玉櫻の仕掛 visit 刀眞 × 壹
「あぁ? 何でオマエらや玉さんが此処にいやがるんだ?」
『此処』とは、霞ヶ関にある警察庁警備局フロアの警備企画課―――
そこの理事官である、刀眞が執務する個室である。
個室とは言え、警備局所属の警察官僚たちが忙し気に立ち働く広いフロアの隅に設けられた、ガラス張りの素っ気ない小部屋だ。
そのため、突然 理事官のもとを訪ねてきた女子高生一名と双子の女児二名、そしてその片方に抱えられた黒猫一匹という奇妙な一団に、皆 あからさまに凝視はしないものの、横目で様子を窺って興味津々の様子だ。
「おい猿倉ぁ、聞いてねえぞ。 一体どういう状況なんだ これぁ?」
思いもかけない展開に刀眞は、部下であり補佐役の猿倉警部を掴まえて問い質す。
但し、部下といっても猿倉は、櫛名田家の執事 兼 特務中隊長を務める龍岡大尉麾下の特殊工作要員であり―――
当然ながら異星系出身者の、謂わば身内である。
「いや あの、実は小官… いえ、本官も…… その、寝耳に水と申しますか…… 」
と、猿倉がしどろもどろになっているところへ ノックもなく突然無遠慮に、理事官室の扉が外から開けられる。
「いやぁ 櫛名田さん、僕が許可出して勝手に入れちゃったんだけど…… あっははー、驚いた?」
馴れ馴れしい素振りで入ってきたのは、刀眞の上司で警備企画課長の諏訪だ。
彼は警察官僚でありながら、よく刀眞に―――
「僕は別段、これ以上出世したいとも思わないんだよねぇ。 だから櫛名田さん、あんたがその内…… 取り敢えず何処かの局長か官房室長くらいにでもなったらさぁ、僕に優しく… 引導を渡してよね?」
などと、どこまで本気か解らない冗談をよく吹っ掛けてくるという、一風変わった存在だ。
しかも以前、諏訪が所用で刀眞を訪ねて神在町の屋敷に来邸した折も、紅茶でもてなした櫻子や瑞穂などを大いに笑わせて すっかり打ち解けるなど―――
彼独特の人垂らしの方法でもあるのか、初対面の相手でもすぐに胸襟を開かせるのが得意なようだ。
そして今回の来庁も、その時のツテで櫻子が諏訪に直接連絡をとったことにより実現している。
「いやぁー、櫻子ちゃん! お久し振りだったねぇー。 また随分と大きくなってぇ…… あ、そんなに経ってない? あっははー、心無いおじさんでごめんねぇー。 お! そうかぁ、君たちが桐子ちゃんに… 柏子ちゃんかな? 二人ともよく来たねぇー、こんにちはぁー。 あ そうだ、ピザでも取る?」
突然登場した陽気なおじさんの矢継ぎ早の口撃に、さすがの桐子も目を丸くして黙ってしまい、柏子も 諏訪の顔を何故だか じっと見つめている。
「諏訪警視長、大変お久しぶりです… ごきげんよう。 以前、当家にお越しになられた すぐ後に父の直属の上司になられたようで、本当に奇縁でございました。 いつも父が大変お世話になっております。 ほら、お二人も ちゃんとご挨拶なさってね」
美しい所作で礼をする櫻子に促され、桐子や柏子たちも 自己紹介とともに頭を下げる。
「はじめまして、櫛名田 桐子です! 本日はおいそがしい中、お時間をいただき ありがとうございます!」
「柏子です 父がご迷惑ばかりおかけしてます」
「いや、『ばかり』てなんだよ…… 別に『ご迷惑お掛け』してねぇよ」
刀眞は不満げに ぶつくさ言ってはいるが、表情から察するに、これはこれで『少し面白くなってきた』などと思っているらしいことが見て取れる。
その証拠に、この状況では喋ることが出来ない玉依に、いろいろと ちょっかいをかけ始めた。
「でぇ? 黒猫のお玉さんは、課長にご挨拶しねぇのかぁ? んんー?」
「に゛ゃ…… にゃあ゛ーーー ふーっ!」
(おい、ワガハイの頭を捏ねくり回すにゃ! 刀眞め、後で覚えておけよ…… )
