桐柏の模索 support 櫻子 × 陸
「おい二人とも、あまり遠くへは行かず 一度屋敷に戻って来てくれ」
玉依がインカム越しに、桐子と柏子に向かって呼び掛ける。
「はぁーーーい!」
「らじゃ 一度部屋に戻って着替えてから行く」
二人はそれぞれに答え、屋敷に向かって手を繋ぎながら ゆっくりとした飛行で帰還の途につく。
邸内の 前中庭にいる玉依や櫻子たちからは、まだ目視では確認できない程 遠くにいるようであるが、手元の画面上には 双子たちの様子が映像で映し出されており、また GPSの青い二つの点が、時折くるくると踊るように 広域マップ上をこちらへと向かって移動しているのが解る。
「お二人とも、お疲れ様でしたわね。 爆風で汚れたりもしているのでしょうから、ついでにお風呂にも入っていらっしゃいな。 あ、でもその前に…… 今着ている服は捨てずに、先にワタクシのところに持って来てくださいね」
櫻子も安堵したのか、先程までよりも明るい声で二人を労う。
「櫻姉さまぁ、了解でぇーーーっすぅ!」
インカムからは桐子の元気な声が聞こえ、そして手元の画面には、双子たちに付けてある自律式高速追尾型ドローンのカメラに向かって おどけたポーズをとる桐子の姿が、忙しなく映し出されている。
因みに柏子は 共にふらふらと飛行しながらも、行先の舵取りを 桐子に手を引いてもらうことで完全に丸投げし、前も見ず手元のゲームに目線を落としている。
「アイツは全く…… まぁいいか。 さてと、では衣装の方は櫻子、もうオマエに任せてしまって良いかにゃ?」
「ええ、結構ですわ。 イメージして実体化させるだけですから造作もありませんし」
櫻子の持つ固有の異能のひとつに、『イメージしたものを実体化する』というものがあり―――
今回、双子たちが着ている魔法少女の試作衣装や小道具類の数々も、全て櫻子が 柏子のスケッチを見て創り出したものだ。
因みに、一族であれば皆 それぞれの力量に応じた異能を使って、太陽光もしくは月光と、あとは大気中にある各種元素を元とする『光子系の武器や防具』を創り出すことが出来るのであるが―――
しかしそれらは 恒久的な『物質』ではないため、櫻子のような『小物や衣服などを自在に創り出せる能力』とは、また別のものである。
「ところで、元とする物質変換用の構成素材は足りておるのか?」
櫻子の異能の特性を多少は知っている玉依が、『物質素材』について訊ねる。
「そうですわね、光や大気中の元素以外だと…… やはり主には、繊維系や樹脂系の素材が多く要りますわね。 まぁ、適当にワタクシの古着や小物類でも使いますわ。 ストックの素材も結構たくさん保管してありますし」
つまり、櫻子の異能は『イメージの実体化』であり、かつ『物質の形状変換』なのである。
そのため、当然ながら『無』から何かを産み出すのではなく、材料となる『物質素材』が必要となるのだ。
「オマエの私物を使うのか、すまんにゃあ…… 今度埋め合わせに何か買ってやろう程に。 何が良い?」
玉依は、櫻子を見上げて訊く。
「いえ、そんなにお気遣いをいいただかなくても、別に構いませんわ。 今回のあの子たちの衣装だって、事が済めば またリサイクルでワタクシのお洋服に創り直せますしね」
「便利なものだにゃあ、その異能は。 でもほら、アレだ…… オマエの労に報いてもやりたいしにゃ」
「玉さま、今日はいったい どうなされたのです? なんだか気味が悪いですわね」
「別に他意は無いよ。 オマエの事は、本当の娘のように思っておるつもりだしにゃ」
「玉さま…… 本当に気持ち悪いですわ」
「おい」
「うふふ…… 冗談ですわよ、有り難うございます。 それでは せっかくですから、お言葉に甘えさせていただきますわ。 うーん…… でも正直申しますと、お洋服とかはファッション誌を参考にして ワタクシが自分の異能で創り出してしまった方が早いですし…… 小物とかも同様ですわね」
