玉櫻の仕掛 visit 刀眞 × 貳
此処は霞が関の警察庁庁舎内 警備局フロアの警備企画課―――
そこの理事官である刀眞の個室。
今日は櫛名田の三姉妹と、そして玉依が来訪中であり、諸々の紆余曲折を経て、漸く本題に入るところである。
「で…… 玉さんに櫻子ぉ、そろそろ今日来た理由を言ってみねぇか?」
上司である諏訪のせい…… ばかりでもなかったとは思うが、なかなか本来の目的が見えてこないので、刀眞が単刀直入に尋ねる。
「はい、実はお父さまに 至急お願いしたいことがございまして…… 」
櫻子は玉依とともに、例の『桐子の魔法少女の一件』について ひと通り説明し、依頼事項を伝えた。
その間 双子たちの方は、刀眞の部下である課長補佐の女性に 庁舎内の案内をさせることとし、今 この場からは外させている。
「あーっと、つまりだ――― オレぁ 双子ら…… てぇか桐子が『敵さん』として納得できるような、それでいて現実的にも派手にぶっ潰しちまって構わねぇ『悪の組織か何か』ってぇのを見繕い、それを玉さんに伝えれば良い訳だな?」
「ああ、頼むにゃ。 早くせんと明日にでも屋敷の付近に…… 今度はワニなんぞではなく、得体の知れん『魔法少女の格好をした異次元生命体』が出現する事ににゃる」
だが、事の次第を たった今聞かされたばかりの刀眞は、状況を取り敢えず把握はしたものの、納得するまでには至っていない。
「それにしてもよぉ、他に方法はねぇのか? 桐子に ちゃんと状況を説明してだなぁ…… 」
「ふん、『おかしなものを出現させるにゃよ』と? 前回のワニの一件だって、アイツは全く意識しておらんのだぞ。 今でもあの顛末を、一族の中で唯一知らされておらんのだからにゃ」
「でもなぁ…… 今後もずっとアイツの希望通りに お膳立てしてやって、逐一 願い事を叶え続けていく…… なんて訳にゃぁいかねぇだろう。 教育上もどうかと思うぜ?」
その言葉に玉依は、黄色く大きな瞳を きろりと刀眞に向ける。
「双子らの養育一切をワガハイや槍慈に任せきりだったオマエが、この期に及んで『教育』を語るのか?」
「おっと… こいつぁ旗色が悪ぃな。 はいはい、それを言われちまうと 一言もねぇですよ…… 」
刀眞は 桐子や柏子がまだ幼なかった数年間、在米大使館に一等書記官として赴任していたし―――
一方、母親である葉月も 防衛装備庁の技官として多忙を極めていたため、物心付いたばかりの二人に いろいろと教えてやっていたのは、主に玉依や祖父の槍慈たちであった。
双子たちが玉依のことを『先生』呼ばわりしているのは、そうした経緯による。
「なあ、今回だけは頼むよ刀眞…… このままではイカンというのはワガハイも同じ考えだ。 前回のワニの一件の際に 今後の事を棚上げにしてしまっておったワレらの責任だが、しかし今は、とにかく一刻を争う。 この件が片付いたら、改めてこれからの事については検討しよう」
「まぁ、そうだな…… いや 悪かったよ玉さん。 元よりオレがゴネる筋合いじゃあねぇ。 早速 猿倉に言って、早急に『双子らが壊滅させちまっても障りのなさそうな連中』とやらをリストアップさせるよ」
因みに、『障りのない』というのは 単に勧善懲悪的な話をしているのではなく―――
世の中から急に消えてしまっても、現在 櫛名田家が持っている、あらゆる手段やチカラを駆使し、『制圧・隠蔽・抹消・沈静』が可能であるという意を含んでいるため、実は相当にハードルが高い。
「助かるにゃ。 もしもまた桐子の異能が無意識に発動され、異次元生命体らしきもの…… それも今度は『人型のホムンクルスじみた何か』なんぞが、しかも無から産み出されてしまったりなどしたら――― 」
