玉依の奇譚 about 槍慈 × 貳
ところで、先程からワガハイ独りがこの『喫茶室』について長々と語っておるようであるが、実は此処に居るのはワガハイだけではにゃい。
カウンターの中では、如何にも喫茶店のマスター然とした出で立ちの槍慈が、黒く長い髪を後ろで束ね、顔にいつもの鼻眼鏡を据えた姿で珈琲を淹れておる。
無論、屋敷の外に出る際は 一応『設定』と合わせ、もっと老けた顔や体型に姿を変えて、髪も白髪がちにしておるのであるが―――
今は屋敷の中である故、ワレワレ基準での『年相応』に…… そうだにゃあ、地球星人の年齢に換算するところの、『30代前半』くらい…… といったところかにゃあ。
「おい 槍慈、アイツらはいつ帰って来るんだにゃ?」
「弓弦くんや櫻子さんたちですか? もうそろそろだと思うのですがねぇ。 あ… そうそう、双子ちゃんたちは、お友達のところに寄ってから帰って来るようですよ」
槍慈は珈琲豆を挽きながら、入口付近の椅子の上で姿勢正しく鎮座しておるワガハイに向かって、カウンター越しに そう応えつつ…… 少し手を留め、手にした懐中時計に目を遣る。
別に時計など見ずとも、時刻はおおよそ解ってはおるのであろうが、どうせアイツは『会話の流れの中で自然に見える美しい所作というものがある』…… などと考えながら、そうした動きを敢えてしておるのであろう。
この槍慈というのは昔からそういうヤツで、万事『所作』や『挙動』の美しさなどというものを気に掛け…… 常にどこか演出じみた生き方でもって、日々を大層白々しく過ごしておる。
そう言えば確か、伴侶たる瑞穂と初めて出会ったのも、当時コイツが『美しく無駄のない立ち居振る舞いを身に付けたい』などと言って焦れ込んでおった、表千家だか何だかの茶会での事ではなかったかにゃ。
その時 瑞穂は、まだ青臭い小娘であったが。
因みに 一応言い添えておくと、弓弦や櫻子は槍慈の孫にあたり、現当主である刀眞の長男と長女となる。
そして『双子ちゃん』というのは 更にその妹にあたる次女と三女で、あの桐子と柏子の事だにゃ。
「友達のところだぁ? ふん…… まさかまた木花の所なんぞに行っておるのではあるまいにゃ。 まぁ、大丈夫だというのなら是非も無いが……。 でもな槍慈、いずれはアイツらにも話しておかにゃいといかんぞ。 出来れば向こうよりも先ににゃ」
「ええ、解っていますよ。 『まだ子供のうちは知らなくて良い』などと言って先送りにしている間にも、彼女たちはどんどん成長していきます。 まして普段から カレらとも決して遠くない場所に居ることが多いのですから、何かのきっかけで つい『触れて』しまうということだって、無いとは言い切れませんからねぇ」
槍慈も理解はしておるようだが、正直気は進まんのだろう。
確かにワガハイとて、出来ればあの双子どもには もう少しだけ、今の普通の子供時代を謳歌させてやりたいと、思ってはおるのだがにゃ……。
まぁ そもそも既に、特に双子ら自体が 全然『普通』ではにゃいのであるが……。
「まぁ… オマエが解っておるなら良いにゃ。 それに木花の上の娘は当然、諸々の事情は知っておるのであろうが…… かと言って、特に双子らに何事かを吹き込んだり 手出ししたりといった様子も無い。 それにあの家には、兎のヤツも潜り込ませてあるしにゃ」
とは言え、やはり安心は出来ん。
『相手の出方を見ている』…… などと言えば聞こえは良いが、要は 現在の状況に甘んじ、希望的観測の下で 水を低きに流しているだけだ。
怠慢と評されても仕方がないレベルの、謂わば 大いなる『平和ボケ』に他ならにゃい。
「ところで、少し話は逸れるのですがねぇ――― 」
槍慈は、淹れたての珈琲をワガハイの前に置きながら言う。
むぅ… この珈琲、何だか やたらと熱そうだにゃ……。
しかも、黒楽茶碗なんぞに入れて出しおって…… コイツ、もしかしてわざとか?
