一族の団欒 and 序幕 × 壹
櫛名田 櫻子
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
櫛名田 櫻子 ;
皆さま、ごきげんよう。
前回 この『前書き』の部分で、おかしな老猫が長々と お説を垂れておられた『登場人物紹介』に引き続き―――
こちらからは、このワタクシが大いに活躍する予定の『本編』となりますわ。
どうか皆さま、楽しくお読みいただけますと、ワタクシたちも とても幸い かつ 光栄に存じます。
そうそう、各お話の後半に『一掬 ❁ ◯◯譚』…… などという、何やら台詞のみの―――
えっと…… 小ばなし? …… 的なものが添えられていくようなのですが、これは 本編に付随した『ショートエピソード』のようなもの…… らしいですわよ?
まぁ、『オマケ』もしくは アニメなどでいうところの『Cパート』の様なご認識で お読みくだされば宜しいかと。
作者の黒猫堂さんとしては、物語の世界観の補完…… とでもいったおつもりなのでしょうね。
因みに、前述の『◯◯』の部分には、『後日』や『同刻』など、各話本編に対しての 時間の関係を示す語が入ってくる予定のようですわ。
それでは皆様、今後とも何卒 宜しくお願い申し上げます。
ごきげんよう。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
玉依 「ふん、オマエの話の方が 結局長かったようではにゃいか」
櫻子 「うっさいですわね、このお喋り四本足は…… お話しする項目がたくさんあったのですわよ!」
此処は都内某区―――
区の中心街から最寄りの神在町駅前、その目抜き通り付近。
駅の東側ロータリーから南へ延びる広い幹線通り沿いには、大小様々な店舗やオフィスビルなどが びっしりと建ち並んでいる。
しかし、そこから路地へと少し奥に入れば、その先には比較的古くからこの地に住んでいる住民たちの家々が、所狭しと軒を連ねていた。
そんな、昼夜を問わず慢性的に人口が密集した、小煩い街並みと人々の営みがせめぎ合う都会の一角。
しかしそうした街中にあって突如、古式ゆかしく素木で見事に設えられた大きな屋敷門が、幹線沿いのビルの列びを無遠慮に寸断している。
通りに面したこの門は『表門』と呼ばれ、幅の広い観音開きの大層な造作は、全開すれば車輌も充分に行き来できるようだ。
その扉の開け閉めや来訪者の管理は、門構えの脇に張り出した番所に常駐する守衛が行っているのであるが―――
基本的には閉ざされていることが殆どであり、普段のちょっとした出入りは 脇の潜戸を使うか、もしくはこの他の各方位に設けてある別の通用門が用いられている。
この表門から両側に長く延びる筋塀には、良く手入れされた塀瓦が整然と 一分の隙も無く葺き敷かれており、更にその内側には 厚く生い茂った樹々が、外からの何者かの侵入を阻むように、大きく枝葉を拡げていた。
とは言え、空気が澱みがちな街中で、どうやら此処だけは風の通りが殊のほか良いようにも感じられるのであるが―――
しかしそれは何故か、単に風通しの良い広い敷地が存在しているというだけでは説明がつかない、何か特異な『力』のようなもの…… まるでこの一角だけが 周囲の街並みとは幾分違う、半ば別の次元にでも存在しているかのような、ある種の位相性すら感じさせていた。
旧家 櫛名田家本邸―――
この地におよそ450年もの長きに渡って居を構え、此処いらでは知らぬ者のいない一族が集い棲まう、茫洋たる敷地を有した旧華族の邸宅である。
