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旧家 ❀ 櫛名田一族の聖域  作者: 漣 ✾ 黒猫堂
『絆』 chapter 008
32/40

玉櫻の仕掛 visit 刀眞 × 壹



「あぁ? 何でオマエらや(たま)さんが此処(ここ)にいやがるんだ?」


 『此処(ここ)』とは、霞ヶ関にある警察庁警備局フロアの警備企画課―――

 そこの理事官である、刀眞(とうま)が執務する個室である。


 個室とは言え、警備局所属の警察官僚たちが忙し気に立ち働く広いフロアの隅に(もう)けられた、ガラス張りの素っ気ない小部屋だ。


 そのため、突然 理事官のもとを訪ねてきた女子高生一名と双子の女児二名、そしてその片方に(だきかか)えられた黒猫一匹という奇妙な一団に、皆 あからさまに凝視ぎょうしはしないものの、横目で様子をうかがって興味津々(きょうみしんしん)の様子だ。


「おい猿倉(さるくら)ぁ、聞いてねえぞ。 一体どういう状況なんだ これぁ?」


 思いもかけない展開に刀眞(とうま)は、部下であり補佐役の猿倉(さるくら)警部を(つか)まえて問い(ただ)す。


 但し、部下といっても猿倉(さるくら)は、櫛名田(くしなだ)家の執事 兼 特務中隊長を務める龍岡(たつおか)大尉麾下(きか)特殊工作要員(エージェント)であり―――

 当然ながら異星系出身者の、()わば身内(・・)である。


「いや あの、実は小官… いえ、本官も…… その、寝耳に水と申しますか…… 」


 と、猿倉(さるくら)がしどろもどろになっているところへ ノックもなく突然無遠慮に、理事官室の扉が外から開けられる。


「いやぁ 櫛名田(くしなだ)さん、僕が許可出して勝手に入れちゃったんだけど…… あっははー、驚いた?」


 馴れ馴れしい素振(そぶ)りで入ってきたのは、刀眞(とうま)の上司で警備企画課長の諏訪(すわ)だ。


 彼は警察官僚(キャリア)でありながら、よく刀眞(とうま)に―――

「僕は別段、これ以上出世したいとも思わないんだよねぇ。 だから櫛名田(くしなだ)さん、あんたがその内…… 取り敢えず何処(どこ)かの局長か官房室長くらいにでもなったらさぁ、僕に優しく… 引導いんどうを渡してよね?」


 などと、どこまで本気か解らない冗談をよく吹っ掛けてくるという、一風変わった存在だ。


 しかも以前、諏訪(すわ)が所用で刀眞(とうま)を訪ねて神在町(かんざいまち)の屋敷に来邸したおりも、紅茶でもてなした櫻子(さくらこ)瑞穂(みずほ)などを大いに笑わせて すっかり打ち解けるなど―――

 彼独特の人垂ひとたらしの方法でもあるのか、初対面の相手でもすぐに胸襟きょうきんを開かせるのが得意なようだ。


 そして今回の来庁も、その時のツテで櫻子(さくらこ)諏訪すわ直接(・・)連絡をとったことにより実現している。


「いやぁー、櫻子(さくらこ)ちゃん! お久し振りだったねぇー。 また随分(ずいぶん)と大きくなってぇ…… あ、そんなに()ってない? あっははー、心無いおじさんでごめんねぇー。 お! そうかぁ、君たちが桐子(きりこ)ちゃんに… 柏子(かしわこ)ちゃんかな? 二人ともよく来たねぇー、こんにちはぁー。 あ そうだ、ピザでも取る?」


 突然登場した陽気なおじさんの矢継やつばやの口撃に、さすがの桐子きりこも目を丸くして黙ってしまい、柏子かしわこ諏訪すわの顔を何故なぜだか じっと見つめている。


諏訪(すわ)警視長、大変お久しぶりです… ごきげんよう。 以前、当家にお越しになられた すぐ後に父の直属の上司になられたようで、本当に奇縁(きえん)でございました。 いつも父が大変お世話になっております。 ほら、お二人も ちゃんとご挨拶なさってね」