「ああ。 そしてソイツを誰かに知られでもしちまった日には、それが例え 本国や星系軍といった、謂わば『身内』と言えるような連中であったとしても――― その時は下手をすりゃあ、オレたち一族の敵となる…… か」
刀眞は、たとえ相手が味方勢力であったとしても、一族…… つまりは『家族である桐子』を守るためなら『本国と敵対することも辞さない』との心積もりを、一分の逡順もなく口にした。
そして その言葉を聞いた玉依は、密かに悦び 安堵し、満足する。
玉依にしてみれば、先程 刀眞に依頼した『敵の選定』などといった事柄よりも、むしろ こちらの見極めの方が主要な用向きであったのかもしれない。
「この件、ワレら身内の中でも なるべく情報の拡散を抑えたい。 だから当面の共有は、特務部隊の連中の中でも龍岡と猿倉…… あとは双子付き護衛の牛岐と医師である鹿沼、この四名に限定する」
と ここで、先程から刀眞の席に座り、黙って聞いていた櫻子が尋ねる。
「ねぇ 玉さま、もし万が一にも この件が外部に洩れるようなことがあったとしたら、一体どうなってしまいますの?」
「そうだにゃ…… まず異能によって、『生物らしきもの』を無から生み出せるというところが、あらゆる実利的な可能性の面で非常に興味深い――― と、前回のワニの一件において、既に軍をはじめとした各所の研究者たちが注目しておる。 だが、それに関しては まだ不確定要素が多過ぎるのと、あとはワレワレ『櫛名田絡み』の秘匿案件ということもあり、月基地にいる須佐准将やワガハイらの根回しによって『軍の最高機密』に指定済みだ。 従って今のところは、余程の事でも起きない限り、事実上 お蔵入りの状態ではある。 だがしかし…… 」
「ああ。 だがもしも今回、『人型の位相生命体』なんて とんでもねぇ代物が出てきちまったりした日には…… その『余程の事』ってぇのに、ガッツリと当たっちまうんだろうなぁ 」
「ふん、そしてそうなるとだ…… 本国も軍も、恐らく桐子を放ってはおくまい。 何しろ、異能によって『何もないところから無制限に人型生命体を産み出せる』などという事にでもなれば――― それはつまり、『無尽蔵に湧いて出る労働力や兵力』を手に入れられるのと同義であるからにゃ」
そこまで言うと玉依は、床を蹴って音もなく刀眞のデスクに飛び乗り、櫻子の顔に鼻先を近付けて 更に続ける。
「今や宇宙中に行き渡りつつある『平和主義』とやらのせいで、最早 今後の領土拡大などは望めんし――― また 既に発展しきって久しい、ワレワレの持つ超高度文明の その行く末に見え隠れする『停滞や衰退』といった…… 謂わば、人類・文明レベルでの懸念もある。 だがそうした状況に日頃から恐れを抱いておる、臆病な理論派どもにとってみれば、桐子のこの異能力は、喉から手が出る程に欲しい『大革新』…… いや、正に『希望の光』とでも映るのではないかにゃあ」
玉依はそこで、一瞬だが 相当に苦い表情を見せる。
それは、自らが言った『希望の光』という言葉に嫌悪感を抱いたからでもあろうし―――
また或いは、玉依も軍人であり、組織としてのそうした判断が『理解できる』…… いや もっと言えば、『もしも対象が桐子でさえなかったら 自分もその方針を進んで肯定していたのではないか』ということに思い至り、自身をも嫌悪したからではないだろうか。
そして、玉依の思考を読むことができる櫻子が、その気付きから嫌悪までの心の推移も理解した上で―――
顔は伏せ、声を努めて圧し殺しながらも、肩のあたりに隠しきれない怒りを乗せた情調のままに、敢えて問う。
「それで――― いったい、どう… なりますの…… 」
その問いに対し、玉依は一層 渋い顔をして黙り込むが―――
その横から突然、代わりに刀眞が、むしろ無遠慮と思われる程に造作もなく、きっぱりと答える。