1500坪程もある敷地の中央には、風情際立つ洋館がひっそりと、しかし壮麗厳かに佇んでおり―――
その2階部分の中程で、横に長く閃めく碧い硝子の帯が、時に眩く陽の光を照り返す。
そしてその窓の内部には、幾つかの色濃い人影が見えるようだ。
そこは、屋敷内では通称『北東の間』と呼ばれている豪奢な造りの一室。
この部屋は、建物に三方を囲われた『前中庭』と呼ばれる庭園の景色を一望するために作られた、一族団欒のための居室である。
部屋の南西側には、大判の硝子窓が壁一杯に填め込まれており、また加えて頭上の天窓からは 陽の光が燦々と降り注ぐ、解放感溢れる空間として設えられていた。
部屋の調度品は さほど多くはないが、しかし中央には まるで『最後の晩餐』にでも使われそうな、異様な存在感を示す10本脚のダイニングテーブルが1台、是見よがしに置かれている。
そしてそれと対を成す、比較的 華奢な意匠の揃いの椅子が、部屋の彼方此方に10脚程―――
それらは銘々 束の間の主人を座面に載せ、まるで部屋中を不規則に彷徨わされてでもいるかのように、方々へと散っていた。
その他は、季節ごとに咲いた庭の花を活けられるよう備え置かれた装飾の美しい花台と、そして大きな花瓶が4式、部屋の各隅に整然と置かれているだけである。
この『北東の間』に、今日は本当に珍しく 一族の全員が集っている。
時刻は午後2時を少し回った頃。
◇
「この宇宙は深淵――― 今アタシがいるこの世界も ひとつの可能性にすぎない」
何の脈絡もなく、末の娘である柏子が無表情に、少し辿々しい口調で呟く。
「お、どないした小学4年生、お宇宙から何や受け取りはった?」
葉月は柏子の実の母親であるが、取り敢えず性格的な観点からすると、似ている部分は ほぼ見出せない。
「ただ 言ってみただけ」
「おぉっと きたぁ! 『だけ』なんかぁーい! あっははぁーー 」
いつものことであるが 柏子は身動きひとつせず、また視線もスマホのゲーム画面に落としたまま、抑揚のない声で無機質に応え―――
それに対して葉月は、母親として…… なのかどうかは不明ながら、一応しっかりと その言葉の逐一を拾ってやってはいるようだ。
そこへ、この一族の中では最も年嵩である玉依が、『得たり』とばかりに話し始める。
部屋のどこかから、如何にも「また始まった」という意を含んだ溜め息が、幾つか漏れてはいたが……。
「ほぅ、『平行世界』か。 確かにそういう概念はあるし、恐らくは真実に近しいものであろう。 時間遡行で過去を変えることによって、それ以前に存在していた未来とは全く別のルートを辿る もう一つの『新たな未来』への道筋が出現する。 その時――― では実際に過去を変えた本人はというと、自らが過去に与えた何らかの干渉により、もう二度と再び辿ることが出来なくなってしまった『元の未来』の記憶を、恐らくは世界でただ一人 有しておる訳であるからして――― ではソイツの存在は…… そして元のルートの未来との関係性は如何なるものになってしまうのか? いや、そもそも『元のルートの未来』などというものが、その後も同時に存在し得るものなのかどうか……。 だがしかし、例えばソイツ自身がその後『自分が絶対に生まれないはずの未来』に変えてしまった場合――― それでも、そのモノが即座に消えてしまうことはないという事実が 既にワレワレの経験から実証されておる訳であるからして…… となると、俄然『平行世界』というものの存在を認めることこそが、最もシンプルな解のひとつであるという論理的帰結を…… 」
――― べちぃっ!!!!!
