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旧家 ❀ 櫛名田一族の聖域  作者: 漣 ✾ 黒猫堂
『成』 chapter 007
30/40

玉依の裁定 dropout 兎城 × 參



 櫛名田(くしなだ)家に(つか)える、龍岡(たつおか)特務中隊麾下(きか)―――

 その内の女性部隊である第3小隊において、班長を務める(うさぎ)特務曹長は、数々の厳しい訓練や任務を()(くぐ)ってきた、()わば『()え抜きの軍人』である。


 とは言え――― 実はもともと、さほど『天才的な才能』を持ち合わせていたという訳ではなかった。

 それに何より、軍に入ったそもそものきっかけも、あまり裕福ではなかった実家の家計を助けたいというのが、志願した発端なのである。


 だから、今までに自分が軍人に向いているなどと思ったことは一度もないし、この職業(・・)(あこが)れを(いだ)いたという経験もない。


 入隊後、(うさぎ)は他者に倍する鍛練を日々積み重ね、それが 現在の彼女自身の身体(からだ)や身分だけでなく、存在意義や居場所といった、あらゆる部分を形作っているのであるが―――


 その並々ならぬ研鑽(けんさん)の原動力となったのは、通常の軍人が(いだ)くような『祖国への忠誠』や『軍人としての誇り』、もしくは『功名心』などといった(たぐ)いのものではなく―――


 ただひたすら、『自分に与えられた仕事』を常に粛々(しゅくしゅく)遅滞(ちたい)遺漏(いろう)なくこなす、そのためだけに我慢強く続けてきたものであった。


 但し、彼女自身の持つ(こだわ)りの『美学』に照らして、その遂行の過程や結果を、極めて『完璧』かつ『(すみ)やか』に、そして何よりも『誠実』にこなしてきたのである。


 そういう意味では、中隊きっての手練(てだ)れとして抜きん出た功を重ねてきている彼女ではあるが―――

 もともと、如何(いか)にも軍に入るべくして入ってきたような、()わば生粋(きっすい)の『軍人気質』の者たちが多く(つど)うこの隊内にあっては、多少異色の存在であったかもしれない。


 とは言え、世の中には幾ら努力を重ねても(むく)われない者たちが多いという現実からすれば、本人の自覚の有無は別として、実際に相当な結果を残し得ている彼女には、実は充分過ぎる『素質』が備わっていたということにもなろう。


 そもそも素質とは、『努力もせず何でもやってのけられる天才性』などといったものを指す言葉でもあるまい。


 人に倍する訓練に打ち込み、ひたすら実直に職務を遂行して、()追随(ついずい)を許さない程の結果を出し続ける―――

 それを『素質』と言わずして、一体 何だというのか。



「ところでだ、(うさぎ)特務曹長。 これは前々から決めていたことにゃのだが――― 貴官を准尉(じゅんい)に昇進させたい」


 玉依(たまより)の言葉に、(うさぎ)は一瞬 耳を疑う。


「 ……………………… は? あ… いえその――― このワタシが…… で、ありますか?」


「うん、むしろ遅すぎたかも知れん。 すまんにゃ」


「いえ、とんでもありません! あの… 大変光栄なお話ではありますが――― その…… 実は小官、将校過程をまだ履修(りしゅう)できておりません…… 」


 (うさぎ)は おずおずとそう答える。


 准尉や特務曹長という階級は、下士官の中から特に優秀な者を選抜し、直近の『将校候補』とするために(もう)けられた、『准士官』と呼ばれる(わく)である。


 但し、そこから(れっき)とした士官である少尉に任官されるためには、まずは本国の士官学校で『将校過程』を履修(りしゅう)し終えた(のち)、その経過成績と最終試験を上位で通過しなければならない。


 (うさぎ)も、(すで)に特務曹長に選抜された時点で 軍側のそうした意向は了解しているため、今回の『士官候補』の話も 全くの寝耳に水ということではないのであるが―――


 もともと本人にその気が さほどなかったことや、実際問題として 地球星(アルド)での駐留任務が長かったことなどから、自分が士官候補生であるなどということは、正直全く意識の外に置いてしまっていたのである。



「うむ、まぁ確かに此処(ここ)()っては、そんな(いとま)もなかったであろうからにゃ。 だから受けてこい、これを機に。 まさかオマエ、これだけ抜きん出た武勲を重ねておきながら、定年までずっと曹長のままで居続けられると思っていた訳でもあるまい?」



 確かに、まだ若い(うさぎ)が、定年までの相当に長い年月を、今後一切(いっさい) 昇進もなく居続けるなど現実的ではない。


 まして、軍からも(すで)に『上へ上がるための道筋』を提示されている以上、それを(こば)むのは 謙虚(けんきょ)さなどというより、むしろ怠慢(たいまん)であると言われても仕方がないであろう。


 特に、彼女に近しい周りの者たちからしてみれば、彼女ほどの武勲を上げてすら 昇進等の(えい)(よく)することが出来ないなどという世知(せち)(がら)い状況を見せ付けられるのであるから、それでは当然 モチベーションも上がるまい。


