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旧家 ❀ 櫛名田一族の聖域  作者: 漣 ✾ 黒猫堂
『絆』 chapter 004
18/40

玉依の奇譚 about 槍慈 × 參



 今日は さしてする事も(にゃ)ゆえ、1階の槍慈そうじの喫茶室に来て冷やかしておったつもりなのであるが―――

 何時(いつ)の間にか…… いや、いつも通り(・・・・・)…… 何故にゃぜだかワガハイの方が いじり倒されておる。


 このまま此処ここ()っても、またつまらん思いをするだけであろう事が充分に予測され得るので、ワガハイは「フン」と少し鼻を鳴らし、しなやかな動きで音も(にゃ)くカウンターから床にり立つと、カウンターの中に()槍慈(そうじ)のヤツに こう言い放つ。


「おい、ワガハイは裏の婆さんのところに行って来るからにゃ」


 そう、『裏に婆さんが住んでいる』―――

 これはもう この上も(にゃ)得難えがたい、所謂(いわゆる)『神設定』であると、当 櫛名田(くしなだ)家では…… と言うか、少なくともワガハイ個人としては、相当に自負じふしておる。


 しかも、当家の()がだ…… って… いやいや、『ワガハイは猫ではない』というのは、絶対的に(ゆず)れにゃい主張ではあるのだが…… うーん、まぁ良いか。


 その……『猫である』などと、あくまで(・・・・)便宜的べんぎてき仮定(・・)されておるこのワガハイが、日々 足繁あししげく、その『婆さん』のところに(かよ)っておるというこの現実―――


 これはもう、四コマ漫画を原作とする ぼう国民的『海産物さん一家』と、そして当 櫛名田くしなだ家を重ね、なぞらえてしまわずにはおられんではにゃいか。


 ふふん… どうだ!

 流石さすがはワガハイの創造者(クリエイター)想像力(イマジネーション)


 しかもだ、しくもワガハイは、名を『タマ』とはっするのであるからして…… これはもう、何処(どこ)から検証しても完璧な状況(シチュエーション)であると、断じてしまう他はないにゃー!


 と、しかしまぁ…… この家、敷地が1500坪近くもあるからにゃ。

 『裏』と言わずこの周辺には、年寄りどもなんぞ数え切れん程に大勢住んでおるし、そもそも『裏』の範囲が広過ぎるのであるが。


 ちなみに、この敷地のどちら側を『裏』と定義するのかと言うと―――

 まぁ、西側の門が最も大きく『表門おもてもん』などという名称にもなっておるのであるからして…… となると、やはり『東側が裏』という事に なるのであろうかにゃあ。


 実際、東側一帯は古くからの住人が多い 閑静かんせいな住居地域となっており、この喫茶室も『こちら側が静かで良い』という理由でこの場所にしておるようだしにゃ。


 だがまぁ、そもそも『にぎやかな方がおもて』という考え方自体が本当に正しいのかどうかは、正直 判らんのであるが―――

 っと…… いかんいかん。

 あまり横道にれると、またぞろ櫻子さくらこのヤツに叱られてしまうにゃ…… 桑原(くわばら)桑原(くわばら)

 という訳で、場面を喫茶室内に戻すぞ。



「ほう…… で、玉依たまよりさん、その『裏のお婆さん』というのは、いったいどちらの?」


 と… カウンターの中で槍慈(そうじ)が、自分のカップに珈琲(コーヒー)(そそ)ぎながら問うてくる。


「アイツだよ… しずだにゃ」


「はて…… しずさんはまだ『お婆さん』などというお歳では…… おや? そう言えば今年で、おいくつになられるのでしたかねぇ」


「もう88だとか言っておったぞ」


「あぁ、そうですか…… いやはや、ときの流れというものは、本当に速いものですねぇ。 しずさんも、ついこの間までは 可愛らしいお子さんだとばかり…… 」


「いやいや、うそをつけにゃー!」


 ワガハイはこの『すっとぼけ野郎ヤロウ』の(すね)のあたりに、すかさず猫パンチ…… いや、猫ではにゃいモノ(・・・・・・・・)による必殺パンチを()らわせる。


「オマエにゃあ…… ワガハイらが(いく)地球星アルド人どもと比べて長生きだと言っても、この450年余りの記憶はその都度つど、それなりのしゃくで残っておるだろ! オマエ、何時(いつ)の間にか他勢力(このはな)の連中にでもさらわれて、脳ミソいじくり回されておるんじゃないだろうにゃあ!?」


 しず()の子供の頃の記憶はワガハイにもあるが、流石(さすが)に『ついこの間』ではにゃいわ……。

 全く 槍慈(しうじ)のヤツ、一体どんな時間感覚をしておるんだにゃ。

 え… いや、まさか…… ボケてきておるのではあるまいにゃ……。


「まぁまぁ、確かにちょっぴり極端でしたかねぇ。 そう言われてみれば、しずさんは戦後 女子高に行き、(さら)に短大まで出られた後… 就職先の区役所で、ちょっと頼り無さげな印象の素敵な旦那だんな様を見付けられて……。 そうそう、そしてその結婚式は ウチの庭でやったのでしたねぇ…… 本当に懐かしいことです」


