玉櫻の仕掛 visit 葉月 × 陸
此処は防衛省敷地内の庁舎D棟―――
櫛名田家 現当主たる刀眞の妻であり、弓弦や櫻子、そして桐柏たちの母親である葉月が勤める、防衛装備庁内の『応接室 03』と呼ばれる一室。
櫻子や玉依たち一行は、受付の氷川の案内で 今ここにいるのであるが―――
このフロアが、葉月の所属する技術戦略部のフロアであるのかどうかは判らない。
いや、そんなことよりも…… 今、目の前にいる見慣れない人物が、本当に母親 葉月と同一人物であるのかどうか……。
実際その方が、一行にとっては最も急務な、目下の要吟味詮索事案なのである。
「もう、やだ なあに? みんなして人の顔をじろじろと。 それより、確か初めてよね? アナタたちがここへ来るのって。 ちゃんと迷わずに来られたのかしら?」
普段とは違い、きっちりとした仕立ての良いスーツに身を包んだ葉月は、きびきびとした動きで部屋の空調か何かのパネルを手早く操作した後、入口近くの席に腰を下ろして一同にそう話しかけたのだが―――
「え… えぇ、はい…… って、ぇえ!? えっと… ア アナタは、あの…… ほ 本当に、お母… さま……?」
まずは櫻子が、素頓狂 かつ相当に訝しげな声を上げ、桐子は口を半ば開けた状態で 目を丸くしている。
そして、さすがの柏子も かなり驚いているようで、いつも以上に無表情な顔を葉月の方へと向け、何を思うのか ただひたすらに、じっと見つめているのだが―――
独り 玉依だけは、さして顔色も変えずに大きな欠伸などをして、さもつまらなさそうにテーブルの上で寝転んでいた。
それにしても、これまでに見たことのない『あの母親』の変わり様に、娘たち三人が受けた衝撃は かなり大きかったようだ。
さすがに職場であるため、日々見慣れた だらしない服装と違うのは当然としても…… 普段とは似ても似つかない葉月の、この凛とした立ち居振る舞い―――
そして何より、あの怪体な関西弁の名残りが微塵も垣間見られない 流暢な標準語を話すその姿は、雰囲気も人となりも、最早 全くの別人としか思えないのであった。
「もう、本当にどうしたの? ワタシの顔に何かついてるのかしら?」
そう言うと葉月は、少しだけいつもの面影が見て取れる悪戯っぽい笑みを浮かべ、三人の愛娘たちを わざとらしく順に見遣るが―――
「母さまこそ、どうかしちゃったのぉー? 話し方がなんか変…… ていうか、変じゃないのが変だよぉー!?」
「あの… お母さま? いつもの関西弁こってこての お話しのされ方ではないのですわね……。 え、本当に あのお母さまなんですの?」
「だれ この人」
などと、当惑しきった答えが返ってくるばかり。
「やれやれ、葉月よ…… コイツらはにゃ、初めて見るオマエのその立ち居振舞いと話し言葉に、すっかり面喰っておるのだ」
と、見かねた玉依が、如何にも億劫そうに助け舟を出すが―――
「あっははは、うん 知ってたわ。 でもそっかぁー、それはそうよねぇ……。 まぁ我ながら、さすがにこの変貌ぶりは相当なものなのだろうと、多少は自覚しているところでもあるのだから」
「ふん… あほか、当たり前だ。 それで自覚しておらんかったら怖いわ」
すっかり困惑しきっている娘たちに代わり、本当に面倒臭そうにアシストし 場を繋いでやる玉依であったが…… しかしどうにもやはり この猫だけは、さほど驚いていないように見受けられた。
「でもねみんな、ここは職場なのよ? 家に居る時とは少しくらい態度が違っていたとしても、それは仕方のないことではないかしら」
「いやいやいや…… オマエにゃあ、さらっと『少しくらい』とか言うにゃよ」
自らが推して曰く、『職場仕様の葉月』―――
はたして、どこまで本気で言っているのか。
