桐柏の発意 mascot 玉依 × 壹
ここは櫛名田邸の主屋、洋館の2階 南西側にある柏子の部屋。
小学生の一人部屋としては相当に広く、床は大理石張りの上に毛足の長いラグが敷かれ、そして壁の各所には 凝った硝子装飾の照明が幾つか設置されている。
柏子は 天蓋の付いた大きなベッドに寝そべった姿勢で、相変わらずゲームに興じており―――
また その横では、隣の自室から遊びに来ている双子の姉の桐子が、この部屋の机を使い せっせと宿題を捗らせている。
「ねぇねぇ 柏ちゃん、桐がシュクダイやりおわったらさー、なんかしてあそぼー 」
桐子は、黙々とこなす机上の宿題の手を止めないまま誘い―――
「じゃ ゲーム貸す」
柏子も、手元のゲーム画面に視線を落としたまま 無表情に応える。
「えぇー? でもそれだとさー、今の柏ちゃんの横に 桐がゾウショクしたみたいになっちゃうよぉー 」
「あ 同じ姿だから『増殖』? 桐姉にしては冴えてる 今年1位」
「え…… 今のが一等賞? なにそれぇー、桐って どんだけレベルひくいのぉー? ふぅーん…… まぁいーやー、それよりさぁ… ホントになんかしよぉよー!」
軽く『低レベル認定』されたことは特に気にせず、今度は後ろを振り返って再度誘ってみる。
「しかたない じゃテレビ見よ」
「うーん…… まぁいっかぁー。 じゃあ、いっしょにテレビねー 」
この屋敷には、必要以上に広く豪奢な部屋が幾つもあり、一族の各人には それぞれ一部屋以上が贅沢に割り当てられているのだが―――
例えば『小食堂の間』や『北東の間』などのような、一家団欒に使われる広間には、昔ながらの蓄音機などが適宜 置かれているものの、テレビ的なAV機器の類は 一切置かれていない。
その代わり、各個人の部屋には 必要に応じて設置してあるため、結果として この洋館の中にある分だけでも、テレビの台数は恐らく20台を越えそうだ。
そして勿論、隣の桐子の部屋にもテレビはあるのだが、彼女はもともと部屋に閉じこもって独りで過ごすことなどはおよそ無く―――
またそもそも、食事の時間以外は殆どを この柏子の部屋で過ごしているため、自分の部屋は 就寝と荷物置き程度にしか使っていないようだ。
「桐姉の好きな『魔法…… なんとか』が もうすぐ始まる」
「そうだ! 今日は『魔法少女 ☆ スローロリス』があるんだったー! あのねあのね、かわいいけどぉ…… とーーっても つよいんだよぉー!」
「でも 設定がえげつない 敵を『毒』で殺すって…… 」
このアニメの主人公は、どうやら野生の『スローロリス』というサルの仲間の生態を模した、所謂『毒技』で、敵と闘っているようだ。
「そうそう! ワキの下にかくした『マジカル ☆ ポイズンパック』のナカミをお口にふくんでぇ、ガァーーっ! ……って、かみつくんだよねー! あと、その『マジカル ☆ ポイズン』を おたがいのカラダじゅうにぬりあってぇ…… そして ガバァー! ……って、テキの人にだきついて たおすんだぁー!」
桐子は身振り手振りをつけ、元気溌剌で話しているが……。
「マジカルでもなんでもない ただの毒殺」
と、柏子の方は にべもない。
確かに、魔法少女の攻撃として『毒』を使用するというのは なかなかに斬新である反面、かなりダークな印象であることも否めない。
また、魔法少女たちが互いの体中に毒を塗りあっているシーンは、毎回テレビの画面が謎のボカシだらけになり、ご家族での視聴は かなり気まずそうだ。
「あーあー、桐も『魔法少女 ☆ スローロリス』みたいに つよくなりたいなぁー 」
宿題を終えて机から離れた桐子は、柏子の横に ぼふっ と身を投げ出すように俯せで横になる。
「え? 桐姉 自覚ないのかもだけど…… アタシたちたぶん この人たちより強い」
その言葉に、がばっ と半身を起こす桐子。
「えぇー!? だってぇ…… おソラをとんだりぃー、ひかる武器みたいなので『やぁー!』ってきりかかったりぃー、あとは イッシュンで とおくのバショにいどう… した…… りぃ………?」
自らの角膜に大量に貼りついていたウロコを落とすように、目を丸く大きく見開いて 何度か瞬きする桐子。
「アタシたち その程度なら全部できる」
「お、おー? おぉぉぉーーーー!!!?」
