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旧家 ❀ 櫛名田一族の聖域  作者: 漣 ✾ 黒猫堂
『絆』 chapter 008
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玉櫻の仕掛 visit 刀眞 × 參



 此処ここ、警察庁警備局 警備企画課の理事官室において、刀眞とうまは 重くなった空気感を払拭ふっしょくすべく、意識して高めの声を上げた。


「そうだな、まずは目先のことからひとつひとつ、地道に片付けていくかぁ!」


 そして それに呼応(こおう)するように玉依(たまより)もまた、先程よりは明るい口調で(こた)える。


「ああ。 ワレらは幸いにも、大抵の事は やってのけられる。 成すべき事をしっかりと見極め、遺漏いろう遅滞ちたいなく こなしていけば、まぁ何とかにゃるだろう。 とは言え、流石(さすが)に全知全能の神ではにゃいのだから、刀眞とうまの言う通り 地道にひとつひとつだがにゃ」


 そんな二人の様子を見て、櫻子(さくらこ)も何とか 気持ちを少しく切り替えたようだ。


「あら? でもそう言えば…… (たま)さまって、昔は神様として(あが)められていたのではなかったですか? 確か大昔は、中東方面のの地で『バステト』とか……。 こちらにいらしてからも、神在(かんざい)一帯の土地神である『涅之(くりの)玉依(たまゆら)』として、櫛名田(くしなだ)御社(おやしろ)に長年 まつられていたとか…… 」


「ふん… もう大昔の事過ぎて、(あが)めてくれておった連中は皆、ミイラか土塊(つちくれ)…… もしくは灰になってしまっておるわ」


 玉依たまよりはそう言うと、「その話はもういい」とでも言いたげな様子で、長くしなやかな尻尾しっぽをぱたぱたと振る。


「でもよぉ、何千年と月日がっても こうして平気で生きてんだから、ある意味『神さん』と言っても()(つか)えなさそうだよなぁ」


 先程は、避けて通れなかった話とは言え 桐子(きりこ)(まつ)わるセンシティブな内容に、重苦しく沈んでいた三人であったが―――

 ようや刀眞とうまから笑顔が見られ、それにつられるように 玉依たまより櫻子さくらこの方も、少しではあるが調子が戻ってきたようだ。


「おい、にゃん他人(ひと)(ごと)のように言っておるが、オマエたちだって同じように 軽く1万年は生きるのだぞ? 先はにゃっが~いから、せいぜい覚悟しておけよにゃ」


 その言葉に、櫻子(さくらこ)が露骨に(いや)そうな顔をする。


「うぅ゛ーー、いえ… 頭では理解しているつもりなのですが、何ぶんワタクシたちは地球ちきゅう生まれですし……。 どうにもまだ、実感が()きませんわ」


「それはオレだって同じだ。 (たま)さんからしたら オレもオマエも…… それに桐子きりこ柏子かしわこたちだって、どうせ一緒くたに『年端としはもいかねぇ小童こわっぱ連中』くらいにしか思ってねぇんだろうからなぁ」


 しかしその言葉を、玉依たまよりは即座に否定する。


「いやいやいや、ワガハイも(いく)(にゃが)く生きておるとは言え、オマエたちと日々同じ時の流れの中で生活しておる訳であるからにゃ。 刀眞(とうま)櫻子(さくらこ)を一緒だなどとは、流石(さすが)に思ってはおらんよ。 特にオマエらは『親子』だしにゃあ」


 つまり、途方とほうもなく長い年月を生きているとはいえ、その時々の時間の流れに対する感覚は同じである。

 だから、彼我(ひが)が生きた年月による長短の対比などは、あまり関係がない…… ということを言いたいらしい。


「へぇ、そういうもんかい。 俺ぁまた、そんなに長く生きてると 10年も100年も(たい)して変わらねぇ感覚になっちまうんじゃぁねぇのかと思ってたんだが……。 いや、だとすりゃあ (なお)のこと辛労(しんど)くねぇか? 一日一日をしっかりと生き、それが1万年も続くってぇんだから――― はぁあぁぁ…… 何だか想像もつかねぇな。 まぁしかし、俺なんかにもそのうち、否応(いやおう)なしに解ってきちまう時がくるんだろうがなぁ、その辺の とんでもねぇ感覚がよぉ」


「まぁにゃ…… だが、遠い先の事などを あれこれと考えておっても仕方がにゃい――― 特にワレワレはにゃ。 だからまずは、しっかりと地に足を付けて、今 目の前にある事々を、ひとつひとつ着実に こなしていくのが肝要(かんよう)だ」


 玉依(たまより)刀眞(とうま)のデスクの上から、黄色く丸々と見開いた大きな瞳で二人を交互に見遣(みや)りながら、優しく(さと)すように言った。


 そして、それに対し―――


「本当に…… そうかもしれませんわ。 ワタクシたちにとっての『将来』というものは、あまりにも遠大過ぎますものね。 だから まずは今回、この『魔法少女』の一件を恙無(つつがな)く乗り切るために全力を尽くしましょう。 そして、そこから先のことは またその時に考え、その都度(つど) ワタクシたちが持てるチカラの及ぶ『最善』を尽くしていけば、それで(よろ)しいのではないでしょうか」