「まずは桐子のヤツを『研究対象』として本国へ連れ帰り、その後は正直 どうなるか解らん。 解らんが…… 下手をするともう、桐子には二度と会えなくなっちまうことだって考えられるな」
「そんな!! そんなの…… ひどすぎますわ」
それは、櫻子にも ある程度予想ができていた答えであったため、さすがに取り乱すようなことはなく―――
周囲を気にし、辛うじて声を低く抑える。
そんな櫻子の 心の叫びのような声を聞き、玉依は何を思ったか、すっと目を細める。
一時は 葛藤や倒錯、そして自己嫌悪までもが見え隠れしていた心情に どう整理をつけたものか、もうそこに苦渋の表情はなかった。
「刀眞、すまにゃかった…… 父親に語らせるような話ではなかったにゃ。 もう大丈夫だ、ワガハイが続けよう。 で あるからしてだ、今はとにかく『当面の危機を回避すること』だけを考えるんだにゃ。 現状 考え得る事象や対処方針、そして諸々の予防策は 概ね検証済みである以上、そこから先の『宜しくない枝葉の可能性』をあれこれと考えるのは、取り敢えずは後まわしとしたい。 櫻子、すまんが頼むにゃ…… 」
櫻子は、その言葉を受けて暫し黙り込むが―――
やがて目を瞑り、あらゆる憤りを多少無理やりにでも心の奥底に抑え込むと、漸く少し気を落ち付け、そして短く応える。
「はい、承知致しましたわ」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
【 一掬 ❁ 後刻譚 】
後刻、警察庁庁舎内 給湯室付近―――
課員 「櫛名田理事官の娘さんたち、すっっっごく可愛かったですねぇ!?」
課長補佐 「可愛かった~~~! 私、下のお子さん二人を連れて 庁舎ん中 案内したじゃない? あの二人がまた、すっごい可愛いのよ~。 顔とか着てる服とかも もちろんなんだけど~、もぉ性格がさ~~。 でも二人ともね、見た目はそ~っくりなのに 性格は全然逆だったりとかして~、でもそれがまたいいのよ~~♪」
課員 「あー! あの双子ちゃんたちですよねぇー! えー、いいなぁ警視ぃ、あたしも一緒にまわりたかったですよぉー 」
課長補佐 「ふっふ~ん、役得役得ぅ~♪ だってさ~、私って いっつも課長の話相手させられてるじゃな~い? 結構、疲れんのよ、アレ~ 」
課員 「あーあ、言っちゃいましたねぇー。 いーんですかぁ? 諏訪警視長のこと『アレ』呼ばわりとかしちゃってぇ 」
課長補佐 「いいのよ、あの人は~。 ま…… 何言っても怒らないし、おかげで結構 ラクさせてはもらってるんだろうけどね~ 」
課員 「でも本当にぃ、あたしも始め この課に配属が決まった時なんかぁ、もー どうなるんだろーって…… すっっっごく心配になりましたもーん。 なんたってぇ、あの『ゼロ』ですからねぇー。 でもその点、取り敢えず 諏訪警視長の人柄には救われてますよぉー 」
課長補佐 「まぁね~。 でもさでもさ~、やっぱり櫛名田理事官の前だと~、いろんな意味で ちょ~っとだけ緊張するよね~ 」
課員 「そりゃそうですよぉー! 第一 ここでの実質権限はぁ、諏訪警視長じゃなく、『裏理事官』である櫛名田警視正が握られてるんですからぁー 」
課長補佐 「でも、その怖~い『裏理事官』の娘さんたちが、あんっなに可憐なんだもんね~。 あ~あぁ、都内でも有数の名家のご出身で、しかも警察官僚の中でも一番の出世頭で…… 」
課員 「そうそう、それに奥様もお綺麗ですしねぇー 」
課長補佐 「え? ちょ…… あれ? え、えぇ~!!? 何ちょっとあんた、櫛名田理事官の奥さんに会ったことあるの~!?」
課員 「あ、はいー。 一度 お宅に伺わないといけない所用があってぇー、あたしの同期の猿倉警部と一緒に車でー。 それでぇ…… お屋敷にも入らせていただいたんで、その時にー 」