「それはそうか…… 確かに、欲しいものを当のオマエ自身がイメージして実体化してしまった方が早いからにゃあ。 それにしても、物質変換させる材料さえ用意すれば良いとは、全く以て便利な話だにゃ。 環境にも財布にも優しいというわけか」
玉依は櫻子を見上げながら、感心したように少し頷く。
「ええ、でもお買い物…… と言うか、ウィンドウショッピングは好きですわよ? 街でいろんなものを見て、その中で欲しいものがあれば写真を撮っておいて…… それで大抵は、帰ってから自室で創ってしまえますもの」
「やれやれ…… この家には金など幾らでもあるというのに、欲しいものを何でも実体化してしまえるその節約能力、却って勿体ない話だにゃ」
確かに、古くからの名家であり 昔から蓄えていた私財がある上に、そもそも宙の上の本国や星系軍が後ろ楯となっているこの家にとって―――
地球上のどの通貨にしろ『金』などというものは、所詮はどうとでもなる程度の 栓ない代物であるに過ぎない。
「そうですわね。 でも、ワタクシが再現できるのは『だいたいの形』までですから……。 例えば、『特殊な素材』で真似ができず 用が足りないことなんかも、実はいろいろとあるんですのよ?」
「ん? あぁ…… そうか、成る程。 例えばそれは、防弾防刃ベストとか 超軽量で強度もある炭素繊維とか…… そういったモノか?」
「うふふ、玉さまはやはり 発想が軍人さんなのですわね。 でもまぁ、そういうことです。 もっと身のまわりのもので言うと、熱電導率がとても良い特殊素材の調理器具とか、もしくは反発性に工夫と特徴がある新素材の寝具とか……。 そうそう、寝具と言えば、羽布団なんかも無理ですわね。 天然の羽毛は作れませんから」
「そうか、生き物の骨や皮や毛…… そういった『生物由来の素材』も実体化は出来んという事だにゃ。 ん? それならひょっとして…… 植物系のモノも無理にゃのか? 例えば 茎や蔓などを編んだような籠とか、籐製の椅子とか。 ふむ…… そうするともっと単純に、木製品は全部ダメそうだにゃ。 となると紙も…… いや、あれはもう細胞繊維を潰してパルプになってしまっておるから…… うん、材料さえあればいけそうだにゃあ」
「ふふっ…… さすが玉さまは思考の展開の速さも、そして何より 想像力も本当に素晴らしくて的確ですわね、驚きました。 まさにその通りですわ」
櫻子は実際、本当に驚いたようだ。
「まぁ要するに、『生き物の細胞』を創り出すことは ワタクシにはできません。 勿論、『偽物前提のもの』であれば創れますわよ? 例えば、お人形とか造花とか…… 或いは樹脂製の象牙とかビニール製の皮革とか。 あとは、金属製品の表面に木目模様を施した塗膜なども再現可能ですわね」
「ふむ…… だがそう考えると、実体化出来ないモノも 結構あるのだにゃあ」
「ええ、あとワタクシは機械に詳しくありませんから、家電とか…… 時計やカメラなんかも、ちゃんと動くものは創れませんわね。 あとは、そもそも元の素材を用意できないような高価な宝飾品とか、もしくは大き過ぎるもの…… 家とか? でも家なんかは、理屈としては素材さえ揃っているのでしたら、ひとつひとつの材料を地道に創り出していけば良いわけですから、まぁ 異能的には可能なのですが。 知識や物量や…… あとは組み立ての手間の問題などで、『実質的に難しい』といった類いのものになりますわね」
「成る程そうかぁ……。 いやぁ、今回はオマエの固有の異能について、図らずもいろいろと知れて良かったよ。 今後の参考にしよう」
「そうですわ! ワタクシ、当然のことながら『食べ物』も創り出すことができませんの。 ですから、どこか美味しいお店にでも連れて行ってくださいな!」
