玉依の裁定 dropout 兎城 × 肆
「では兎特務曹長、昇進の件はそういった次第だ。 だがすまん、急の事だったので 准尉への任官は明日付けとなる。 もう手続きは 全て済んでおるのだがにゃ…… 最終の履行手続きをしようにも、この時間では月基地の役人連中がもう居らんし、そもそも貴官の直属の上官である 龍岡大尉や鷺山少尉らが、今日はもう帰宅してしまっておるのでにゃあ」
「はい、勿論構いません。 お気遣いいただき、重々 有り難うございます」
「あと、将校過程の履修についてだがにゃ、推薦状は部隊長であるワガハイと龍岡大尉、そして 月基地駐在武官の須佐准将から出されるによって、まず問題はなかろう」
「は、恐れ入ります。 お三方の名を汚さぬよう、鋭意努力 邁進して参ります」
「ああ。 だがまぁ あまり気負わず、むしろ落ち着いて しっかりとにゃ。 そう…… 今度は、兵たちや人員を『巧く使う側』としてのスキルや心構えを、良く身に付けてきてくれ」
「は、了解であります」
「でだ、履修にあたっては星系本国群 首都番地の士官学校に、最低でも三ヵ月は通わんといかんのだが…… それと併せてにゃあ、ワレらが母国星である『イアス・ェインヌ・ォウクォック』の総督府へ、ひとつ遣いなども頼みたい」
「は、遣い…… で ありますか?」
ここで兎が ふと気付くと、何故か玉依は少しだけ居心地が悪そうに、もぞもぞと身体を動かしている。
「うん――― で あるからしてだ…… その際には、貴官の実家にも ちゃんと顔を出してくるのだぞ。 後でにゃ、ご両親に宛てたワガハイからの書簡を渡そう。 でなぁ、そこで少しは ゆっくりと滞在し、帰還後には イアスの様子でも聞かせてくれにゃ」
「あ………… 」
兎はこれが、自分の身の上を承知してくれている玉依の用意してくれた『心遣いの任務』であると、漸くに察した。
(この方は…… 本当にお優しくて不器用で…… )
「はい! 有り難…… いえ、了解致しました!」
「うん、ゆっくりしてくると良い。 あとにゃあ、これはその…… それこそ貴官の希望次第で良いのだが…… 」
ここに来て何故か、更に玉依の歯切れが、また少し悪くなる。
「何でありましょう、玉依中佐?」
「あーっと、そのー何だ…… おほん! うん、貴官のその… 『兎』という名前のこ事なんだがにゃあ…… 」
「ワタシの名前…… この地球星呼称が、どうか致しましたでしょうか?」
ワタシの獣化形態は、この地球星で言うところの『兎』という種の哺乳動物に近しいため、部隊内で周知させるのに最も端的で効率が良いネーミングであると自身も納得し、また実は結構 気に入ったりしてもいるのだが……。
「だからその…… にゃ? 兎だから『兎』って、安直過ぎるだろう。 せめて もう少し何かこう、この国の『苗字』らしく出来んものか… と、思ってにゃあ…… 」
「え、ワタシ…… いえ、小官は逆に、『ど直球で超格好良い!』とか、思っていたのでありますが…… 」
「いやいやいや、だってオマエ…… あまりにも まんまではにゃいか。 潔過ぎだろう」
「えー…………………。うーん…… そう、で… ありますか…… 」
兎は目に見えて落ち込み、焦点も合わず微動だにしなくなってしまった。
「いやいやいやいやいや! えー…… そんな固まられてもにゃあ…… 」
「いえ、結構その…… ショックと申しますか……。 愛する方から、まさかの『名前』の駄目出しとか――― つらくて…… 」
「いや、そんなに衝撃を受けられてもにゃ――― って…… え? 今オマエ、何か さらっと大変な事を口走らなかったか!?」
「ワタシ、玉依様のことが大好きです。 勿論、上官としても尊敬しておりますが――― そうではない意味で、たぶん本当に…… 心からお慕い申し上げております」
「オマエ――― やっぱり凄いヤツだにゃ……。 あ… いや、何と言うかその…… うん、有り難う。 こんなただの猫に……。 こんなただの猫で… 却って何か… すまん…… 」
「いえ! 玉依様は 何と申しますか…… その、超絶 愛くるしいです!」