「おぉ? あっははー、そうかぁ 君があの玉君かぁ。 武勇伝はいろいろと聞いてるよぉー。 いつも夕飯前になると お魚を咥えて、櫻子ちゃんに町中追いかけまわされているんだろう?」
「なにゃ!?」
「ちょ、お父さま…… 一体それは、何を目指して盛った与太話なんですの!?」
一人と一匹に同時に睨み付けられ、どうにも刀眞には良くない風向きになってきた。
「えぇーっと…… そのー、何だ――― そ それより課長、今日は何でコイツらを此処に?」
刀眞は強引に話を引き戻す。
「え? あぁ… 昨晩、櫻子ちゃんから電話をもらってねぇ。 何でも、学校の課題で『父親の職場見学』をしなければならないのだとか何とか…… 」
「へ… へぇぇ、そいつは聞いてませんでしたねぇ、どうした訳か…… 」
(櫻子のヤツ、嘘くせぇなぁ。 曲がりなりにも名門と言われる學士院の、しかも高等科の課題で そんなもんが出るかよ。 てか、課長も騙されてんなよな…… って、さすがに それぁねぇか。 ん? ……ってこたぁ課長、素っ惚けてやがんのかぁ? やれやれ、相っ変わらず喰えねぇおっさんだぜ全く…… )
「いやぁ… そっすかぁ、あっははは……。 でよぉ櫻子ぉ、何でオレや猿倉に言わねぇで、課長んとこに直接 話つけてやがんだよ?」
刀眞は気さくに話しかけているような声音を出しつつも、諏訪からは死角になる顔の向きで、櫻子と玉依に対しドスの効いた笑みを湛えて睨みつけている。
「何ぶん急のことでしたので、お父さまにお話しするよりも 部門の責任者でいらっしゃる諏訪課長に直接お願いした方が、話が早いかと存じまして」
櫻子も負けじと、諏訪に悟られない角度で刀眞を睨み返しながら、声だけは清楚さを醸し出しつつ応える。
「ほぉーお? 一女子高生が警察庁幹部に いきなり直電して来やがった上、そっから実の父親にトップダウンで手前勝手な事案を落っことし、しかも あまつさえ事後承諾たぁ…… オマエやっぱ いい度胸してんなぁ、こら 櫻子さんよぉ…… ぁあ?」
「ねー、父さまぁ…… なんかこわいよぉー?」
「父さま 言葉づかいが まじ反社」
「まったく、お父さまったら、まだ小さいお二人をこんなにも怯えさせてしまわれるなんて…… どういうご了見ですの?」
双子たちを巧みに味方の体にした櫻子によって 娘三人を相手取ることになった刀眞は、自分のオフィス内でありながら完全にアウェイの状況に陥る。
「ほらほら櫛名田さん、可愛い娘さんたちが怖がっちゃってるから……。 やだなぁもう、怖いな怖いなぁー! あっはははー 」
諏訪が何処か面白がっているような表情で すかさず割って入るが、自然と櫻子たちの味方のような形になる。
「いや課長、コイツらそんなタマじゃねぇし…… って、あぁーもう! 調子狂うなぁ 全くよぉ!!」
そして ふと玉依と目が合うが、すかさずそっぽを向かれてしまう。
「ちっ… 全ぁく…… わーった、わぁーったよぉ。 でぇ? 一体何の用なんだ?」
「ですから、ワタクシの学校の課題なんですってば」
櫻子はそう言いながら、諏訪からは見えない角度で刀眞に目配せをする。
刀眞は「やれやれ」といった表情だが、どうやら意図は伝わったようだ。
急ぎ『諏訪抜きで』話をしたいという、その一事が。
「ふん、そうか…… あー、課題な。 だが今日はいろいろと忙しいからよぉ、あと小一時間くらいしか相手してやれねぇぞ? ねぇ課長」
「え…… あれぇ? 櫛名田さん、今日って何かあったんだっけ?」
「いやいや課長――― ハゲの部屋に呼ばれてるの、今日じゃないすか…… 」
「ハゲ? あぁ、官房長かぁ…… え、あれって今日なんだっけ?」
諏訪は、本当に忘れていたのかキョトンとしている。
「いや、それ忘れてるって嘘でしょう…… ウチの局長やら審議官連中やらも来るんすよ?」
