一族の団欒 and 序幕 × 貳
此処は櫛名田邸内に建つ幾棟かの建物のうち、主屋にあたる洋館の2階――― 『北東の間』。
この日は珍しく 櫛名田の一族である九人が、この部屋で一同に会している。
季節は初秋、時刻は午後3時の少し前―――
執事の龍岡が、紅茶の替えのポットと共に 銀製のケーキスタンドを載せたワゴンを押して、静かに部屋に入ってくる。
そこへ真っ先に駆け寄るのは、この家の末の娘である柏子たち…… ではなく、齢4008歳、最年長者の玉依であった。
因みに 最年少の柏子は、相変わらず手にしたスマホを操作する指先だけが忙しく動いている以外、表情や体の方は微動だにしない。
「えっと…… ところでさ、柏子さんは 宇宙や平行世界なんかに興味があるのかな?」
と、多少強引に話を引き戻しに掛かったのは、この家の最年長子息である弓弦だ。
彼は 刀眞と葉月の長男であり、櫻子や柏子たち三姉妹にとっては兄にあたる。
彼の この家での役割はというと、主に『バランサー』や『調停役』といったところか。
例えば、この一族の会話は時として…… というよりは常として、まず玉依の年寄話により脱線して興が削がれ、次に櫻子の激昂によって殺伐とし、そして終いには彼の両親たち…… 特に母親である葉月の言動により、正当性と品性が大きく損なわれる。
そんな時、いつも正常かつ清浄な状態に引き戻す役目を担うのが彼―――
いずれはこの家の次期当主となるであろう 弓弦なのである。
そんな彼の問いかけに柏子が応えるのかと思いきや…… そこへ、さっきまで一心不乱に夏休みの宿題に没頭していた 残る三姉妹のひとり、次女である桐子が 唐突に会話に入ってきた。
「はーーーい! 桐、宇宙に行ってみたーーーい!」
桐子は比較的 真面目…… というより とにかく真直ぐな性格で、そして善くも悪しくも 思考や言動が、およそ斜め上を遥かに突き抜けていってしまうことが間々あるといった娘である。
それ故に―――
「あとねぇ…… 弟もほしーーい!」
「ぶふぅっ! げほぉっ… ごほ、かっは!」
「いやん、どないするぅ? 刀眞くぅ~ん」
「お… ぉお、お母さまぁ!? ここ… こんなところで、こーんな明るい時間に、いったい何を仰っておられるのです!?」
「えぇー、何ってぇ…… 可愛い娘である桐の『願い事』に対してのぉ…… 家族会議やん?」
「はいはい、葉月ちゃん、もうその辺でねぇ…… 」
――― などといった波紋を起こすことがしばしばである。
まぁ 言ってみれば、天真爛漫という言葉がそのまま充て填まるような…… そう、ちょうど三女の柏子とは完全に対極の位置に身を置く娘であるのだが―――
実はこの、姉の桐子と妹の柏子、見た目だけは まるで生き写しとも言える程にそっくりな、『双子の姉妹』なのであった。
因みに、外見は殆ど同じであるにもかかわらず、桐子と柏子があまりにも正反対の性格であることから、柏子の方は最年少ながら 時に『さん』付けで呼ばれ、それに対し桐子は 年相応に『ちゃん』付けで呼ばれることが多い。
また、二人は特に髪型や服装なども さほど変えてはおらず、全く区別がつかないと言って良い程の外見でありながら、その佇まいの違いだけで 殆どの者が大抵は間違うことなく見分けられている。
「でもな桐ィ、アンタ『月の裏側』には、検査やら手続きやらで もう何度か行ってんねんで?」
母親の葉月が口を挟む。
「えー? そんなのぜんっぜん おぼえてないよぉーーー?」
桐子は不思議そうな顔をして問い返すが―――
