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旧家 ❀ 櫛名田一族の聖域  作者: 漣 ✾ 黒猫堂
『序』 chapter 001
3/40

一族の団欒 and 序幕 × 貳

 挿絵(By みてみん)

 櫛名田(くしなだ) 柏子(かしわこ) & 桐子(きりこ)






 此処(ここ)櫛名田(くしなだ)邸内に建つ幾棟かの建物のうち、主屋(しゅおく)にあたる洋館の2階――― 『北東(ほくとう)()』。


 この日は珍しく 櫛名田(くしなだ)の一族である九人が、この部屋で一同に会している。


 季節は初秋、時刻は午後3時の少し前―――

 執事の龍岡たつおかが、紅茶の替えのポットと共に 銀製のケーキスタンドを載せたワゴンを押して、静かに部屋に入ってくる。


 そこへ真っ先に駆け寄るのは、この家の末の娘である柏子(かしわこ)たち…… ではなく、(よわい)4008歳、最年長者の玉依(たまより)であった。


 (ちな)みに 最年少の柏子(かしわこ)は、相変わらず手にしたスマホを操作する指先だけがせわしく動いている以外、表情や体の方は微動だにしない。



「えっと…… ところでさ、柏子(かしわこ)さんは 宇宙や平行世界なんかに興味があるのかな?」


 と、多少強引に話を引き戻しに掛かったのは、この家の最年長子息である弓弦(ゆづる)だ。

 彼は 刀眞(とうま)葉月(はづき)の長男であり、櫻子(さくらこ)柏子(かしわこ)たち三姉妹・・・にとっては兄にあたる。


 彼の この家での役割はというと、主に『バランサー』や『調停役』といったところか。

 例えば、この一族の会話は(とき)として…… というよりは(つね)として、まず玉依たまより年寄話ながばなしにより脱線してきょうが削がれ、次に櫻子さくらこ激昂げきこうによって殺伐とし、そして(しま)いには彼の両親たち…… 特に母親である葉月はづきの言動により、正当性と品性が大きく損なわれる。


 そんな時、いつも正常かつ清浄な状態に引き戻す役目を担うのが彼―――

 いずれはこの家の次期当主となるであろう 弓弦(ゆづる)なのである。


 そんな彼の問いかけに柏子かしわここたえるのかと思いきや…… そこへ、さっきまで一心不乱に夏休みの宿題に没頭ぼっとうしていた 残る三姉妹のひとり、次女である桐子(きりこ)が 唐突に会話に入ってきた。


「はーーーい! キリ宇宙(ウチュー)に行ってみたーーーい!」


 桐子(きりこ)は比較的 真面目(まじめ)…… というより とにかく真直(まっす)ぐな性格で、そして()くも()しくも 思考や言動が、およそ斜め上を(はる)かに突き抜けていってしまうことが間々(まま)あるといった娘である。


 それ(ゆえ)に―――


「あとねぇ…… 弟もほしーーい!」

「ぶふぅっ! げほぉっ… ごほ、かっは!」

「いやん、どないするぅ? 刀眞(とうま)くぅ~ん」

「お… ぉお、お母さまぁ!? ここ… こんなところで、こーんな明るい時間に、いったい何を(おっしゃ)っておられるのです!?」

「えぇー、何ってぇ…… 可愛い娘である(キリ)の『願い事』に対してのぉ…… 家族会議やん?」

「はいはい、葉月(はづき)ちゃん、もうその辺でねぇ…… 」


――― などといった波紋を起こすことがしばしばである。


 まぁ 言ってみれば、天真爛漫(てんしんらんまん)という言葉がそのまま()()まるような…… そう、ちょうど三女の柏子(かしわこ)とは完全に対極の位置に身を置く娘であるのだが―――

 実はこの、姉の桐子(きりこ)と妹の柏子(かしわこ)、見た目だけ(・・)は まるで生き写しとも言える程にそっくりな、『双子の姉妹』なのであった。


 (ちな)みに、外見はほとんど同じであるにもかかわらず、桐子(きりこ)柏子(かしわこ)があまりにも正反対の性格であることから、柏子(かしわこ)の方は最年少ながら (とき)に『さん』付けで呼ばれ、それに対し桐子(きりこ)は 年相応に『ちゃん』付けで呼ばれることが多い。


 また、二人は特に髪型や服装なども さほど変えてはおらず、全く区別がつかないと言って良い程の外見でありながら、そのたたずまいの違いだけで ほとんどの者が大抵たいていは間違うことなく見分けられている。



「でもな(キリ)ィ、アンタ『月の裏側(うらっかわ)』には、検査やら手続きやらで もう何度か行ってんねんで?」


 母親の葉月(はづき)が口を挟む。


「えー? そんなのぜんっぜん おぼえてないよぉーーー?」


 桐子きりこは不思議そうな顔をして問い返すが―――


「あはは、それはそうだよ。 桐子(きりこ)ちゃんたちが生まれてすぐのことだったからね。 でもそれは、ボクらだって(おんな)じなんだよ? ボクも櫻子(さくらこ)も、生まれてすぐに月に連れて行かれたらしいんだけど…… 勿論もちろんその時のことなんて、全然覚えていないからね」


