表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
旧家 ❀ 櫛名田一族の聖域  作者: 漣 ✾ 黒猫堂
『絆』 chapter 008
37/40

玉櫻の仕掛 visit 葉月 × 陸



 此処ここは防衛省敷地内の庁舎D棟―――

 櫛名田くしなだ家 現当主たる刀眞とうまの妻であり、弓弦ゆづる櫻子さくらこ、そして桐柏キリかしたちの母親である葉月はづきが勤める、防衛装備庁(ATLA)内の『応接室 03』と呼ばれる一室。


 櫻子さくらこ玉依たまよりたち一行は、受付の氷川ひかわの案内で 今ここにいるのであるが―――

 このフロアが、葉月はづきの所属する技術戦略部のフロアであるのかどうかは判らない。


 いや、そんなことよりも…… 今、目の前にいる見慣れない(・・・・・)人物が、本当に母親 葉月はづきと同一人物であるのかどうか……。

 実際その方が、一行にとっては最も急務な、目下もっかの要吟味(ぎんみ)詮索せんさく事案なのである。


「もう、やだ なあに? みんなして人の顔をじろじろと。 それより、確か初めてよね? アナタたちがここへ来るのって。 ちゃんと迷わずに来られたのかしら?」


 普段とは違い、きっちりとした仕立ての良いスーツに身を包んだ葉月はづきは、きびきびとした動きで部屋の空調か何かのパネルを手早く操作した後、入口近くの席に腰を下ろして一同にそう話しかけたのだが―――


「え… えぇ、はい…… って、ぇえ!? えっと… ア アナタは、あの…… ほ 本当に、お母… さま……?」


 まずは櫻子さくらこが、素頓狂すっとんきょう かつ相当に(いぶか)しげな声を上げ、桐子きりこは口をなかば開けた状態で 目を丸くしている。


 そして、さすがの柏子かしわこも かなり驚いているようで、いつも以上に無表情な顔を葉月はづきの方へと向け、何を思うのか ただひたすらに、じっと見つめているのだが―――

 独り 玉依たまよりだけは、さして顔色も変えずに大きな欠伸あくびなどをして、さもつまらなさそうにテーブルの上で寝転んでいた。


 それにしても、これまでに見たことのない『あの(・・)母親』の変わり様に、娘たち三人が受けた衝撃は かなり大きかったようだ。


 さすがに職場であるため、日々見慣れた だらしない服装と違うのは当然としても…… 普段とは似ても似つかない葉月はづきの、このりんとした立ち居振る舞い―――

 そして何より、あの怪体けったいな関西弁の名残なごりが微塵みじん垣間(かいま)()られない 流暢りゅうちょうな標準語を話すその姿は、雰囲気も人となりも、最早もはや 全くの別人としか思えないのであった。


「もう、本当にどうしたの? ワタシの顔に何かついてるのかしら?」


 そう言うと葉月はづきは、少しだけいつもの面影おもかげが見て取れる悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべ、三人の愛娘(まなむすめ)たちを わざとらしく順に見遣みやるが―――


(カア)さまこそ、どうかしちゃったのぉー? 話し方がなんか変…… ていうか、変じゃないのが変だよぉー!?」


「あの… お母さま? いつもの関西弁こってこての お話しのされ方ではないのですわね……。 え、本当に あの(・・)お母さまなんですの?」


「だれ この人」


 などと、当惑しきった答えが返ってくるばかり。


「やれやれ、葉月(はづき)よ…… コイツらはにゃ、初めて見るオマエのその立ち居振舞いと話し言葉に、すっかり面喰めんくらっておるのだ」


 と、見かねた玉依(たまより)が、如何(いか)にも億劫(おっくう)そうに助け舟を出すが―――


「あっははは、うん 知ってたわ。 でもそっかぁー、それはそうよねぇ……。 まぁ我ながら、さすがにこの変貌へんぼうぶりは相当なものなのだろうと、多少は自覚しているところでもあるのだから」