「オマエ、先月しずに『米寿(べいじゅ)の祝い』とやらで、(にゃに)やら黄色い花束なんぞを渡しに行っておったであろうが!」


「あー、言われてみれば確かにそうでしたかねぇ…… はいはい、確かにそんなこともありました。 いやはや… 私ももう、すっかり()ですかねぇ」


 槍慈そうじはそう言って、白々(しらじら)しく さらさらと可笑わらっておる…… 全く ふざけたヤツだにゃ。


「おい槍慈(そうじ)…… オマエくれぐれも、しずや他の年寄りたちの前で ボロ(・・)とか出すにゃよ」


「はい? 何のことです?」


「オマエは戦後、表向き(・・・)2回死んで、その都度つど『遠方に住んでおった息子やらおいやら』などと称し、姿を変えて『独り代替わり』をしておるのだからにゃ」


 こんなにも記憶が(さだ)かでない うっかりモノに、万が一にも(にゃに)迂闊(うかつ)な事などを口走ってしまわれては(かにゃ)わんぞ……。


「あぁ、それは勿論(もちろん) 大丈夫ですよ。 ワタシだって地球星(このほし)に来てから450年、そんなことを散々(さんざん) 繰り返してきているのですから…… いい加減 ()れましたよ。 ただまぁ、以前の名前がたくさんあり過ぎて、今となっては 主なもの以外あまり思い出せませんがねぇ」


「昔の名前なんぞは咄嗟(とっさ)に出てこんでもどうでも良いがにゃ。 ただ、最近はこの国の役所あたりでも、個人を特定するシステムが(ようや)くながらに しっかりとしてきておる。 気を付けておく事だにゃ」


「はいはい、かしこまりました」


 槍慈そうじは片手を軽く胸に当て、わざとうやうやしく辞儀じぎなんぞをしておる。

 ふん、全く何処(どこ)までが本気なのやら…… この(ひょう)げモノめが。


「じゃあ、また後でにゃ。 めしの用意が出来たら、ムシを飛ばして呼んでくれ」


 『ムシ』というのは、本来は諜報活動などに使っておる 葉月はづき 謹製きんせいの超小型ドローンなのだが……。

 平和な世の中というのは良いもので、現状一番多く使われておる『ムシ』の用途は、せいぜいこんな感じであるにゃ。


「では玉依たまよりさん、お気を付けて。 しずさんと滝治たきじくんに、くれぐれも(よろ)しく伝えておいて下さいねぇ」


「ん? タ タキジ……? 誰だそれ、死んだしず旦那だんなか?」


「何を言ってるんです。 一昨年(おととし) 亡くなられたご主人は重与しげおきさんですよ。 滝治たきじくんはしずさんの3つ下の末の弟さんで…… ほら、覚えてませんか? いつもしず()さんの後ろに隠れて……。 その滝治たきじくんも5年程前に奥さんに先立たれ、確かずっと東北の方に住んでおられたようなのですが、しずさんがおひとりになられたのを機に、『身寄りのない姉弟きょうだい同士、また一緒に住もうか』ということになったようでして…… ご存じですよねぇ?」


 えーっと、一体 (にゃん)なのだ―――

 いつも遊びに行っておるワガハイすら知らんような事を、何故なにゆえコイツが事細ことこまかにすらすらと語っておるのかにゃ……。

 てか、にゃんか超イラつくわ。


 あぁ…… しかしそう言われてみれば、たまに奥の部屋からシワれた声がして、いつも誰かが寝ておるような気配はあったが…… もしかして、あれがタキジとかいうヤツにゃのか?


 あーーー、でもそう言えばったかにゃあ……。

 70年程前に、よくしずにくっついておった鼻たれのガキんちょが……。


「 …… てかオマエ、さっきの『しずの記憶』が曖昧あいまい過ぎておったあのくだり(・・・)、あれは全部ワガハイをからかっておったのかにゃ! 細っっっかいところまでしっかりと覚えておってからに! 全く…… とう(つつ)ましく生きておる健気(けなげ)(ネコ)に、(にゃん)という仕打ちだにゃ! この…… あほ槍慈(そうじ)め!」


「おや…… 玉依たまよりさんは、(ねこ)さんではなかったのでは?」


「うるさいうるさい、覚えていろ! オマエなんぞ、七代先まで(たた)ってやるからにゃ!」


「はぁ… それはいやですねぇ。 それにしても『七代』ですか…… ワレワレの場合、ざっと数十万年はかかりますねぇ、お気の長い話です。 と言うか、相変わらず地球星アルド…… 中でも特に この国の古い(ことわざ)とか言いまわし、玉依たまよりさん 本当にお好きですよねぇ」