 またそれは軍としても、士気の低下のみならず、階級停滞による士官不足という実質的な弊害(へいがい)にも直結し兼ねない事案となるため、(うさぎ)のように功ある下士官が、現状のように頭打ちでボトルネックに つかえて(・・・・)しまっているという状況は、あまり好ましくないのである。



「は、はぁ…… あ、いえあの… 申し訳ありません。 ワタシが士官などと、これまで考えたこともなかったもので」


「オマエには今後、実務の遂行だけでなく後進の育成にも(つと)めてもらい、()くゆくは一隊…… と言わず、一軍をも(ひき)いてもらいたいと、そう考えておる」


 この猫(・・・)は、将来のどんなワタシを見ているのだろうか…… と、あまり人から評価されることに慣れていない(うさぎ)は、正直かなり面喰らってしまっている。

 『一軍を(ひき)いる』って……。



「しかしその…… そもそも今回、あのような失態を犯してしまいましたワタシなどが――― まさか昇進などとは…… 」


 玉依(たまより)も、(うさぎ)のこの反応は ある程度予測していたようで、やや苦笑気味に、言い含めるように説明する。


「良いか(うさぎ)、勘違いするにゃよ? 『昇進』とは、武勲を上げたモノへの『ご褒美』などではにゃい。 軍が定めておる階級制度というのは、各員を『適材適所』に配し統率するための、()わば規律的な『能力に応じた格付け』だ。 オマエは部下を指揮し、範となるに(あたい)する経験と実績、そして資質を持ち合わせておる――― と、上官であるワガハイが判断したのだ」


「このワタシが…… 隊を指揮し、範 足り得る…… 」


「ああ、少なくともワガハイはそう考えておるし、中隊の連中とて異論はあるまい。 だがもし、やはりどうしてもそうは思えんと言うのであれば…… もういっそのこと、それが新たにオマエに課せられた『任務』だと思って自分を矯正(きょうせい)しろ。 これまでオマエが、人知れず努力し続けてきたようににゃ。 だからにゃあ…… もう(あきら)めろ」


 玉依(たまより)(ねこ)なので 基本あまり顔に表情はないが、(うさぎ)を見上げて少し首を(かし)げたその様子からは、優しげに笑いかけてくれているような印象を受けた。



 だが言われてみれば確かに、士官となるべく昇進を目指すことが自分に課せられた次の『任務』であり、『それを成せ』というのが玉依(たまより)からの命令であるとするならば―――


 元より自分の能力を、冷静かつ正確に把握し得ている(うさぎ)にとって、所詮(しょせん)『少尉程度の職責』を担うことなどは、さほどの無理難題とも思われないような気がしてきた。


 だが そこで改めて、はたと気付く。

 これまで、こんなにも自分のことを気にかけてくれた存在があっただろうかと。

 それも、突然の失策に()(ひし)がれて のこのこと帰ってきた―――

 まるで敗残兵のような心弱い気持ちでいる、こんな自分に……。


玉依(たまより)様…… 了解であります! (うさぎ)特務曹長、現時刻をもって (さき)木花(このはな)家潜入監視の任を解かれ――― 引き続き、只今(ただいま) 下達(かたつ)されました将校過程の履修(りしゅう)、並びに… うぐ…… しょぅ… 少尉任官を…… (すみ)やかに達すべく… (つと)め……………… そして、いつか必ず…… 玉依(たまより)様の… ご厚情に(むく)い…………… アナタの… アナタのお役に立ちたい… です…… 」


 (うさぎ)は、思わず涙を幾滴(いくてき)も幾滴も、その上官の座る 目の前の地面に落とした。


(うさぎ)、良くやったにゃ」


 玉依(たまより)は、自分よりずっと高い位置にある(うさぎ)の顔を、下から優しげな表情で見上げる。


「はい! 有り難う… ございます!」



 (うさぎ)にとって今日という日は、恐らく生涯忘れられない一日となるだろう。


 突然の任務離脱となった最悪(・・)な状況と、そして今後の自分の新たな未来を切り開くであろう最良(・・)の出来事が、一時(いちどき)怒濤(どとう)のような(すさ)まじさで降りかかってきたのだから。