「ふん… あほか、当たり前だ。 それで自覚しておらんかったら怖いわ」


 すっかり困惑しきっている娘たちに代わり、本当に面倒臭そうにアシストし 場を繋いでやる玉依たまよりであったが…… しかしどうにもやはり この猫だけは、さほど驚いていないように見受けられた。


「でもねみんな、ここは職場なのよ? 家に居る時とは少しくらい(・・・・・)態度が違っていたとしても、それは仕方のないことではないかしら」


「いやいやいや…… オマエにゃあ、さらっと『少しくらい』とか言うにゃよ」


 みずからが()していわく、『職場仕様の葉月ワタシ』―――

 はたして、どこまで本気で言っているのか。


「そ… そうですわ! 『少し』だなんて とんでもない! だってお母さま、お屋敷に()られる時とは まるで正反対の別人ではありませんか!」


 ようや櫻子さくらこが、何とか言葉を返せる程度には落ち着いてきたようであるが―――


「あのね櫻子(サクラコ)さん? ワタシの職務は、この国の防衛にとって本当に重要で、かつ重い責任をともなうものなの。 それに決して、自分独りで容易に成し得るようなたぐいのものではなく、皆で一致団結して創り上げていかなければならない、本当に難しい仕事なのよ? だから、普段ワタシが家に居る時のような、ちょっぴり(・・・・・)(くつろ)いだ感じの態度でのぞんだりしていては、職掌的しょくしょうてきにも また責任ある立場にあるモノとしても、いろいろと(さわ)りが出てしまうものなのよ」


 葉月はづきが、またも普段なら絶対に言わないような、真摯しんし かつ真っ当な言葉を口にする。


「いや… あの、えーっと…… お母さま? その… 取り敢えず、冒頭の『櫻子(さくらこ)さん』という呼び方のところで怖気(おぞけ)を震わされてしまいまして……。 申し訳ありませんが、せっかくのお言葉が ひとーっつも、耳に入ってきませんでしたの…… 」


(かあ)さま 『(くつろ)ぐ』の拡大解釈が 半端なかった」


「オマエにゃあ、あの普段の行状が対人的に『(さわ)る』と自覚しておるのなら、少しは一族への配慮も見せてみろよにゃ」


(カア)さまぁ、なんかコワイよぉ……。 早くかえってきてぇー!」


 始めは少し面白がっていた感のある葉月はづきであったが、娘たちの あまりの困惑ぶりと拒絶的な反応に、少しく動揺し始めたようで―――


「いや、ちょ… アンタら、いったいウチをなんやと…… 」


 つい、いつもの葉月はづきが顔をのぞかせる。


「まぁ! も… もしかして、やはりアナタは…… 本当にお母さま!?」

「あー! カアさま! やっとかえってこられたんだねー!」

「おう葉月(はづき)、戻ったか。 いやまぁ、別に戻って来んでも良かったのだがにゃ」

「おかえり 『正常にバグってる方』の いつもの(かあ)さま」


「うぅーわ、失礼や…… これはホンマに失礼やで…… 」


 あいも変わらず、なかなか話の本題にも入れない彼ら。

 そしてどうやら、ようやくいつもの 愛すべき『残念な葉月はづき』である。



「ちっ…… ったくぅ、もぅええわ! やめや やめー、()ーっきまーしたぁーっと! ま、この部屋…… 完っ全に防音仕様やしな。 ちょっとくらい()ぅ出しとっても(かま)へんやろ。 ふぁ~あっとぉ…… でぇ? 何や、あれこれと『武器』が欲しいんやったっけか?」


 そう言って葉月はづきは、これまで背中に鉄の棒でも入っていたかのように すっと伸びていた姿勢をグニャリと盛大に崩すと、ソファの上で胡坐あぐらをかき、そして唐突に話の本題に入った。


 ともあれ、いろいろとらぬ遠回りをしたが、これでようやくにして話が進みそうな按配あんばいである。


「ああ、そうだ。 り用なのはだにゃ…… まず、そこそこ強力な『手持ちの武器』を二人分と――― あとは エリア単位で消滅させられる程度の火力を有した、所謂いわゆる『兵器』だにゃ」


