玉櫻の仕掛 visit 刀眞 × 參
此処、警察庁警備局 警備企画課の理事官室において、刀眞は 重くなった空気感を払拭すべく、意識して高めの声を上げた。
「そうだな、まずは目先のことからひとつひとつ、地道に片付けていくかぁ!」
そして それに呼応するように玉依もまた、先程よりは明るい口調で応える。
「ああ。 ワレらは幸いにも、大抵の事は やってのけられる。 成すべき事をしっかりと見極め、遺漏遅滞なく こなしていけば、まぁ何とかにゃるだろう。 とは言え、流石に全知全能の神ではにゃいのだから、刀眞の言う通り 地道にひとつひとつだがにゃ」
そんな二人の様子を見て、櫻子も何とか 気持ちを少しく切り替えたようだ。
「あら? でもそう言えば…… 玉さまって、昔は神様として崇められていたのではなかったですか? 確か大昔は、中東方面の彼の地で『バステト』とか……。 こちらにいらしてからも、神在一帯の土地神である『涅之玉依』として、櫛名田の御社に長年 祀られていたとか…… 」
「ふん… もう大昔の事過ぎて、崇めてくれておった連中は皆、ミイラか土塊…… もしくは灰になってしまっておるわ」
玉依はそう言うと、「その話はもういい」とでも言いたげな様子で、長くしなやかな尻尾をぱたぱたと振る。
「でもよぉ、何千年と月日が経っても こうして平気で生きてんだから、ある意味『神さん』と言っても差し支えなさそうだよなぁ」
先程は、避けて通れなかった話とは言え 桐子に纏わるセンシティブな内容に、重苦しく沈んでいた三人であったが―――
漸く刀眞から笑顔が見られ、それにつられるように 玉依や櫻子の方も、少しではあるが調子が戻ってきたようだ。
「おい、何か他人事のように言っておるが、オマエたちだって同じように 軽く1万年は生きるのだぞ? 先は永~いから、せいぜい覚悟しておけよにゃ」
その言葉に、櫻子が露骨に嫌そうな顔をする。
「うぅ゛ーー、いえ… 頭では理解しているつもりなのですが、何ぶんワタクシたちは地球生まれですし……。 どうにもまだ、実感が湧きませんわ」
「それはオレだって同じだ。 玉さんからしたら オレもオマエも…… それに桐子や柏子たちだって、どうせ一緒くたに『年端もいかねぇ小童連中』くらいにしか思ってねぇんだろうからなぁ」
しかしその言葉を、玉依は即座に否定する。
「いやいやいや、ワガハイも幾ら長く生きておるとは言え、オマエたちと日々同じ時の流れの中で生活しておる訳であるからにゃ。 刀眞と櫻子を一緒だなどとは、流石に思ってはおらんよ。 特にオマエらは『親子』だしにゃあ」
つまり、途方もなく長い年月を生きているとはいえ、その時々の時間の流れに対する感覚は同じである。
だから、彼我が生きた年月による長短の対比などは、あまり関係がない…… ということを言いたいらしい。
「へぇ、そういうもんかい。 俺ぁまた、そんなに長く生きてると 10年も100年も大して変わらねぇ感覚になっちまうんじゃぁねぇのかと思ってたんだが……。 いや、だとすりゃあ 尚のこと辛労くねぇか? 一日一日をしっかりと生き、それが1万年も続くってぇんだから――― はぁあぁぁ…… 何だか想像もつかねぇな。 まぁしかし、俺なんかにもそのうち、否応なしに解ってきちまう時がくるんだろうがなぁ、その辺の とんでもねぇ感覚がよぉ」
「まぁにゃ…… だが、遠い先の事などを あれこれと考えておっても仕方がにゃい――― 特にワレワレはにゃ。 だからまずは、しっかりと地に足を付けて、今 目の前にある事々を、ひとつひとつ着実に こなしていくのが肝要だ」
玉依は刀眞のデスクの上から、黄色く丸々と見開いた大きな瞳で二人を交互に見遣りながら、優しく諭すように言った。
そして、それに対し―――
「本当に…… そうかもしれませんわ。 ワタクシたちにとっての『将来』というものは、あまりにも遠大過ぎますものね。 だから まずは今回、この『魔法少女』の一件を恙無く乗り切るために全力を尽くしましょう。 そして、そこから先のことは またその時に考え、その都度 ワタクシたちが持てるチカラの及ぶ『最善』を尽くしていけば、それで宜しいのではないでしょうか」
と 櫻子が、それまで座っていた刀眞の椅子から立ち上がって言った。