と、ここでテーブルを勢いよく叩く音がするが―――
如何せん、表面に厚い大理石が落とし込まれた、いかにも堅くて重そうな設えの天板であるため、叩いた本人は相当に痛そうであるにもかかわらず、大して音は響かなかった。
「あ゛ああぁぁぁぁ!!! てかもう長ぁ! 玉さま、お話が長いんですけど! …… て、痛ぁーーーぃ!!!?」
肩まである美しい黒髪を派手に振り乱して発せられた突然の少女の声に、玉依は一瞬だけ目を丸くして口を噤み、そして暫しの静寂が室内を覆う。
「 ―――――― えー、こほん…… えっと、玉さま? そういうの今は結構ですから。 そうだ、本日は天気も大変お宜しいようですし、お外にネズミさんでも捕まえに行かれてはいかがです?」
皆が玉依の長話に対し、それぞれに微妙な表情を浮かべていた中、長女の櫻子が話を遮るようにして口火を切り―――
そして、その第一声で乱れた髪を片手で器用に整えつつ、今度は取り繕うように無機質な微笑を浮かべながら、あまつさえ玉依をこの部屋から追い出しに掛かってくる。
「オマエ…… 一族の最年長者を、もう少しは敬えよ」
言葉を遮られた玉依は、しかし特に怒った様子もなく淡々と返す。
しかしそこへ、今度は別の者の口から―――
「ふむ、いや確かに…… 櫻子さんと比べると、もうミイラか化石かというレベルですよねぇ、玉依さんの御歳は。 『老兵は死なず ただ消え去るのみ』…… とでもいったところでしょうかねぇ」
話の腰を折られて不満を口にする玉依に対し、櫻子の祖父である槍慈は、一見その言葉を肯定し 中立を保っているかのように見せつつも… どうやら完全に櫻子の側に付くつもりのようだ。
「おい槍慈ぃ、オマエだってコイツらの歳と比べたら似たようなものであろうが。 いや、それより『消え去るのみ』ってなんだよ…… 消すな」
すると今度は、また別のところから―――
「でもよぉ、あのキリストさんより倍も歳上ってぇのは、オレたちの間でも 玉さんくらいだろぉ?」
と、槍慈の息子の刀眞が、図らずも玉依の微妙に気にしているところ―――
所謂『紀元前生まれ』という得体の知れないコンプレックスに対し、かなり無遠慮に斬り込んでくる。
「まぁ いゃだ…… 改めて聞くと、やっぱり相当に引きますわね…… 」
櫻子もすかさず、如何にも怪訝そうに顔をしかめながら、その部分を更に えげつなく抉り込む。
「あらあら…… もう、皆して玉ちゃんをいじめなぁいの。 『歩く聖遺物』みたいなお方なのだから、大事に大事に…… ね? あまりむやみに その部分について触れてあげたりしては、いけないものなのよー 」
「なぁ 瑞穂…… オマエの助け舟や敬い方は、相変わらず絶妙に嬉しくないな」
瑞穂というのは、槍慈の妻で刀眞の母、櫻子にとっては祖母にあたるのだが―――
外見からすると 一応 着物などを上品に着こなし、相当に落ち着いた佇まいではあるものの、とても高1の娘の『おばあちゃん』などであるようには見えない。
そしてそれは、祖父である槍慈も同様であるのだが、まぁ 有り体に言えば、彼ら一族にとって『姿形』などというものは、いつでもどうとでもなる類いの 栓なきものであるということと―――
そしてそもそも 彼らは寿命が非常に長いため、実際にまだ『老境を迎えていない』…… といったことなどが、それら容姿の理由として挙げられる。
◇
「 ――― で アタシがぶっこんだ話 どうなった」
とここで 始めに話を振ってきた柏子が、相変わらず手元のゲーム画面に視線を落としたまま、感情があまり感じられない口調で生温く訴える。
「ほら…… 柏子さんが珍しく話題を提供してくれましたのに、玉さまが場の空気も読まずに おかしな掘り下げ方を長々となさるから…… 」
「え、ワガハイかぁ?」
玉依は きょときょとと頭を振り、皆の顔を見まわすが―――
「 ………………………………。」
無関心な者や困り顔の者、そして何故だか半笑いの者など、表情はそれぞれ違いながらも 一様に沈黙で応える。
「いや、オマエら何か言えよ」
しかし、誰も何も言わないので―――
「ほな、しゃーないなぁ」