刀眞は呆れたような表情を作りつつも、内心では諏訪が案の定すっかり失念していたらしい様子に、押しの方向を此処と定める。
「ありゃあ、そうだったねぇ。 そうかぁ 参っちゃったなぁ…… 資料とかさぁ、全然用意してないんだよぉ…… どうする?」
などと言いつつ諏訪も大したもので、吐き出す言葉ほどには さほど『参っちゃった』表情もなく―――
ただ意味ありげに、刀眞の方を じっと見つめてくる。
「え? いや、何こっち見てんすか!? 知らないっすよ俺ぁ…… って、はぁぁあぁ…… たぁく、しゃぁねぇなぁ――― おい猿倉ぁ、すまんが課長 手伝ってやってくれねぇか? オレも後で追っ付け行くからよぉ」
「は… 了解であります、櫛名田警視正」
猿倉の方も心得たもので、その『了解』の中には諸々の察しと目算が含まれている。
「ごめんねぇ、猿倉君…… じゃあ櫛名田さん、後でまた。 櫻子ちゃんたちも、今日はせっかく来てくれたのに 何だかバタバタしちゃって悪いねぇ……。 それじゃあ私はこれで――― 」
諏訪は櫻子たちにひらひらと手を振りながら、さして急ぐ素振りもない様子で部屋の扉を開ける。
「はい♪ 諏訪さん、本日はまことに有り難うございました。 今度またゆっくりと、いろいろなお話を伺わせていただきたいですわ。 それでは、ごきげんよう」
先程と同様、櫻子は ゆっくりと丁寧かつ優雅にお辞儀をする。
「はいはぁーい。 じゃあ、桐子ちゃんに柏子ちゃん、そして玉くんもごめんね? またねぇー 」
「課長さん、ありがとー! こんどウチにもあそびにきてねぇー!」
「諏訪さん ありがと 今度 拳銃見せてね」
「おっと、それはいいねぇ! うんうん、お安いご用だよ」
「いや、ダメですからね諏訪課長…… それより早く参りますよ」
「はいはい、つれないなぁ 猿倉君はぁ。 あ… それよかさぁ、先にアイスでも買ってから――― 」
皆に見送られ、何やかやと猿倉に駄々をこねながら、漸く諏訪は自分の執務スペースへと戻って行った。
その様子を確認し、先程から柏子に抱かれたままだった玉依が軽やかに床に降り、音もなく着地しながら口を開く。
「ふーん…… あの男、なかなかに油断ならんヤツだにゃ。 刀眞、オマエ気取られるにゃよ」
「ああ、あのおっさんが 警察ん中じゃぁ、最も要注意なヤツらのうちの一人だよ」
刀眞は真面目な顔で、玉依の言葉にそう応える。
「え……? それって諏訪さんのことですの? 気さくで話しやすい、とても良い方だと思いましたけれど…… 」
「ああ、勿論 悪いヤツじゃぁねぇよ。 オレも随分と世話んなってるしなぁ。 だが…… アレぁ、相手が気付かねぇ内に人懐っこくどんどん懐に入り込んできて、気付いた時には その対象を丸裸にしちまってる…… そんな手合いだ。 櫻子、オマエも余計なこと喋らされないよう、気ぃ付けとけよ?」
「まさか、そんなに油断ならない方…… なんですの? 本日もワタクシのお話をきちんと聞いてくださって、二つ返事で此方にもお招きいただいて…… 」
困惑したような表情を隠しもせず 真正直に見せる櫻子に対し、刀眞は苦笑気味に返す。
「櫻子よぉ…… オマエは一見、万事抜け目ないようでいて、だが意外と情に絆されやすいってぇか――― 平たく言うとチョロいよなぁ」
「もう、お父さま! ワタクシだって常に慎重かつ如才なく、日々懸命にやらせていただいているつもりですのに!」
櫻子は少し悔しそうに頬を膨らませて言う。
「あのなぁ櫻子、そもそも寄りにもよって此処の課長を任されてるような男だぞ? 見たまんまの、『ただのお人好しなおっさん』であるはずがねぇだろうが。 知ってんだろ? この課がどんなところなのか」
この課とは、警察庁警備局 警備企画課のことである。