「やれやれ、何事も地道に…… 『頑張って生きろよ1万年』ってか?」
「まぁ、あれだ。 この小さな地球星だけでも かれこれ3000年近く見てきたが、なかなか飽きずにやってこられたぞ? まして宇宙は広大だ。 いろいろと観て周っておれば、以外に1万年なんぞは あっと言う間かも知れん」
「いや… んな訳あるかよぉ……。 だって玉さんですら、まだ人生 折り返してもいねぇんだろぉ? ったぁく、気が遠くなるなんてぇもんじゃねぇなぁ。 でもま、末永く宜しく頼むわ。 どうせ、『同じ種』であり『家族』でもあるオマエら以外のこの星の連中は、どんどんと先に居なくなって、お空のどっかへ逝っちまうんだろうからなぁ」
刀眞は溜息まじりに言う。
だが確かに、古代エジプトで文明が栄えた頃から この星に住んでいたという玉依が、実はまだ4000歳を漸く少し超えたところだというのであるから、今後を思い遣って気が遠くなるのも無理はない。
「うむ、だがまぁ 実際そうだにゃ。 知り合いや友人どころか、周囲の町や国…… 更には文明までもが次々と入れ替わっていくのを、目の当たりに出来るぞ?」
「えぇっと… 多少意気込んではみましたものの、そうやって具体的に伺うと……。 やはり想像するだに、何とも ぞっとしないお話ですわね……。 ちゃんと覚悟を決めるのには、もう少し時間がかかりそうですわ」
櫻子が両腕を抱え、薄ら寒そうに首を竦めて言う。
「まぁ、知り合ったモノたちは どんどん先にあの世へ逝ってしまうが…… しかし その都度、新たな出会いもたくさんあるしにゃ。 安心しろ、時間だけは嫌という程に有り余っておるわ」
玉依は、片方の口角を少し上げて笑ったような顔を作るが、すぐに素の顔に戻り、急に思い至ったように言う。
「いや、それにしても…… やはり『家族』というのは、良いものなのだにゃあ」
「え、何ですの突然?」
確かに、玉依の発言は あまりに唐突であったが―――
「いやにゃ、これまで本国や軍の意向に従い、『聖域』の守護を始めとする様々な使命を、正に命懸けで諾々と遂行してきたワレらがだ――― 事 今回の件に関しては、桐子を守る為に 誰もが何の迷いもなく、『本国や星系軍と敵対する事になっても構わん』という意思を示した。 自らの危機を微塵も厭わず、そして何ひとつの打算が付け入る隙もにゃい、本当の『家族の絆や想い』だけによる、真に貴い選択だにゃ」
これまでの人生の大半を、時に非情に…… そしてある種 達観したような冷めた眼で、周囲の『人』も『事』も およそ他人事のように見て生きてきた玉依であったが―――
実は、刀眞が生まれた頃からであったか…… 少しずつではあるのだが その心情にも変化が起きつつあるようで、恐らくは そのあたりから発せられた言葉なのであったろう。
「そんなの、当たり前ですわ!」
「ああ、そうだな」
親娘二人が、珍しく息を合わせる。
「ふふん…… だが特に櫻子、オマエにとってみれば、今回は 他ならぬ桐子の為でもあるしにゃあ」
と、玉依は照れ隠しでもあるのか、櫻子をいじる体で茶化しにかかってみたり―――
「いいえ。 たとえ今回、危うい状況に陥るかもしれないのが玉さまだったとしても、ワタクシたちの決断は変わりませんわよ」
「櫻子…… 」
思いがけず、櫻子の口から嬉しい言葉を聞けたと思ったのも束の間―――
「あー…… でも玉さまの場合、その決断をするのに 3日ほど考えるお時間をいただくかもしれませんが…… 」
「おい、せめて3時間くらいで決めてくれよ」
「うふふ、冗談ですわよ。 ワタクシたちは世界中…… いえ、この宇宙で唯一無二の『家族』なのですから!」
櫻子はそう言うと、まるでミュージカルの1シーンででもあるかのように 眼を閉じつつ両手を大きく広げ、そしてその場で軽やかに体をくるりと一回転させると、左手を胸に当てつつ 何やら『決め』のポーズらしきものを作って見せる。
「おー ぱち… ぱち… ぱち… 」
「櫻姉さまぁ、今のってなあにぃ? おしばいかなにかぁ?」
いつの間にやら 音もなく部屋に戻っていたらしい双子たちの声に、櫻子は我に返るや否や顔を真っ赤にし、慌てて取り繕うように声をかける。