 と 櫻子さくらこが、それまで座っていた刀眞とうまの椅子から立ち上がって言った。


「やれやれ、何事も地道に…… 『頑張って生きろよ1万年』ってか?」


「まぁ、あれだ。 この小さな地球星(アルド)だけでも かれこれ3000年近く見てきたが、なかなか()きずにやってこられたぞ? まして宇宙は広大だ。 いろいろとて周っておれば、以外に1万年なんぞは あっと言う間かも知れん」


「いや… んな訳あるかよぉ……。 だって(たま)さんですら、まだ人生 折り返し(・・・・)てもいねぇんだろぉ? ったぁく、気が遠くなるなんてぇもんじゃねぇなぁ。 でもま、末永く(よろ)しく頼むわ。 どうせ、『同じ種』であり『家族』でもあるオマエら以外のこの星の連中は、どんどんと先に居なくなって、お空のどっかへ()っちまうんだろうからなぁ」


 刀眞とうま溜息ためいきまじりに言う。

 だが確かに、古代エジプトで文明が栄えた頃から この星に住んでいたという玉依たまよりが、実はまだ4000歳をようやく少し超えたところだというのであるから、今後をおもって気が遠くなるのも無理はない。


「うむ、だがまぁ 実際そうだにゃ。 知り合いや友人どころか、周囲の町や国…… (さら)には文明までもが次々と入れ替わっていくのを、()の当たりに出来るぞ?」


「えぇっと… 多少意気込んではみましたものの、そうやって具体的に伺うと……。 やはり想像するだに、何とも ぞっとしないお話ですわね……。 ちゃんと覚悟を決めるのには、もう少し時間がかかりそうですわ」


 櫻子さくらこが両腕を抱え、薄ら寒そうに首をすくめて言う。


「まぁ、知り合ったモノたちは どんどん先にあの世へ()ってしまうが…… しかし その都度(つど)、新たな出会いもたくさんあるしにゃ。 安心しろ、時間だけは(いや)という程に有り余っておるわ」


 玉依(たまより)は、片方の口角(こうかく)を少し上げて笑ったような顔を作るが、すぐに素の顔に戻り、急に思い(いた)ったように言う。


「いや、それにしても…… やはり『家族』というのは、良いものなのだにゃあ」


「え、何ですの突然?」


 確かに、玉依たまよりの発言は あまりに唐突であったが―――


「いやにゃ、これまで本国や軍の意向に従い、『聖域』の守護を始めとする様々な使命を、まさに命懸けで諾々(だくだく)と遂行してきたワレらがだ――― (こと) 今回の件に関しては、桐子きりこを守る為に 誰もがにゃんの迷いもなく、『本国や星系軍と敵対する事になっても構わん』という意思を示した。 (みずか)らの危機を微塵(みじん)(いと)わず、そしてにゃにひとつの打算が付け入る(すき)もにゃい、本当の『家族の(きずな)や想い』だけによる、(しん)(とうと)い選択だにゃ」


 これまでの人生の大半を、時に非情に…… そしてある種 達観たっかんしたような冷めた眼で、周囲の『ヒト』も『コト』も およそ他人事たにんごとのように見て生きてきた玉依たまよりであったが―――

 実は、刀眞とうまが生まれた頃からであったか…… 少しずつではあるのだが その心情にも変化が起きつつあるようで、恐らくは そのあたりから発せられた言葉なのであったろう。



「そんなの、当たり前ですわ!」


「ああ、そうだな」


 親娘おやこ二人が、珍しく息を合わせる。


「ふふん…… だが特に櫻子さくらこ、オマエにとってみれば、今回は 他ならぬ桐子(きりこ)の為でもあるしにゃあ」


 と、玉依たまよりは照れ隠しでもあるのか、櫻子さくらこをいじるてい茶化ちゃかしにかかってみたり―――


「いいえ。 たとえ今回、危うい状況におちいるかもしれないのが(たま)さまだったとしても、ワタクシたちの決断は変わりませんわよ」


櫻子(さくらこ)…… 」


 思いがけず、櫻子さくらこの口から嬉しい言葉を聞けたと思ったのもつか―――


「あー…… でも(たま)さまの場合、その決断をするのに 3日ほど考えるお時間をいただくかもしれませんが…… 」


「おい、せめて3時間くらいで決めてくれよ」


「うふふ、冗談ですわよ。 ワタクシたちは世界中…… いえ、この宇宙で唯一(ゆいいつ)無二(むに)の『家族』なのですから!」


 櫻子さくらこはそう言うと、まるでミュージカルの1シーンででもあるかのように 眼を閉じつつ両手を大きく広げ、そしてその場で軽やかに体をくるりと一回転させると、左手を胸に当てつつ 何やら『決め』のポーズらしきものを作って見せる。