「 ――― 玉依さんもやはり、『曾孫』というのは可愛いものですか」
「ぶふぅっ! けはっ… かっは…… 」
くそ… 槍慈め、また顔色も変えずに いけしゃあしゃあと。
またぞろ、ワガハイを いじり倒しに来おったにゃ……。
「突然 何を言い出すのだオマエは、あほか! それに、珈琲をこんな真っ黒な器なんぞに入れおって。 見えにくいやら熱いやらでもぅ…… 飲めるかぁ! こんなもーん!!」
「あー、ちょっとちょっと玉依さん…… ヤケを起こして、ひっくり返したりしないでくださいよ? その楽焼、相当なお値打ち品なのでしょうからねぇ」
「何ぃ? ……って、これはワガハイ秘蔵の『長次郎作 南陽坊』ではにゃいかー!? ぁぁあ… 危にゃいぃぃ…… もう少しで、弾き飛ばして割ってしまうところであったにゃ…… 」
「いやぁ、危機一髪でしたねぇ。 やはり、ワタシの大事なカップに入れて出さなくて正解でしたよ。 あっはっはっは」
こんの ちょび髭 天乃邪鬼が…… 昔っから本当に、行動原理の捻じくれたヤツだにゃ。
「全く、油断も隙も無い… オマエ、本当に覚えておけよ……。 それとだ、一体 誰が双子らの『曾祖父』なんだにゃ! ……って、それだとワガハイがオマエの父親という事にもなってしまうであろうが、あほか!」
ワガハイは気の利かにゃい短絡的な悪態をついた後、わざとそっぽを向くように後ろ脚の付け根あたりに顔を埋め…… 機嫌の悪さを態度で表出してみる。
でにゃいと どうせコイツは―――
「おや、実は満更でもなさそうな感じに見えますがねぇ」
――― などとほざき、更にまた梳かした態度で じゃれついてくるのであろうからにゃ。
「ふん…… 全く鬱陶しいヤツめ。 おい、そんな事よりも 瑞穂のヤツは何処へ行っておるのだ?」
少し強引にでも話を変えてやる。
因みに瑞穂というのは、今から90年近く前に槍慈の連れ合いとなった、物好きな元地球星人だ。
コイツもまた、腹の底で何を考えておるのかさっぱり解らん…… 兎にも角にも掴み所のにゃい、全く 夫婦揃って面妖しなヤツらであるのだが―――
ふむ、瑞穂のヤツは確か…… 旧姓を宗像と言い、櫛名田と同じ子爵家の出であったのだが、その父親もまた一風変わった男でにゃあ…… って、いや… この話はまた別の機会にしよう。
話が長くなると、また櫻子のヤツに叱られてしまうからにゃ。
「ほぅ… 玉依さん、明から様に話題を逸らされますね? やれやれ、相も変わらず 実にお可愛らしい」
「うるさい! オマエ調子に乗るにゃよ」
ワガハイがそう言うと槍慈は肩をすくめ、漸く「仕方がない」とでもいった風な仕草で応える。
「はいはい、失礼致しました――― あ、そうそう… 瑞穂さんでしたら、恐らく和館の水屋の方ではないでしょうかねぇ。 今日はお茶の教室がありますから」
「そうか、今日は月曜だにゃ…… 残念、来るのはあの騒々しいババァ連中の方か」
「はは… 玉依さんお気に入りの若い子たちが来られるのは、木曜の教室の方ですからねぇ」
瑞穂は毎週月曜と木曜の2回、邸内『和館』の離れにある茶室『煩悩庵』で、茶道教室などをやっておる。
やはりまぁ、その辺り…… 後に奇しくも喫茶室などを開いてしまった槍慈とは、夫婦揃って趣味嗜好が良く似ておるという事にゃのであろうが…… ご多聞に漏れず、こっちもひどい名前の庵だにゃあ。
それにしてもだ、木曜の教室には若い娘たちが多く来る故、ワガハイもたまに遊びに行っては菓子などを貰っておるのだが―――
しかし今日来る連中は、全くもって騒がしい事この上もにゃい。
しかもだ… どいつもこいつも相当に喰えん、強かにゃ魍魎揃いと来ておる。
「あの遣り手婆ぁどもめ、化粧臭い手で毎度 何時間もワガハイを弄くり倒しおってからに…… 全くもって忌々しい」