「あ、あら…… お二人とも、ぃい… いつ戻ってらっしゃったのです? えっと、その…… いったい どのあたりからそこで?」
「今戻ってきた でもここガラス張りだから…… 櫻姐の躍り 外の人たちも みんな見てたよ」
「でねー、おもしろそうだったからぁー…… 桐たち、こーっそり入ってきたんだー!」
「 ……………… ワタクシ、もう二度と此方へは来られませんわね…… 」
櫛名田 櫻子 16歳―――
本来、スペック的には非常に優秀なはずなのだが…… 時に、とんでもなく残念な娘である。
「いやぁ、安心しろ櫻子ぉ……。 恐らくだが、たぶんオレの方が余程、今後いろいろとキツい状況になると思うぞ…… 」
刀眞はそう言うと、何故だか少し半笑いのような呆けた表情で、櫻子の頭に 掌をぽんとのせる。
かつての『チヨダ』…… 現在では『ゼロ』などとも呼ばれ畏れられている、この特異な部署の理事官たる刀眞にとって―――
この状況は確かに、その威厳や畏怖の念を 少なからず失墜させるに充分な、謂わば『醜態』であったと言えなくもない。
ではあるのだが…… しかし先述したように、代わりに課内での刀眞に対する『好感度や親近感』の方が、この日を境に異様に上がったという事実―――
だが残念ながら、それについて刀眞が気付くことは、恐らく当分は無さそうなのであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
【 一掬 ❁ 同刻譚 】
同刻、櫛名田邸内 洋館1階 小客室付近―――
瑞穂 「ねぇねぇ、葉月ちゃーん」
葉月 「はいはーい♪ なんですのん?」
瑞穂 「葉月ちゃんってぇ…… お仕事中も、そーんな感じなのぉ?」
葉月 「これはまた、いきなり失礼やでホンマ……。 いや、お義母さま? え、『そーんな感じ』て……。 普段からウチの印象、どないですのん」
瑞穂 「だってぇ…… そーんな、まるで上方の落語家さんみたいな話し方…… 都心のお役所の中だと目立っちゃうんじゃないかなーって」
葉月 「いやいや、それを言うたら アンタの息子の刀眞くんやって、江戸落語みたいなんちゃうんかい」
瑞穂 「あらまぁ、言われてみれば本当にねぇ……。 刀眞さんはどうして、あーんな話し方になってしまったのかしらぁ……?」
葉月 「ふむふむ…… って、え… ウチ!? ウチに聞いてはりますのん!? いや知らんがな…… そんなんコッチが聞きたいわ。 うーん… せやかて、刀眞くんの喋り方… ここん家の誰っっっにも似とらんしやなぁ……。 あー、てかウチはですねぇ、仕事中は めっちゃ標準語なんよ?」
瑞穂 「あらあらぁー、そうなのぉー?」
葉月 「ウチが こーんな話し方しとんの、ここん家ん中とぉ…… うーん、あとは 尼の実家くらいなんちゃうかなぁー?」
瑞穂 「へぇー、そぉなのねぇー。 あー、でも確かにぃ… この間、ここに可愛らしーい女性の警部さんが来られていた時もぉ…… 葉月ちゃん、何だか随分と雰囲気が違っていたような気がしたわねぇ……。 じゃあ お役所の方では、少しはちゃーんとしているのねぇ」
葉月 「おーい、だから言い方やん? 『少しは』て、『ちゃーんと』て……。 普段のウチはどないやねんっちゅう話やで、ホンマ」
瑞穂 「でぇ…… 標準語だとぉ、どんな感じに なるのぉー?」
葉月 「うーん、そう… ですわね……。 解りました。 では お義母様には一度、ワタクシの職場の方にお越しいただく… というのはいかがでしょう? もし宜しければ、早速 明日にでもご来庁いただければと…… 」
瑞穂 「 ………………!? ひ… ひぃぃぃいいいーーー!? ここ… こわぁーいぃぃぃー! アナタ、誰ぇー!? 葉月ちゃんを返してぇぇぇー!!?」
葉月 「えー… って、いやいやいや、何やねん その反応…… ウチやウチ。 うぅーわ…… これはこれで、めっさ おかしいやろ。 ったく、このおばはんはぁ…… 失礼な話やでホンマ…… 」
瑞穂 「もぉー! 『おばはん』だなんて言わないでぇー。 ワタシまだ、こぉーんなに若いんだからぁー。 ほぉら、ちらちらぁー♪」
葉月 「だぁーかーらぁー! 着物の裾ちらちらすんの、やめぇ言うとるやろがぃー!」