桐柏の発意 mascot 玉依 × 貳
「にゃんだと? ワガハイに『使い魔』になれだ? 一体 何の話をしておるのだにゃ?」
土曜日の朝食後、訳も解らずに屋敷の中庭まで呼び出された玉依は、呼び出してきた双子たちに問い返す。
「だからアレだよぉー、玉先生ー! こほん、えと……『キミたちぃ 魔法少女にならなぁい?』…… ってゆう、アーレ♪ ねぇー、おねがーい しまーっすぅ! あはっ♪」
桐子は おどけた仕草でそう言うと、「へへー 」と笑っている。
よく解らない何かの声真似らしきものも 甚だ微妙だ。
「桐子…… オマエ、頭は良いはずなのににゃあ。 そのどうにも残念な感じは、葉月や瑞穂の悪いとこ取りか何かにゃのか?」
玉依は困惑気味に桐子の顔を下から覗き込むが―――
当の本人は、「なになになぁにぃー? へへー 」などと言って、取り敢えず ご機嫌そうだ。
「えっと 桐姉…… ここはアタシが」
横で見ていた柏子が、いかにも「もう仕方ない」という体で間に入る。
「柏子、それにしてもオマエまでというのは、なかなかに珍しいにゃ」
「あ そうソコ…… 玉先 ソコで察して 今アタシが目指すのは 『収束』と『安寧』…… 」
玉依を柏子が じっと見つめる。
普段は無気力な表情や態度しか見せない柏子の いつもと違う様子に、玉依も何となく状況を察する。
「そうか、まぁ何だか良く解らんが、取り敢えずは付き合ってやるにゃ。 で、まずは説明してくれ柏子」
「あのねぇー! 桐たちぃ、『魔法少女』になるんだー!」
説明を『柏子に』求めてはみたものの…… 桐子がじっと黙っているはずもなく、また柏子が率先して話すはずもない。
「お おう… そうかにゃ、桐子よ……。 うーん、まぁ何となくワガハイに何をやらせたいのかは、解ってきた気がするが…… 」
「察しがいい さすが玉先 百戦錬磨」
「ぶふぅっ!」
「え…… いや桐姉 今のは別に 韻をふんで笑わせようとしたとかじゃないから」
桐子は 柏子の言動に対し、笑いのハードルが地上すれっすれくらいに低いのだ。
「で、これは実際 どこまでの『ごっこ』なんだにゃ? あと、そもそもその『まほう…… なんたらにならにゃいか?』…… とかとか言って オマエらを誘う事こそが、本来のワガハイの役割なのではにゃいのか?」
いつ何処で見ているのか、玉依も『魔法少女』についての最低限の情報くらいは、何となくでも把握しているようだ。
「うん 本来はそう でもソコの後先はもういい だから玉先をコッチから逆指名 あと残念ながら…… 結構 本気方向のヤバいやつ…… かも」
「ま、そうなんだろにゃあ…… 」
そう言って玉依は、軽く溜め息をつく。
「アタシと桐姉の役割はもう『決定』されてしまってるみたいだから あとは アタシ自らの手で こうしてカタチからどんどん外堀を埋めていき…… 覚悟を決める… のみ…… 」
柏子はそういうと、いつもより三割増しくらいの脱力感を見せる。
「そうか、オマエも意外と苦労人なんだにゃ……。 解った、柏子がそう言うのだから従っておこう。 で、ワガハイはどうすれば良い?」
「ありがと玉先 じゃあまずは 『衣装 及び 小道具係』の勧誘と説得 そして確保をおねがい」
「ん? 衣装と小道具の… 係…… って、いやいや! ちょっと待てにゃ!? それって絶対、櫻子のことだよにゃあ!? アイツを説得して仲間に引き入れるとか、誰がどう考えても ワガハイが最も不適格であろうが!」
「うん だから説得はアタシがやる 玉先は避雷針…… じゃない えっと… オブザーバー的ななにか」
柏子は玉依に向かって、相変わらず顔は無表情なままに ふわりと親指を立てる。
「オマエ… 今、『避雷針』って ハッキリ言ったよにゃ……。 いや、ワガハイ… 実はついこの間もアイツに殺されかけとるのだが…… 」
先日の櫻子の部屋での、『結界騒動』のことを言っているのであろう。
「知ってる 見てたよ」
「何だ 見てたのかよ…… って、何ぃ!?どうやって!!?」
「このあいだ 聖域内の次元が『みしー』って歪んだから 槍爺とアタシ…… あと龍岡さんたちは すぐ気が付いた で 同期同調する高位異次元空間をつくって 櫻姐の結界膜に干渉 侵食して潜り込んでたの」
「ん? 『潜り込んでたの』……って、あの異次元多層膜結界にか!? あの部屋の中に居っただと!?」