 そしてまた、他人に此処(ここ)まで(みずか)らのことを気に掛けられ、それに感謝して心を開き―――

 また何より、人前で(はばか)りもなく こんなに泣いたのも、全てが初めてのことばかりであった。


 加えて、玉依(たまより)に対して芽生(めば)えかけている、この暖かくも少し胸苦しい、奇妙な気持ちの高鳴りも……。





 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





一掬いっきく同刻どうこくたん



 同刻、櫛名田(くしなだ)邸内 洋館1階 喫茶室―――


槍慈(そうじ) 「そう言えば、(うさぎ)さんが帰って来られるのだとか?」


龍岡(たつおか) 「はい、槍慈(そうじ)様。 先程『ムシ』による報告がございまして、恐らくもう屋敷に着いておる頃かと」


槍慈 「それは急なことでしたねぇ。 では、この珈琲(コーヒー)を飲んだら 早速(さっそく)出迎えに行くのですか?」


龍岡 「いえ、今日はこのまま会わずに帰らせていただこうかと。 もう今頃は玉依(たまより)様が、彼女の労に(むく)いて下さっておられることでしょうから」


槍慈 「良いのですか? アナタ方も、彼女のことは随分と気に掛けておられたでしょうに」


龍岡 「恐れ入ります。 しかし、ワタシは直属の中隊長という役目柄、今後も多少 過度な(・・・)『厳格さ』で(もっ)て接してゆかねばなりません。 (しか)るに…… (うさぎ)生真面目(きまじめ)さから察するところ、今日は相当に()(ひし)がれた状態で帰投(きとう)して参ることでしょう。 それに対し、まず初めに (なぐさ)めや(ねぎら)いの言葉をかけるのは、ワタシや小隊長である鷺山(さぎやま)少尉などよりも、玉依(たまより)中佐の方が適任かと思われます」


槍慈 「そうですか。 仲間同士の互いの思い()りの中にも――― その立場や関係性によって、いろいろと機微(きび)があるのですねぇ」


龍岡 「いえ、恐れ入ります。 まぁ 特に今日の出迎えは、上官であるワタシや鷺山(さぎやま)ではなく――― また例え、それが彼女の同僚や部下たちであったとしても…… 中隊のモノたちによるものではない方が(よろ)しかろうと存じます」


槍慈 「成る程、そうかも知れませんねぇ」


龍岡 「まぁ、それが本当に正しいことであるのかどうかは判りませんが…… 少なくとも、『今の状況』を(かんが)みた『今のワタシ』に出来得る判断としては――― といったところでございましょうか」


槍慈 「ふむ、まぁ『判断』と言うか…… 『優しさ』…というふうにも聞こえますがねぇ。 ところで 龍岡(たつおか)大尉は、玉依(たまより)さんとは 相当に(・・・)長いのでしたよねぇ」


龍岡 「はい、古代エジプトで初めて御一緒させていただいて以来ですので…… もうかれこれ3000年程になろうかと」


槍慈 「それはそれは…… で、昔の玉依(たまより)さんは どんな感じでした?」


龍岡 「基本的には、今と さほどお変わりはございません。 そう、思えばワタシが 初めて玉依(たまより)中佐…… 当時はまだ少尉でいらっしゃいましたが――― あの方とお会いしたその頃、ワタシはまだ 地球星(このほし)赴任(ふにん)してきたばかりの下士官…… 確か 伍長でございました」


槍慈 「では、それからずっと…… いやぁ、面倒臭い『猫』だったでしょう?」


龍岡 「はは… それは何とも……。 ですが思えば、当時こんなワタシに目をかけていただき… 将校過程にご推薦までしてくださったのが、玉依(たまより)様…… いえ、ティマイョ・レィ少尉でした。 そう…… ちょうど今、(うさぎ)特務曹長にして下さっているように」


槍慈 「そうですか。 まぁ ご存じのように、ワタシもそうなのですがねぇ……。 全く、お節介焼(せっかいや)きの猫さんですよ」


龍岡 「はっはっは、そのようなことを(おっしゃ)って。 ですが本国では、あの方の二つ名(コードネーム)である『黒の賢魔術師(メラース マゴス)』の名を知らぬモノは居ないという程の、()わば『英雄』のお一人に数えられている程の御方でございますよ」


槍慈 「やれやれ…… 全く、『神様』だの『黒の(メラース) なんとか』だのと、あまり玉依(たまより)さんを(おだ)てないでほしいものなのですがねぇ。 あの人、調子に乗ると本当に面倒臭いのですから」


龍岡 「ですが、常に何人(なんぴと)よりも思慮深いご思考を巡らせておられるにも(かか)わらず、そういった役回りの立ち位置に身を置かれて(なお) 誰からも愛され、そしてご本人も ごく自然に、とても気さくに振る舞っておられる。 そうしたところも含め、やはり ご人徳なのでございましょう」


槍慈 「うーん、人徳ねぇ……。 あぁ、そうだ龍岡(たつおか)さん、今度 玉依(たまより)さんの昔の話を、いろいろと聞かせてほしいのですが?」


龍岡 「はい、それは一向に構いませんが」


槍慈 「ワタシが知らない、約2500年分の地球星(アルド)での話の中に、何か『面白いモノ』が埋もれているかもしれませんからねぇ」


龍岡 「はは… まぁ、上官を売る(・・)ようなお話は出来かねますが…… しかし、単に『面白い話』というのであれば (いく)らでもございますので、今度また お時間のある時にでも」


槍慈 「是非、お願いしますよ」


龍岡 「承知致しました。 あぁ… ところで、これは独り言なのですが…… 」


槍慈 「ほうほう…… 」


龍岡 「恐らく…… まさに今現在進行中の、玉依(たまより)様と(うさぎ)特務曹長とのやり取りは…… ワタシの()によりますと、ここ数百年に一度くらいの『面白い話』になりそうな予感がするのですが…… 」


槍慈 「 ……………… さぁーてと、おぉ… もうこんな時間ですねぇ……。 そろそろ店仕舞いとしましょうか。 さぁ 急ぎますよ、龍岡(たつおか)大尉」






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