 美しい所作で礼をする櫻子(さくらこ)(うなが)され、桐子(きりこ)柏子(かしわこ)たちも 自己紹介とともに頭を下げる。


「はじめまして、櫛名田(くしなだ) 桐子(きりこ)です! 本日はおいそがしい中、お時間をいただき ありがとうございます!」


柏子(かしわこ)です 父がご迷惑ばかりおかけしてます」


「いや、『ばかり』てなんだよ…… 別に『ご迷惑お掛け』してねぇよ」


 刀眞(とうま)は不満げに ぶつくさ言ってはいるが、表情から察するに、これはこれで『少し面白くなってきた』などと思っているらしいことが見て取れる。

 その証拠に、この状況では(しゃべ)ることが出来ない玉依(たまより)に、いろいろと ちょっかいをかけ始めた。


「でぇ? 黒猫のお(たま)さんは、課長にご挨拶しねぇのかぁ? んんー?」


「に゛ゃ…… にゃあ゛ーーー ふーっ!」


 (おい、ワガハイの頭を()ねくり回すにゃ! 刀眞(とうま)め、後で覚えておけよ…… )


「おぉ? あっははー、そうかぁ 君があの(・・)(たま)君かぁ。 武勇伝(・・・)はいろいろと聞いてるよぉー。 いつも夕飯前になると お魚を(くわ)えて、櫻子(さくらこ)ちゃんに町中追いかけまわされているんだろう?」


「なにゃ!?」


「ちょ、お父さま…… 一体それは、何を目指して盛った(・・・)与太話(よたばなし)なんですの!?」


 一人と一匹に同時に(にら)み付けられ、どうにも刀眞(とうま)には良くない風向きになってきた。


「えぇーっと…… そのー、何だ――― そ それより課長、今日は何でコイツらを此処(ここ)に?」


 刀眞(とうま)は強引に話を引き戻す。


「え? あぁ… 昨晩、櫻子(さくらこ)ちゃんから電話をもらってねぇ。 何でも、学校の課題で『父親の職場見学』をしなければならないのだとか何とか…… 」


「へ… へぇぇ、そいつは聞いてませんでしたねぇ、どうした訳か(・・・・・・)…… 」


(櫻子(さくらこ)のヤツ、(うっそ)くせぇなぁ。 曲がりなりにも名門と言われる學士院の、しかも高等科の課題で そんなもんが出るかよ。 てか、課長も(だま)されてんなよな…… って、さすがに それぁねぇか。 ん? ……ってこたぁ課長、()(とぼ)けてやがんのかぁ? やれやれ、相っ変わらず喰えねぇおっさんだぜ全く…… )



「いやぁ… そっすかぁ、あっははは……。 でよぉ櫻子(さくらこ)ぉ、何でオレや猿倉(さるくら)に言わねぇで、課長んとこに直接 (ナシ)つけてやがんだよ?」


 刀眞(とうま)は気さくに話しかけているような声音(こわね)を出しつつも、諏訪(すわ)からは死角になる顔の向きで、櫻子(さくらこ)玉依(たまより)に対しドスの()いた笑みを(たた)えて(にら)みつけている。


「何ぶん急のことでしたので、お父さまにお話しするよりも 部門の責任者でいらっしゃる諏訪(すわ)課長に直接お願いした方が、話が早いかと存じまして」


 櫻子(さくらこ)も負けじと、諏訪(すわ)(さと)られない角度で刀眞(とうま)(にら)み返しながら、声だけは(・・・・)清楚(せいそ)さを(かも)し出しつつ(こた)える。


「ほぉーお? いち女子高生が警察庁幹部に いきなり直電して来やがった上、そっから実の父親にトップダウンで手前(てめぇ)勝手な事案を落っことし、しかも あまつさえ事後承諾たぁ…… オマエやっぱ いい度胸してんなぁ、こら 櫻子(さくらこ)さんよぉ…… ぁあ?」


「ねー、(トオ)さまぁ…… なんかこわいよぉー?」


(とお)さま 言葉づかいが まじ反社(はんしゃ)