「そ… そうですわ! 『少し』だなんて とんでもない! だってお母さま、お屋敷に居られる時とは まるで正反対の別人ではありませんか!」
漸く櫻子が、何とか言葉を返せる程度には落ち着いてきたようであるが―――
「あのね櫻子さん? ワタシの職務は、この国の防衛にとって本当に重要で、かつ重い責任を伴うものなの。 それに決して、自分独りで容易に成し得るような類のものではなく、皆で一致団結して創り上げていかなければならない、本当に難しい仕事なのよ? だから、普段ワタシが家に居る時のような、ちょっぴり寛いだ感じの態度で臨んだりしていては、職掌的にも また責任ある立場にあるモノとしても、いろいろと障りが出てしまうものなのよ」
葉月が、またも普段なら絶対に言わないような、真摯 かつ真っ当な言葉を口にする。
「いや… あの、えーっと…… お母さま? その… 取り敢えず、冒頭の『櫻子さん』という呼び方のところで怖気を震わされてしまいまして……。 申し訳ありませんが、せっかくのお言葉が ひとーっつも、耳に入ってきませんでしたの…… 」
「母さま 『寛ぐ』の拡大解釈が 半端なかった」
「オマエにゃあ、あの普段の行状が対人的に『障る』と自覚しておるのなら、少しは一族への配慮も見せてみろよにゃ」
「母さまぁ、なんかコワイよぉ……。 早く還ってきてぇー!」
始めは少し面白がっていた感のある葉月であったが、娘たちの あまりの困惑ぶりと拒絶的な反応に、少しく動揺し始めたようで―――
「いや、ちょ… アンタら、いったいウチをなんやと…… 」
つい、いつもの葉月が顔を覗かせる。
「まぁ! も… もしかして、やはりアナタは…… 本当にお母さま!?」
「あー! 母さま! やっと還ってこられたんだねー!」
「おう葉月、戻ったか。 いやまぁ、別に戻って来んでも良かったのだがにゃ」
「おかえり 『正常にバグってる方』の いつもの母さま」
「うぅーわ、失礼や…… これはホンマに失礼やで…… 」
相も変わらず、なかなか話の本題にも入れない彼ら。
そしてどうやら、漸くいつもの 愛すべき『残念な葉月』である。
「ちっ…… ったくぅ、もぅええわ! やめや やめー、飽ーっきまーしたぁーっと! ま、この部屋…… 完っ全に防音仕様やしな。 ちょっとくらい素ぅ出しとっても構へんやろ。 ふぁ~あっとぉ…… でぇ? 何や、あれこれと『武器』が欲しいんやったっけか?」
そう言って葉月は、これまで背中に鉄の棒でも入っていたかのように すっと伸びていた姿勢をグニャリと盛大に崩すと、ソファの上で胡坐をかき、そして唐突に話の本題に入った。
ともあれ、いろいろと要らぬ遠回りをしたが、これで漸くにして話が進みそうな按配である。
「ああ、そうだ。 要り用なのはだにゃ…… まず、そこそこ強力な『手持ちの武器』を二人分と――― あとは エリア単位で消滅させられる程度の火力を有した、所謂『兵器』だにゃ」
「ん… さよかー。 ま、こないだ聞いたとおりやねぇ。 ほんで? それぞれの用途と意図を、も一度 確認さしてもろても よろしぃ?」
「勿論だ。 そうだにゃあ、端的に言うとだ――― コイツらの『手持ち武器』の方は、標的となった地球星人どもを『安易に殺してしまわないためのもの』…… まぁ 要は、異能をコイツらに使わせたくないのだ。 一方『兵器』の方は、事を終えた後の痕跡を『全て消し去るためのもの』……とでもいったところかにゃあ」
「あっははー! さぁーっすがは玉やん、抜け目なぁーい! んでもってぇ…… 優しいんか怖いんか、よく解んなぁ~い♪」
「ふん… うるさい、茶化すな。 でだ、その『後者』の方はだにゃ、付近一帯の構造物はもとより、地表や地形に至るまでの一切を、悉く一瞬で吹き飛ばしてしまえるような高仕様のものであると有り難い。 あぁ、言わずもがなではあろうが、何処からも足が付かん代物である事は、無論 最低条件だぞ?」