「ん… さよかー。 ま、こないだ聞いたとおりやねぇ。 ほんで? それぞれの用途と意図を、も一度 確認さしてもろても よろしぃ?」


勿論もちろんだ。 そうだにゃあ、端的に言うとだ――― コイツらの『手持ち武器』の方は、標的ターゲットとなった地球星アルド人どもを『安易に殺してしまわないためのもの』…… まぁ 要は、異能(ジン)をコイツらに使わせたくないのだ。 一方『兵器』の方は、(まつり)を終えた後の痕跡こんせきを『全て消し去るためのもの』……とでもいったところかにゃあ」


「あっははー! さぁーっすがは(タマ)やん、抜け目なぁーい! んでもってぇ…… 優しいんか怖いんか、よく(わっか)んなぁ~い♪」


「ふん… うるさい、茶化すな。 でだ、その『後者』の方はだにゃ、付近一帯の構造物はもとより、地表や地形に至るまでの一切(いっさい)を、(ことごと)く一瞬で吹き飛ばしてしまえるような高仕様(ハイスペック)のものであると有り難い。 あぁ、言わずもがなではあろうが、何処(どこ)からも足が付かん代物(しろもの)である事は、無論 最低条件だぞ?」


 この二人、話している中身は相当に物騒な内容であるのだが…… はたで聞いていると、その口調や姿勢はどうにも緊張感がなく、加えて事の重大性なども 全くと言って良い程に感じられない。


「ん… わーったよぉ、了解りょっかぁーい。 んでぇ、結論から言うと…… うーん、せやなぁ――― ま、後者の『超火力兵器』の方は たぶん大丈夫やろ。 うん、ウチの方で何とかしたるわぁ。 せやけど… あぁ゛ーん、『手持ちの()っさい武器』の方はなぁー…… これが以外と、ちょい難しい。 と言うか正直、あんま関わりたないなぁ」


 葉月はづきはそう言うと眉根を少しだけ寄せ、玉依たまよりの反応をうかがう。

 しかし玉依たまよりの返答は あっさりしたもので―――


「そうか。 いや、それで構わんよ。 正直、逆だったら少しく面倒だと思っておったところにゃのだが、その回答なら上々だ。 ではにゃ、双子(コイツ)らの『手持ち武器』の方は ワガハイの方で(にゃん)とかするよ」


 と、話はどうやら やたらとスムーズ かつ大ざっぱな印象でどんどん決まっていき、横で黙って聞いている櫻子さくらこ桐柏キリかしたちが口を差し挟むいとまもない。


「よっしゃ、助かるわ~! ほならタマやん、そうしてくれるぅ? いやぁ~、地面ごと吹っ飛ばす方はなぁ…… 実は今 ウチが考えてる代物(シロモン)やと、いっろぉーんな意味で『渡りに船』でもあるしやなぁ…… ふっふぅーん♪」


 と、ここで葉月はづきは怪しい笑みを浮かべる。

 どうやら今回の件にかこつけて、何かしらのくわだてがあるようだ。


「それにな? 搾取隠蔽ポッポナイナイするんも、かえって大袈裟おおげさ過ぎるくらいの大物(デカブツ)の方が、逆にラクな感じで行けるんちゃうかなぁ~っと…… そない思ぅとんねん」


「そうか。 まぁ、段取りの方は任せるよ。 この件をどう利用しようと構わんから、オマエさんの都合の良いようにやってくれ」


 玉依たまよりも 普段は何だかんだと言いながら、肝心な場面での葉月はづきの手腕には、一定以上の信を置いているようで―――

 詮索(せんさく)じみたことなどは一切(いっさい)せず、鷹揚おうようにそう言った。

 だが、その後 継いだ二の句の発声とともに、黄色く光る彼の大きな目が、すっと細く鋭いものとなる。


「それでだ葉月はづきよ…… ソイツ(・・・)は、如何程いかほどの火力が見込めそうなのかにゃ?」


「ふっふぅーん…… 軍人はんであるタマやん中佐殿には、さぞかし興味のあるところやろぉー。 せやねぇ…… ま、戦術核よりは ほんの少ぉ~しだけ劣るやろうけど…… 当然、通常兵器なんかよりは相当に、ごっつい威力を見せつけてくれるんちゃうかなぁ?」