 この一族の数少ない『良識担当』である弓弦(ゆづる)丁寧ていねい(こた)えてやる。

 弓弦(ゆづる)は誠実で優しいからか、それぞれに性格が違う妹たちからも良く(した)われているようだ。


 しかし、そこへまた横から―――


「あ゛ーー あかん、思い出してもうたぁ……。 ウチもこの怪体(けったい)な家に(とつ)いできた時、なんやよぅ解らんまま お月さんまで連れてかれたんやけどなぁ? あんまキッチリ覚えとるゆぅんも 考えもんやでぇ、正味(しょうみ)の話…… ぉ… おぉえぇぇぇ…… 」


 急に嘔吐(えず)きだした息子の嫁の葉月(はづき)に対し、義父の槍慈(そうじ)かろうじて応じる。


「あのー、葉月(はづき)ちゃん…… 子供たちの前でいろいろとリアクションに困るので、その話はちょっと…… 」


 元々普通の――― かどうかは解らないが、一応(・・)純粋な地球人であった葉月(はづき)は、この家に来てから遺伝子の螺旋(らせん)多重化改変や脳神経の活性強化、更には 代謝や治癒力の向上と有効抗体の選別 及び最適化など、様々な処置を受けている。


 それらは、月の裏側にある『ヘルツェシュプルング基地』の支所内医療施設において 数度に渡って(ほどこ)されており、その時のことを言っているのであろうが…… 勿論(もちろん)全員、基本スルーの空気感だ。


「へ… へえぇ、そーなんだぁ……。 ねぇねぇ弓弦ユヅル兄さまぁ、宇宙ウチューに行くときってぇ、おーーーっきなロケットでぇ、ドッカーーーンって打ち上げられるのー?」


 桐子きりこ無邪気むじゃきに、大きく身振り手振りを加えて弓弦ゆづる(たず)ねる。


「えっと、ロケットでは行かないのだけれど…… あぁ、でもそうか。 『宇宙と言えばロケット』というのは、普通は至極(しごく)当然な発想だよね。 まぁ、この家を除いては…… か。 うん、なるほどなぁ」


 弓弦(ゆづる)が、将来は教育者にでも向いていそうな 妙なおもんぱかりと関心のしかたをしている横から、母親の葉月(はづき)が またもや雑に割って入ってくる。


「あっはははー! 『どっかーん』て…… 爆散(ばくさん)してもうてるやん自分、花火かいなー 」


 (ちな)みに、さっきまで嘔吐(えず)いていた葉月(はづき)の復活が早いのは、別に生体強化のおかげなどではない。


「えー、ロケットのらないのぉー? じゃあ…… えっと、コロンビヤード… ホウ? で、ダイイチ宇宙ウチューソクドにしてぇ…… それから地球チキューのシューカイキドウに、エイヤーって のせてくところから はじめるのぉー?」


「え? あー いや、それもちゃうけど…… てか(キリ)ィ、アンタの頭ん中、知識バランス めっちゃおかしない?」


「こないだよんだ本にねー、そーんなカンジのことが かいてあったんだー 」


「あー あれかぁ、図書館で借りとった…… うん、それは今で言うところの『マスドライバー』ゆうやっちゃなぁ――― ってアンタ…… なんで小4女児がジュール・ヴェルヌなんか読んどんねん、(しっぶ)ぅ!」


 葉月はづきはわざとらしく如何いかにも渋そうな表情をし、意味不明に手をひらひらさせている。


「ちょっとお母さま! 桐子(きりこ)ちゃんの せっかくの知的好奇心を削ぐようなリアクションは おやめくださいな――― て言うか その手付き、超絶イラっと来ますわ…… 」


 双子の妹たちを(なか)ば病的に溺愛している櫻子(さくらこ)が、騒々しくも大人げない振る舞いの目立つ母親を真顔で(たしな)める。


「あー はいはい、わーった わーったってぇ。 櫻子(サックラコ)さんてばもー、コワ! まぁま ええやん――― なぁ?」


 葉月はづき櫻子さくらこに対し、更に挑発するように手のおかしな動きを見せつけ、「ふふぅーん?」などと言ってニヤついている。


 ――― ぴしぃっ!


 と、室内に (かす)かだが鋭い異音が響き、玉依たまよりわずかに身を固くした。

 しかし葉月はづきは特に気にも留めず―――


「ほんでやぁ(キリ)ィ、ウチらがお月さんに行く時はなぁ、この屋敷からヘルツ… ツシュ…… ナンチャラーいう、ややっこしい名前の()っさい基地まで直接『転送』されてまうからな? ほんま一瞬のことやし、もう なんーっも(・・・・・)おもろいこととかないわ、あぁ。 ほんでな、向こうでの検査やら手続きやらも… うーん、せやなぁ…… まぁ アレや、その辺の病院と区役所にでも行ったようなもんやわ。 あー せやった、ほんで帰りにな? 入口んとこの売店で『銘菓 月うさ』ゆぅんを()うて帰んねん、ほんで(しま)いや」