刀眞も理事官として身を置いているこの部署は、この国の警察組織における公安部門の要であり―――
日々の任務の特殊性や秘匿性共々 通常の役所とは一線を画した、到底 一筋縄ではいかないところである。
「それは… はい、確かにそうですわね――― はぁぁ…… ワタクシって どうにも読みや詰めが、いつもどこか甘いですわよね…… 」
「いやまぁ、普通は見破れるもんじゃあねぇよ。 あのおっさんがそれだけ すげぇってことなんだろ。 おい柏子、オマエはどう思った?」
「諏訪っちは 味方として出会えて良かった 人と事は出会い方次第」
柏子は相変わらず無表情にそう答えたが、同時に諏訪が 自分たちにとって即座に危険な存在になるものではないというところまでも思い至っているらしく、珍しいことに おかしな愛称まで付けてしまっているようだ。
『人事は出会い方次第』というのは、どうやら柏子の持論のようだが―――
その 幸いだった『出会い方』を奇貨とし、今の良好な関係を恙無く続けていきたいという表れのひとつが、『諏訪っち』という呼び名であるのかもしれない。
「柏子、オマエは何てぇか…… 本当 すげぇよなぁ」
刀眞は改めて感心したように真顔で言い、柏子の頭に大振りな掌を優しく置いた。
「ねーねー父さまぁ、桐には聞かないのぉ?」
桐子も久々に刀眞と会話がしたくなったのか、無邪気な様子で そう問いかけてくる。
「あぁ? お、おぅ…… じゃあ、桐子はどう思った?」
「んーっとねぇ…… 優しそうなおじさんだと思ったー!」
しかしその答えは、やはり相変わらず柏子とは方向性の違う、さすがのブレない真直ぐさである。
「桐子…… オマエ 今の話の流れ、ちゃんと聞いてたのかにゃ?」
玉依も少し可笑しそうに言うが―――
「うん、聞いてたよー。 だけど、桐にはよくわかんないかなー。 でもね、『どう思った?』って父さまが聞いてくれたから、思った通りに答えただけー 」
「桐子…… オマエさんも逆にちゃーんとすげぇなぁ。 いや、それで良いんだと思うぞ。 課長…… いや、あの『諏訪っち』はなぁ、相当に油断ならん 喰えねぇおっさんだが、それはあくまで仕事の上での話だ。 実際にはな、あれで結構あのままの適当な、気の善いおっさんなんだよ」
「うん!」
満足そうな笑みの桐子の頭にも 刀眞はその掌をのせ、今度は わしゃわしゃと必要以上に髪をかき回した。
「あぁ゛ー、あたまがクチャクチャになるよぉー! えへへー、 あ゛ーーー 」
桐子は文句を言いながらも嬉しそうで、刀眞も少し頬が緩んでいるようだ。
因みに…… そんな光景が繰り広げられているガラス張りの刀眞の個室の中の様子は、密かにフロアの職員たちの注目の的となっており―――
この一件以降、櫛名田理事官の好感度が随分と上がったらしいのだが…… 刀眞は どうやら気付かなかったようだ。
「さて、と……。 ところで玉さんに櫻子ぉ、そろそろ 今日来た理由を言ってみねぇか?」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
【 一掬 ❁ 同刻譚 】
同刻、警察庁内 警備局警備企画課 課長室―――
諏訪 「いやぁ、櫛名田さんも、ああやって娘さんたちに囲まれてるとさぁ、何かこう……『お父さん』って感じだよねぇ」
猿倉 「はい。 職場ではどうしても、厳しい部分をお見せになることが多いですからね」
諏訪 「まぁ、我々の職掌柄、仕方のないところだけどねぇ」
猿倉 「それにしても、本日は宜しかったのですか? いくら櫛名田理事官の娘さん方とは言え、一般人をこの執務スペースにまで招き入れてしまわれて…… 」