「ん… そうか、にゃらば()かろう。 オマエさんが太鼓判を押すような逸物とあらば安心だ。 楽しみにしておるよ」


 そんな話を、一見 楽しげに交わしている玉依(たまより)葉月(はづき)の表情は、しかしよく見ると 普段では絶対に見せないような、ある種の不気味さや凄味すら感じさせる笑みを不敵に(たた)えており―――

 その様子を(かたわ)らで見ていた櫻子(さくらこ)双子(キリかし)たちは、少しだけ 背筋に走る寒々しい戦慄(せんりつ)のようなものを感じた気がした。



「残念ながら、ウチが作ったもんではないけどやなぁ…… ま、(ぼう)大国(たいこく)が満を持して建造し、しかもその存在は 思いっきり周知であるにもかかわらず、良う解らん『公然の秘密』として各国とも黙認しとるっちゅう…… ()わば、(いわ)く付き物件的な『地球人類の虎の子』やね」


「お、おぅ…… そうか。 まぁ、よく解らんが…… うん、オマエが上手くやってくれると言うのであれば、まぁ良いだろう」


 葉月(はづき)(げん)に、玉依(たまより)は少しだけ懸念風味の微妙な感覚を覚えたが―――

 ここは当初の眼目(がんもく)どおり、葉月(はづき)を信じ 任せることで、(みずか)らを納得させた。


(かしこ)まりぃ~♪ ま、たぶんガッカリは させへんと思うよ」


「ん… それで、その兵器による 事後の周辺地域への影響は?」


「そうやねぇ――― 使用した直後は当然、一面 えっらい火の海んなるやろうし…… 地形だけでなく、地質なんかも相当変わってまうやろか……。 でもな、汚染物質とかは一切(いっさい)残らへんよ? 核やないし」


「ん、ならば結構。 で、ソイツは今 何処どこにある?」


 と、ここで葉月はづきはニヤリと不敵な笑みを浮かべると、右手の人差し指をピンと立てて真上に向ける。


「お宇宙そらの上や」


 それを聞き、玉依たまよりは一瞬 いぶかな表情を浮かべ―――


にゃんだと?」


 と 問い返すが、すぐに何かに思い当たったようで―――


「あぁ、もしかするとアレか? いつも何かというと、お節介せっかいに しゃしゃり出てくる『何処どこぞの国』が 以前から保有しておった…… ふむ、何と言ったかにゃあ? そうだ、『神の杖 < Rods from God >』とかいう、にゃんとも烏滸おこがましい名称ネーミング代物(しろもの)だったような…… 」


「そそ、ビンゴビンゴー♪ さっすがやなぁ…… ホンマにすごい、感心するわ!」


 葉月はづきはそう言うと、さっきまで天井に向けていた人差し指をそのまま降ろしていき、そして今度は 玉依たまよりの鼻先に触れそうなほどの間近を指差した。


 玉依たまよりは、目の前のその指を鬱陶うっとうしそうに前脚でポンとはじくと、記憶を呼び起こしながら その『兵器』の概要を葉月はづきに確認する。


「でだ、ソイツは確か…… タングステンやチタン、それにウランなどで出来た巨大な爪楊枝つまようじを超音速で地上に落っことすという、工夫も美学も何もない、無粋ぶすい馬鹿馬鹿(ばかばか)しい(たぐ)いの玩具おもちゃ…… ではなかったかにゃあ?」


「ありゃりゃぁ…… こらまた、えっらい厳しめな評価やねぇ。 でもま、正解せーかい。 あっははー、キビシー!」


 確かにその通りであるとは言え、一応は現在の地球上で最も強力な非核兵器であり、かつ 唯一の『軌道周回型 対地宇宙兵器』たる当該物件に対し、何ともふたもない玉依たまよりの所見を聞き―――