 ◇



 ワタシの言葉に、猫の(・・)玉依たまよりさんは再び「フン」とだけ鼻を鳴らし、少し開いていた扉の隙間すきまからするりと出て行かれました。


 やはりアレですねぇ、ただの地球星(アルド)ねこ)さんなんかより 断然だんぜん面白いですよ、玉依(たまより)さん。


 おや、ちょうど入れ替わりで、外から幾つかの足音が近付いて来ますねぇ。

 その数4…… 異能(ジン)の波動も4―――

 どうやら、ワタシの子孫(・・)であり実の孫(・・・)でもある子供たちが、(ようや)く帰って来たようですねぇ。





 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





一掬いっきく後刻ごこくたん



 後刻、櫛名田(くしなだ)邸東側宅地内 三峰(みつみね)家―――


しず 「あらあら黒ちゃん、今日も来てくれたのねぇ」


玉依くろちゃん 「んにゃ」


しず 「今日も牛乳飲んでくかい?」


玉依くろちゃん 「んにゃぁー 」


しず 「はいはい、ちょっと待っててねぇ。 タッキー、今日も黒ちゃんが遊びに来てくれたわよぉー 」


滝治タッキー 「ほぁ… そがぁ、よぉ来だなぁ…… (ねぇご)ぉぉぉ~ 」


玉依くろちゃん 「に… にゃあぁぁ…… ぁあ?」


 ふむ… この声がしずの弟の滝治たきじか―――

 てか『タッキー』って…… なかなかにハイカラさんだにゃあ、しずよ。


しず 「はぁい 黒ちゃん、お砂糖入りの霜印しもじるし牛乳。 たぁんとお飲みなさいねぇ」


玉依くろちゃん 「にゃー!」


しず 「ふふ、嬉しそう…… よっぽど食べるのに苦労しているのかねぇ、可哀そうに……。 サイダーも飲む?」


玉依くろちゃん 「ん……? んにゃあ゛ー 」


 すまん しず…… 散々(さんざん)っぱら飲み食いしてきたあとで、しかもこれからまた晩飯だにゃ……。

 今度 双子ふたごどもに言って、羊羹ようかんでも持って来させよう程に……。

 あと、炭酸は舌がイタイからいらんにゃ。


しず 「それにしても、そうやって牛乳飲んでる姿を見てると、思い出してしまうわねぇ……。 櫛名田くしなだ様のお屋敷で飼われてた、えーと…… そうそう、『おたまちゃん』のこと」


玉依くろちゃん 「ぶふぁっ!? な… なにゃ? に にゃ… に にやあーーーご… ごろごろ… ごろ…… げっほぉぁ! かはっ… けっは…… こは……… 」


しず 「あらあら、どうしたの黒ちゃん、大丈夫? まあまあ、縁側が汚れちゃってまぁ……。 やだ… 黒ちゃん、変な病気とか持ってないかしら。 あとで除菌のやつ、しゅっしゅしとかないとねぇ…… 」


 おい、失礼だぞ しず


しずむかぁしねぇ、あなたに そぉーっくりな猫ちゃんが居たのよぉ? でもねぇ、その子は櫛名田くしなだ様のお屋敷で飼われてた、とぉーっても(ひん)のある黒猫ちゃんでねぇ……。 でも… どうしてあなたみたいな|小汚い浮浪猫なんかが似てるのかしらねぇ……。 もしかして、ご落胤らくいん様なのかしら? あっははは、まさかねぇー?」


玉依くろちゃん 「しず…… さっきからオマエ、ちょいちょい微妙に失礼なんだがにゃ」


しず 「え…… えぇ!? なにだぁれ!? 今 しゃべったの、まさか黒ちゃんじゃあないわよねぇ!?」


玉依くろちゃん 「に ににゃあ!? にゃ… にゃあ゛ーーー 」


滝治タッキー 「ほぉぁああぃぃい…… しぃぃず姉ぇぇぢゃあぁぁぁ…… (ねぇご)ぉ まぁだ()るんがぁぁぁいぃ? 」


しず 「あ… あらあら、タッキーの声だったのかしら? そりゃそうよねぇ。 はぁーーーい、まぁだ 居まぁすよぉーー 」


 ふぅ…… グッジョブだぞ、タッキー。

 それにしても、しずは昔のワガハイの事を覚えておるのか…… 年寄りだがあなどれんにゃ。

 全く、これでは槍慈そうじのヤツに『ボロを出すにゃ』などと、偉そうに言っておれんわ……。


滝治タッキー(ねご)ぉぉぉ~、櫛名田(くしぃなぁだ)様ぁのぉぉ~、槍慈(そぉおじ)(さぁま)どぉ~…… 瑞穂(みぃずほ)ぉぉ様ぁにぃぃ~、よぉろしぃぃぐ なぁぁあ~~ぃ……… 」


しず 「え!?」


玉依くろちゃん 「え゛!? …… あ、にゃ… にゃあ゛ーーー 」


 一体 にゃんなのだ今日は…… 寿命が1000年は縮んだにゃ……






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