桐柏の模索 support 櫻子 × 伍
此処は都内某区 神在町にある、櫛名田家の屋敷地―――
…… を中心として、半径300km・高さ100kmの範囲で展開された『認識阻害領域』の空間内。
まぁ平たく言うと、その中を多少おかしなモノが飛んでいても、誰にも見えないようにしてある『空の上』だ。
「桐姉 対象が向こうへ逃げた 追い込んで」
柏子が追っているのは、人工知能が搭載された完全自律飛行式のステルス無人機で、機体の翼幅は10m、重量およそ4t、速度は 音速には達しないものの、時速換算すると1000km/hを越える軍用の試作機だ。
「うん、わかったぁー! えぇーーーい!!」
柏子から『追い込む』よう要請を受けた桐子は、音速に近い速度で飛行する無人機を後ろから一気に追い越して機体の前方につけると、そのまま身体を180°回転―――
速度を落とさずに 後ろ向きのまま飛翔しつつ、ぴったりとつけた対象機体の鼻先と 僅か数mの間隔を保ちながら向き合い、そこで右手から すかさず閃光と共に衝撃波を発生させて機体の左翼側に放つ。
機体はその反動で右に大きく傾き、同時に高度を一気に300m程下げ、その後 何とか姿勢制御を持ち直させはしたものの―――
その傍らには、既に先回りしていた柏子の姿がある。
「柏ちゃん、今だよぉーーー!!!」
「ロックオン 爆ぜなべぃびー 」
「ぶふっ! やめてよ柏ちゃん! うけるぅー 」
柏子が両掌を重ね 無人機に向けてかざした瞬間、柏子の十数m先の辺りの空間から、膨大な熱量を帯びた高圧エネルギーが発生する。
それはまるで、透明に赤みがかった液状の靄が、揺らめきながら無人機を ふわりと包み込んだかのように見えた。
するとそのまま、灰白色の機体が一瞬だけ白橙黄色に焼けたように眩く光り…… そしてすぐに 艶のない炭色に黒ずんでいく。
そして時を置かず、その形状をボロボロと砂泥のごとく崩壊させていった。
しかしながら、落下していく物質は一切確認できず、揺らめく靄が消えた頃には、上方に白く上がる水蒸気が微かに残っている以外、何もない青空が高く拡がっているだけであった。
「やぁったぁーーー! 柏ちゃん、絶好調だねぇー!!」
「余裕 アイツ 止まってるように見えたぜ」
二人はその時 およそ1kmは離れた場所にそれぞれ浮かんでいたが、どうやらインカムを装着してコミュニケーションをとっているようだ。
「ほぅ、目標を完全焼失か――― 桐子に柏子、聞こえるか? オマエらの連携の良さと火力は相当なものだぞ。 あの速さで対象機体を正確に追い込み、そしてあれだけの質量を一瞬で蒸発させてしまおうとは…… 二人とも、良くやったにゃ」
櫛名田の敷地内の中庭で、櫻子と共に目視 及び 追尾ドローンからの映像で観ていた玉依は、双子たちの功績を評価し 褒め称えた―――
が…… 実は内心、あまりの適応能力と瞬時の判断力、そして何より 彼女らの生成する圧倒的なまでの火力に、舌を巻くどころではなく、戦慄さえ感じていた。
(あの戦闘能力と異能の制御、ワガハイや龍岡らにも引けを取らん――― だが アイツらは生まれてまだ11年程で、しかも初陣だぞ……。 これも、生まれにゃがらに『聖域』内で育ったモノらのチカラか、はたまた 地球星人との交配による『第三世代』の成せる業なのか……。 いや、もしくは『双子』であることが 何かしら関係しておるのか…… )
「うわぁーーい! 柏ちゃん、桐たち やったねぇーーー!! 玉先生にもほめられたよぉーーー!?」
桐子はすぐに柏子の傍まで近付いてきて、はしゃぎながらその場でくるくると器用に旋回している。
「玉先 残敵掃討は?」
「必要にゃい。 もう灰も残っとらんだろう。 環境美化と証拠隠滅を兼ねた 後片付けや掃除は、どうやらやらんで良かろうにゃ」