 一応、この星の軍事技術者の一人である葉月はづきとしては、取り敢えず苦笑するしかない。



「それにしても ホンマにいろんなこと、よぅ~知ってはるわぁ。 さすがは 黒の賢魔術師(メラース マゴス)はんやねぇ」


 (ちな)みにこの、地球星アルド 中東方面の言語を語源とした二つ名(コードネーム)は、ィラ星系軍内において玉依たまより…… いや、ティマイョ・レィ特務中佐につつしんで贈られているものであり―――


 こうした称号を与えられる栄誉者ネームドは、全軍属の中でもわずか1%にも満たず、玉依たまよりが本国から如何いかに優秀な軍人として認知されているかが、この一件においてもし量れる。


「ふん、その呼び方はやめろ。 しかしまぁアレだ…… あんなガラクタが、ワガハイの駐在星の低軌道上を不躾ぶしつけにくるりくるりと周っておれば、いやでも調べるに決まっておろうが。 しかし成る程にゃあ…… その美醜びしゅうは別としても、確かに地球星アルドの兵器にしては なかなかに強力だ。 それに何より、今回ワレワレが望む用途としては必要充分な火力であり、まさに打って付けと言えよう」


「うっふふーん、せやろせやろぉー♪」


「しかしながら葉月はづきよ、あんなものをワレワレが勝手に使ってしまって、本当にさわりはにゃいのか?」


 と、念のため聞いてきた玉依たまよりに対し―――


「そんなん、絶対アカンに決まっとるやろ。 仮初(かりそ)めにも、同盟国の虎の子さんやで」


 葉月はづきの返答は素っ気なく、また にべもない。

 だがその後、少しく表情を変え―――


「でもなでもな? アレ…… 実は 世間一般的には、その存在自体が『一応(・・) 無いこと』になっとんねんやん。 せやからな? どこぞの誰かさんが、勝手にチャチャーっと使つこぅてしもたとしてもや…… まぁ ぶっちゃけ、ウチらの仕業しわざやっちゅうことさえバレへんかったら、そんなん どぉーとでもなるわなぁ」


「ふむ? ああ、そういう事か。 要は、例え ある日突然『外部ワレワレからのハッキング』によって 勝手に『誤射』させられたとしても、の国としては何処どこを責める訳にもいかんし、ましてや そもそも存在しないはず(・・・・・・・)の兵器を『誰かに乗っ取られた』などと、みずから公言して騒ぎ立てる訳にもいかんと…… そういう事だにゃ?」


「そそ、本日 二度目のビンゴー♪ それにや、落っことした先の国とごとんなるわけにもイカンしやなぁ……。 せやから、そこはもう毎度お馴染なじみの『高度な政治的判断』とやらいうやつが、世界各国でバンッバン発動されて…… それこそ、『万国 ポッポナイナイ博覧会』が、盛っ大に繰り広げられるっちゅう寸法や」


 葉月はづきにかかると、混沌こんとんとした世界情勢の闇の部分ですら、どうにも滑稽こっけいなお祭り騒ぎのイメージに変換されてしまうらしい。


「やれやれ…… この星の国家間秩序は、あいも変わらず にゃんとも未発達でお粗末な状況のようだにゃ。 でもまぁ、ワレワレにとっては、その方が都合が良いか」


 大人たち二人の話が、武力談義から この星の未成熟な国家間情勢に及んだところで、これまで如何いかにもつまらなさそうに足をぶらぶらさせていた桐子きりこが、しびれを切らしたように割り込んでくる。


「ねーねー、宇宙ウチューからなにか ふってくるのぉ?」


 それに対して柏子かしわこが、どうやら「余計な方向に話がふくらんで面倒事めんどうごとが増えるのはごめんだ」…… というリスクヘッジ的打算のもと、桐子きりこの言葉を制して言う。


桐姉きりねえ 今の話は気にしなくていいよ アタシたちは魔法少女として ひたすら『あく』をやっつけるだけ」


 柏子かしわこは、桐子きりこ琴線きんせんうまく触れそうなワードを選んで語りかける。

 そしてどうやら、それは功を奏したようで―――


「おー、『アク』を…… わかったー! キリ、がんばるよー!」


 と、見事みごと 誘導に引っかかったように見えた桐子きりこではあったが…… 実はこの娘も、身にまとっている雰囲気ほど、本当におバカなわけでは勿論もちろんなく―――


「つまりアレだよねー? キリたちが大カツヤクしたあとでぇ、『なーんにもなかったよー』……ってことにするために、その場所ごと『ぜーんぶ消しちゃえー』って…… そゆことだよね?」