この二人、話している中身は相当に物騒な内容であるのだが…… 傍で聞いていると、その口調や姿勢はどうにも緊張感がなく、加えて事の重大性なども 全くと言って良い程に感じられない。
「ん… わーったよぉ、了解。 んでぇ、結論から言うと…… うーん、せやなぁ――― ま、後者の『超火力兵器』の方は たぶん大丈夫やろ。 うん、ウチの方で何とかしたるわぁ。 せやけど… あぁ゛ーん、『手持ちの小っさい武器』の方はなぁー…… これが以外と、ちょい難しい。 と言うか正直、あんま関わりたないなぁ」
葉月はそう言うと眉根を少しだけ寄せ、玉依の反応を窺う。
しかし玉依の返答は あっさりしたもので―――
「そうか。 いや、それで構わんよ。 正直、逆だったら少しく面倒だと思っておったところにゃのだが、その回答なら上々だ。 ではにゃ、双子らの『手持ち武器』の方は ワガハイの方で何とかするよ」
と、話はどうやら やたらとスムーズ かつ大ざっぱな印象でどんどん決まっていき、横で黙って聞いている櫻子や桐柏たちが口を差し挟む暇もない。
「よっしゃ、助かるわ~! ほなら玉やん、そうしてくれるぅ? いやぁ~、地面ごと吹っ飛ばす方はなぁ…… 実は今 ウチが考えてる代物やと、いっろぉーんな意味で『渡りに船』でもあるしやなぁ…… ふっふぅーん♪」
と、ここで葉月は怪しい笑みを浮かべる。
どうやら今回の件に託けて、何かしらの企てがあるようだ。
「それにな? 搾取隠蔽するんも、却って大袈裟過ぎるくらいの大物の方が、逆に楽な感じで行けるんちゃうかなぁ~っと…… そない思ぅとんねん」
「そうか。 まぁ、段取りの方は任せるよ。 この件をどう利用しようと構わんから、オマエさんの都合の良いようにやってくれ」
玉依も 普段は何だかんだと言いながら、肝心な場面での葉月の手腕には、一定以上の信を置いているようで―――
詮索じみたことなどは一切せず、鷹揚にそう言った。
だが、その後 継いだ二の句の発声とともに、黄色く光る彼の大きな目が、すっと細く鋭いものとなる。
「それでだ葉月よ…… ソイツは、如何程の火力が見込めそうなのかにゃ?」
「ふっふぅーん…… 軍人はんである玉やん中佐殿には、さぞかし興味のあるところやろぉー。 せやねぇ…… ま、戦術核よりは ほんの少ぉ~しだけ劣るやろうけど…… 当然、通常兵器なんかよりは相当に、ごっつい威力を見せつけてくれるんちゃうかなぁ?」
「ん… そうか、にゃらば佳かろう。 オマエさんが太鼓判を押すような逸物とあらば安心だ。 楽しみにしておるよ」
そんな話を、一見 楽しげに交わしている玉依と葉月の表情は、しかしよく見ると 普段では絶対に見せないような、ある種の不気味さや凄味すら感じさせる笑みを不敵に湛えており―――
その様子を傍らで見ていた櫻子や双子たちは、少しだけ 背筋に走る寒々しい戦慄のようなものを感じた気がした。
「残念ながら、ウチが作ったもんではないけどやなぁ…… ま、某大国が満を持して建造し、しかもその存在は 思いっきり周知であるにもかかわらず、良う解らん『公然の秘密』として各国とも黙認しとるっちゅう…… 謂わば、曰く付き物件的な『地球人類の虎の子』やね」
「お、おぅ…… そうか。 まぁ、よく解らんが…… うん、オマエが上手くやってくれると言うのであれば、まぁ良いだろう」
葉月の言に、玉依は少しだけ懸念風味の微妙な感覚を覚えたが―――
ここは当初の眼目どおり、葉月を信じ 任せることで、自らを納得させた。
「畏まりぃ~♪ ま、たぶんガッカリは させへんと思うよ」
「ん… それで、その兵器による 事後の周辺地域への影響は?」
「そうやねぇ――― 使用した直後は当然、一面 えっらい火の海んなるやろうし…… 地形だけでなく、地質なんかも相当変わってまうやろか……。 でもな、汚染物質とかは一切残らへんよ? 核やないし」