「えぇーー!? なにそれー、ちょーつまんなそぉーーー!」


「へぇ 楽でいい」


「お、『月うさ』買ってあるのか?」


 桐子(きりこ)柏子(かしわこ)が それぞれ対極の感想を述べるが―――

 それとほぼ同時に、『銘菓 月うさ』に速攻で反応した玉依(たまより)については、全員がスルーだ。



「それにしても、オマエら本当に双子か?」


 (しば)し立ち直れていなかった玉依(たまより)であったが、先程の異音による緊張と『月うさ』への執着で我に還ったのか、(ようや)く復活してきたようだ。


「せや、そこやねん (タマ)やん……。 なぁ? なーんか怪っしぃやろ?」


「またお母さまは! 実の母親が言うことではありませんわよ!」


 まだ多少怒りがくすぶっている、双子キリかし偏愛へんあい歴10年の櫻子(さくらこ)が再び声を荒げるが―――


「だよなぁ…… コイツら性格がまるで似てねぇからよぉ。 あ、もしかしてあれかぁ? 病院で取り違えられちまったとか…… 」


「もう、お父さままで! 姿かたちが(うり)二つで、明らかに可愛らしい双子ふたごちゃんじゃありませんか!」


「あっははー! (サァクラ)ァ、アンタやっぱ 弓弦(ユヅル)くんと(ちご)ぅておもろいわぁ。 テンパり芸最高ぉ!」


全然(ぜんっぜん) 嬉しくありませんわ…… 」


「ボクも 全く(くや)しくないかな…… 」


 このように、この家の現在の当主夫妻は 宇宙人云々(うんぬん)以前に、大人げなさの面でかなりどうかしているのだが―――

 しかし状況からすると、先程来の場の緊張をたくみに いなした(・・・・)と言えなくもない。

 まぁ、みずからの手によるマッチポンプであること はなはだしいのではあるが。


 しかしこの二人…… 前述のように、これ(・・)でも一応は国家公務員であり、刀眞(とうま)は警察庁警備局の警備企画課で理事官を務め、一方の葉月(はづき)は、防衛装備庁(ATLA)の技術戦略部で 革新技術戦略官の職に就いている。


 このように櫛名田(くしなだ)家の者たちは、宇宙人としての並外れた知力や身体能力を頼みに、今後起こり得る様々な有事(・・)を想定して、必要と思われるポジションに人員を如才(じょさい) 遺漏いろうなく、また 有意かつ優位に配置しつつ、日々 (おこた)らずに備えている。


 とは言え、彼らが さほどに始終 何か(・・)を警戒し、常にピリピリしているなどということは全くないし、そこまで慎重にも慎重を重ね着させなければならない程、弱くもなければ追い込まれてもいない。


 仕事やポジションに関しても、刀眞(とうま)みずからの意思と希望によって警察官僚の道を選んだのであるし、まして 元々が普通の地球人である葉月(はづき)などは、現職に就いた当時、まだ『櫛名田くしなだ』との接点などは全くなかったのである。


 それにそもそも、例えば その職掌(しょくしょう)や職域において、彼らがみずからの持つ職権を利用し、何かしらの『宇宙人的 怪しげな行動』などを起こしているのかと言えば、そのようなことは…… まぁ、無くはない(・・・・・)が、(ほとん)どない。


 そして恐らく、次の世代である弓弦(ゆづる)櫻子(さくらこ)たちが社会に出る時が来たとしても、櫛名田(くしなだ)家としては彼らの進路について、特に何も強制などはしないであろう。


 但し、彼ら自身も(みずか)らの家が負っている『使命』の重さは充分に承知しているし、そもそも知力や身体能力ともに地球人のそれを凌駕(りょうが)し―――

 更には、あらゆる異能(ジン)までをも 自在に行使できる存在である以上、地球社会において何処どこで何の職に()いたにせよ、櫛名田(くしなだ)の役に立たないなどということも考え難い。


 いずれにしろ、今日のような穏やかな日々が このままいつまでも続けば良い…… とは、一族の誰もが思うところではあるのだが―――

 しかし、寿命が極端に長過ぎる彼らにとって その『いつまでも』は、とても一度で心に(えが)ききれるようなものではなく、また その先行きを楽観的に見通してしまえる程、時間的に近しいものでもないのである。





 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





一掬いっきく後刻ごこくたん



 後刻、櫛名田(くしなだ)邸内 洋館2階 柏子(かしわこ)の部屋―――


桐子きりこ 「ねー カシワちゃん、(キリ)たちってぇ、ここんのコドモじゃないかもしれないのぉ?」


柏子かしわこ 「いや 魔法みたいなの使えるし この家の子供で間違いない たぶん」


桐子 「おー、そだよねぇー。 フツウの人はお空くらいしか とべないもんねぇー 」


柏子 「いや 普通の人は空も飛べないけど」


桐子 「えぇー? でもさぁ…… よくそのへんを フワフワーって とんでる人とかいるよねぇー?」


柏子 「え…… 桐姉きりねえ なんか怖いものとか見えてたり…… する?」






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