子 「え、それでは本日のワタクシの授業の方は…… 」
弓弦 「高等科長、櫻子は本日、家の事情で早退させますので」
高等科長 「はい、解りました。 では 櫻子君の担任の先生には、私からそのように伝えておきましょう」
弓弦 「有難うございます。 じゃあ櫻子、玉先生への状況説明と『カレ』のこと、宜しく頼んだよ」
櫻子 「は はい…… 承知しましたわ。 それでその… お兄さまは?」
弓弦 「ボクは勿論、すぐ教室に戻るけれど」
櫻子 「あの…… 一緒にお屋敷へ戻っては… くださいませんの?」
弓弦 「だってこれ、恐らくは例の『桐子ちゃん絡み』の案件だよね? じゃあキミと…… そして玉先生の担当だろう?」
櫻子 「 ――― は… はい…… 」
弓弦 「それにね――― 今日はこれから、大事な『美術』の授業があるんだよ」