「ん、ならば結構。 で、ソイツは今 何処にある?」
と、ここで葉月はニヤリと不敵な笑みを浮かべると、右手の人差し指をピンと立てて真上に向ける。
「お宇宙の上や」
それを聞き、玉依は一瞬 訝し気な表情を浮かべ―――
「何だと?」
と 問い返すが、すぐに何かに思い当たったようで―――
「あぁ、もしかするとアレか? いつも何かというと、お節介に しゃしゃり出てくる『何処ぞの国』が 以前から保有しておった…… ふむ、何と言ったかにゃあ? そうだ、『神の杖 < Rods from God >』とかいう、何とも烏滸がましい名称の代物だったような…… 」
「そそ、ビンゴビンゴー♪ さっすがやなぁ…… ホンマにすごい、感心するわ!」
葉月はそう言うと、さっきまで天井に向けていた人差し指をそのまま降ろしていき、そして今度は 玉依の鼻先に触れそうなほどの間近を指差した。
玉依は、目の前のその指を鬱陶しそうに前脚でポンと弾くと、記憶を呼び起こしながら その『兵器』の概要を葉月に確認する。
「でだ、ソイツは確か…… タングステンやチタン、それにウランなどで出来た巨大な爪楊枝を超音速で地上に落っことすという、工夫も美学も何もない、無粋で馬鹿馬鹿しい類いの玩具…… ではなかったかにゃあ?」
「ありゃりゃぁ…… こらまた、えっらい厳しめな評価やねぇ。 でもま、正解。 あっははー、キビシー!」
確かにその通りであるとは言え、一応は現在の地球上で最も強力な非核兵器であり、かつ 唯一の『軌道周回型 対地宇宙兵器』たる当該物件に対し、何とも身も蓋もない玉依の所見を聞き―――
一応、この星の軍事技術者の一人である葉月としては、取り敢えず苦笑するしかない。
「それにしても ホンマにいろんなこと、よぅ~知ってはるわぁ。 さすがは 黒の賢魔術師はんやねぇ」
因みにこの、地球星 中東方面の言語を語源とした二つ名は、ィラ星系軍内において玉依…… いや、ティマイョ・レィ特務中佐に謹んで贈られているものであり―――
こうした称号を与えられる栄誉者は、全軍属の中でも僅か1%にも満たず、玉依が本国から如何に優秀な軍人として認知されているかが、この一件においても推し量れる。
「ふん、その呼び方はやめろ。 しかしまぁアレだ…… あんなガラクタが、ワガハイの駐在星の低軌道上を不躾にくるりくるりと周っておれば、嫌でも調べるに決まっておろうが。 しかし成る程にゃあ…… その美醜は別としても、確かに地球星の兵器にしては なかなかに強力だ。 それに何より、今回ワレワレが望む用途としては必要充分な火力であり、正に打って付けと言えよう」
「うっふふーん、せやろせやろぉー♪」
「しかしながら葉月よ、あんなものをワレワレが勝手に使ってしまって、本当に障りはにゃいのか?」
と、念のため聞いてきた玉依に対し―――
「そんなん、絶対アカンに決まっとるやろ。 仮初めにも、同盟国の虎の子さんやで」
葉月の返答は素っ気なく、また にべもない。
だがその後、少しく表情を変え―――
「でもなでもな? アレ…… 実は 世間一般的には、その存在自体が『一応 無いこと』になっとんねんやん。 せやからな? どこぞの誰かさんが、勝手にチャチャーっと使ぅてしもたとしてもや…… まぁ ぶっちゃけ、ウチらの仕業やっちゅうことさえバレへんかったら、そんなん どぉーとでもなるわなぁ」
「ふむ? ああ、そういう事か。 要は、例え ある日突然『外部からのハッキング』によって 勝手に『誤射』させられたとしても、彼の国としては何処を責める訳にもいかんし、ましてや そもそも存在しないはずの兵器を『誰かに乗っ取られた』などと、自ら公言して騒ぎ立てる訳にもいかんと…… そういう事だにゃ?」