「おー ぱち… ぱち… ぱち… 」


(サクラ)姉さまぁ、今のってなあにぃ? おしばいかなにかぁ?」


 いつの間にやら 音もなく部屋に戻っていたらしい双子キリかしたちの声に、櫻子さくらこは我に返るやいなや顔を真っ赤にし、あわてて取りつくろうように声をかける。


「あ、あら…… お二人とも、ぃい… いつ戻ってらっしゃったのです? えっと、その…… いったい どのあたりからそこで?」


「今戻ってきた でもここガラス張りだから…… (さくら)(ねえ)(おど)り 外の人たちも みんな見てたよ」


「でねー、おもしろそうだったからぁー…… キリたち、こーっそり入ってきたんだー!」


「 ……………… ワタクシ、もう二度と此方(こちら)へは来られませんわね…… 」


 櫛名田(くしなだ) 櫻子さくらこ 16歳―――

 本来、スペック的には非常に優秀なはず(・・)なのだが…… 時に、とんでもなく残念な娘である。


「いやぁ、安心しろ櫻子(さくらこ)ぉ……。 恐らくだが、たぶんオレの方が余程(よほど)、今後いろいろとキツい状況になると思うぞ…… 」


 刀眞(とうま)はそう言うと、何故(なぜ)だか少し半笑いのような(ほう)けた表情で、櫻子(さくらこ)の頭に (てのひら)をぽんとのせる。


 かつての『チヨダ』…… 現在では『ゼロ』などとも呼ばれ(おそ)れられている、この特異な部署の理事官たる刀眞とうまにとって―――

 この状況は確かに、その威厳(いげん)畏怖(いふ)の念を 少なからず失墜しっついさせるに充分な、()わば『醜態(しゅうたい)』であったと言えなくもない。


 ではあるのだが…… しかし先述したように、代わりに課内での刀眞(とうま)に対する『好感度や親近感』の方が、この日を境に異様に上がったという事実―――

 だが残念ながら、それについて刀眞とうまが気付くことは、恐らく当分は無さそうなのであった。





 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





一掬いっきく同刻どうこくたん



 同刻、櫛名田(くしなだ)邸内 洋館1階 小客室付近―――


瑞穂みずほ 「ねぇねぇ、葉月はづきちゃーん」


葉月はづき 「はいはーい♪ なんですのん?」


瑞穂 「葉月はづきちゃんってぇ…… お仕事中も、そーんな感じなのぉ?」


葉月 「これはまた、いきなり失礼やでホンマ……。 いや、お義母かあさま? え、『そーんな感じ』て……。 普段からウチの印象、どないですのん」


瑞穂 「だってぇ…… そーんな、まるで上方かみがたの落語家さんみたいな話し方…… 都心のお役所の中だと目立っちゃうんじゃないかなーって」


葉月 「いやいや、それを言うたら アンタの息子の刀眞とうまくんやって、江戸落語みたいなんちゃうんかい」


瑞穂 「あらまぁ、言われてみれば本当にねぇ……。 刀眞とうまさんはどうして、あーんな話し方になってしまったのかしらぁ……?」


葉月 「ふむふむ…… って、え… ウチ!? ウチに聞いてはりますのん!? いや知らんがな…… そんなんコッチが聞きたいわ。 うーん… せやかて、刀眞とうまくんのしゃべり方… ここん()の誰っっっにも似とらんしやなぁ……。 あー、てかウチはですねぇ、仕事中は めっちゃ標準語なんよ?」


瑞穂 「あらあらぁー、そうなのぉー?」


葉月 「ウチが こーんな話し方しとんの、ここん()ん中とぉ…… うーん、あとは あまの実家くらいなんちゃうかなぁー?」


瑞穂 「へぇー、そぉなのねぇー。 あー、でも確かにぃ… この間、ここに可愛らしーい女性の警部さんが来られていた時もぉ…… 葉月(はづき)ちゃん、何だか随分(ずいぶん)と雰囲気が違っていたような気がしたわねぇ……。 じゃあ お役所の方では、少しはちゃーんとしているのねぇ」


葉月 「おーい、だから言い方やん? 『少しは』て、『ちゃーんと』て……。 普段のウチはどないやねんっちゅう話やで、ホンマ」


瑞穂 「でぇ…… 標準語だとぉ、どんな感じに なるのぉー?」


葉月 「うーん、そう… ですわね……。 解りました。 では お義母かあ様には一度、ワタクシの職場(ラボ)の方にお越しいただく… というのはいかがでしょう? もし(よろ)しければ、早速(さっそく) 明日にでもご来庁いただければと…… 」


瑞穂 「 ………………!? ひ… ひぃぃぃいいいーーー!? ここ… こわぁーいぃぃぃー! アナタ、(だぁれ)ぇー!? 葉月はづきちゃんを返してぇぇぇー!!?」


葉月 「えー… って、いやいやいや、何やねん その反応…… ウチやウチ。 うぅーわ…… これはこれで、めっさ おかしいやろ。 ったく、このおばはんはぁ…… 失礼(しっつれい)な話やでホンマ…… 」


瑞穂 「もぉー! 『おばはん』だなんて言わないでぇー。 ワタシまだ、こぉーんなに若いんだからぁー。 ほぉら、ちらちらぁー♪」


葉月 「だぁーかーらぁー! 着物のすそちらちらすんの、やめぇ言うとるやろがぃー!」






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