玉依はそう答えると、自分のインカムを隣にいる櫻子に渡す。
「オマエも何か話すか?」
「えぇ 玉さま、有り難うございます。 えーっと、聞こえますか? 櫻子ですけど…… ねぇ、お二人とも大丈夫? ここから見る限り、衣装の方はもう無惨な感じで ぼろっぼろのようなのですけれど…… お怪我はないのかしら?」
「櫻姐 ケガはないよ 服だけ」
「ふむ、着衣の方は殆どが風圧による損壊か。 あとは動いた時などに自分で破いてしまったりしておるようだにゃ」
「フリルはみんなちぎれた あと最後の爆風で 小さいけどあちこちに焦げ穴」
柏子はいつも通り 息も上がらず言葉少なでぶっきらぼうだが、最低限の言葉で適切かつ遺漏ない報告を行う。
「そうですか。 では、耐熱性と伸縮耐久性をもっと向上させた素材を研究…… そして、形状についても再検討しなければなりませんわね。 でも大丈夫よ、任せておいてくださいな」
櫻子は、彼女らの戦闘中 ずっとハラハラし通しであったが、今は漸く落ち着きを取り戻し、少し笑顔も戻ってきたようだ。
「空気抵抗をもっと考慮した形状にせんとにゃ。 そもそも余計な装飾がごちゃごちゃと多過ぎるのだ。 特にその背中に付いとる羽根みたいな飾り…… 自力で飛んでおるのだから要らんだろう」
何しろ『魔法少女』の衣装であるから、彼女らの背中には肩幅より少し広い程度の天使の羽根…… のような飾りがついている。
かなり頑丈につけてあったようで、何とかちぎれ飛びはしていなかったものの 根元の部分から折れ、ぐったりと下に垂れ下がっていた。
「えぇーーー!? でもハネがないとぉー、どうやってとんでるのか 見てるひとたちが わかんなくなっちゃうよぉー!?」
桐子の『魔法少女』としての こだわりのひとつであるらしく、衣装の構成要素から取り除かれることに反論している。
「でもね 桐子ちゃん、『見てる人』なんておりませんし、むしろ見られたりしてしまっては困るんですのよ?」
「でぇーもぉーーー!」
「オマエにゃあ…… 飛んでおる間は『認識阻害』の不可視ジャミングを幾重にも掛けておるのであるからして――― 少なくとも、地球星人でオマエたちのその姿を見られるヤツなど 一人もおらんのだぞ?」
「でもでもぉー、魔法少女っぽいかわいいいお洋服で とびまわりたいのぉーー!」
「桐姉 羽根とフリルは諦めよ」
どうしても譲りたくない様子の桐子に、柏子が適度に限定的な譲歩を提案する。
「うーん、しかたないなぁー……。 じゃあ、このエリのところのヒラヒラーってしたやつ…… このへんのだけは のこしておいてくれるー?」
柏子の妥協案を、桐子は渋々ながらものんでくれそうだ。
「ソイツも大概 邪魔になりそうだがにゃ…… まぁ、良い事にしてやるか。 でにゃいと、最後にはただのジャージ姿みたいになってしまいそうで、それは流石に居たたまれん」
玉依のこの発言に、一同がそれぞれの場所で一瞬 声を失う。
「えーっと、玉さま? まさかとは思いますが…… スカートもなしにしてしまう…… なーんてことは、お考えになっておられませんわよね?」
『衣装 兼 雑用係』の櫻子が、恐る恐るという感じで問う。
「スカートだぁ? 何を言っておる、そんなものは当然『ズボン』だろう。 あんな ひらひらしたものを身に付けておっては飛びにくかろうし、そもそも下から中が丸見えだぞ」
それは確かにその通りで、『魔法少女もの』の触れてはいけない部分のうちのひとつ…… もしくは大人向けの事情でもあるのだろうが―――
それにしても玉依の言は、理屈の展開のしかたが あまりにも『おっさん』のそれであり、もはや身も蓋もない。