「そそ、本日 二度目のビンゴー♪ それにや、落っことした先の国と揉め事んなるわけにもイカンしやなぁ……。 せやから、そこはもう毎度お馴染の『高度な政治的判断』とやらいうやつが、世界各国でバンッバン発動されて…… それこそ、『万国 ポッポナイナイ博覧会』が、盛っ大に繰り広げられるっちゅう寸法や」
葉月にかかると、混沌とした世界情勢の闇の部分ですら、どうにも滑稽なお祭り騒ぎのイメージに変換されてしまうらしい。
「やれやれ…… この星の国家間秩序は、相も変わらず 何とも未発達でお粗末な状況のようだにゃ。 でもまぁ、ワレワレにとっては、その方が都合が良いか」
大人たち二人の話が、武力談義から この星の未成熟な国家間情勢に及んだところで、これまで如何にもつまらなさそうに足をぶらぶらさせていた桐子が、痺れを切らしたように割り込んでくる。
「ねーねー、宇宙からなにか ふってくるのぉ?」
それに対して柏子が、どうやら「余計な方向に話が膨らんで面倒事が増えるのはごめんだ」…… というリスクヘッジ的打算のもと、桐子の言葉を制して言う。
「桐姉 今の話は気にしなくていいよ アタシたちは魔法少女として ひたすら『悪』をやっつけるだけ」
柏子は、桐子の琴線に巧く触れそうなワードを選んで語りかける。
そしてどうやら、それは功を奏したようで―――
「おー、『悪』を…… わかったー! 桐、がんばるよー!」
と、見事 誘導に引っかかったように見えた桐子ではあったが…… 実はこの娘も、身に纏っている雰囲気ほど、本当におバカなわけでは勿論なく―――
「つまりアレだよねー? 桐たちが大カツヤクしたあとでぇ、『何もなかったよー』……ってことにするために、その場所ごと『ぜーんぶ消しちゃえー』って…… そゆことだよね?」
「なんや、ウチら大人の暗黒面的なご事情まで、ガッツリ バッチリ把握しとるんやないか」
「だって桐、宇宙のおはなし、大好きなんだもーん!」
『宇宙のお話』というよりは、内容的にも相当『えげつない話』なので、一同…… 特に櫻子などは、純真無垢な桐子を こうした暗い部分に関わらせたくないという、ある種 身勝手な大人の心遣いでもあったのだが―――
桐子は その純真さで、そうした部分をも含めた一切を、丸ごとそのまま 素直に受け入れてしまったようであった。
「あぁ… 桐子ちゃんのその澄んだ心が…… もうこれ以上 穢れてしまいませんように…… 」
だが、櫻子のそんな願いも虚しく…… 実は桐子は、そういった『闇っぽい部分』についても、さほどに疎い方ではなかった。
それは偏に、彼女が毎週欠かさずテレビで見ている あの超問題作……『魔法少女 ☆ スローロリス』の影響であることは、全く以て否めないかもしれない。
「よし、ともあれ準備の方は 何とか順調に整ってきたようだにゃ」
「ほんで玉やん、本番はいつ頃の予定なん?」
「うむ… 実は、『倒すべき悪』とやらの選定を、午前中の内に 刀眞のヤツに頼んでおってだにゃあ…… それが終わり次第、なるべく早く決行したい。 何しろ早くせんと…… 」
と ここで玉依は、桐子の耳に届かぬように声を落として言う。
「あまり悠長に構えておって、万が一にも桐子の心が痺れを切らしてしまったりでもした日には…… それこそ、取り返しのつかん事態に発展してしまわんとも限らんからにゃあ」
などと、黒猫の玉依が 何やら如何にもフラグめいた不吉な言を発している その傍らで―――
それを聞いていた柏子は、少しく不穏な気配を感じずにはいられないのであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
【 一掬 ❁ 後刻譚 】
後刻、櫛名田邸内 洋館2階 玉依の部屋 合の間 ―――
玉依 「おい櫻子よ、桐柏らの手持ちの武器を用意してやったぞ」