「あっはっは、まぁお気持ちは解りますが…… しかしねぇ 玉依さん、元は畏くも 一応は『神様』だったという御方が…… 何とも些か、お口がお悪いことですねぇ」
「ふん、放っておけ。 実際にはワガハイは『神』などではにゃいわ」
それにしても槍慈のヤツ、何が可笑しいのか知らんが 楽しそうにしおって。
「しかしあれだにゃ、地球星人は…… やはり若い方が良いにゃ」
「え…… いきなり何の『心の吐露』なのです? いやぁ、それを言ったらワタシたちだって、同様に若い方が良いでしょう」
「それはまぁ そうだが…… いや、そういう事ではなくてだにゃ――― この星の連中は、ワレワレと違って寿命が極端に短い故、『若い時期』というのが本当に一瞬の話にゃのであろうからして…… だからまぁそれだけ、その僅かな閃きの時間が 貴く見えるのであろうか… とにゃあ」
にしてもだ…… この星のあちこちで『文明』というものが漸く勃興し始めた当初の頃より、度々あちこちで『神』とまで崇められながら棲んできたこのワガハイが―――
この期に及んで、世俗体面的な『若さ』などというものを気に掛けておるというのは…… ワレながらに滑稽な事ではあるがにゃ。
「ん…… ところで槍慈、ワレワレは何歳くらいまでなら『若い』と言えるのであろうかにゃあ?」
「え? ああ、うーん… そうですねぇ――― まぁ、ワタシの感覚ですと…… 取り敢えず『紀元前生まれ』とかの方は、は、もうそこそこの御歳なのでは?」
「おい… それ、ワガハイの事だろう。 槍慈ぃ…… オマエ、さっきから何か調子乗ってんにゃあ。 てか、『昭和生まれ』みたいな感じで言うにゃよ」
しかしまぁ、確か7~8年前に『タマやん 4000歳おめでとう! ご長寿祝賀記念 御神体を取り囲む宴』などという、ふざけた名称の晩餐会を開いてもらった覚えがあるによって―――
確かに、そこそこの歳ではある。
まぁ 何れにしろ、地球星の『紀元前』どころの話ではないのだがにゃ。
因みに、ワガハイが此処 地球星に来たのがおよそ3000年近く前だ。
その頃、まず手始めとして『エジプト文明』にいろいろと干渉してみたのであるが…… 図らずも、早速『神様』扱いされてしまった。
それが、『神様業』の最初であったかにゃあ。
「とにかく、今日のオマエは何かしつこいぞ」
「はいはい、これは 重ね重ねすみませんねぇ…… どうにも少し退屈でしたもので」
「オマエにゃ、元エジプトの『神』をなめんなよ? 呪うぞ」
「確かその頃は、バステトさんと呼ばれていたのでしたか――― ん? でも確か…… 『バステト神』は、女神様ではなかったですかねぇ?」
「まぁアレだ、ワガハイは見ての通り、見目麗しい姿をしておるからにゃ」
「それにしても、黒猫姿の玉依さんが、何故いきなり神様扱いされてしまったのです?」
おい、流すにゃよ。
「ふむ、まぁアレだ。 小さなところでは、周りのモノたちの怪我やら病気やらを異能で治してやったり、墓荒らしどもの集団を歌で誘っておいて一時に炎で屠ってやったりした。 まぁ、そもそも普段から猫の姿のままで話し、時には二足歩行で歩いたりもしておったしにゃあ」
「猫の姿の魔導士ですか、なんだかこう…… 随分と異世界奇譚ですねぇ」
「あとはにゃ…… そうそう、とある大きな戦に加担し、絶対的に不利であった一方を大勝させてやった事などもあったぞ。 ワレワレの本国から、この星には存在しない特殊金属を大量に取り寄せて武器提供したりしてにゃ」
「無茶苦茶ですねぇ…… しかし、本国了承のもと… ということですか。 まだその当時はワレワレも、地球星に対して結構大掛かりな干渉を公に行っていた…… ということなのですねぇ。 今の通念からすると、相当に大胆 かつ傲慢な感は否めませんが」