「いやいやいや! さっき『認識阻害をかける』って、ご自分で仰っていたではありませんか!?」
確かに…… であれば、取り敢えず『スカートの中の件』に関しては大丈夫だ
と言うか それは同時に、やはりもう本当に誰からも、何もかもが一切見えていないことを意味するのであるが。
「ふむ、そう言えばそうだったにゃ。 ではどうせ何も見えんのだから、もうジャージで良いのではにゃいか。 それに空中での動き易さを考えれば、どう考えてもズボン…… いや、いっそのこと『全身タイツ的なモノ』の方が良かろうかにゃ」
もはや『魔法少女』の原型など欠片もない。
「いやいやいやいや! 桐子ちゃんや柏子さんたちだって、気分というか成りきり感というか…… 服装からくるモチベーションのようなものもあるではありませんか!?」
さすがに 櫻子も、これには双子側を擁護の構えだ。
「アタシはジャージでもいい 全身タイツ恥ずいし」
「はうぅ…… またもや柏子さんに、後ろから刺された感覚ですわ…… 」
相変わらずドライで効率主義、かつ そもそも『魔法少女』などというものに何の思い入れもない柏子から―――
『全身タイツはイヤ』+『衣装の仕様で揉めるのも面倒』
=『安易な落とし所』
といった、如何にも『水は低きに流れる』という諺を体現したような発言が飛び出す。
「柏ちゃぁーん!? そこまでゆずっちゃダメだよぉー! もー、やぁだぁぁぁーーー!!」
とうとう桐子が目にいっぱいの涙を浮かべ始め……。
「あ 桐姉がすごい拒絶…… 玉先 超ヤバい! 折れて!!」
さすがの柏子が慌てる。
「お… おぉ!? あ… あぁ、そそ… そうか…… そうだった!! な… なら、し しか… 仕方がないかにゃあー! うん… よ よしよし、ここはそのー 何だ……。 桐子の… ね 熱意に免じてだ、羽根を取る以外は…… もぉー全て! 一切合切 今のまーんまで…… い ぃ… いくかにゃぁぁーーー!!?」
玉依も漸く、今 自分たちが遂行しているミッションの本来の意味を思い出し、柏子以上に慌てふためく。
そう、やっていることは一見 非常にばかばかしい『子供の魔法少女ごっこ』のようではあるのだが―――
もしも、桐子の深層心理に不満や未達成感などが残ってしまった場合、あらゆる面倒事や現状任務への重大な支障等が とてつもなく盛大に出来するという程度に留まらず―――
最悪は、全宇宙のミリタリーバランスにまで影響を及ぼしかねない、重大事態に発展する恐れすらあるのだ。
「え…… いいのぉ? ハネもスカートもぉ? ホントにぃ!? わぁーーーい!! 玉先生、ありがとぉーーー!!」
「はは…… は… も、勿論だとも桐子ぉ……。 オマエの気の済むよぉーーにしてくれ! (お手柔らかににゃあ…… ) 」
玉依は、冷や汗で背中がもう ぐっしょりと濡れている―――
やはり 本人が再三 言っているように、『猫ではにゃい』のかもしれない。
「玉さま、これは全て桐子ちゃんを満足させるのが目的なのですから、そこのところを努々 お忘れにならないでくださいね…… 」
櫻子が、玉依の耳元に向かって 小声で嗜める。
「ああ、すまん……。 どうも軍の装備品開発の立ち会いでもしておるようなつもりになってしまってにゃ……。 つい、効率や機能性の方を追求し過ぎた」
「だいたい、ジャージや全身タイツ姿の魔法少女だなんて…… あら? んー、でもまぁ…… それはそれで ちょっと面白そうではありますけれど…… 」
「櫻姉さまぁー!? 全身タイツなんて、桐、ぜーったいに イヤだからねぇーー!!」
「ば… ばか! 櫻子ぉー!?」
「え!? うぅ… 嘘でしょ!? やだ、聞こえちゃってましたの!!? いぃぃぃや… あの…… うぅーそっ、うそうそうそうそ… じょじょ 冗談ですわよぉ桐子ちゃん! 羽根以外は、もぅ全部 今のままで、もぉっと耐久性の高い とぉっっっても素敵な衣装を、すぐに用意しておきますから! ね!? ねぇぇぇ!!?」
