表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
旧家 ❀ 櫛名田一族の聖域  作者: 漣 ✾ 黒猫堂
『成』 chapter 007
31/40

玉依の裁定 dropout 兎城 × 肆



「では(うさぎ)特務曹長、昇進の件はそういった次第だ。 だがすまん、急の事だったので 准尉(じゅんい)への任官は明日付けとなる。 もう手続きは 全て済んでおるのだがにゃ…… 最終の履行(りこう)手続きをしようにも、この時間では月基地(カマル)の役人連中がもう()らんし、そもそも貴官の直属の上官である 龍岡(たつおか)大尉や鷺山(さぎやま)少尉らが、今日はもう帰宅してしまっておるのでにゃあ」


「はい、勿論(もちろん)構いません。 お気遣いいただき、重々(かさねがさね) 有り難うございます」


「あと、将校過程の履修(りしゅう)についてだがにゃ、推薦状は部隊長であるワガハイと龍岡(たつおか)大尉、そして 月基地(カマル)駐在武官の須佐(すさ)准将から出されるによって、まず問題はなかろう」


「は、恐れ入ります。 お三方の名を汚さぬよう、鋭意努力 邁進(まいしん)して参ります」


「ああ。 だがまぁ あまり気負わず、むしろ落ち着いて しっかりとにゃ。 そう…… 今度は、兵たちや人員を『(うま)く使う側』としてのスキルや心構えを、良く身に付けてきてくれ」


「は、了解であります」


「でだ、履修(りしゅう)にあたっては星系本国群 首都番地の士官学校に、最低でも三ヵ月は通わんといかんのだが…… それと(あわ)せてにゃあ、ワレらが母国星である『イアス・ェインヌ・ォウクォック』の総督府へ、ひとつ(つか)いなども頼みたい」


「は、(つか)い…… で ありますか?」


 ここで(うさぎ)が ふと気付くと、何故(なぜ)玉依(たまより)は少しだけ居心地が悪そうに、もぞもぞと身体(からだ)を動かしている。


「うん――― で あるからしてだ…… その際には、貴官の実家にも ちゃんと顔を出してくるのだぞ。 (あと)でにゃ、ご両親に宛てたワガハイからの書簡を渡そう。 でなぁ、そこで少しは ゆっくりと滞在し、帰還後には イアスの様子でも聞かせてくれにゃ」


「あ………… 」


 (うさぎ)はこれが、自分の身の上を承知してくれている玉依(たまより)の用意してくれた『心遣いの任務』であると、(ようや)くに察した。


(この方は…… 本当にお優しくて不器用で…… )


「はい! 有り難…… いえ、了解致しました!」



「うん、ゆっくりしてくると良い。 あとにゃあ、これはその…… それこそ貴官の希望次第で良いのだが…… 」


 ここに来て何故(なぜ)か、(さら)玉依(たまより)の歯切れが、また少し悪くなる。


「何でありましょう、玉依(たまより)中佐?」


「あーっと、そのー(にゃん)だ…… おほん! うん、貴官のその… 『(うさぎ)』という名前のこ事なんだがにゃあ…… 」


「ワタシの名前…… この地球星(アルド)呼称(ネーム)が、どうか致しましたでしょうか?」


 ワタシの獣化(じゅうか)形態は、この地球星(アルド)で言うところの『(ウサギ)』という種の哺乳動物に近しいため、部隊内で周知させるのに最も端的(たんてき)で効率が良いネーミングであると自身も納得し、また実は結構 気に入ったりしてもいるのだが……。


「だからその…… にゃ? (うさぎ)だから『(うさぎ)』って、安直(あんちょく)過ぎるだろう。 せめて もう少し(にゃん)かこう、この国の『苗字』らしく出来んものか… と、思ってにゃあ…… 」