「あの頃はこの星の文明が未開過ぎて、皆 少々焦れておったからにゃあ。 『少しくらいモノを教えてやらんと この先どうしようもない』などという…… 確かに傲慢で乱暴な機運もあった。 それが良かったのか悪かったのかは判らんが。 取り敢えず、そうした事も 一応は歴史として織り込まれた上で、『現在』の この地球星の実情がある。 だからまぁ、今となっては良いのではにゃいか? と…… 何とか自分に言い聞かせ、呑み込むしかないにゃあ」
「ふむ… 今が『良い状況である』…… 言い換えると、少なくとも何かしらの『最悪の状況には陥っていない』――― ということは、少なくとも大きな過ちはなかった…… という論理ですか。 ある意味、相当にいい加減な考え方ですねぇ」
「ああ。 そしてその『良し悪し』を判断しておるのも、当事者たる地球星人たち自身ではなく、それを外部から『導き』などという独善的な大義名分のもとに操作しておるつもりの、ワレら『部外者』たちであるしにゃ」
「ワレワレ自身が行ってきたこととは言え…… こうして顧みてみると、本当に傲慢な話ですねぇ。 地球星の何千倍という歴史と経験を有しているというのに、全く情けないことです」
まぁ、所詮はワレらとて ただの『人間』であり、『神』ではないのだからにゃ…… そのあたりが限界なのであろう。
「それにだ、そもそもそんなワレワレ目線の身勝手な『良し悪し』の判断ですら、本当に良かったのかどうかは、実際に時間遡行などでいちいち比較検討を繰り返し、確かめてみにゃければ解らんのだ。 まぁ、全ての選択場面においてそのような手順を踏むなど、とてもやってはおられんがにゃ」
何が「良かった」か」悪かった」かなどという話は、所詮 後で思い返して ほくそ笑んだり後悔したりする程度に留めておくのが良い。
その時々で『選択』したそれぞれの分岐先の末路が いちいち正しかったかどうかなどという事は、恐らく判らんままの方が良いのだ。
まして、『誰にとっての正しさ』にゃのかすら判らん類のものなどについては 特ににゃ。
『あの時こうしておけば』などと浅はかに思うのは個々の自由だが―――
例えばだ、もしもその時 実際にそうしていたら…… もしかすると 今の自分の存在自体が、何かの作用によって『なくなっている』…… つまりは死んでいるという事だって、充分に有り得る話なのだから。
今現在、取り敢えず そこそこ平穏無事に生きておるのであれば、恐らく概ねは『正しい選択』をし続けてこられたという事にゃのであろう。
「おっと、玉依さん、もう18時ですよ。 早く茶室の方に行かれては?」
「おお、もうそんな時間か…… って、あほか! 今日は絶ーーーっ対、離れには近付かんからにゃ! またあのババァどもに延々と弄くりまわされては敵わんわ」
「なら、今日はずっと此処に居られますか?」
「いや、薄暗いのは嫌いだから ちょっと出掛けて来る。 夕飯までには戻るにゃ」
「猫なのに…… 玉依さん、相変わらず暗いのがお嫌いなのですねぇ」
「ワガハイは猫ではにゃい」
「いや、猫でしょう」
「オマエさんとこうして、ちゃーんと高尚な会話もこなしておるであろうが。 てか、それどころの話ではにゃいわ! オマエがまだ地球星に来たばかりの頃、その若造にいろいろと教えてやったのは、このワガハイにゃのだぞ!?」
「でしたねぇ―――。 いやぁ、その節は大変お世話になりました」
「4~500年も前の話を『その節』て…… 『その節』という言葉の適用期間の、ギネス最長記録であろうにゃ」
「また訳の解らないことを…… そこら辺のオッサンですか。 玉依さんって、どうにも地球星の文化や世俗に どっぷりと馴染み過ぎですよねぇ」
「それはそうだろう。 だって考えてみれば、地球星と最も付き合いの長い生命体は、全宇宙的にみても 恐らくこのワガハイであろうからにゃ」