「なんや、ウチら大人の暗黒面(ダークサイド)的なご事情まで、ガッツリ バッチリ把握はあくしとるんやないか」


「だってキリ宇宙ウチューのおはなし、大好だーいすきなんだもーん!」


 『宇宙のお話』というよりは、内容的にも相当『えげつない話』なので、一同…… 特に櫻子さくらこなどは、純真無垢じゅんしんむく桐子きりこを こうした暗い部分に関わらせたくないという、ある種 身勝手な大人の(・・・)心遣いでもあったのだが―――


 桐子きりこは その純真さで、そうした部分をも含めた一切いっさいを、丸ごとそのまま 素直に受け入れてしまったようであった。


「あぁ… 桐子きりこちゃんのそのんだ心が…… もうこれ以上 けがれてしまいませんように…… 」


 だが、櫻子さくらこのそんな願いもむなしく…… 実は桐子きりこは、そういった『闇っぽい部分』についても、さほどにうとい方ではなかった。


 それはひとえに、彼女が毎週欠かさずテレビで見ている あの超問題作……『魔法少女 ☆ スローロリス』の影響であることは、全くもっいなめないかもしれない。


「よし、ともあれ準備の方は にゃんとか順調に整ってきたようだにゃ」


「ほんでタマやん、本番はいつ頃の予定なん?」


「うむ… 実は、『倒すべきあく』とやらの選定を、午前中の内に 刀眞とうまのヤツに頼んでおってだにゃあ…… それが終わり次第、なるべく早く決行したい。 何しろ早くせんと…… 」


 と ここで玉依たまよりは、桐子きりこの耳に届かぬように声を落として言う。


「あまり悠長ゆうちょうに構えておって、万が一にも桐子アイツの心がしびれを切らしてしまったりでもした日には…… それこそ、取り返しのつかん事態に発展してしまわんとも限らんからにゃあ」


 などと、黒猫(・・)玉依たまよりが 何やら如何いかにもフラグめいた不吉な(げん)を発している そのかたわらで―――

 それを聞いていた柏子かしわこは、少しく不穏ふおんな気配を感じずにはいられないのであった。





 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





一掬いっきく後刻ごこくたん



 後刻、櫛名田くしなだ邸内 洋館2階 玉依たまよりの部屋 合の間 ―――



玉依たまより 「おい櫻子さくらこよ、桐柏コイツらの手持ちの武器を用意してやったぞ」


櫻子さくらこ 「まぁ、それは素晴らしいですわね! …… と言いたいところなのですけれど……。 えーっと、いったい何なんですの? 床に横たわる、このデカブツは…… 」


柏子かしわこ 「これ アタシが頼んだやつ (おお)太刀(たち) 備前(びぜん)長船(おさふね)法光(のりみつ) since 1446 室町中期 なう」


櫻子 「いやいや、『室町中期 なう』の意味が…… 今はもう『令和 なう』ですから。 で、えーっと…… 柏子(かしわこ)さん? いつになく、そんなにも目を爛々(らんらん)と輝かせて…… え、ご満悦中?」


玉依 「ほう…… 柏子(かしわこ)、気に入ったのかにゃ?」


柏子 「うん 玉先(たません) 最高 ありがと」


桐子きりこ 「うわぁー、すっごいねぇー! こーんなに(おっ)きいカタナ、(キリ) はじめて見たよー!」


玉依 「ふふん、そうだろう。 ワガハイ所蔵の数多(あまた)ある刀剣コレクションの中でも、特に目を引く逸品だぞ」


櫻子 「でしょうね…… これだけ大きければ、いやでも目に入りますわ。 て言うか、いくら何でも大き過ぎませんこと? この刀…… えーっと、(おお)太刀(たち)?」


柏子 「大きいは正義 大は小を兼ねる 大同小異」


櫻子 「うーん…… しいですわ柏子(かしわこ)さん、最後のは言葉の意味がちょっと違いましたわね…… って そんなことより、大きいにも程があると言っているのです。 だってこの刀…… アナタの背丈の、優に3倍はありそうではないですか!?」