「まったく、お父さまったら、まだ小さいお二人をこんなにも(おび)えさせてしまわれるなんて…… どういうご了見(りょうけん)ですの?」


 双子(キリかし)たちを(たく)みに味方の(てい)にした櫻子(さくらこ)によって 娘三人を相手取ることになった刀眞(とうま)は、自分のオフィス内でありながら完全にアウェイの状況に(おちい)る。


「ほらほら櫛名田(くしなだ)さん、可愛い娘さんたちが怖がっちゃってるから……。 やだなぁもう、怖いな怖いなぁー! あっはははー 」


 諏訪(すわ)何処(どこ)か面白がっているような表情で すかさず割って入るが、自然と櫻子(さくらこ)たちの味方のような形になる。


「いや課長、コイツらそんなタマじゃねぇし…… って、あぁーもう! 調子狂うなぁ 全くよぉ!!」


 そして ふと玉依(たまより)と目が合うが、すかさずそっぽを向かれてしまう。


「ちっ… (った)ぁく…… わーった、わぁーったよぉ。 でぇ? 一体何の用なんだ?」


「ですから、ワタクシの学校の課題(・・)なんですってば」


 櫻子(さくらこ)はそう言いながら、諏訪(すわ)からは見えない角度で刀眞(とうま)目配(めくば)せをする。


 刀眞(とうま)は「やれやれ」といった表情だが、どうやら意図(・・)は伝わったようだ。

 急ぎ『諏訪すわ抜きで』話をしたいという、その一事(いちじ)が。


「ふん、そうか…… あー、課題な。 だが今日はいろいろと忙しいからよぉ、あと小一時間くらいしか相手してやれねぇぞ? ねぇ課長」


「え…… あれぇ? 櫛名田(くしなだ)さん、今日って何かあったんだっけ?」


「いやいや課長――― ハゲの部屋に呼ばれてるの、今日じゃないすか…… 」


「ハゲ? あぁ、官房長かぁ…… え、あれって今日なんだっけ?」


 諏訪(すわ)は、本当に忘れていたのかキョトンとしている。


「いや、それ忘れてるって嘘でしょう…… ウチの局長やら審議官連中やらも来るんすよ?」


 刀眞(とうま)(あき)れたような表情を作りつつも、内心では諏訪(すわ)案の定(・・・)すっかり失念していたらしい様子に、押しの方向を此処(ここ)と定める。


「ありゃあ、そうだったねぇ。 そうかぁ 参っちゃったなぁ…… 資料とかさぁ、全然ぜんっぜん用意してないんだよぉ…… どうする?」


 などと言いつつ諏訪(すわ)も大したもので、吐き出す言葉ほどには さほど『参っちゃった』表情もなく―――

 ただ意味ありげに、刀眞(とうま)の方を じっと見つめてくる。


「え? いや、何こっち見てんすか!? 知らないっすよ俺ぁ…… って、はぁぁあぁ…… たぁく、しゃぁねぇなぁ――― おい猿倉(さるくら)ぁ、すまんが課長 手伝ってやってくれねぇか? オレも後で追っ付け行くからよぉ」


「は… 了解(・・)であります、櫛名田(くしなだ)警視正」


 猿倉(さるくら)の方も心得たもので、その『了解』の中には諸々の察しと目算(もくさん)が含まれている。


「ごめんねぇ、猿倉(さるくら)君…… じゃあ櫛名田(くしなだ)さん、後でまた。 櫻子(さくらこ)ちゃんたちも、今日はせっかく来てくれたのに 何だかバタバタしちゃって悪いねぇ……。 それじゃあ私はこれで――― 」