課長補佐 「え~!? いや、ちょっ… 何? え、何なの~!? あの…… 私はさ? え、何で私は…… そこに… いなかったの!?」
課員 「いや、知りませんよぉー。 それに、あたしもその時は仕事だったわけですしー 」
課長補佐 「う~~~ん…… ま、いいか… くそが」
課員 「いや、警視… 『くそが』って…… 」
課長補佐 「で!? どうだった どうだった~~!?」
課員 「え… お屋敷ですかぁー?」
課長補佐 「いや、違~し! お屋敷の方は文化財になってるから、公開日にちゃんと予約して行ったわよ」
課員 「あ、行ってるんだ。 えーっと じゃあ…… やっぱ、奥様の方ですよねー?」
課長補佐 「 ったり前でしょお~!? で? でぇ~!?」
課員 「いや警視ぃ…… ちょっ、近い… 近いんですってばぁー! もぉ、圧がほら…… すっごいですからぁー。 これって、ちょーパワハ… セクハラですしぃー!」
課長補佐 「おっと こいつは失敬、つい取り乱しまして……。 このご時世的にヤバイヤバイ…… って、なんで『セクハラ』だ~!? てか、あんたちょっと言い直してたし!」
課員 「いやぁー、なんか『貞操の危機』を感じちゃいまして」
課長補佐 「何でよ!? ふぅ、まぁいいや。 コホン…… あ~ では、当時の状況を、まずは有り体に話してくれたまえ、木崎警部」
木崎 「もぉー、しっかたないですねぇー。 それでは、中綱警視にご報告申し上げまぁーす! 櫛名田警視正の奥様はぁ、大変に お綺麗で凛とされており、かつ非常に おしとやかな印象の、正に『クールビューティ』さんであられましたぁー!」
中綱 「えぇ~~~!? ウソでしょもぉ~、何なのよそれ~~! ったくぅ……『完璧一家』かってぇのぉ~ 」
木崎 「うぅーわ、出たぁー……。 中綱警視の『死語辞典』出ましたよこれ。 えーっと…… 何? 『パーペキ』?」
中綱 「え…… 何よ、今の娘たちって あんま言わない? 『完璧』って」
木崎 「いや、言わないし。 まぁーったく、いったい いつの時代の言葉なんだっつー 」
中綱 「うっさい! 昭和生まれ扱いすんなし! でもさでもさ、あれだよね~? 確か、櫛名田理事官の奥様ってぇ、防衛装備庁のエリート技官なんでしょ~?」
木崎 「そーそー! もうなんかぁー、ピィッシィー…… ってしてましたよぉー!? うーん、なんてーかこう…… そう、佇まいが! ま、所詮あたしらなんかとは『格』が違うって感じですかねぇー 」
中綱 「うんうん、まさに…… って、ん? いや、いやいやいや! 一応私たちもさ~、警察官僚として、世間的には そこそこイイ感じで、今ここにいるはずなのよ?」
木崎 「えぇー? うーん、まぁ……。 いや! いゃいやぁー、ないっすわ…… 警視に あの感じはない。 んー… うん、全然ないっす。 ぶっ! あっはははははぁー!!」
中綱 「何ぃ~~~!? 先輩であるこの私に、そ~んな不敬なことを言っちゃう木崎警部にはぁ…… 戒告! んでもってぇ…… 減給6箇月!!」
木崎 「えぇー!? なんなんですかそれぇー!? 超横暴! 職権乱用! 公私混同!!」
中綱 「も、どんだけ~~~!」
木崎 「いや、そういうのは言ってませんから…… 巻き込まないでください」
諏訪 「やぁー 君たち、相変わらず仲良いねぇ。 なんて言うかこう、華があるんだなぁー 」
木崎 「か、課長ぉー!?」
中綱 「あ、ああ… あの~、課長……。 え~っと、いつ頃から… その、聞いてらっしゃいました?」
諏訪 「うーんと、そうだなぁ……。 あぁ、そそ… 私が『アレ』ちゃん呼ばわりされていたあたり…… だったかなぁ?」
中綱 「どっひゃ~! のっけから~!?」
木崎 「いや… だから警視、『どっひゃー』って今日日……。 え、てかなんです? 『のっけ』……?」