「あー、ソイツはちょっと…… ワガハイの方に難があると言うかにゃあ…… 」
「あ…… 確かに、玉さまが入れる飲食店って…… 」
「最近よく聞く、『猫カフェ』くらいかにゃあ」
玉依は、普通の猫よりは若干大きめで立派な体つきではあるものの、所詮は『猫』の域を出ない。
「ところで前々から伺いたかったのですが…… 」
とここで、急に思い立ったように櫻子が 多少聞きづらそうに問う。
「何だにゃ?」
「玉さまは、龍岡さんたちのように、『人型』のお姿にはなれないんですの?」
「あー、それにゃあ…… 」
「あ…… いえ、別に無理に答えていただかなくても大丈夫ですわよ!?」
櫻子は慌てて手を振りながら言う。
「いやぁ、別に構わんのだ。 特にオマエはにゃ」
「はい?」
「先日オマエにこっそり聞かせてやった話を覚えておるか? 『かつてワガハイは魂を三つ持っておったが、既に一つは失った』という…… 」
「ええ、伺いましたわね」
つい先日のことであるから、櫻子もよく覚えている。
自分の部屋で起こった、玉依との結界騒動の ひと悶着のあと、玉依が『櫻子にだけ』と言い添えて教えてくれた内緒の話。
「その『失った命の一つ』が、『人の姿版のワガハイ』だったんだにゃ」
「えーっと? あぁ、ではつまり…… 玉さまが一度命を落とされたのが ちょうど『人間の姿』をしていた時で、そうするともう そのお姿にはなれなくなると…… そういうことですの?」
「ほぅ… 察しが良い、その通りだにゃ。 だから逆にあの時、今のこの姿で死んでいたら、猫にはなれん体になっておった…… という事になるのかにゃあ」
「そういうことでしたの…… そして魂の数は残り二つ…… ん?」
「ん? ……とは?」
「いえ、残り二つのうち…… 一つは今のその『猫』まっしぐらな お姿なのですわよね?」
「あー…… どうやらオマエ、つまらん事に気付いてしまったかにゃ?」
「では、もう一つのお姿って…… いったい どんなものなのでしょう?」
「それがにゃあ…… 怖いぞぉぉぉー!?」
玉依はそう言うと、ヨタヨタと後ろ脚で立ち上がりながら、両手…… と言うか両前脚を上げて 脅かすようなポーズをとるが―――
如何せん、自分の足元で猫にそんな恰好をされても、可愛いか もしくは滑稽なだけで、櫻子は無表情に上から玉依を見下ろしている。
「はいはい。 で、怖いって どんな風にですの?」
「おほん…… うーん、何というかにゃあ…… 所謂、『猫人間』…… かにゃ」
「え、猫… 人間…… って――― こぉぉぉわぁっ!? 玉さま、それってきっと もんのすごく怖いヤツですわよね!!?」
「まぁにゃ。 自分で見ても、正直かなり引く程に怖いぞ」
「お… 大きさは?」
「身長176cmの細マッチョ体型で、全身の黒い毛はこのままだにゃ」
「ひ…… ひぃぃぃーー!!!」
櫻子は、かなり本気で怖がっている。
考えてみれば、異能で頭の中のイメージを実体化できているくらいであるから、今聞いた情報から かなりリアルに『猫人間』を想像しているのであろう。
因みに、櫻子は玉依の『心の声』は聞けるものの、ビジュアル的な情報までは読み取れない。
「ふふん…… どうだ櫻子よ、引くだろう」
何故か玉依は少し得意気だが。
「はぁ…… やれやれ、あー怖かったですわ。 なるほど…… だから玉さまは、ずぅっと『普通の猫』のお姿なのですね?」
「ああ…… 今思うと、何故あの時 もう少し頑張って『猫人間』の姿になってから死ななかったのかと、後悔する事 しきりだにゃ」
「ご愁傷様ですわね……。 ところで、そもそも いつどうしてお亡くなりになられたんですの?」
櫻子が今更のように問う。
「ああ、斬られたんだにゃ、幕末の頃ににゃ」