「え、ワタシ…… いえ、小官は逆に、『ど直球(ストレート)で超格好良い!』とか、思っていたのでありますが…… 」


「いやいやいや、だってオマエ…… あまりにも まんま(・・・)ではにゃいか。 (いさぎよ)過ぎだろう」


「えー…………………。うーん…… そう、で… ありますか…… 」


 (うさぎ)は目に見えて落ち込み、焦点も合わず微動だにしなくなってしまった。


「いやいやいやいやいや! えー…… そんな固まられてもにゃあ…… 」


「いえ、結構その…… ショックと申しますか……。 愛する方(・・・・)から、まさかの『名前』の駄目出しとか――― つらくて…… 」


「いや、そんなに衝撃を受けられてもにゃ――― って…… え? 今オマエ、(にゃん)か さらっと大変な事を口走らなかったか!?」


「ワタシ、玉依(たまより)様のことが大好きです。 勿論(もちろん)、上官としても尊敬しておりますが――― そうではない意味で、たぶん本当に…… 心からお(した)い申し上げております」


「オマエ――― やっぱり(すご)いヤツだにゃ……。 あ… いや、(にゃん)と言うかその…… うん、有り難う。 こんなただの(ネコ)に……。 こんなただの(ネコ)で… (かえ)って(にゃん)か… すまん…… 」


「いえ! 玉依(たまより)様は 何と申しますか…… その、超絶 愛くるしい(・・・・・)です!」


「いや『超絶』って――― そんなに言われると照れ…… って… え? あ、そういう感じのやつか? 愛玩動物(マスコット)的な? (にゃん)だ…… じゃあ、家で地球星(アルド)(ネコ)でも飼えよ」


「いえ、何を(おっしゃ)いますやら! 玉依(たまより)様は決して、この星の(ネコ)などという、ただの『下等な四本足の連中』とは違います!」


「え…… ああ、うん。 それはまぁ、ただの(ネコ)とは確かに若干は(・・・)違うのであろうが…… ってかオマエ、『四本足』て――― そのガサツな表現センス、櫻子(さくらこ)に通ずる失礼さだにゃ」


「 ……………… うーん、成る程 解りました。 ではワタシの呼称、玉依(たまより)様に改めてつけていただきたいです。 それでしたらワタシ…… 例えその名が『耳長(みみなが)アルビノっ()』でも『ぴょん(きち)』でも、甘んじて受け入れさせていただく覚悟です!」


「いや…… 『耳長(みみにゃが)』って、ただの悪口かよ。 あと二つ目の方、どちらかと言うとそれ『カエル用』だからにゃ、世間的には」


「とにかく! アナタ様に付けていただけるのでしたら本望です。 お任せ致します! あ…… でも例えばその――― どこかに『(たま)』の字が入っていたりとかしますと――― 嬉しい… かも…… 」


 (うさぎ)は急にもじもじし始め、少し挙動がおかしくなってきている。


「うーん、(にゃん)だか随分と面妖(おかし)な話になってきておるようなのだが……。 いや、任務上 支障があってもいかんし、さほど大きく変えるつもりはにゃいぞ? そう、例えばだ…… 読み方は『うさぎ』のままで、漢字の『(うさぎ)』の(あと)に『(しろ)』…… もしくは『()』の字を付けるとか、その程度で良いのではないかと思うのだがにゃあ」


「 ……… え? あー、そういう系… ですか……………… 」


 (うさぎ)のテンションが、再び一気に下がっていくのが目に見えて解る。


「え…… (にゃん)でちょっと がっかりしておるのだ?」


 玉依(たまより)に、女心の複雑な機微(きび)は解らない―――

 まぁこの場合…… 実は正直、筆者にも(うさぎ)の心の遷移(せんい)が良く解らないのであるが。


「あー、いえ… そんなことは。 別にがっかりとかしてませんし。 えーっと…… では『(しろ)』を付けた方の『兎城(うさぎ)』で良いかと。 (あり)(ぁと)ござぁしたー 」