「このマイクとインカム、結構性能良いからにゃ……。 小声で話しておっても、アイツらには丸聞こえだぞ」
秋空が、高く広く澄みわたる日曜の午後―――
今のこの平穏を護るべく…… 一族のうちの一人が無意識に仕出かしかねない重大事を未然に防ぐため尽力する―――
どうにもマッチポンプ的な感の否めない、櫛名田家の面々であった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
【 一掬 ❁ 後刻譚 】
後刻、櫛名田邸内 洋館 前中庭付近―――
玉依 (たまより) 「櫻子、双子らの武器について 再び考えてみたのだがにゃ」
櫻子 「またどうせ、可愛らしくないものばかりなのでしょうけれど…… 一応 伺いましょうか」
玉依 「うむ、いやな? ワガハイもさすがに前回は 多少ミスマッチなモノを提示してしまったにゃと、大いに反省したところであってだにゃあ…… で、多少勉強してきたのだ。 『魔法少女』とやらについてにゃ」
櫻子 「あらまぁ、それは殊勝なお心掛けですこと」
玉依 「だろう? ふふん…… でだ、今度はちゃーんと それらしいアイテムに寄せる事にしてだにゃ……。 まずはこれだ、『杖』にゃんだが」
櫻子 「まぁ、『杖』ですの!? 玉さま、今度は本当にちゃんと『魔法少女』らしいではありませんか! 『魔法のステッキ』というわけで… すわ… ね…… って――― 随分とまた、シンプルで渋い感じの杖ですわねぇ…… 」
玉依 「うん、『仕込み杖』だ。 普段は普通の木製の杖のように見えるのだが、一度 敵が近付いて来ようものなら…… すかさず抜き放ったその手にあるのは、何と細身の日本刀だ」
櫻子 「えーっと…… 玉さま? 昨晩『座頭市』でもご覧になられたのですか?」
玉依 「あーあー、見てはおらんが 奇しくも そういう感じだにゃ」
櫻子 「却下。 玉さま…… いったい何をどうお勉強して来られたのです?」
玉依 「うん、だからにゃ? 『魔法少女の道具と言えば何か』と、鷺山や白鳥の両少尉…… あとは亀山伍長や鴨山兵長らといった 若い女性連中に、いろいろと聞いてみたんだが……。 それによると、『杖』や『カード』、あとは『コンパクト』だとか言っておってにゃあ」
櫻子 「最後の『コンパクト』というのは…… 恐らく鷺山さん・白鳥さんラインなのでしょうね……。 世代間格差を感じますわ」
玉依 「だがそうか…… やはりイメージが少しずれておったか。 まぁ、ワガハイも何かおかしいにゃぁ…… とは思っておったのだが。 じゃあ、これはどうだ? 『カード』…… は、正直どうやったら武器になるのか さっぱり思い付かんかったので、『コンパクト』の方にしてみたのだが」
櫻子 「えぇ? 『コンパクト』の方が よほど)難しそうな気が致しますけれど…… いったい どう使われるのです?」
玉依 「うむ、このコンパクトの中にはにゃ? 葉月のヤツに作ってもらった神経毒が入っておって…… 」
櫻子 「はい 却下ぁー! え… なんですの? この毒を敵の方々 お一人お一人のお顔に塗ってまわるとか、そういうこと?」
玉依 「あほか、そんな悠長なこ事をしておったら、その間にこっちがやられてしまうであろうが。 この毒はにゃ、空気に触れるとすぐに気化する優れモノであるによって、2~3分もすれば 周囲50mの範囲には屍がうず高く…… 」
櫻子 「玉さま、それってもうなんというか…… お相手がどんなに悪いことをなさっている組織だったとしても、確実にこちら側が『加害者』になるやつですわよ…… 」