「まあね」
ということは、あの時 櫻子が張った極薄の多層異次元結界のうちの何れかの隙間に別の亜空間を作り、同調と反発を絶妙なバランスで保ちながら、その中にいたということになる。
「オマエらにゃあ…… ワガハイが櫻子を止められてにゃかったら、下手をすると諸共に塵芥だぞ…… 」
「だから いざとなったら アタシが出ようと思ってた」
「ん? あぁ そうか…… まぁ、オマエが出てくれば、それはそれでアイツもおとなしく止めておったであろうし、それに槍慈や龍岡らもあの場に居ったというのであれば…… って いや、それなら早く止めてくれれば良かったではにゃいか!?」
「おもしろかったから」
と、さして面白くも無さそうな顔で言う柏子。
「はいはい…… 」
(それにしてもだ…… 槍慈と龍岡だけならまだしも、コイツまであの中に居ったというのか? いや… だがそれにしては、気配も波動もまるで感じなかったにゃ。 しかしまさか、流石にワガハイと櫻子が そこまで鈍いはずがにゃい……。 こいつは少し、何が阻害要因となっていたのかを、詳しく調べておいた方が良さそうだにゃ)
「ねぇー、お話し終わったぁー?」
話し合いに焦れた桐子が割って入ってくる。
「あ ごめん桐姉 早くやろ 玉先」
「あ… あぁ、そうだにゃ…… 細かいところはまぁ良い。 いずれにしろ、櫻子のヤツが入らんと話ににゃらんのだろう?」
「うん そう 話が早くて助かる」
「玉先生、たぁっのもしぃぃー!」
「いや、説得はオマエらがやれよ」
「それはねぇ、柏ちゃんが『おまかせ』なんだってぇー 」
桐子は 柏子に向かい、「ねぇーー!」と言って笑いかけると…… 急に何かに気付いたように、少し離れたところに咲いている秋咲きのクレマチスや 炎のようなケイトウの花の辺りに駆け寄って行ってしまった。
大方、変わった虫でも見付けたのだろう。
と…… ここで玉依は、柏子にだけ聞こえるように、そっと耳打ちで問いかける。
「おい、ところで柏子、アイツを説得して、この『遊び』自体をやめさせるという手はにゃいのか?」
「なくはない でも 一昨年の『ワニ事件』の二の舞になるかもよ」
「ふん… 成る程、やはりオマエは それを懸念しておるのか…… うーん、そういう事なんだよにゃあ…… 」
玉依はそう言って、少し顔をしかめる。
「桐姉は素直だから たぶん誰かにやめろといわれれば おとなしくいうことをきく」
「だろうにゃあ。 だがその後が怖い…… という事か」
(確かに二年程前、桐子が突然『ワニの子を飼いたい』などと言い出しおった折…… 当然ながら皆で止めたら ちゃんと素直に聞き分け、その後も特に駄々をこねるでもにゃく、あっけらかんとしたものであったが――― その翌日、敷地内の和庭園の池に『巨大なワニ』が一頭、唐突に出現しておったのであったにゃ……。)
「ねぇ 玉先 あのワニどうなった?」
「あれからずっと、今も和館の横の池に居るよ。 龍岡たちが交代で面倒を見ておる」
「アマゾンにでも転移させられないの?」
「ワレワレの異能によって、生き物が無から実体化したのだぞ? そんな この世の摂理に反した得体の知れん化け物を、勝手には捨てられんだろう。 それに、普段 さして刺激の無いところに身を置いておる『本国や軍の学者ども』からすれば、この上もない格好の研究対象だしにゃ」
「でもあのワニって そもそも本当に桐姉が『実体化』した生き物なの? どこかから転移で呼び寄せちゃったとかの可能性は?」
「無い。 実はあのワニな、体の中身は『亜空間』になっておるらしい。 つまりな、あの体の中には肉も骨も内蔵も無く、外から見える『ワニの表面』だけを 極薄の高位異次元結界の膜が覆っておるだけにゃのだそうだ。 だが、その中には確かに 生き物としての、謂わば『魂』らしきものがあり…… 確実に自我を持った状態で『生きて』おるそうだぞ?」
「えーと…… 構造的なとこで なんかよく解んないとこもあったけど 相当にまずそう ということは解った」
「ああ、相当にまずいにゃ。 うーん… だから要はアレだ…… 例えるとにゃ? この間、櫻子が張っておった結界膜の内側が 全て亜空間で満たされたとして――― それがワニの形状と本能を持ち合わせた状態で、お外を自由気儘に動きまわっておる…… とまぁ、こういう感じかにゃあ」
