桐柏の模索 support 櫻子 × 參
「なあに? ワタクシに『雑用係』になれですって? いったい何の話をしているの?」
土曜日の昼食後、訳も解らず いきなり自室に押しかけられた櫻子は、押し掛けてきた双子たちと玉依に問い返した。
「だからアレだよぉー、櫻姉さまぁー。 こほん、んと…… 『ワタクシ、アナタたちのためなら なんっっっでもしてさしあげますわよ!』 って、こないだも いってくれてたからさぁー。 ねぇー、おねがぁーーい… 大すきなぁ、櫻姉さまぁー♪」
桐子は、いつになく甘えた声色と仕草でそう言うと、隣にいる柏子に小声で「ねぇ…… これでいいの?」などと聞き、「てへぇー 」と笑っている。
突然 訳の解らない懇願を受け、しかも自分の声真似らしきものまで披露されて言質を取られているため、無碍に断ることもできなさそうだ。
「ねぇ 桐子ちゃん…… アナタのことは柏子さん同様、世界で一番大切に思っておりますけれど……。 今日のその、いつになく『計算高い女』みたいな立ち居振舞いはいったい…… 」
確かに、いつもの桐子とは著しく様子が違うため、櫻子が不審に思うのも無理はない。
まぁ、全て柏子の差し金なのであるが。
「はっ…… まさか! あの お母さまや瑞穂お祖母さまの、油断ならない狡猾さや小聡明さの部分を、アナタも多分に受け継いでしまっている…… と、そういうことなのかしら!? あぁ、なんてこと…… 頼ってきてくださったのは とっても嬉しい半面、なんとも複雑な心境ですわ…… 」
櫻子は、大層 手前勝手で的外れな想像を ひとり突っ走らせ―――
そして あまつさえ、祖母や母親に対しても、そこそこ失礼な評価と濡れ衣を盛大に着せつつ…… 悲嘆に暮れた表情で、桐子の顔を少し上の角度から見つめているのだが……。
当の本人は、「えー? 『けいさん』って、さんすうの計算のことぉ? んんー…… なぁに? え?」などと言いながら、状況がまったく把握できずに きょとんとしている。
「うぅ…… 櫻姐の思考が 思ってたよりも斜め上をいった 桐姉haもういい ここはアタシが」
と、横で見ていた柏子が、いかにも「読みを見誤った」というような、渋い表情で間に入る。
「柏子さん、それにしてもアナタまでというのは…… ちょっぴり意外ですわねぇ」
「うん そうソレ…… 櫻姐 ソレに免じて 今アタシがほしいのは 櫻姐の『盲愛』と『蛮勇』 そして『無償の労働力』だよ」
櫻子は更に訳が解らなくなり、柏子を ぽかーんと見つめる。
「えーっと…… その… うん――― 百歩譲って『盲… 愛?』は、まだ良しとしておきましょうか。 確かにワタクシも、そう言われて『身に覚えが全くない』というわけでもありませんし。 ですが、あとの二つって…… ワタクシ、この子たちから いったいどう見られているのかしら…… 」
しかし、あまり細かいことに蹴躓いてばかりいても始まらないと気を取り直し―――
「そ、そう…… ね? えーっと、まぁ 未だになんだか良くは解らないのだけれど、取り敢えずワタクシの出来ることであれば お手伝いしますわ。 で、まずは説明してもらえます? えーと、柏子さん?」
「あのねぇー! 桐たちぃ、『魔法少女』になるんだよぉー! 櫻姉さまぁ、いろいろと よろしくおねがいしまぁーっす!」
一応、『柏子に』説明を求めてはみたものの…… 桐子が聞いているはずもなく、また柏子が 自ら積極的に話し始めるはずもない。
「え… えぇ、あらあら…… そうなのね? うーん、まぁ…… どうしてそうなったのかが、まったく解らないままではあるのだけれど……。 でも取り敢えず、きっともう逃れられない状況なんだろうなということだけは、だんだんと解ってきた気が致しますわ…… 」
「お察しの通り もはや 櫻姐は さからえねぇ」
「ぶふぅっ! くく… っぷはぁー! もぉ…… やめてよぉ、柏ちゃぁーん…… ぶっ!」