「いや『超絶』って――― そんなに言われると照れ…… って… え? あ、そういう感じのやつか? 愛玩動物的な? 何だ…… じゃあ、家で地球星猫でも飼えよ」
「いえ、何を仰いますやら! 玉依様は決して、この星の猫などという、ただの『下等な四本足の連中』とは違います!」
「え…… ああ、うん。 それはまぁ、ただの猫とは確かに若干は違うのであろうが…… ってかオマエ、『四本足』て――― そのガサツな表現センス、櫻子に通ずる失礼さだにゃ」
「 ……………… うーん、成る程 解りました。 ではワタシの呼称、玉依様に改めてつけていただきたいです。 それでしたらワタシ…… 例えその名が『耳長アルビノっ娘』でも『ぴょん吉』でも、甘んじて受け入れさせていただく覚悟です!」
「いや…… 『耳長』って、ただの悪口かよ。 あと二つ目の方、どちらかと言うとそれ『カエル用』だからにゃ、世間的には」
「とにかく! アナタ様に付けていただけるのでしたら本望です。 お任せ致します! あ…… でも例えばその――― どこかに『玉』の字が入っていたりとかしますと――― 嬉しい… かも…… 」
兎は急にもじもじし始め、少し挙動がおかしくなってきている。
「うーん、何だか随分と面妖な話になってきておるようなのだが……。 いや、任務上 支障があってもいかんし、さほど大きく変えるつもりはにゃいぞ? そう、例えばだ…… 読み方は『うさぎ』のままで、漢字の『兎』の後に『城』…… もしくは『木』の字を付けるとか、その程度で良いのではないかと思うのだがにゃあ」
「 ……… え? あー、そういう系… ですか……………… 」
兎のテンションが、再び一気に下がっていくのが目に見えて解る。
「え…… 何でちょっと がっかりしておるのだ?」
玉依に、女心の複雑な機微は解らない―――
まぁこの場合…… 実は正直、筆者にも兎の心の遷移が良く解らないのであるが。
「あー、いえ… そんなことは。 別にがっかりとかしてませんし。 えーっと…… では『城』を付けた方の『兎城』で良いかと。 有難ござぁしたー 」
兎 改め 兎城准尉は、抱いていた期待と相当違う結果に落胆したのか、無表情かつ 彼女にしてはかなりぞんざいに礼を述べる。
「お… おう、では昇進の件と併せ、ワガハイの方でそのように手続きしておこう」
「宜しくお願い致します。 ですがこれで、龍岡大尉の当初のコンセプトが、少しだけ崩れてしまったかもしれませんね」
兎 改め 兎城の表情はもう元に戻っているが、何やら玉依が把握していないことを口にする。
「ん? 何だ、その『龍岡のコンセプト』というのは?」
「あ、ご存じありませんでしたか? 実は、ワレワレ特務中隊の構成員たちが名乗っております地球星呼称ですが、これらは龍岡大尉の意向により、『この国の中世城郭の名称』で統一してあるのですよ」
「な…… なにゃ!? 城の名称だと? えーと……『犬山』に『龍岡』、『亀山』…… あ、そういうこ事にゃのか?」
ここに来て初めて判明した驚愕の事実―――
時に、多少 変質的に几帳面であり、かつ 趣味嗜好に若干の偏りが日頃から多々見受けられる、龍岡らしい執拗な拘り……。
「はい。 小官の呼称も、『兎城』という名の城郭が由来であるようです。 ですからまぁ……『城』を付けて『兎城』というのは、恐らく中隊長的にも『ぎりセーフ』であるとは思うのですが…… 」
「うーむ、龍岡め…… 『如才ない』と言えばそうなのかも知れんが……。 アイツ、やはりちょっと面倒くさいヤツなんだにゃ」
「玉依様、一体何を仰られているのですか!? 『ちょっと』どころではなく、もう『相当』に面倒くさいんですよ、大尉は!」
兎城は、生真面目な口調で力強くそう答える。
「そうか…… いろいろと大変なんだにゃあ、オマエたちも」
「はい。 ですから玉依様――― 今度その、労いの意味も兼ねてと言っては何なのですが…… 」
「ん? 急にどうしたのだにゃ?」
「あの… もし宜しければ…… ワタシを何処かに 連れて行って下さい!!」
兎城准尉――― 本人自身にとっても意外なことながら、恋愛方面ではかなり一途で積極的な面を持つ、実は相当に乙女的…… と言うか、そこそこ押しが強めの『健気系女子』であった。