「斬られたって、穏やかじゃありませんわね…… 日本刀かなにかで? いったい どういう理由で、どなたに斬られたんですの?」
「拠ん所無い事情でにゃ。 未来から来た、もう一人のワガハイにだ」
「 ……………………… 」
櫻子は目を見開き…… 一切身動きもしないまま、玉依をじっと見下ろして言う。
「どうしましょう玉さま……。 なんか『魔法少女』のお話よりも、断然そちらの方が面白そうではありませんの……?」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
【 一掬 ❁ 同刻譚 】
同刻、櫛名田邸より約200km地点の上空―――
桐子 「今日はお天気がいいから、こうしてお空をとんでるとキモチいいねー、柏ちゃん!」
柏子 「ん…… でも服ぼろぼろだし 顔もススだらけ 早く帰ってお風呂入ろ」
桐子 「あ、そだ! そういえば柏ちゃん、桐たちのぉ…… 魔法少女としてのお名前って、おぼえてる?」
柏子 「あぁ えと…… 『魔法少女 ☆ くっしー & なーだ』だっけ」
桐子 「違うよぉー! 『魔じかる少女 ☆ くっすぃー & なぁーだ』だよぉー!」
柏子 「そか…… まぁ前半のはいいとして その『すぃー』とか『なぁー』とかいうのって もうマストなやつ?」
桐子 「え? うーんと、『ます… と?』…… ってのが よくわかんないけどぉ、うーん、なんていうかぁ…… 桐の…… こだわり?」
柏子 「ん そうなのね…… じゃ しかたない」
桐子 「でねー 柏ちゃん! 『くっすぃー』と『なぁーだ』なんだけどぉ、どっちが…… 」
柏子 「アタシが『なぁーだ』で」
桐子 「早! えー、そーなのぉ? でも、リーダーは『くっすぃー』だと思うんだけどなー 」
柏子 「いや…… リーダーは桐姉だし」
桐子 「えー!? でも今回ってぇ…… 柏ちゃん、もんのすっごく やる気でガンバってるからさー。 なーんにもしてない桐がリーダーだなんて…… なんかわるいよぉ」
柏子 「いや ここは発起人であり姉でもあるところの桐姉が 是が非でもリーダーをやるべき 絶対」
桐子 「えー? うーん…… じゃあ… お言葉に…… あまえちゃうよぉー?」
柏子 「どうぞどうぞ たのんますぜ リーダー」
桐子 「てへへぇ…… なんか てれちゃうなー♪」
柏子 「照れるというか…… 『くっすぃー』自体が恥ず過ぎるし」
桐子 「えー? なんか言ったぁ、柏ちゃーん?」
柏子 「うぅん 何もない さ 早く帰ろ桐姉…… じゃない くっすぃー 」
桐子 「もぉー、やめてよ柏ちゃ… なぁーだぁー。 その『くっすぃー』って名前、カッコ悪くて すっごく恥ずかしいんだからさぁー 」
柏子 「あ…… カッコ悪いとは思ってたのね」
桐子 「うん。 特に『すぃー』ってとこが、なんか すっっっごくイヤかもー 」
柏子 「桐姉 さっき『こだわり』って…… まぁでも 双子のアタシと感性が違い過ぎてないようで 安心した」
桐子 「まあねー、でも『なぁーだ』のほうだってぇ…… けっこうアレなカンジだとおもうよー 」
柏子 「なら いっそ全部 名前変える?」
桐子 「うぅん、だいじょうぶだよ 柏ちゃん! さぁ、ハズかしいついでにぃ…… 今回の『キメぜりふ』、いっちゃうよぉぉぉー!?」
柏子 「え 突然なに?」
桐子 「桐たち、魔じかる少女 ☆ くっすぃー & なぁーだぁ! 『ハジをしのんでぇ…… てんちゅーさつ』!!」
柏子 「え…… 『恥を偲んで 天中殺』って どういう状況? てか くっすぃー 最初『桐たち』って言っちゃってたよね」
桐子 「さいごのぶぶんのコトバはねぇ、毎回かならず『なんかいいカンジのやつ』に かえてくんだー!」
柏子 「それは結構な重圧…… てか『恥を偲ぶ』のはデフォなのね 『キメぜりふ』は もうリーダーに全てお任せしたいんだけど」