櫻子 「まぁ、それは素晴らしいですわね! …… と言いたいところなのですけれど……。 えーっと、いったい何なんですの? 床に横たわる、このデカブツは…… 」
柏子 「これ アタシが頼んだやつ 大太刀 備前長船法光 since 1446 室町中期 なう」
櫻子 「いやいや、『室町中期 なう』の意味が…… 今はもう『令和 なう』ですから。 で、えーっと…… 柏子さん? いつになく、そんなにも目を爛々と輝かせて…… え、ご満悦中?」
玉依 「ほう…… 柏子、気に入ったのかにゃ?」
柏子 「うん 玉先 最高 ありがと」
桐子 「うわぁー、すっごいねぇー! こーんなに大きいカタナ、桐 はじめて見たよー!」
玉依 「ふふん、そうだろう。 ワガハイ所蔵の数多ある刀剣コレクションの中でも、特に目を引く逸品だぞ」
櫻子 「でしょうね…… これだけ大きければ、嫌でも目に入りますわ。 て言うか、いくら何でも大き過ぎませんこと? この刀…… えーっと、大… 太刀?」
柏子 「大きいは正義 大は小を兼ねる 大同小異」
櫻子 「うーん…… 惜しいですわ柏子さん、最後のは言葉の意味がちょっと違いましたわね…… って そんなことより、大きいにも程があると言っているのです。 だってこの刀…… アナタの背丈の、優に3倍はありそうではないですか!?」
玉依 「ふむ、総長377.6cm…… 大太刀の中でも最大級の業物。 だがしかし、これが意外と使えるのだぞ? 重さもせいぜい13kg程度と手頃だしにゃ」
柏子 「おー それくらいなら片手首で余裕 一振りで五人斬り」
玉依 「うむ… ワレワレの膂力は、地球星人どもの10倍は下らんからにゃ。 スナップを効かせて敵を凪ぎ払う程度、この重さなら造作もにゃかろう」
櫻子 「い… いやいやいや! 『不殺』が前提なのですから、安易に凪ぎ払わないでくださいな!? 『スナップ効かせて五人斬り』って…… アナタ方、斃してしまわれる気 満々ではありませんか!」
玉依 「解っておるわ…… 言葉の綾だ、言葉のにゃ」
櫻子 「それにほら、その…… 見た目と言いますか、絵的にね? 小4女児が ぶんぶんと振り回して良いサイズ感ではないと申しますか……。 ぶっちゃけ、怖すぎなのですけれど」
玉依 「全く…… 櫻子は頭が固いにゃあ。 そんなもの、慣れだよ 慣れ」
櫻子 「いや、『慣れ』って…… え? それはワタクシたち『見る側』に課せられてしまうものなんですの? もう、なんだか訳が解らないのですけれど…… 」
玉依 「まぁまぁ、良いではにゃいか。 他ならぬ柏子も、こうして喜んでおる事だしにゃ」
柏子 「アタシ 超喜んでる 今世紀1位」
櫻子 「いや、今世紀って…… え? それはつまり、柏子さんがお生まれになってからの通算で一番ってことですの? そんなに!? はぁ…… じゃあもう解りましたわ。 良かったですわね柏子さん、良いお刀が見つかって」
柏子 「うん 『刀』でなく『大太刀』だけどね」
櫻子 「あー はいはい、大太刀ですわね。 まったく、やれやれですわ。 それで、桐子ちゃんの方はどうなのです? もしかして、そこに置いてある二丁の…… またやたらと綺羅びやかな拳銃が そうですの?」
桐子 「うん! 桐のピストルさんたちだよー!」
玉依 「ふむ…… コイツはにゃ、槍慈のヤツの書斎の隠し戸棚から、さっき勝手に拝借してきたものだ」
櫻子 「え…… それって大丈夫なんですの?」
玉依 「構わんだろう、可愛い孫へのプレゼントとにゃるのだぞ? 隠居した皺枯れ爺ぃにとっては、この上も無く有用 かつ 然るべき供出だ。 全く以て問題にゃい」
桐子 「わぁーい! 槍慈お祖父さま、ありがとー!」
柏子 「桐姉 お礼は本人に」