 (うさぎ) 改め 兎城(うさぎ)准尉は、(いだ)いていた期待と相当違う結果に落胆したのか、無表情かつ 彼女にしてはかなりぞんざい(・・・・)に礼を述べる。


「お… おう、では昇進の件と(あわ)せ、ワガハイの方でそのように手続きしておこう」


(よろ)しくお願い致します。 ですがこれで、龍岡(たつおか)大尉の当初のコンセプト(・・・・・)が、少しだけ崩れてしまったかもしれませんね」


 (うさぎ) 改め 兎城(うさぎ)の表情はもう元に戻っているが、何やら玉依(たまより)が把握していないことを口にする。


「ん? (にゃん)だ、その『龍岡(たつおか)のコンセプト』というのは?」


「あ、ご存じありませんでしたか? 実は、ワレワレ特務中隊の構成員たちが名乗っております地球星(アルド)呼称(ネーム)ですが、これらは龍岡(たつおか)大尉の意向により、『この国の中世城郭の名称』で統一してあるのですよ」


「な…… なにゃ!? 城の名称だと? えーと……『犬山(いぬやま)』に『龍岡(たつおか)』、『亀山(かめやま)』…… あ、そういうこ事にゃのか?」


 ここに来て初めて判明した驚愕の事実―――

 時に、多少 変質的に几帳面であり、かつ 趣味(しゅみ)嗜好(しこう)に若干の(かたよ)りが日頃から多々見受けられる、龍岡(たつおか)らしい執拗(しつよう)(こだわ)り……。


「はい。 小官の呼称も、『兎城(うさぎじょう)』という名の城郭が由来(ゆらい)であるようです。 ですからまぁ……『(しろ)』を付けて『兎城(うさぎ)』というのは、恐らく中隊長的にも『ぎりセーフ』であるとは思うのですが…… 」


「うーむ、龍岡(たつおか)め…… 『如才(じょさい)ない』と言えばそうなのかも知れんが……。 アイツ、やはりちょっと面倒くさいヤツ(・・・・・・・)なんだにゃ」


玉依(たまより)様、一体何を(おっしゃ)られているのですか!? 『ちょっと』どころではなく、もう『相当』に面倒くさいんですよ、大尉は!」


 兎城(うさぎ)は、生真面目(きまじめ)な口調で力強くそう答える。


「そうか…… いろいろと大変なんだにゃあ、オマエたちも」


「はい。 ですから玉依(たまより)様――― 今度その、(ねぎら)いの意味も兼ねてと言っては何なのですが…… 」


「ん? 急にどうしたのだにゃ?」


「あの… もし(よろ)しければ…… ワタシを何処(どこ)かに 連れて行って下さい!!」


 兎城(うさぎ)准尉――― 本人自身にとっても意外なことながら、恋愛方面ではかなり一途(いちず)で積極的な面を持つ、実は相当に乙女(おとめ)(チック)…… と言うか、そこそこ押しが強めの『健気(けなげ)系女子』であった。


「ん… それはまぁ構わんが……。 兎城(うさぎ)、オマエって結構 ぐいぐい来るヤツだったんだにゃ…… 」





 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





一掬いっきく同刻どうこくたん



 後刻、櫛名田(くしなだ)邸内 洋館 前中庭(まえなかにわ)付近―――


槍慈(そうじ) 「えーと… 何と言いますか……。 確かに聞きに来てみれば、龍岡(たつおか)大尉の言う通り『相当に面白かった』のは間違いないのですがねぇ…… 」


龍岡(たつおか)槍慈(そうじ)様…… どうか後生(ごしょう)でございますから、皆まで(おっしゃ)って下さいませんよう…… 」


槍慈 「龍岡(たつおか)さん、『お城』…… お好きなんですか?」


龍岡 「は…… いやまぁ、取り立てて好き… という程でもないのですが……。 ただ この3000年程、中東方面から玉依(たまより)様と共に 東へと移動を続け…… 地球星(アルド)各地の、歴史上の様々な建築物や要塞を見て参りました中でも、最後に行き着いた この国の中世――― 特に元亀・天正期以降の『城郭』の素晴らしさに衝撃を受けた…… と申しますのは、事実… で ございまして…… 」