「桐姉…… アタシが自分で言っといてなんだけど 今ので笑うとか ホントないから」
桐子は、柏子の言動に対する笑いの耐性が、常にマイナス状態なのだ。
「で、ワタクシはアナタ方が… その、『魔法少女』? ……になるために、いったい何をすれば宜しいのかしら?」
「ずばり 『衣装』と『小道具』の用意 そして超マズイことになったときの周囲への『威嚇』 あとはアタシたちの『庇護』…… デス」
「えーっと…… 柏子さん? まさか最後の『デス』は、『死』ではありませんわよね? うーん、それにしても…… 厄介そうなこと、超絶この上もない感じですわねぇ。 本当にワタクシって いったい…… 」
そう言って 櫻子は深く溜め息をつきつつも―――
「でぇ? 玉さまは…… いったいどういった経緯で、こちらにいらっしゃるのです?」
と、双子たちの傍らの床に しれっと座っている玉依を、上の方の角度から下目遣いで見下ろし、無機質な笑みを浮かべながら 上から目線で問い質す。
言葉遣いは辛うじて丁寧さを保ちながらも、その高圧的な声音と 目の奥の不穏な眼光から―――
取り敢えずの困惑や鬱憤、そして何ともやるせない思いなど、それら悲喜交々の全矛先を、足元の老猫に向ける方針のようだ。
「櫻子、相変わらずオマエの心と思考の向きは 解りやすいにゃあ」
「櫻姐 規定通りの行動に感謝 そして玉先も 避雷針役をありがと 桐姉もお礼言って」
柏子は ぺこりと二人に頭を下げ、桐子にもそれを促す。
「え? あ、うん! 玉先生、櫻姉さまぁ、どうもありがとぉー!」
桐子も二人に元気良く礼を言ったものの…… 隣の柏子に、「で…… なにがありがとうなの?」などと小声で聞いている。
「え…… 何? 今のって、ワタクシが『雑用係』を引き受けたから…… では、ないですわよね。 え…… 何のお礼?」
櫻子も 何故礼を言われたのか良く解らず、玉依への威嚇の機を殺がれた格好だ。
「柏子…… オマエは本当に賢いにゃあ、有り難うよ」
「別に 話は早い方がいい アタシと桐姉は 部屋から衣装のスケッチ取ってくるね」
柏子はそう言うと、桐子を促して自分たちの部屋の方へと駆けていった。
「やれやれ、如才のない事だにゃ。 桐子のヤツが居らん この間に、『事の次第』を櫻子に話しておけ…… という事か」
玉依は、柏子の要領の良さに苦笑しながらも、自らが 彼女の言うところの 規定通りに『避雷針』とされたことに加え―――
すぐさま場の流れを変え、櫻子の機先を制した その機転や手際に、内心舌を巻いた。
それにしてもだ…… 今回の一件、内容は くだらにゃい話に見えるが、紐解いてみると なかなかに大事だにゃあ。
もしも 桐子が再び、例の『欲求の超具現化』とでも言うべき、キワモノの異能を無意識下で発動させ―――
今度はワニなどではなく、『魔法少女』という架空のモチーフをベースとした、ある程度の知能や攻撃力までをも有する『人間らしきモノ』…… 謂わば『自律式人型兵器』とも成り得るような存在を、本当に無から実体化させてしまったりなどした日には……。
そんな事にでもなれば、本国の星系軍が…… いや 下手をすると全宇宙が、桐子のヤツを放ってはおくまい。
「玉さま、いつになく神妙なお顔をなさっておいでのようですが…… どうかなさいました?」
「櫻子、この件にゃ…… すまんが命を懸けるくらいの気構えで関われよ」
「えーっと…… はい?」
「事と次第によっては、ワレらは いろんなモノを失ってしまう事になるかもしれんぞ」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
【 一掬 ❁ 同刻譚 】
同刻、櫛名田邸内 洋館2階 柏子の部屋―――
柏子 「桐姉 これが昨日描いた 衣装のスケッチ」
桐子 「えー! すっごぉーい! ねぇねぇ、見ーせてぇー!!」
柏子 「ん… いろいろ描いてみた」
桐子 「うわ… すっごい…… ぅわぁ!? すっごぉーーーーいぃー!!!?」