玉依 「おっと、そいつはいかんぞ。 槍慈のヤツには絶対に言ってくれるにゃ…… 良いか、くれぐれも内緒だぞ?」
桐子 「え? う… うん、わかったー 」
櫻子 「いやいや玉さま、問題 大ありっぽいではありませんか……。 どれだけ後ろめたいんです」
玉依 「おほん! でだ…… この銃はだにゃ、ワルサーPP 32口径の特殊エングレーブ仕様だ」
桐子 「すごいすごーい! 金色の模様が モシャモシャーって、いーっぱいだねー!」
玉依 「うむ。 こいつはにゃ、当時最高の職人の手によって、細かな彫刻が銃身全体に隈なく施されておるのだ。 こうなると正に、超一級の美術品だぞ」
櫻子 「なんだか とっても由緒がありそうな、美しい銃ですわね」
玉依 「ああ、勿論だ。 コイツはにゃ、第二次大戦の最中、銃の製造元の創始家当主が 時のドイツ総統への献上品として特別に作らせたもので、その時 実際に贈られた銃と同時に用意された 予備の二丁だ」
櫻子 「えーっと、ドイツの総統って…… いやいや、うーん… なんだか『由緒』が、不穏で怖すぎなのですけれど…… 」
玉依 「ん? 一体 何が怖い? 所詮は予備なのであるからして、あの男の手には渡っておらんのであるし、勿論 自決の際に使われた銃とも違う。 それどころか、ほぼ未使用品だぞ? 全く以て問題にゃい」
櫻子 「今宵の玉さまの『問題にゃい』は、いつにも増して相当に信用が置けませんわね…… 」
玉依 「ともあれ、これで何とか桐柏らの武器も揃った訳だが…… それにしても、大太刀と二丁拳銃か。 『魔法少女』として、なかなか様になりそうではにゃいか」
櫻子 「えーっと…… そう? いや、まぁいいか。 で、これらの武器は あくまで、相手の方々を『殺してしまわないため』のもの…… ということで、宜しいのですわよね?」
玉依 「その通りだ。 何しろ、桐柏らの異能で ひ弱な地球星人なんぞを無闇に攻撃しようものなら、幾ら手加減したところで その体は一瞬にして焼失か蒸発…… 運が良くて液化か肉塊だからにゃ」
櫻子 「玉さまの『運が良い』の基準が解りませんわ……。 どうせ死ぬなら、いっそ蒸発の方がマシのような気がするのですけれど」
玉依 「ともかくだ、相手が如何に悪辣非道な連中であったとしても、絶対に命を奪ってはにゃらん。 何しろ 殺してしまっておっては、後で何かあった折に『言い訳が立たん』からにゃ。 良いか、桐子に柏子よ」
桐子 「はーい!」
柏子 「りょー 」
櫻子 「それにしても この武器…… 特に大太刀の方なんて、もんのすっごく殺傷能力が高そうなのですけれど…… 」
玉依 「まぁ、確かにそうかもにゃあ。 よし、柏子よ… くれぐれも注意して、絶対に斬り過ぎるにゃよ?」
柏子 「わかった なるべく峰打ち 斬っても切断はしないように頑張る」
玉依 「うむ、それで良い」
櫻子 「いや、本当に『それで良い』んですの!? こんなもので打ち込まれたら、切断されなくても打撲死…… もしくは失血死とかで、漏れなく昇天してしまうのでは?」
玉依 「だからそうはならんよう、軍医の鹿沼を同行させる。 まぁ あれだ、要は 最終的に死なせさえしなければ良いのだ。 悪漢どもの怪我や恐怖の多寡なんぞ、ワレらの知った事ではにゃいわ」
櫻子 「お相手が『社会的に良くない方々』なのであるとは言え、本当にお気の毒ですこと……。 で、桐子ちゃんに柏子さん、アナタがたはどう? 血とか見るの、怖くない?」
柏子 「別に 皮膚や肉が裂ければ当然体液が出る それだけ」
桐子 「桐はねー、お鼻から血がでるほうが なんかコワイなー 」
柏子 「桐姉うける でもそれ なんかちょっと解るかも」
櫻子 「はぁ… この『地球人』との感覚の微妙 かつ根本的な違い……。 やっぱりワタクシたちって、この星の人間ではないのですわね…… 」