槍慈 「ほうほう、左様でしたか。 でもそれならば、ワタシが地球星(このほし)に来た450年前に そう言って下されば、『神社』ではなく『城』を建て、まずは『新興の小大名(しょうだいみょう)』といったあたりから始めてみるというのも、それはそれで一興(いっきょう)だったかもしれませんねぇ」


龍岡 「いえ、それはいけません槍慈(そうじ)様。 もしも櫛名田(くしなだ)家が この国の領地争いなどに参戦されていたら…… どう手加減をしたところで、恐らく当時の豊臣や徳川などを いとも容易(たやす)く攻め滅ぼし、易々(やすやす)と天下を()ってしまわれていたに違いありませんでしょうから」


槍慈 「あぁ…… それはちょっと、さすがに『(さわ)り』があったかもしれませんねぇ」


龍岡 「はい。 ですから『神社』で(よろ)しかったのだと存じます」


槍慈 「まぁ いずれにしても、龍岡(たつおか)さんの『お城への愛』が、部隊の皆さんのお名前に表れていると…… そういうことですねぇ」


龍岡 「槍慈(そうじ)様…… どうかもう、その辺でご勘弁下さい…… 」


槍慈 「良いではないですか。 モノを感じ、()りすぐって(こだわ)ることが出来る『心』というものは――― とても尊く、そして本当に大切なことだと思いますよ」


龍岡 「左様でしょうか。 そのように(おっしゃ)っていただけますと、多少は救われますが」


槍慈 「あー、でも(うさぎ)さ… いえ 兎城(うさぎ)さん、大尉のことを『相当に(・・・)面倒臭い』って…… 言ってましたねぇ」


龍岡 「槍慈(そうじ)様…… もう本当に勘弁していただけないでしょうか……。それに こんなワタシなどのことより、玉依(たまより)様や兎城(うさぎ)の話の方が、実際なかなかに面白かったと思うのですが…… 」


槍慈 「ええ、まぁ確かに。 でも 玉依(たまより)さんは、ああ見えて昔から結構モテましたからねぇ。 もう今更(いまさら)という感じで。 それよりも、今回は龍岡(たつおか)大尉の意外な一面が見られて、その方が興味深かったのですよ」


龍岡 「はぁ…… いやはや全く(もっ)て――― 今宵(こよい)は久々に弱りました。 あぁ、それよりも兎城(うさぎ)准尉、よく 各員の地球星(アルド)呼称(ネーム)の元が『中世城郭』だと気付いていたものです。 正直、驚きました」


槍慈 「おや? ではそのことは、隊内の周知事項ではなかった…… というのですか?」


龍岡 「勿論(もちろん)です。 そのようなこと、恥ずかしくて(みずか)吹聴(ふいちょう)など、とても出来たものではございません」


槍慈 「成る程、そうですか。 やはり兎城(うさぎ)准尉は、視野が広く思考も柔軟――― 本当に 優秀な方なのですねぇ」


龍岡 「はい、(おお)せの通り。 ですがそのおかげで、こちらはとんだ醜態(しゅうたい)を晒す羽目(はめ)になりましたよ。 いやまぁ… しかし元はと言えば、面白がって覗きになど来た こちらの自業自得なのですが…… 」


槍慈 「ふふ… 龍岡(たつおか)さん、この件で兎城(うさぎ)准尉に辛くあたったりしてはいけませんよ?」


龍岡 「はっはっは、さすがにそれは……。 あー… いや、うーむ…… 」


槍慈 「え…… いやいや、えーと… 龍岡(たつおか)大尉?」


龍岡 「ふむ… たしか本国の士官学校に、昔の部下が二人程いたような…… 」


槍慈 「いけませんよ大尉。 ワレワレのような年寄りは、若い方たちに嫌われると『老害』とか言われてしまうらしいですから」







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