「すご…… で そういう例って 他にもあるの?」
「そんな例は勿論無い。 だから各方面の学者ども…… 特に軍の連中が、かなりの入れ込みようで大注目しておるのだ。 何しろ、異能や生物学などの研究材料として非常に稀有なモノである上に…… それよりも軍としてはにゃ、もしも 何も無いところから『実体化した生き物』を無限に生み出し、あまつさえ それらを『軍事転用』出来る可能性があるのだとすれば…… それはもう、革命的な事案にゃのだよ」
それを聞いた柏子は、少し離れたところで花を覗き込んだりしている桐子を見て言う。
「だったらなおさら 今回の件は早く収束… 終息させないと」
「だにゃ……。 明日の朝、屋敷の上を 面妖な格好をした『中身が亜空間の魔法少女』が飛び回ったりなどしておっては敵わん…… いや、そうなると 相当にまずいかもにゃ」
そう言って、玉依も桐子の方を見遣る。
「それってつまり 桐姉が今度は 意思を持って動く『人型』の生き物を創造 実体化させちゃったりした日には…… ってことだよね」
「考えたくもにゃいが…… まぁ そういう事だにゃ。 そんな事態にでもなれば、最早 ワレワレの『聖域を護る』という使命など、いとも簡単に消し飛ぶぞ。 それに…… 桐子も今のように安穏とは暮らしていけなくにゃるかも知れん」
「 ………………………………。」
柏子は押し黙ったまま、珍しく顔に表情を見せて桐子の方を見つめる。
先の展開を見通す能力に長けた この少女の表情は、この時 いつになく辛そうに見えた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
【 一掬 ❁ 過日譚 】
過日、櫛名田邸 和館側庭園内 池の畔―――
鹿沼 「やぁ 馬籠軍曹、ソイツの様子はどうかね」
馬籠 「ああ 鹿沼先生、お早うございます。 コイツ、いつまでここにいるんでしょうかねぇ」
鹿沼 「ん? いやぁ、連れ出さん限りは ずっとこの池におるんだろうがなぁ」
馬籠 「そうですかぁ。 いやね? 出てきた時は突然だったもので、消える時も いつか急に忽然と…… とか」
鹿沼 「期待してるのかね?」
馬籠 「まぁ、少しだけですがね。 いやぁ、もう随分と長いこと面倒見てますんで、多少の愛着もなくはないんですが…… 如何せん、所詮は爬虫類ですからねぇ」
鹿沼 「まぁなぁ、さすがに 犬みたいな従順さで懐くようになったりは…… せんだろうなぁ」
馬籠 「ですよねぇ。 いや、小官も いつかそのうち、うっかり喰われちまうんじゃないかとね? 少し不安になるんですよ…… あはは… はは… は…… 」
鹿沼 「あー 」
馬籠 「え… いや、『あー』って。 嘘でも気休めでもいいんで、『それはないだろう』とか『大丈夫だよ』くらい言ってくださいよ 先生…… 」
鹿沼 「うーん…… だが実際、その可能性も なくはないしなぁ。 キミは役割が『庭師』である関係上、コイツの傍におることが比較的多い訳だし。 ふむ… でもまぁ、嘘でも良いなら…… 大丈夫なんじゃないかねぇ?」
馬籠 「うぅーわ…… 医者とは思えない不安の煽り方しますね…… 気休め言うの下手くそですか まったく。 ほら、病人を不安がらせないためのこう… なんかあるじゃないですか、気休め的な…… 嘘も方便的な感じのやつとか」
鹿沼 「でもなぁ…… 馬籠軍曹は、別にワシの患者じゃあないし。 あぁ… あれだよ、例えばキミがコイツに噛まれたりして ワシのところに担ぎ込まれでもしたら、その時には何か上手いことのひとつも言える気がするんだなぁ、これが」
馬籠 「はいはい、もういいっすよ。 てか、噛まれちゃってから言われてもねぇ」
亜空間ワニ 「ぶっふぅーーーーっ!」
馬籠 「お、今日はご機嫌ナナメだなぁ…… くわばらくわばら」
鹿沼 「鼻から 息と水飛沫を吐き出しておったねぇ」
馬籠 「あ… そうだ、前から気になってたんですがね? コイツの体の中って…… 」
鹿沼 「ああ、亜空間になっておるはずの体内から、なんで水や空気が出てくるのかって話かね?」
馬籠 「あ、そうですそうです」
亀山 「あー、それワタシも知りたいでーす!」
鹿沼 「おぅ、厨房メイドの亀山伍長か。 コイツの食料を持ってきたのかね?」