「あはは、それはそうだよ。 桐子ちゃんたちが生まれてすぐのことだったからね。 でもそれは、ボクらだって同じなんだよ? ボクも櫻子も、生まれてすぐに月に連れて行かれたらしいんだけど…… 勿論その時のことなんて、全然覚えていないからね」
この一族の数少ない『良識担当』である弓弦が丁寧に応えてやる。
弓弦は誠実で優しいからか、それぞれに性格が違う妹たちからも良く慕われているようだ。
しかし、そこへまた横から―――
「あ゛ーー あかん、思い出してもうたぁ……。 ウチもこの怪体な家に嫁いできた時、なんやよぅ解らんまま お月さんまで連れてかれたんやけどなぁ? あんまキッチリ覚えとるゆぅんも 考えもんやでぇ、正味の話…… ぉ… おぉえぇぇぇ…… 」
急に嘔吐きだした息子の嫁の葉月に対し、義父の槍慈が辛うじて応じる。
「あのー、葉月ちゃん…… 子供たちの前でいろいろとリアクションに困るので、その話はちょっと…… 」
元々普通の――― かどうかは解らないが、一応純粋な地球人であった葉月は、この家に来てから遺伝子の螺旋多重化改変や脳神経の活性強化、更には 代謝や治癒力の向上と有効抗体の選別 及び最適化など、様々な処置を受けている。
それらは、月の裏側にある『ヘルツェシュプルング基地』の支所内医療施設において 数度に渡って施されており、その時のことを言っているのであろうが…… 勿論全員、基本スルーの空気感だ。
「へ… へえぇ、そーなんだぁ……。 ねぇねぇ弓弦兄さまぁ、宇宙に行くときってぇ、おーーーっきなロケットでぇ、ドッカーーーンって打ち上げられるのー?」
桐子が無邪気に、大きく身振り手振りを加えて弓弦に訊ねる。
「えっと、ロケットでは行かないのだけれど…… あぁ、でもそうか。 『宇宙と言えばロケット』というのは、普通は至極当然な発想だよね。 まぁ、この家を除いては…… か。 うん、なるほどなぁ」
弓弦が、将来は教育者にでも向いていそうな 妙な慮りと関心のしかたをしている横から、母親の葉月が またもや雑に割って入ってくる。
「あっはははー! 『どっかーん』て…… 爆散してもうてるやん自分、花火かいなー 」
因みに、さっきまで嘔吐いていた葉月の復活が早いのは、別に生体強化のおかげなどではない。
「えー、ロケットのらないのぉー? じゃあ…… えっと、コロンビヤード… ホウ? で、ダイイチ宇宙ソクドにしてぇ…… それから地球のシューカイキドウに、エイヤーって のせてくところから はじめるのぉー?」
「え? あー いや、それもちゃうけど…… てか桐ィ、アンタの頭ん中、知識バランス めっちゃおかしない?」
「こないだよんだ本にねー、そーんなカンジのことが かいてあったんだー 」
「あー あれかぁ、図書館で借りとった…… うん、それは今で言うところの『マスドライバー』ゆうやっちゃなぁ――― ってアンタ…… なんで小4女児がジュール・ヴェルヌなんか読んどんねん、渋ぅ!」
葉月はわざとらしく如何にも渋そうな表情をし、意味不明に手をひらひらさせている。
「ちょっとお母さま! 桐子ちゃんの せっかくの知的好奇心を削ぐようなリアクションは おやめくださいな――― て言うか その手付き、超絶イラっと来ますわ…… 」
双子の妹たちを半ば病的に溺愛している櫻子が、騒々しくも大人げない振る舞いの目立つ母親を真顔で窘める。
「あー はいはい、わーった わーったってぇ。 櫻子さんてばもー、コワ! まぁま ええやん――― なぁ?」
葉月は櫻子に対し、更に挑発するように手のおかしな動きを見せつけ、「ふふぅーん?」などと言ってニヤついている。
――― ぴしぃっ!