「ん… それはまぁ構わんが……。 兎城、オマエって結構 ぐいぐい来るヤツだったんだにゃ…… 」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
【 一掬 ❁ 同刻譚 】
後刻、櫛名田邸内 洋館 前中庭付近―――
槍慈 「えーと… 何と言いますか……。 確かに聞きに来てみれば、龍岡大尉の言う通り『相当に面白かった』のは間違いないのですがねぇ…… 」
龍岡 「槍慈様…… どうか後生でございますから、皆まで仰って下さいませんよう…… 」
槍慈 「龍岡さん、『お城』…… お好きなんですか?」
龍岡 「は…… いやまぁ、取り立てて好き… という程でもないのですが……。 ただ この3000年程、中東方面から玉依様と共に 東へと移動を続け…… 地球星各地の、歴史上の様々な建築物や要塞を見て参りました中でも、最後に行き着いた この国の中世――― 特に元亀・天正期以降の『城郭』の素晴らしさに衝撃を受けた…… と申しますのは、事実… で ございまして…… 」
槍慈 「ほうほう、左様でしたか。 でもそれならば、ワタシが地球星に来た450年前に そう言って下されば、『神社』ではなく『城』を建て、まずは『新興の小大名』といったあたりから始めてみるというのも、それはそれで一興だったかもしれませんねぇ」
龍岡 「いえ、それはいけません槍慈様。 もしも櫛名田家が この国の領地争いなどに参戦されていたら…… どう手加減をしたところで、恐らく当時の豊臣や徳川などを いとも容易く攻め滅ぼし、易々と天下を獲ってしまわれていたに違いありませんでしょうから」
槍慈 「あぁ…… それはちょっと、さすがに『障り』があったかもしれませんねぇ」
龍岡 「はい。 ですから『神社』で宜しかったのだと存じます」
槍慈 「まぁ いずれにしても、龍岡さんの『お城への愛』が、部隊の皆さんのお名前に表れていると…… そういうことですねぇ」
龍岡 「槍慈様…… どうかもう、その辺でご勘弁下さい…… 」
槍慈 「良いではないですか。 モノを感じ、選りすぐって拘ることが出来る『心』というものは――― とても尊く、そして本当に大切なことだと思いますよ」
龍岡 「左様でしょうか。 そのように仰っていただけますと、多少は救われますが」
槍慈 「あー、でも兎さ… いえ 兎城さん、大尉のことを『相当に面倒臭い』って…… 言ってましたねぇ」
龍岡 「槍慈様…… もう本当に勘弁していただけないでしょうか……。それに こんなワタシなどのことより、玉依様や兎城の話の方が、実際なかなかに面白かったと思うのですが…… 」
槍慈 「ええ、まぁ確かに。 でも 玉依さんは、ああ見えて昔から結構モテましたからねぇ。 もう今更という感じで。 それよりも、今回は龍岡大尉の意外な一面が見られて、その方が興味深かったのですよ」
龍岡 「はぁ…… いやはや全く以て――― 今宵は久々に弱りました。 あぁ、それよりも兎城准尉、よく 各員の地球星呼称の元が『中世城郭』だと気付いていたものです。 正直、驚きました」
槍慈 「おや? ではそのことは、隊内の周知事項ではなかった…… というのですか?」
龍岡 「勿論です。 そのようなこと、恥ずかしくて自ら吹聴など、とても出来たものではございません」
槍慈 「成る程、そうですか。 やはり兎城准尉は、視野が広く思考も柔軟――― 本当に 優秀な方なのですねぇ」
龍岡 「はい、仰せの通り。 ですがそのおかげで、こちらはとんだ醜態を晒す羽目になりましたよ。 いやまぁ… しかし元はと言えば、面白がって覗きになど来た こちらの自業自得なのですが…… 」
槍慈 「ふふ… 龍岡さん、この件で兎城准尉に辛くあたったりしてはいけませんよ?」
龍岡 「はっはっは、さすがにそれは……。 あー… いや、うーむ…… 」
槍慈 「え…… いやいや、えーと… 龍岡大尉?」
龍岡 「ふむ… たしか本国の士官学校に、昔の部下が二人程いたような…… 」
槍慈 「いけませんよ大尉。 ワレワレのような年寄りは、若い方たちに嫌われると『老害』とか言われてしまうらしいですから」