 諏訪すわ櫻子さくらこたちにひらひらと手を振りながら、さして急ぐ素振(そぶ)りもない様子で部屋の扉を開ける。


「はい♪ 諏訪(すわ)さん、本日はまことに有り難うございました。 今度またゆっくりと、いろいろなお話を伺わせていただきたいですわ。 それでは、ごきげんよう」


 先程と同様、櫻子さくらこは ゆっくりと丁寧ていねいかつ優雅にお辞儀をする。


「はいはぁーい。 じゃあ、桐子(きりこ)ちゃんに柏子(かしわこ)ちゃん、そして(たま)くんもごめんね? またねぇー 」


課長(かちょー)さん、ありがとー! こんどウチにもあそびにきてねぇー!」


諏訪(すわ)さん ありがと 今度 拳銃(ハジキ)見せてね」


「おっと、それはいいねぇ! うんうん、お安いご用だよ」


「いや、ダメですからね諏訪(すわ)課長…… それより早く参りますよ」


「はいはい、つれないなぁ 猿倉(さるくら)君はぁ。 あ… それよかさぁ、先にアイスでも買ってから――― 」


 皆に見送られ、何やかやと猿倉(さるくら)に駄々をこねながら、(ようや)諏訪すわは自分の執務スペースへと戻って行った。



 その様子を確認し、先程から柏子かしわこに抱かれたままだった玉依たまよりが軽やかに床に降り、音もなく着地しながら口を開く。


「ふーん…… あの男、なかなかに油断ならんヤツだにゃ。 刀眞(とうま)、オマエ気取(けど)られるにゃよ」


「ああ、あのおっさんが 警察(ここ)ん中じゃぁ、最も要注意なヤツらのうちの一人だよ」


 刀眞とうまは真面目な顔で、玉依(たまより)の言葉にそうこたえる。


「え……? それって諏訪(すわ)さんのことですの? 気さくで話しやすい、とても良い方だと思いましたけれど…… 」


「ああ、勿論(もちろん) 悪いヤツじゃぁねぇよ。 オレも随分(ずいぶん)と世話んなってるしなぁ。 だが…… アレぁ、相手が気付かねぇ内に人懐(ひとなつ)っこくどんどん(ふところ)に入り込んできて、気付いた時には その対象を丸裸にしちまってる…… そんな手合いだ。 櫻子(さくらこ)、オマエも余計なこと(しゃべ)らされないよう、気ぃ付けとけよ?」


「まさか、そんなに油断ならない方…… なんですの? 本日もワタクシのお話をきちんと聞いてくださって、二つ返事で此方(こちら)にもお招きいただいて…… 」


 困惑したような表情を隠しもせず 真正直に見せる櫻子(さくらこ)に対し、刀眞(とうま)は苦笑気味に返す。


櫻子(さくらこ)よぉ…… オマエは一見(いっけん)万事(ばんじ)抜け目ないようでいて、だが意外と情に(ほだ)されやすいってぇか――― 平たく言うとチョロい(・・・・)よなぁ」


「もう、お父さま! ワタクシだって常に慎重かつ如才(じょさい)なく、日々懸命けんめいにやらせていただいているつもりですのに!」


 櫻子さくらこは少しくやしそうにほおふくらませて言う。


「あのなぁ櫻子(さくらこ)、そもそも寄りにもよって此処(・・)課長モトジメを任されてるような男だぞ? 見たまんまの、『ただのお人好しなおっさん』であるはずがねぇだろうが。 知ってんだろ? この課がどんなところなのか」


 この課(・・・)とは、警察庁警備局 警備企画課のことである。

 刀眞とうまも理事官として身を置いているこの部署は、この国の警察組織における公安部門のかなめであり―――

 日々の任務の特殊性や秘匿(ひとく)性共々 通常の役所とは一線を画した、到底(とうてい) 一筋縄ではいかないところである。


「それは… はい、確かにそうですわね――― はぁぁ…… ワタクシって どうにも読みや詰めが、いつもどこか甘いですわよね…… 」


「いやまぁ、普通は見破れるもんじゃあねぇよ。 あのおっさんがそれだけ すげぇってことなんだろ。 おい柏子(かしわこ)、オマエはどう思った?」


諏訪(すわ)っちは 味方として出会えて良かった (ひと)(こと)は出会い方次第」


 柏子(かしわこ)は相変わらず無表情にそう答えたが、同時に諏訪(すわ)が 自分たちにとって即座に危険な存在になるものではないというところまでも思い至っているらしく、珍しいことに おかしな愛称(・・)まで付けてしまっているようだ。