と、室内に 微かだが鋭い異音が響き、玉依が僅かに身を固くした。
しかし葉月は特に気にも留めず―――
「ほんでやぁ桐ィ、ウチらがお月さんに行く時はなぁ、この屋敷からヘルツ… ツシュ…… ナンチャラーいう、ややっこしい名前の小っさい基地まで直接『転送』されてまうからな? ほんま一瞬のことやし、もう なんーっもおもろいこととかないわ、あぁ。 ほんでな、向こうでの検査やら手続きやらも… うーん、せやなぁ…… まぁ アレや、その辺の病院と区役所にでも行ったようなもんやわ。 あー せやった、ほんで帰りにな? 入口んとこの売店で『銘菓 月うさ』ゆぅんを買うて帰んねん、ほんで終いや」
「えぇーー!? なにそれー、ちょーつまんなそぉーーー!」
「へぇ 楽でいい」
「お、『月うさ』買ってあるのか?」
桐子と柏子が それぞれ対極の感想を述べるが―――
それとほぼ同時に、『銘菓 月うさ』に速攻で反応した玉依については、全員がスルーだ。
「それにしても、オマエら本当に双子か?」
暫し立ち直れていなかった玉依であったが、先程の異音による緊張と『月うさ』への執着で我に還ったのか、漸く復活してきたようだ。
「せや、そこやねん 玉やん……。 なぁ? なーんか怪っしぃやろ?」
「またお母さまは! 実の母親が言うことではありませんわよ!」
まだ多少怒りが燻っている、双子偏愛歴10年の櫻子が再び声を荒げるが―――
「だよなぁ…… コイツら性格がまるで似てねぇからよぉ。 あ、もしかしてあれかぁ? 病院で取り違えられちまったとか…… 」
「もう、お父さままで! 姿かたちが瓜二つで、明らかに可愛らしい双子ちゃんじゃありませんか!」
「あっははー! 櫻ァ、アンタやっぱ 弓弦くんと違ぅておもろいわぁ。 テンパり芸最高ぉ!」
「全然 嬉しくありませんわ…… 」
「ボクも 全く悔しくないかな…… 」
このように、この家の現在の当主夫妻は 宇宙人云々以前に、大人げなさの面でかなりどうかしているのだが―――
しかし状況からすると、先程来の場の緊張を巧みに いなしたと言えなくもない。
まぁ、自らの手によるマッチポンプであること 甚だしいのではあるが。
しかしこの二人…… 前述のように、これでも一応は国家公務員であり、刀眞は警察庁警備局の警備企画課で理事官を務め、一方の葉月は、防衛装備庁の技術戦略部で 革新技術戦略官の職に就いている。
このように櫛名田家の者たちは、宇宙人としての並外れた知力や身体能力を頼みに、今後起こり得る様々な有事を想定して、必要と思われるポジションに人員を如才 遺漏なく、また 有意かつ優位に配置しつつ、日々 怠らずに備えている。
とは言え、彼らが さほどに始終 何かを警戒し、常にピリピリしているなどということは全くないし、そこまで慎重にも慎重を重ね着させなければならない程、弱くもなければ追い込まれてもいない。
仕事やポジションに関しても、刀眞は自らの意思と希望によって警察官僚の道を選んだのであるし、まして 元々が普通の地球人である葉月などは、現職に就いた当時、まだ『櫛名田』との接点などは全くなかったのである。
それにそもそも、例えば その職掌や職域において、彼らが自らの持つ職権を利用し、何かしらの『宇宙人的 怪しげな行動』などを起こしているのかと言えば、そのようなことは…… まぁ、無くはないが、殆どない。
そして恐らく、次の世代である弓弦や櫻子たちが社会に出る時が来たとしても、櫛名田家としては彼らの進路について、特に何も強制などはしないであろう。
但し、彼ら自身も自らの家が負っている『使命』の重さは充分に承知しているし、そもそも知力や身体能力ともに地球人のそれを凌駕し―――
更には、あらゆる異能までをも 自在に行使できる存在である以上、地球社会において何処で何の職に就いたにせよ、櫛名田の役に立たないなどということも考え難い。
いずれにしろ、今日のような穏やかな日々が このままいつまでも続けば良い…… とは、一族の誰もが思うところではあるのだが―――
しかし、寿命が極端に長過ぎる彼らにとって その『いつまでも』は、とても一度で心に描ききれるようなものではなく、また その先行きを楽観的に見通してしまえる程、時間的に近しいものでもないのである。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
【 一掬 ❁ 後刻譚 】
後刻、櫛名田邸内 洋館2階 柏子の部屋―――
桐子 「ねー 柏ちゃん、桐たちってぇ、ここん家のコドモじゃないかもしれないのぉ?」
柏子 「いや 魔法みたいなの使えるし この家の子供で間違いない たぶん」
桐子 「おー、そだよねぇー。 フツウの人はお空くらいしか とべないもんねぇー 」
柏子 「いや 普通の人は空も飛べないけど」
桐子 「えぇー? でもさぁ…… よくそのへんを フワフワーって とんでる人とかいるよねぇー?」
柏子 「え…… 桐姉 なんか怖いものとか見えてたり…… する?」