「どしたの桐姉 ちょっと怖い」
柏子も さすがにゲームから目を離し、隣で絶叫し始めた双子の姉を見遣る。
「なろう! 柏ちゃん、桐たち『魔法少女』になっちゃお… なっちゃいなよぉ―――!!!」
「え 今なんで 言いなおしたの」
桐子には、そんな相方のツッコミの声など全く聞こえていないようで……。
興奮から 勢いよくベッドの上に立ち上がると、両手で柏子の肩を掴み、そして がくがくと揺すりはじめた。
「き… 桐… 姉…… 揺らさ… ない… で………… あぁ ア… アタシと… した… ことが……… とんでも… ない… 面倒ごと… を… 誘発………… ふ… 不覚……… かく… かく…… 」
柏子は、既に普段から半ば死んでいるような目を更に曇らせ、ぐったりと力の抜けきった体を揺すられるまま、ただただ放心している。
「ねーねー、柏ちゃぁーん! 桐たちがもってる異能とぉ、魔法少女たちがやってる いっろぉーんなことをー、まずはバーッチリ くらべてみようよぉーー!」
何が『バーッチリ』なのか、言葉の意味はよく解らないながら―――
普段から、喋る度にいつも何かしら元気にリアクションをつけている桐子が、今回はいつにも増してオーバーリアクション気味で、取り敢えずは楽しそうだ。
「はぁ…… 解った やってみる」
柏子はそう言うと、相変わらず目に輝きなどは全く見られないながらも 意外と素直にゲームを中断し…… ベッドから、まるで機械人形のような動きで 無機的に起き上がる。
そして何故だか、いつになくやる気を見せはじめた。
「じゃあまず 彼我の能力や行動を 分析するところから始める」
「わぁーーー! 柏ちゃん、やぁる気ぃぃーーー!!」
「べつに そういうのじゃないけど」
(これはもう ある程度の対応は不可避…… となれば なにか『成果』を出して早めに桐姉を満足させ 飽きさせる…… もしくは ワザと『大事件』に発展させ 玉先あたりに怒られることで 欲求の消失を狙う…… そしてその後始末は 玉先や龍岡さん そして鹿沼先生に丸投げ…… とにかく早めになんとかしないと アタシの大事な『ひとりの時間』がなくなってしまう…… )
普段はほとんど外的な動きを見せない柏子であるが、頭の中はいつも大量の思考の波が渦巻いている。
基本的には 常に『何もしたくない』というスタンスなので、その頭脳を活用して『何事かを成す』ということ自体、あまりないことなのだが―――
しかし いざやる気になれば、その権謀術数は相当なもので、実は一族の大人たちもその点、この『無気力少女』には 相当に一目置いているフシがある。
謂わば、この『中身が正反対な双子』のうちでは、桐子が『実働担当』で 柏子が『参謀担当』…… とでもいったところか。
◇
「桐姉 まとめたけど」
柏子にそう促され、桐子がベッド脇の床を見てみると…… そこには、壁新聞に使うような大判の紙が二枚、きちんと並べ敷かれている。
それらには、黒の太マジックで何やらびっしりと几帳面な文字が書き込まれ―――
そして紙面上部には、『アタシら vs 魔法少女 ~ 萬技競べ考』と、大正レトロなイメージの飾り文字で 大きく記されていた。
「おぉぉー、おしごと早! 柏ちゃん、ホントに めずらしくやる気だねぇー! どれどれぇー?」
桐子はそれを、興味津々で覗き込む。
<魔法少女らの能力や状況 → アタシらの異能による再現の可否…… とか>
〇変身すると飛べる → いつでも飛べる
〇髪の色や姿が変わる → 骨格以外はいける
〇変身時にイキって着替え → 服の用意含め要検討(櫻姐?)
〇魔法の武器や防具 → 大抵のものは実体化可能
〇魔法の杖や道具類 → 実用品としては不要(演出小道具?)
〇敵と殺りあう強い体 → 対 地球星生物程度なら問題なし
〇敵の攻撃を受けても大丈夫な しぶといHP → クビをとばされたりしなければOK
〇最後にキメる必殺技 → 現 地球星上の武装程度なら イージス艦や一〇式戦車相手でも瞬殺 可
※ただし イージス艦の場合は二人同時攻撃でないと さすがに一瞬ではムリかも → 単純にサイズの問題
※対象の火力は ほぼムシできる熱量と推定 → でもイタイから 一応よけること
〇敵か味方か不明な怪しいマスコットがいる → 玉先で良い?