柏子 「いや… ただのタタキ台だから」
桐子 「柏ちゃんってぇ、絵も とぉーっても上手なんだねぇー!!」
柏子 「桐姉だってうまいよ それにアタシの絵は…… たぶん ココロが入ってない」
桐子 「ううん、そんなことないよー! だって この絵のお洋服、桐 すっっっごく着てみたいもーん!」
柏子 「ホント? あり… がと…… 」
桐子 「うん! やーっぱり、柏ちゃんは すっごいよー!」
柏子 「桐姉…… 」
桐子 「んー? なぁに、柏ちゃん?」
柏子 「えと… 早く 魔法少女に…… なれる と… いいね…… 」
桐子 「うん! 今ねぇ…… 桐、すっっっごく 楽しみなんだぁーー!! 」
柏子 「そっか 良かった」
桐子 「えへへー、だ・か・らぁ…… 今度はさぁ!」
柏子 「 ……………………… え?」
桐子 「すっごい『必殺技』を考えようよー!」
柏子 「あ………………………… えーっと…… 」
桐子 「ねー、柏ちゃん! カッコよくってぇ…… それで、すっごく つよぉーいやつーー!!」
柏子 「いや… あのね 桐姉…… 昨日も言ったけど アタシたちって元々 ものすごく強いんだよ」
桐子 「うん、そうみたいだねー! びーっくりぃ!」
柏子 「うん でね…… そんなアタシたちが 『必殺技』とか…… そんな派手な感じの技を使ったら…… 」
桐子 「んんー? 使ったらぁ?」
柏子 「たぶん 相手の人 骨も残らず蒸発して…… ヘタすると 周りの地形が変わる」
桐子 「ん? えーっとぉ…… 『チケイ』って、なあに?」
柏子 「いや だから地形…… 山とか谷とかの」
桐子 「ああ、なーんだぁ! 『地形』ねー ……………… え?」
柏子 「だからさ…… えと… 桐姉 『必殺技』って 二人でやるんだよね?」
桐子 「そう! 力を、あっわせてぇーー!」
柏子 「で…… あまつさえ クリティカルヒットを目指すんだよね?」
桐子 「ん? えーっとぉ…… 『天津 沙絵… クリスタルコンサート』? ――― だぁれ?」
柏子 「いや ホント誰なのソレ…… そして どこでやってるの?」
桐子 「わかんない。 でも、ちょっと見たいかも」
柏子 「話もどすよ で なんだっけ…… そだ『必殺技』 それって 派手なのを思いきり ぶっぱなすんでしょ?」
桐子 「そうそう! カッコよくってぇ…… ピカーっ ぎゅっぎゅぅーーーん……………………………… どっっっかぁーーん!!! はらりはらりぃー…… て感じ?」
柏子 「えっと 桐姉 いちいち確認してゴメンだけど…… 『ぎゅーん』のあとの沈黙と あと 最後の『はらりはらりー』って…… なに?」
桐子 「あのね、すっごい技を出したからぁ…… その時は すぅっっごい音が『ぎゅぎゅーん!』って聞こえるんだけどぉ…… でも、敵の人が すーっごく遠くにいるからぁ、桐たちの『必殺技』も すーーっっごく遠くに飛んでっちゃってぇ……。 そしたら、音も聞こえなくなるの」
柏子 「へぇ ちょっとおもしろい で 最後の『はらりはらり』は?」
桐子 「うんとねぇ…… すっごいワザをマトモにうけちゃった敵の人のカラダがぁ、じゅわわーって ジョウハツしてぇ…… でも すこーしだけ灰になって、そこらへんに『はらりはらりー』って、ふってくるイメージだよ?」
柏子 「えと…… 思ったよりリアルで具体的だったんだね それに アタシたちの放つ火力が相当強いってことも 桐姉は ちゃんと自覚してたんだ」
桐子 「うん! だからダイジョウブだよ! でね、『必殺技』のはなしなんだけどぉ…… 」
柏子 「ソレはちょっと置いとこう とりあえず 玉先と櫻姐のトコに戻ろっか」
桐子 「うん!」
柏子 「桐姉のイメージがハッキリと… しかも大きくなってきた まずは玉先…… いや 父さまに 『テキ』の選定を依頼しなきゃ どっかの大規模な武装組織か…… もしくは国家レベルとかじゃないと 全然相手にならないかも…… 先は長そう」