 『人事は出会い方次第』というのは、どうやら柏子(かしわこ)持論(じろん)のようだが―――

 その (さいわ)いだった『出会い方』を奇貨(きか)とし、今の良好な関係を恙無(つつがな)く続けていきたいという(あらわ)れのひとつが、『諏訪(すわ)っち』という呼び名であるのかもしれない。


柏子(かしわこ)、オマエは何てぇか…… 本当 すげぇよなぁ」


 刀眞とうまは改めて感心したように真顔で言い、柏子かしわこの頭に大振りなてのひらを優しく置いた。


「ねーねー(トウ)さまぁ、(キリ)には聞かないのぉ?」


 桐子(きりこ)も久々に刀眞(とうま)と会話がしたくなったのか、無邪気な様子で そう問いかけてくる。


「あぁ? お、おぅ…… じゃあ、桐子(きりこ)はどう思った?」


「んーっとねぇ…… 優しそうなおじさんだと思ったー!」


 しかしその答えは、やはり相変わらず柏子(かしわこ)とは方向性(ベクトル)の違う、さすがのブレない真直(まっす)ぐさである。


桐子(きりこ)…… オマエ 今の話の流れ、ちゃんと聞いてたのかにゃ?」


 玉依(たまより)も少し可笑(おか)しそうに言うが―――


「うん、聞いてたよー。 だけど、(キリ)にはよくわかんないかなー。 でもね、『どう思った?』って(トウ)さまが聞いてくれたから、思った通りに答えただけー 」


桐子(きりこ)…… オマエさんも逆に(・・)ちゃーんとすげぇなぁ。 いや、それで良いんだと思うぞ。 課長…… いや、あの『諏訪(すわ)っち』はなぁ、相当に油断ならん 喰えねぇおっさんだが、それはあくまで仕事の上での話だ。 実際にはな、あれで結構あのままの適当(テキトー)な、気の()いおっさんなんだよ」


「うん!」


 満足そうな笑みの桐子(きりこ)の頭にも 刀眞(とうま)はその()をのせ、今度は わしゃわしゃと必要以上に髪をかき回した。


「あぁ゛ー、あたまがクチャクチャになるよぉー! えへへー、 あ゛ーーー 」


 桐子(きりこ)は文句を言いながらも嬉しそうで、刀眞(とうま)も少し(ほお)が緩んでいるようだ。


 (ちな)みに…… そんな光景が繰り広げられているガラス張りの刀眞(とうま)の個室の中の様子は、(ひそ)かにフロアの職員たちの注目の的となっており―――

 この一件以降、櫛名田(くしなだ)理事官の好感度が随分(ずいぶん)と上がったらしいのだが…… 刀眞(とうま)は どうやら気付かなかったようだ。



「さて、と……。 ところで(たま)さんに櫻子(さくらこ)ぉ、そろそろ 今日来た理由を言ってみねぇか?」





 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





一掬いっきく同刻どうこくたん



 同刻、警察庁内 警備局警備企画課 課長室―――


諏訪(すわ) 「いやぁ、櫛名田(くしなだ)さんも、ああやって娘さんたちに囲まれてるとさぁ、何かこう……『お父さん』って感じだよねぇ」


猿倉(さるくら) 「はい。 職場ではどうしても、厳しい部分をお見せになることが多いですからね」


諏訪 「まぁ、我々の職掌柄(しょくしょうがら)、仕方のないところだけどねぇ」


猿倉 「それにしても、本日は(よろ)しかったのですか? いくら櫛名田(くしなだ)理事官の娘さん方とは言え、一般人をこの執務スペースにまで招き入れてしまわれて…… 」


諏訪 「ああ、良いんだよ。 別に此処(ここ)は『秘密結社』とかじゃなく(おおやけ)の『警察庁舎』で、また僕らは あくまで『公僕』なんだしさ。 だからね、たまには多少の部分『見えちゃったり 漏れちゃったり』もさせとかないと、いけないものなんだよ。 まぁ、程々にね」