〇ソイツも飛んだり魔法を使ったりできる → 玉先ならたぶんいける
〇変身後 正直 顔や声が変わってないのに 全然正体に気付かない設定の マヌケな家族や友人たち → アタシらは顔も変えられるからOK
◇
「うっわぁー!! 桐たちってぇ、じつはすっごぉーく つよかったんだねぇーー!?」
桐子は眼を爛々と輝かせて言う。
「うん てか 桐姉が自覚してなかったことに驚き」
「よぉーっし! じゃあ、さっそく あしたからジュンビしてぇ…… いっしょにトックンだねぇー!」
「ん やっぱ そうなるよね…… わかった じゃあ さしあたっての準備 まずは玉先に『マスコット役』を押しつけ…… いや 依頼する」
「玉先生、ひきうけてくれるかなぁー?」
「それはアタシがなんとかする おだてれば たぶんいける」
「おぉー! きょうは柏ちゃん、ホントにやる気だねぇー!? いいよ いいよぉーー!!」
「うん まかせて」
いつもは死んだように身動き一つしない柏子だが、『早く事態を収束し 終息させたい』という一念と、そして ある重大な懸念から、いつになく積極的に動くスタンスだ。
(アタシが この状況を必ず終わらせる)
「えぇ? 柏ちゃん、なんかいったぁ?」
「別に あとは『変身』の時の服と着替えの問題をどうするか」
「それならぁ、とりあえず櫻姉さまにソウダンしてみようよぉー!」
「やっぱ 櫻姐か あの人なら…… 一旦は 心配や困惑からの拒絶と勧告 でも最後には折れる…… か 解った それもまかせて」
「やったぁー! 柏ちゃん、すっごぉーーい!」
ただただ、『一刻も早く終わらせたい』という一心からの行動ではあるが、状況からすると 完全に柏子が『魔女っ娘リーダー(主犯格)』となる流れだ。
「あとは アタシたちのニックネームを決める」
「おー! えっとぉ、それならねぇー…… そーだぁ! 『魔じかる少女 ☆ くっすぃー & なぁーだ』…… とかはどうかなぁー!? うん、いいかもぉー! よぉーし、決定ぇ―――ぃ!!!」
桐子は、怒濤のゼロ秒シンキングで『決定』してしまったようだ。
「え…………… う、うん…… わかった じゃあそれで」
(誰かも言ってたけど アタシたちってネーミングセンス本当にない…… てか どっちが『くっすぃー』で どっちが『なぁーだ』なんだろ……? どっちかと言うと 『くっすぃー』はかなり恥ずい 絶対にイヤかも…… )
◇
今日から 櫛名田家の下の娘二人は、『魔じかる少女 ☆ くっすぃー & なぁーだ』となった。
そして明日は早速、本来であれば『キミたち 魔法少女になってよ★゛』…… などと言って怪しく誘ってくるはずの『マスコット役』として―――
たまたまいつも近場にいる『お喋り動物』の玉依を、彼女らの方から逆指名する予定だ。
更には、自分たちを半ば病的に溺愛し偏愛する 長女の櫻子を最大限利用し―――
『衣装一式』や『諸々の小道具類』…… そして、いざという時の『アリバイ工作』までをも用意・加担させるつもりでいるのだ。
更には勿論、何かあった時の『保護者 兼 責任者』も、当然ながら この両名の大人たちである。
恐るべし、『魔じかる少女 ☆ くっすぃー & なぁーだ』!
そして、いつか何かと闘え!
『魔じかる少女 ☆ くっすぃー & なぁーだ』!!!