亀山 「はい… でももう、毎日 重たくってぇ……。 で… この子、中身が亜空間なのに なんでモノを食べたり、水や息を吐いたりできるんです?」
鹿沼 「それはだねぇ…… つまりあれだ、生き物はみんな『管』だからだよ」
馬籠 「はぁ… 成る程…… って、解りづら!? え、全然 解んないんですけど!?」
亀山 「あー…… そっかぁ! そういうことなんですねぇ!」
馬籠 「え… 亀山伍長、解ったの!? えー、すごいなぁ…… えーーー 」
亀山 「要はですね 馬籠軍曹、口や鼻って『穴』じゃないですかぁ? で、そこから食道とか肺とか…… そして更に お腹の中の方へ行くと、今度は胃とか腸とかがあってぇ…… で、お尻の穴まで行くと――― ほら、もう生き物の体って…… つまり、『管』…… ストローみたいなものですよね? ね、先生?」
鹿沼 「ああ、そういうことだ。 だからね? 口や鼻から繋がる、謂わば外皮の延長であるような喉やら肺やら消化器やら…… そういったところは、元々が 管の内側の『空間部分』なわけであるから、そこは当然 亜空間にはなっていない…… ということになるんだろうなぁ」
馬籠 「ん? あー…… じゃあ、コイツの亜空間の部分ってぇのは…… 」
亀山 「生き物でいうところのぉ…… 皮膚や粘膜に覆われた、その内側の『お肉』の部分って ことなんですかね?」
鹿沼 「まぁ、そうだ。 その肉に埋もれた骨や… あとは、脳や内臓なんかも そうなんだろうなぁ。 そして逆に、管の内側の空洞部分でしかない 口や喉、気管や食道…… 肺や胃腸なんかの内腔部分は、当然 亜空間じゃあない。 よって、水や空気も そこを出入りできるので吐き出せる」
亀山 「ご飯もちゃんと食べられるぅ!」
馬籠 「成る程なぁ…… いやあ 亀山伍長、勉強になったよ。 先生の話は解りづらかったけど」
亀山 「いえいえー♪」
鹿沼 「おいおい。 そうだ、でももし今後 コイツに体を丸ごと一飲みにされるようなことがあった場合には、なるべくすぐに死んじまった方がいいぞ?」
馬籠 「うぅーわ…… 急になんてことを言い出すんだか、縁起でもない……。 でもそれって、いったいどういうことなんです?」
鹿沼 「コイツ、毎日モノを喰って、たぶんちゃんと消化しておるだろう? その証拠に、喰ったものはもう出てこない。 でも かと言って、排泄物として出てきておる様子もない。 ということはだ…… つまり、喰ったものは亜空間に取り込まれておる可能性が高い…… ということなんだなぁ、これが」
亀山 「はぁ、なるほどぉ…… で、それと『食べられたら早く死んじゃった方が良い』って、どうつながるんです?」
鹿沼 「うん、コイツに喰われ 咀嚼されて…… まだ『管』の中にいるうちに死ねれば、抜け出た魂は――― この、今ワレワレがおる空間宇宙に放出される。 だが 消化…… というか、わけの解らん亜空間なんぞに吸収されてしまった後に漸く絶命し、魂がそこで放出されてしまった場合には…… 」
亀山 「おー…… 下手をすると、魂は『ワタシたちの宇宙』での輪廻に乗れず、何処とも知れない おかしな空間の狭間を永遠に彷徨い続けることになるかもしれない…… と?」
鹿沼 「そうそう、さすがは亀山女史。 どうだ、怖くないかね?」
馬籠 「うーん、てか鹿沼先生…… 考えてることが、全然 医者っぽくないですよね」
亀山 「でもでもぉ、なんか先生って ロマンチストって感じがするー!」
馬籠 「いやいや、ワニに喰われて死んだ後に どうたらの話とか…… 全然、ロマンの欠片もないから」
鹿沼 「よーし決めたぞ。 亀山伍長は今度の予防接種、絶対に痛くないように射ってあげるからね」
亀山 「うわぁ! やったぁー♪」
馬籠 「え… えー!? それって先生の匙加減なんすかぁ? じゃあ小官は… って だめかぁー、絶対に痛くされる方っすよね……。 ひでぇー、すっげぇ公私混同~」
鹿沼 「いやぁ ワシもなぁ…… 最近の仕事というと、余計なことを知ってしまいおった地球星人たちの記憶操作をするようなものばかりで、真っ当な医療行為を全然 行えておらんのだよ。 だからなんかこう…… ちょっとストレスなのかなぁ? あーっはっはっはっはっは」
馬籠 「いや、予防接種の痛さが 先生のストレス度合いによるとか、怖すぎでしょ…… 」