猿倉 「はぁ…… そういうものですか」


諏訪 「だってさぁ、もしもだよ? 普段から『全てにおいて完全(かんっぜん)秘匿(ひとく)』されちゃってるような組織だったりとかしたら…… たぶんだけど、(かえ)ってマズイのよ そんなの。 だってもしもさぁ、たまーーーに何かが ついつい()れちゃったりなんかした日には、それって世間的には すんごくセンセーショナルな感じに扱われちゃう訳じゃない?」


猿倉 「ああ… まぁ、確かに。 特にこの時代、珍しいもの程すぐにネットとかで拡散してしまうでしょうからね」


諏訪 「そそ。 だから たまーにはさ、緩急(かんきゅう)真偽(しんぎ)(うま)ーいこと織り混ぜながら、こちら主導(・・・・・)で適当に小出しにさぁ、世の中の『知りたがりさんたち』の欲求も、満たしてあげといた方が良いってことなのよ」


猿倉 「成る程…… 確かに、それはその通りかもしれませんね。 だからですか? この課が公安部門の(かなめ)であり、特殊な役割を(にな)っている…… などということが、(すで)に結構広く世間にも知られてしまっているのは」


諏訪 「あははー、いやぁ…… それは(むかーし)にね、本当に()れちゃったの。 だからまぁ、そんなこんなの経緯(いきさつ)を踏まえての、今言った『ちょっと出し作戦』な訳ですよ」


猿倉 「あぁ… まあそうですよね。 たぶん昔は『絶対的秘密厳守』の一辺倒(いっぺんとう)で、そんな柔軟な方針は有り得なかったでしょうし…… 」


諏訪 「そうそう。 だってさぁ、どうやったって『家族にすら一切(いっさい) ()れない秘密』なんて、今時 無理だよぉ。 各個人全員が、しかも何年もさぁ…… 僕ら、ただの公務員だしねぇ。 まぁ、例えばそれがね? 『国家直属の秘密組織』だとか、(ある)いは『軍の情報部』だとかで、『職務上の事を少しでも()らしたら銃殺だー!』とかってんなら、ある程度は強制力もあるかもしんないよ? でもまぁ、そんな訳にはいかないもんねぇ」


猿倉 「そうですね。 それも『大事な機密だけ』とかいうのならまだしも、仕事の内容一切(いっさい)はおろか、自分の所属すら家族にも言うなとか…… いずれ()れそうですよね。 それに度々(たびたび)人事異動もありますし」


諏訪 「そそ。 ま、所詮(しょせん) 人間だからね」


猿倉 「だからですか? 今日は櫛名田(くしなだ)理事官のご家族を 普通に(・・・)このフロアへ…… 」


諏訪 「ふっふーん…… 『普通』に見えるかい?」


猿倉 「え… あ、そう言われてみますと、いつもは居るメンバーや…… あと、昨日まで置いてあったはずの幾つかのものが…… ない?」


諏訪 「うん。 さすがにねぇ、全部を『おっ(ぴろ)げー』ってな訳にはいかないよ。 だから、大事な部分は今だけ他へ持ってってぇ…… んで、生安や交通局の連中と 一時間だけトレードしちゃったのさ」


猿倉 「今朝の内にそんなことまで…… って、あ! では 課長は、1時間後に官房長や局長らとお会いになられるというご予定を…… 」


諏訪 「ああ、覚えてたよ」


猿倉 「なんだ、そういうことでしたかぁ。 では そのための資料の方は、もうちゃんと(そろ)えられて――― 」


諏訪 「ないんだよねぇー、これが」


猿倉 「あー、そうですか――― ワタシはてっきり、『忘れてて資料がない』というのも 一種の偽装かと…… 」


諏訪 「そこはさぁ…… ほら、猿倉(さるくら)君! ちょっと『リアリティー』をね? 追求してみた訳よぉ! あっはははー 」


猿倉 「さ、やりますよ課長。 15分も無駄にしました――― 残り45分です」


諏訪 「あー…… じゃ、取り敢えず頑張ろっかぁ――― 知らんけど。 あははー 」


猿倉 (この人、誰かに似てると前々から思っていたけど…… もしかして葉月(はづき)様? 成る程、道理(どうり)あの(・・)刀眞(とうま)様と、妙にウマが合うわけだ…… )






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