諏訪 「ああ、良いんだよ。 別に此処は『秘密結社』とかじゃなく公の『警察庁舎』で、また僕らは あくまで『公僕』なんだしさ。 だからね、たまには多少の部分『見えちゃったり 漏れちゃったり』もさせとかないと、いけないものなんだよ。 まぁ、程々にね」
猿倉 「はぁ…… そういうものですか」
諏訪 「だってさぁ、もしもだよ? 普段から『全てにおいて完全に秘匿』されちゃってるような組織だったりとかしたら…… たぶんだけど、却ってマズイのよ そんなの。 だってもしもさぁ、たまーーーに何かが ついつい漏れちゃったりなんかした日には、それって世間的には すんごくセンセーショナルな感じに扱われちゃう訳じゃない?」
猿倉 「ああ… まぁ、確かに。 特にこの時代、珍しいもの程すぐにネットとかで拡散してしまうでしょうからね」
諏訪 「そそ。 だから たまーにはさ、緩急と真偽を巧ーいこと織り混ぜながら、こちら主導で適当に小出しにさぁ、世の中の『知りたがりさんたち』の欲求も、満たしてあげといた方が良いってことなのよ」
猿倉 「成る程…… 確かに、それはその通りかもしれませんね。 だからですか? この課が公安部門の要であり、特殊な役割を担っている…… などということが、既に結構広く世間にも知られてしまっているのは」
諏訪 「あははー、いやぁ…… それは昔にね、本当に漏れちゃったの。 だからまぁ、そんなこんなの経緯を踏まえての、今言った『ちょっと出し作戦』な訳ですよ」
猿倉 「あぁ… まあそうですよね。 たぶん昔は『絶対的秘密厳守』の一辺倒で、そんな柔軟な方針は有り得なかったでしょうし…… 」
諏訪 「そうそう。 だってさぁ、どうやったって『家族にすら一切 漏れない秘密』なんて、今時 無理だよぉ。 各個人全員が、しかも何年もさぁ…… 僕ら、ただの公務員だしねぇ。 まぁ、例えばそれがね? 『国家直属の秘密組織』だとか、或いは『軍の情報部』だとかで、『職務上の事を少しでも漏らしたら銃殺だー!』とかってんなら、ある程度は強制力もあるかもしんないよ? でもまぁ、そんな訳にはいかないもんねぇ」
猿倉 「そうですね。 それも『大事な機密だけ』とかいうのならまだしも、仕事の内容一切はおろか、自分の所属すら家族にも言うなとか…… いずれ漏れそうですよね。 それに度々人事異動もありますし」
諏訪 「そそ。 ま、所詮 人間だからね」
猿倉 「だからですか? 今日は櫛名田理事官のご家族を 普通にこのフロアへ…… 」
諏訪 「ふっふーん…… 『普通』に見えるかい?」
猿倉 「え… あ、そう言われてみますと、いつもは居るメンバーや…… あと、昨日まで置いてあったはずの幾つかのものが…… ない?」
諏訪 「うん。 さすがにねぇ、全部を『おっ広げー』ってな訳にはいかないよ。 だから、大事な部分は今だけ他へ持ってってぇ…… んで、生安や交通局の連中と 一時間だけトレードしちゃったのさ」
猿倉 「今朝の内にそんなことまで…… って、あ! では 課長は、1時間後に官房長や局長らとお会いになられるというご予定を…… 」
諏訪 「ああ、覚えてたよ」
猿倉 「なんだ、そういうことでしたかぁ。 では そのための資料の方は、もうちゃんと揃えられて――― 」
諏訪 「ないんだよねぇー、これが」
猿倉 「あー、そうですか――― ワタシはてっきり、『忘れてて資料がない』というのも 一種の偽装かと…… 」
諏訪 「そこはさぁ…… ほら、猿倉君! ちょっと『リアリティー』をね? 追求してみた訳よぉ! あっはははー 」
猿倉 「さ、やりますよ課長。 15分も無駄にしました――― 残り45分です」
諏訪 「あー…… じゃ、取り敢えず頑張ろっかぁ――― 知らんけど。 あははー 」
猿倉 (この人、誰かに似てると前々から思っていたけど…… もしかして葉月様? 成る程、道理で あの刀眞様と、妙にウマが合うわけだ…… )