二人の闘いは、今 始まったばかりだ。
柏子 「この茶番 絶対に速攻で終わらせる…… 」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
【 一掬 ❁ 劇中劇譚 】
『魔法少女 ☆ スローロリス』
(関東テレビ系列 毎週水曜 25:28 ~ )
怪人ウータン 「むふぁふぁふぁふぁ! おまいらを…… あ そぉれ! 喰ってやるゥータン~ 」
魔獣ダイジャー 「きぇきぇきぇきぇ! ひと呑みに…… いょぉ! してやるっスネェーク~ 」
魔女っ娘スロー 「出たわねぇ、それも二体も! まずいわ…… そろいもそろって、なんて節操のない 底抜けのくだらなさなの!? うぅ、全身の力が…… 抜けて… しまう… わ………… 」
魔女っ娘ロリス 「むきゅぅぅっ! 聞いてるこっちが恥ずかしいのぉ…… そして、この ひっどいビジュアルったらぁ……。 読者のみんなにお見せできないのが、とぉーっても残念なのぉ! あぁ…… なんだか、ヤル気が… 失せて… いくのぉ……… 」
魔女っ子娘スロー 「どうしよう、ロリっちぃ…… このままだと あたしたち、あいつらの喰い物にされてしまうわ!?」
マスコット・トリの玉ゴン 「スローロリスぅ! ボクの頭を食べて、体力を回復させてェッグ~! そして、いつもの必殺技で、やっつけちゃェッグ~!」
魔女っ娘ロリス 「玉ゴン…… あなたもどっちかっていうとぉ…… 結構、あっちサイドな気がするのぉ……。ううん、でもまぁ いいのぉ!」
魔女っ娘スロー 「えぇ、そうね! お望み通り、がっつりと食べてあげるわよぉ! 往生してねぇぇぇ!!!」
ばくっ… ぼりん! むしゃむしゃ… もぐ…… むぐ………… おぇ…… ぺっ
魔女っ娘ロリス 「やったのぉ! 相変わらず後味最悪で テンションだだ下がりだけどぉ…… 取り敢えず、体力だけは回復したのぉ!」
魔女っ娘スロー 「よぉーっし、いっくわよぉー! 『必殺! マジカル ☆ ポイズンパーック』!!!」
ナレーション 「説明しよう、この『マジカル ☆ ポイズンパック』の中に入っている、ドクター博士ご自慢の『劇物指定薬液』…… これを口に含んで敵の動脈付近に噛みついたり、または自分たちの体中に塗りたくって抱き着いたりすることで、どんな相手でも大抵は やっつけることができるのだ!」
魔女っ娘ロリス 「おっけー、『ポイズン ☆ ハグ』なのぉ! じゃあスローちゃん、お服を脱いでほしいの! またお互いの体に この毒… じゃなくて、『マジカル ☆ ポイズン』を 塗り塗りするのぉ!」
魔女っ娘スロー 「あ、ごめんロリっち…… あたし、今日はそれパスだわ。 なんか最近さぁ、それ塗ると黄色っぽいフチのある 変な赤い斑点が、もうめっちゃ ぶぅわぁーって、たっくさん出るようになってきちゃっててぇ……。 てか超キモくない!? ヤバいっしょ!? これホントに大丈夫なのっつー。 ま、そゆことだから…… あたし、今日はムリなんよ。 もぅ、絶対にムリだから」
魔女っ娘ロリス 「えぇー、そんなんガマンして やれしなのぉ……。 今週の『お色気シーン』がなくなっちゃうのぉ……。 うーん、じゃあ しょうがないの。 お口に含んで噛みつく方、『ポイズン ☆ バイツ』でいくのぉ!」
魔女っ娘スロー 「おっしゃっ! まぁ これも苦くてあんま好きじゃないけど…… まかせてロリっち、あとでなんか おごっから。 じゃ、いっきまっすよぉー♪ それぇ! ごく… ぐっぅ… ぉおぇっ! がふっ…… が… ぐふぅ!? げぇっほぁああ!!!」
怪人ウータン・魔獣ダイジャー 「うおぁ!? き、汚ぇ~! この女、なんか紫色のもん吹き出しやが ……て、う… うわあ゛~!! 目や口にちょっと入ったぁぁぁ!!? ぃい… いってぇよぉ…… てか なんだこれ、にっがぁ!!!? ぐ、ぐわぁぁあ…… や やーらーれーたぁー……………… がく…… 」
魔女っ娘ロリス 「スローちゃん! 大丈夫なのぉ!?」
魔女っ娘スロー 「き… 気管に… げっほぁ! 『毒』が… 変なとこ… 入っ…… おぇ ぉおぇぇえ! げぇっほぉっ… かはっ… ごっほぁっ!」
魔女っ娘ロリス 「スローちゃん! 『毒』… じゃなくて、えと…… 『マジカル ☆ ポイズン』、飲んじゃダメなの! よぉし、こうなったら…… この吸引力の落ちにくい掃除機でぇ!」
魔女っ娘スロー 「え? い… いやぁ!? ちょっ、正月… 正月の餅じゃ… げっほぉ! 餅じゃないんだから…… げはぁっ! てか やだそれぇ、業務用のすっごいやつ…… あぁっ! あばばばぁ! ちょっ…… いや、舌が… 取れちゃ………
―――――― ぷつん
柏子 「だめだ…… 内容がひどすぎて とても見るにたえない 桐姉 こんなのの いったいどこがいいんだろ…… って 見ないで寝ちゃってるし ホント 絶対に速攻で終わらせなきゃ…… 」
 