玉依 「ふむ、総長377.6cm…… (おお)太刀(たち)の中でも最大級の業物(わざもの)。 だがしかし、これが意外と使えるのだぞ? 重さもせいぜい13kg程度と手頃だしにゃ」


柏子 「おー それくらいなら片手首で余裕 一振りで五人斬り」


玉依 「うむ… ワレワレの膂力(りょりょく)は、地球星(アルド)人どもの10倍は(くだ)らんからにゃ。 スナップを効かせて敵を(にゃ)ぎ払う程度、この重さなら造作(ぞうさ)もにゃかろう」


櫻子 「い… いやいやいや! 『不殺(ころさず)』が前提なのですから、安易に()ぎ払わないでくださいな!? 『スナップ効かせて五人斬り』って…… アナタ方、たおしてしまわれる気 満々ではありませんか!」


玉依 「解っておるわ…… 言葉の(あや)だ、言葉のにゃ」


櫻子 「それにほら、その…… 見た目と言いますか、絵的にね? 小4女児が ぶんぶんと振り回して良いサイズ感ではないと申しますか……。 ぶっちゃけ、こわすぎなのですけれど」


玉依 「全く…… 櫻子(さくらこ)は頭が固いにゃあ。 そんなもの、(にゃ)れだよ (にゃ)れ」


櫻子 「いや、『れ』って…… え? それはワタクシたち『見る側』に課せられてしまうものなんですの? もう、なんだか訳が解らないのですけれど…… 」


玉依 「まぁまぁ、良いではにゃいか。 他ならぬ柏子かしわこも、こうして喜んでおる事だしにゃ」


柏子 「アタシ 超喜んでる 今世紀1位」


櫻子 「いや、今世紀って…… え? それはつまり、柏子(かしわこ)さんがお生まれになってからの通算で一番ってことですの? そんなに!? はぁ…… じゃあもう解りましたわ。 良かったですわね柏子かしわこさん、良いお刀が見つかって」


柏子 「うん 『刀』でなく『(おお)太刀たち』だけどね」


櫻子 「あー はいはい、(おお)太刀たちですわね。 まったく、やれやれですわ。 それで、桐子(きりこ)ちゃんの方はどうなのです? もしかして、そこに置いてある二丁の…… またやたらと綺羅(きら)びやかな拳銃が そうですの?」


桐子 「うん! キリのピストルさんたちだよー!」


玉依 「ふむ…… コイツはにゃ、槍慈そうじのヤツの書斎の隠し戸棚から、さっき勝手に(・・・)拝借してきたものだ」


櫻子 「え…… それって大丈夫なんですの?」


玉依 「構わんだろう、可愛い孫へのプレゼントとにゃるのだぞ? 隠居した皺枯(しわが)(じじ)ぃにとっては、この上も(にゃ)く有用 かつ しかるべき供出だ。 全くもって問題にゃい」


桐子 「わぁーい! 槍慈ソージ祖父ジイさま、ありがとー!」


柏子 「桐姉きりねえ お礼は本人に」


玉依 「おっと、そいつはいかんぞ。 槍慈そうじのヤツには絶対に言ってくれるにゃ…… 良いか、くれぐれも内緒(にゃいしょ)だぞ?」


桐子 「え? う… うん、わかったー 」


櫻子 「いやいやたまさま、問題 大ありっぽいではありませんか……。 どれだけ後ろめたいんです」


玉依 「おほん! でだ…… この銃はだにゃ、ワルサーPP 32口径の特殊エングレーブ仕様だ」


桐子 「すごいすごーい! 金色の模様が モシャモシャーって、いーっぱいだねー!」


玉依 「うむ。 こいつはにゃ、当時最高の職人の手によって、細かな彫刻エングレーブが銃身全体にくまなく(ほどこ)されておるのだ。 こうなるとまさに、超一級の美術品だぞ」