と、櫻子の母親である葉月が何か言おうとするが―――
「いや、オマエだけは何も言わんでいい」
と、玉依から早々に制されている。
それでも構わず、どうせ勝手に話し始めるのだが。
「まぁー、玉やんもなぁ…… 元はこれでも 一応いろんなトコで神さんなんか やっとったわけやしぃ…… 自分のコトよりもまずは よぅ周りを見てぇ、ほんでから人の話も ちゃーんと聞かな…… な? 多少は空気とかも読んどかんと、そら あかんわぁ……。 ん? いや、あかんしやなぁ…… ありゃ? んーーー…… なぁ玉やん、いったい何があかんのやったっけ?」
「いや、知るかよ」
「んー? っかしいなぁ…… って、せや! 正味の話な? 『話が長いねん 玉や~ん!』…… とまぁ、そういうこっちゃわ。 え…… せやんなぁ、櫻ァ?」
「いや、知りませんわよ」
「え゛ー!? 味方したったつもりやのにーーー!! …… ぶっ! あは… あーっはっはー! 取り敢えず 無理やり何や言うてはみたものの…… 我がことながら中身薄ぅ! オチも全然思いつかへんし。 あーっはっはっはぁーーー!」
葉月は別段 酒に酔ったりしている訳でもないのだが、無責任かつ相当にどうでも良いことを言い放ち、そして何が可笑しいのか ひとりで笑い転げている。
「お母さま…… どうかもう黙ってらしてくださいな……。 何だかもう居たたまれないやら情けないやらで、心の底から イィーーー! ……ってなりますわ」
櫻子は葉月に向け、相当に疲れ切った表情で ただそれだけを言った。
そして他の家族たちは、皆それぞれに あらぬ方向を見て紅茶などを啜っている。
因みに、当初 一同の中で面白がってニヤついていたのは、この葉月とその夫である刀眞なのだが、この夫婦はこれでも国家公務員で、しかもそこそこ お堅い役目に就いており―――
そして当然ながら、それぞれの職場の中では かなり『一風変わった存在』として認知されているらしい。
「全く…… 何でワガハイが悪いことになっておるのだ。 柏子の話を即座に拾い上げ、適切 かつ丁寧な解説で拡げてやったのではないか」
「あーはいはい、もう解りましたから」
「てか櫻子、そもそもオマエがいつも、無闇やたらとワガハイに じゃれついてくるからだな…… 」
「はぁぁぁあ!? ワタクシがいつ 玉さまみたいな七面倒くさい蘊蓄ジジィなんかにじゃれついたというのです?」
「いゃオマエ、言い方よ…… 」
この二人は大抵いつもこんな感じで馴れ合っているので、特に今更誰もこの 一見剣呑なやり取りを気に掛けている者などはいない。
だがもし、此処に初見の来訪者などでもいれば、大層な不仲を疑うのであろうが―――
しかし、本人たちの思いはいざ知らず、少なくとも一族の中では「仲の良い二人がまたじゃれ合いを始めた」…… という程度の認識でしかないようだ。
◇
日々、特異な立ち位置に身を置く彼らではあるが、今日のように珍しく穏やかな日には、皆 敢えて外出などせず、午後の一時を一族で過ごそうと、この『陽のあたる憩いの部屋』へと集まって来るのだ。
季節は初秋――― まだ少し、夏の余熱が残っている。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
【 一掬 ❁ 後刻譚 】
後刻、櫛名田邸内 和館離れ 煩悩庵―――
瑞穂 「ところで葉月ちゃーん、あなた本当に お酒 飲んでないのぉ?」
葉月 「もう、いゃやわぁ お義母さまったぁーら! あっははぁー。 今日これから仕事やしぃ♪」
瑞穂 「あらぁ、大変なのねぇ。 お国を護るお務め、粉骨砕身で 立派に頑張っていらしてねぇ」
葉月 「いや『お国』て。 いつの時代のお人やねん…… 粉骨?」
瑞穂 「だってぇ…… ワタシ実際に、戦前戦中を生きた人間ですしぃ」
葉月 「あー、せやった…… 見た目若いから、どうもすぐ忘れてまうねん。 てか年下に見える義母て――― 可愛らし…… そしてなんかちょっと やらしー 」
瑞穂 「あらぁー、何も出ないわよぉー。 うふふ、ちらちらぁー 」
葉月 「いや、着物の裾 チラチラすんの やめぇーい!」