「ほう… と言うことは――― 玉依さんが『若い』などというカテゴリーに当て嵌まる可能性は、万に一つもありませんねぇ。 だってアナタが若かったら、地球星に年寄りはいないことになってしまいますから」
「え? うーん…… いやいやいやいや、地球星人どもと比べる話などはしておらんではにゃいか。 あくまで、ワレワレ基準での話だにゃ」
「なんだ、気付かれましたか。 はいはい、女神様はいつもお美しく、またお若くていらっしゃいますよ」
「オマエ、やっぱ呪ってやるからにゃ」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
【 一掬 ❁ 古代期譚 】
古代エジプト 猫女神神殿内 謁見之間―――
ファラオ 「あぁ、偉大なるバステトの女神よ…… 貴女様のご加護を以て臨まんとする この聖なる戦いにおいて、何故 我らが あのような小国に大敗を喫するなどという、不吉極まりない託宣を下されるのか!?」
玉依 「いや だから、ワガハイは女ではないと何度も…… まぁ良い。 オマエらの驕りきった性根と日頃の行いが招くであろう 当然の結果だにゃ。 侵略とか…… そういった野蛮な行動は厳に慎めと、いつも言っておるであろうが」
ファラオ 「しかしながら女神よ…… 我らとて民草を守り、食わせてゆかねばなりませぬ。 そのためには 近隣の地に攻め入り、そしてより多くの奴隷どもを…… 」
玉依 「だぁーかぁーらぁー、奴隷とかもう止めてしまえにゃ。 何か怖いわ、オマエらのそういう考え方とか社会とか」
ファラオ 「では…… 我らは一体 どうやって労働力を手に入れれば…… 」
玉依 「己らが自分で働けにゃー!!! あほかぁ!」
ファラオ 「な なんと! じ じ… 自分で!? この我々が!!? ナーイワーーー、ソレダケハ ナーイデーーース」
玉依 「何だ どうした、その急なカタコト……。 いや、だからにゃ? 国民 皆で働いて経済を循環させれば、国は富み個人も豊かになる。 奴隷なんぞに頼りきって食っちゃ寝しておると、皆 肥満になって国の勢いも衰え、その内に亡んでしまうぞ」
ファラオ 「しかしながら女神よ! あのように未開で脾弱そうな奴輩が、すぐ傍に居るのですぞ? それをみすみす見逃しておく策がありましょうや!?」
玉依 「はぁ… もう解った、好きにしろにゃ。 だが忠告はしたからにゃ。 なれば聞け…… 此度の戦に於いて、我が『バステト』の名を冠し戦う事は許さん。 よって、ワガハイの加護や庇護は一切 無ものと思え」
◇
エジプトには此れまで随分と便宜を図ってきたが…… 今回ばかりは相手に味方をしてやろう。
如何な兵力差とは申せ、所詮は白兵による近接戦主体の戦いだ。
武器の多寡、そしてそれらの性能がモノを言う―――
玉依 「おい、そこの下士官、本国に状況を報告し、兵站と共に 特殊鋼の武器を2万組ほど用意させろ。 月裏面基地経由で3日後には指定座標に投下するよう言ってくれにゃ」
下士官(後の龍岡) 「は、了解であります、ティマイョ・レイ中尉。 ところで、銃器の類は如何致しましょう」
玉依 「うーん… 流石にこの時代、飛び道具はフェアではにゃいが…… 」
下士官 「ワレワレが介入している時点で、既にフェアではございません。 それに、解らなければどうということもないかと」
玉依 「ふむ、エジプト側の主立ったモノを早々に数名 狙撃して屠り…… それによって戦いが早く終われば、その分 犠牲者の絶対数は減る…… か」
下士官 「はい、何れ避けられぬ惨劇…… であれば、幕引きは早い方が宜しいかと」
玉依 「ん… 解った。 オマエに任せるよ、伍長」
ふん、若いクセに物怖じもせず、なかなかに小賢しく怜悧な事を言う。
コイツ、いつか役に立つかも知れんにゃあ…… ふむ、なれば将校過程の方にでも推薦しておいてみるか。