櫻子 「なんだか とっても由緒ゆいしょがありそうな、美しい銃ですわね」


玉依 「ああ、勿論もちろんだ。 コイツはにゃ、第二次大戦の最中さなか、銃の製造元の創始家当主が (とき)のドイツ総統への献上品として特別に作らせたもので、その時 実際に贈られた銃と同時に用意された 予備の二丁だ」


櫻子 「えーっと、ドイツの総統って…… いやいや、うーん… なんだか『由緒ゆいしょ』が、不穏(ふおん)で怖すぎなのですけれど…… 」


玉依 「ん? 一体 (にゃに)が怖い? 所詮(しょせん)は予備なのであるからして、あの男(・・・)の手には渡っておらんのであるし、勿論(もちろん) 自決の際に使われた銃とも違う。 それどころか、ほぼ未使用品だぞ? 全く(もっ)て問題にゃい」


櫻子 「今宵こよいたまさまの『問題にゃい』は、いつにも増して相当に信用が置けませんわね…… 」


玉依 「ともあれ、これでにゃんとか桐柏コイツらの武器も(そろ)った訳だが…… それにしても、(おお)太刀たち二丁拳銃ツーハンドか。 『魔法少女』として、なかなかさまになりそうではにゃいか」


櫻子 「えーっと…… そう? いや、まぁいいか。 で、これらの武器は あくまで、相手の方々を『殺してしまわないため』のもの…… ということで、よろしいのですわよね?」


玉依 「その通りだ。 (にゃに)しろ、桐柏コイツらの異能ジンで ひ弱な地球星アルド人なんぞを無闇(むやみ)に攻撃しようものなら、幾ら手加減したところで その体は一瞬にして焼失(ロースト)蒸発(スチーム)…… 運が良くて液化ジュース肉塊ミンチだからにゃ」


櫻子 「たまさまの『運が良い』の基準が解りませんわ……。 どうせ死ぬなら、いっそ蒸発の方がマシのような気がするのですけれど」


玉依 「ともかくだ、相手が如何いか悪辣非道アウトレイジな連中であったとしても、絶対に命を奪ってはにゃらん。 (にゃに)しろ 殺してしまっておっては、後で(にゃん)かあったおりに『言い訳が立たん』からにゃ。 良いか、桐子きりこ柏子かしわこよ」


桐子 「はーい!」


柏子 「りょー 」


櫻子 「それにしても この武器…… 特に(おお)太刀たちの方なんて、もんのすっごく殺傷能力が高そうなのですけれど…… 」


玉依 「まぁ、確かにそうかもにゃあ。 よし、柏子かしわこよ… くれぐれも注意して、絶対に斬り過ぎるにゃよ?」


柏子 「わかった なるべく峰打ち 斬っても切断はしないように頑張る」


玉依 「うむ、それで良い」


櫻子 「いや、本当に『それで良い』んですの!? こんなもので打ち込まれたら、切断されなくても打撲死…… もしくは失血死とかで、()れなく昇天してしまうのでは?」


玉依 「だからそうはならんよう、軍医の鹿沼かぬまを同行させる。 まぁ あれだ、要は 最終的に死なせさえしなければ良いのだ。 悪漢どもの怪我(けが)や恐怖の多寡たかなんぞ、ワレらの知った事ではにゃいわ」


櫻子 「お相手が『社会的に良くない方々』なのであるとは言え、本当にお気の毒ですこと……。 で、桐子きりこちゃんに柏子かしわこさん、アナタがたはどう? 血とか見るの、怖くない?」


柏子 「別に 皮膚や肉が裂ければ当然体液が出る それだけ」


桐子 「キリはねー、お鼻から血がでるほうが なんかコワイなー 」


柏子 「桐姉きりねえうける でもそれ なんかちょっと解るかも」


櫻子 「はぁ… この『地球人(いっぱんじん)』との感覚の微妙 かつ根本的な違い……。 やっぱりワタクシたちって、この星の人間ではないのですわね…… 」






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